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深い森の彼方に 改訂版  作者: とも
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たった1日だけだったが、とてつもなく長い1日だった。それに今までの自分を根底から覆されてしまう1日だった。

男に抱かれる、それは女としてごく当たり前の、大半の女が望みそして経験することだ。女として生きていくのであれば、これは当たり前のことかもしれない。男に溺れるか、淡白になるかの違いはあるが。


困った。どのように生活していけばいいのか。もらったお金は徐々になくなりつつある。

これまで仕事にあぶれるとリーダーがどこからともなくやってきて行くところを指示した。行けばそれなりに仕事があり、うまくできるかどうかはともかく仕事をしてきた。しかし、7時に家の前でまてと言われて、体を売ってきたあと2週間たつが、まったくリーダーの姿を見ない。どうなってしまったのだろうか。

リーダーもそうだが長身の娘もそうだ。情報交換しようと言ったきり音信普通だ。この世界には携帯電話どころか、固定電話すら整備されていない。連絡をとろうと思ってもどうにもならないのだ。

じっとしていても、ますます会う機会はなくなる。今日もとりあえず外に出ることとした。ダークグレーのスーツはあのホテルに捨ててきてしまったので、新しく手に入れたスーツを身に着けた。

買うときにはもっと明るいフェミニンな服装にしようと思ったが、どういうわけか、再びスーツを買ってしまった。こんどはブラック、スカートも体系のはっきり出るタイトスカートだ。白のブラウスと合わせて鏡を見るとまるで女子大生の就活スーツ。なぜこんな恰好を選んだのかはよくわからない。いつのまにか手に取り試着して当然のように購入してしまっていた。それでも髪も少し伸びボブカット風にした。ホルモンのせいかくびれも少しできたようだ。おかげで、捻くれた女子大生には見えるかもしれない。

就活スーツスタイルで外にでると、何となく落ち着かない。新しい服のせいでもない。街の風景、そして歩いている女性たち、ものすごくよそよそしい気がする。「私たちの背景」じゃないかとあの長身の娘と話し合ったせいなのか、本来立体であるはずの町の景色が平板に見えるような気がするのだ。

その景色の中の遠くに、生き生きとした人の姿が浮かびあがって見えた。近づくとリーダーだった。

「やあ、久しぶりだね。」

「ごぶさたしてます。」

歩道にあったベンチに腰かけた。並んで座ってあらためて二人の膝を見て気が付いた。二人とも同じ黒のスーツだ。全く同じタイトスカートにつつまれた太ももが4本並んでいる。無意識のうちにリーダーが着ている服と同じものを選んだのだろうか。

「何を見ている。私の太ももがそんなに気になるのか。」

「いえ、同じ服を着てきてしまって・・・」

「それも必然だ。」

いつもと違う物静かな話し方に思わずリーダーの顔を見つめた。

「何だ。」

「いえ、その・・・ 仕事は何をすればいいんでしょうか。」

「あの仕事では不満か。」

「あの仕事って、体を・・・」

「そうだ、売春だ。女が金をかせぐ仕事としては、世界最古の、今でも脈々と続く伝統ある仕事だ。」

「でも、体を売るなんて。」

「それも女しかできない。」

「私はほんとうは女じゃない・・・」

「男娼も女だ。それにお前はすっかり女の体になっている。」

「でも・・・」

「お前には、とりあえずこの世界を知ってもらうために底辺の仕事をやらせた。それは十分にこなすことができた。」

「トイレ掃除とか・・・」

「そうだ。そしてこの世界の仕組みの中にうまくはめておこうとして次の仕事を与えた。しかし、それはぶち壊してしまった。」

「しかし、それは。」

「お前が友達と図って色々と詮索したせいだ。」

「それは、真実を知りたくて。」

「真実には、知ったほうがいいものと知らないほうがいいものがある。そのまま、流れに乗ったままでいれば問題なかった。」

「何もしなければ、売春などしなくてよかったのですか。」

「それはまた別問題だ。少なくともこんなに早く売春する必要はなかっただろう。でもいずれは通らねばならないことだからだ。」

「何で。」

「女の自己認識を植え付け、実態もそれに近付けるためには男と媾うことが必要だ。」

「売春なんかではなくても。」

「ここには女しかいない。媾うことができない。媾うためには、あの世界に行くしかない。一見の女が手っ取り早く媾うには「売る」か「犯られる」しかない。それだけだ。それとも犯られたかったのか。」

「あれでは、強姦と同じです。」

「そうか、まあいい。そのうち慣れる。」

「でも、仕事は他にないんですか。」

「しなくてもいい。お前の当面の仕事は一つだけだ。気が向いたら本部へ行けばいい。私の手足となっているナビゲーターがいる。彼女に任せればいい。」

「どこにあるんですか。」

「自然にわかる。」

「お金が・・・」

「自分の持ち物を見ろ。」

漠然とした話だった。きちんと説明が欲しかった。でもそこまで問い詰めることはできそうもなかった。

「あの人は・・・」

「友達のことか。」

「どこにいるのですか。どうすれば連絡が取れるのですか。」

「無理だ。もう2度と会えない。」

「そんな・・・」

「真実を一緒になって詮索しすぎたからだ。」

「でも・・・」

「本来会えるはずのない人だからだ。さあ、行け。話すことはもうない。」

立ち上がって、リーダーは去っていった。

後姿はいつものように美しかったが、歩き方に今までの元気が感じられなかった。


財布の中はもう小銭しかなかった。今日の夕食を買えばこれで終わりだ。一文なしになる。仕事はしなくていい、自分の持ち物を見ろ、と言われた。しかしないものはない。

先立つものもないので止む無く家に戻った。

途中で買ったどう考えても安いだけの弁当を広げ前に茫然としていた。いままで、リーダーから貰っていた「非常食」も在庫は尽きた。

そういえば、あの不可解な会社でOLをしていた時のバッグがあった。その中に何か忘れていたものはないのだろうか。クロゼットの中のバッグを開けたがレシート数枚とポケットティッシュがあるだけだ。化粧ポーチにも何も金目のものは入っていない。クロゼットにある僅かな服のポケットにも何も入っていない。何もあるはずないじゃないか。

部屋には造り付のデスクがあったが、使ったためしはない。たいして期待もせずに引出を開けると中に封筒が入っていた。封筒の中には固い手帳のような形のものが入っていた。封筒を逆さにし中身をだすと預金通帳だった。なんでこんなところに通帳が?

見ると、その銀行は元の世界で職場からの給与の振込口座として使っていた銀行だった。支店名はどこにも記入されていない。口座名義人の「おなまえ」はどういうわけか削り取られている。通帳の間にキャッシュカードも入っていた。通帳の中を見ると、毎月「キュウヨ」としてほぼ定額が振り込まれている。電気代、ガス代、水道代、家賃、新聞代などが毎月引き落とされている。そして、数万円ずつ何回か現金の引き出し。最後の引き出しは2日前、そしてそれなりの残高。

間違いなく私が元の世界で使っていた通帳だ。これを使っていいというのか。でもどこで引き出せというのか。

ひょっとしたらと思い、通帳を持って外に出た。夜になると汚物だらけになる飲食店街近くの繁華街に足が向いた。地下街のある広い道に通じる交差点にあった。今までなんで気付かなかったのか。「××銀行」とはっきり書いた看板がある。入口のガラスのドアにも「××銀行」とあった。ロゴも間違いない。ここか何支店なのか。支店名は普通はその支店のある地名だ。それが記載されているはずだ。しかし、出入口にものガラスにも看板にもどこにも記載されていなかった。

不審に思いつつ店内に入ると閑散とした窓口が並び、そしてカウンターの向こうには生気のない行員が数名デスクにうつむいて事務を執っているようだ。普通、カウンターや壁面に支店名が書いてあるはず。しかしすべて銀行名しか書いていない。行員のネームプレートを見たがない。行員に支店名を聞き出すか、名刺をもらうかすればわかるだろうと思った。しかし、ここで彼女たちに話しかけるとまた消滅してしまうのではないかと危惧し、無言のまま傍らにあった数台のATMに向かった。ATMコーナーには誰もいない。動くのだろうか。ATMの装置前に立つと、画面は取引を選択する画面に変った。「引出」を選択し、カードを挿入、暗証番号を問う画面で、一瞬迷ったが何となく指の赴くままに番号を押した。金額を入力すると無事に現金が出てきた。「紙幣をお取りください」という機械から出る大きな声が部屋中に響き渡った。

通帳も記帳してみた。特に支障なく今したばかりの引き出しも記帳されて返ってきた。2日前の預金引き出しの後に記帳されている。この世界に来て既に半年以上経っている。その間、お金は掃除の賃金と意味不明な会社からの給与とあの体を売った報酬、それだけだ。この通帳の記載内容はいったい何なのだろうか。明らかに通帳では、自分の元の世界での生活が今現在まで継続している。誰が生活しているというのか。またその人に今私がお金をおろしたことを知られてしまうのか。その人はそれを知ったらどう思うのか。そのお金はどのような扱いになるのか。


もう一つの疑問がリーダーの言っていた「本部」だ。「自然にわかる」とはなんだ。この銀行も「自然にわかった」ということだろうか。

銀行を出て街をぶらついた。あの地下街にも入りあの管理事務所前も通った。私に掃除の指示をした中年の管理人は、白いブラウスにきちんとプリーツのはいったジャンパースカートの姿で事務所のパイプ椅子に腰かけていた。私に気付くと手を挙げ

「やあ、久しぶりだね。元気そうで何より。」

と声をかけてきた。

彼女の姿はさっきのリーダーと同じように、くっきりとなまなましく姿が浮かび上がっていた。地上の通行人、銀行員、彼女たちが何となく生気がないのに比べ生き生きとしていた。何かが違う。

「ご無沙汰してます。お元気でしたか。」

私は無理に明るく声をかけた。

にこにこしている彼女を後に地下街を進むと、「中央合同庁舎」なる建物の入口があった。地下道から庁舎の地階に入れるようだ。しかし、こんな施設があったとは知らなかった。人気はないが自由に入れるようなので入ってみた。いくつかの事務室の前を通りすぎると地上階にでる階段があった。階段を上ると広い天井のあるロビーとなりその右側に「本部」とだけ書かれたプレートが置かれたカウンターがあった。何の本部か、全くわからない。これがリーダーの言っていた本部なのだろうか。

カウンターの向こうを覗くと、数名の黄ばんだブラウスに古いプリーツスカート中年の事務員のいるデスクの向こうに、ロングヘアーの若いセーラー服姿の女性が比較的大きな両袖机に向かって書類を眺めていた。姿形はどう見ても女子高校生にしか見えない。しかし、坐っている場所はどう考えても中年女性の上司に相当する管理職の席だ。

セーラー服の女性はふと顔をあげると私に気付き、つかつかと私に向かって歩いてきた。美少女そのものだった。セーラー服の白いタイが眩しかかった。膝丈のスカートは染みもテカリもなく、見事にアイロンのきいたプリーツに包まれていた。そのスカートをなびかせ近寄ってきた美少女が言った。

「今日行かれますか?」

「え、行くって?」

「向こうのお仕事に。すぐ行かれるようでしたら手配します。しばらくそこで・・・」

「まってください。今日はまだ。」

彼女がリーダーの言っていたナビゲーターか。こんな美少女を部下として使っていたのか。こんな美少女がこの本部の責任者なのだろうか。

「リーダーに言われて、まだ本部に来たことがなかったので場所を確認してみようと思って。」

「わかりました。行かれるときには、早めに連絡を取れれば条件のいいお仕事が準備できますので、できれば前日までに来て頂きたいのですが。」

「条件のいいというと、報酬それとも・・・」

「報酬もそうですが、お相手も素敵な・・・」

彼女は赤くなった。

間違いない。彼女が売春の斡旋をしているのだ。このように純粋無垢な顔をして。

「じゃあ、その時には早めに来ますので、よろしくお願いします。」

「はい、お待ちしてます。」

セーラー服の美少女はにっこり笑うと頭を下げた。

思い出した。あの帰りのワゴン車の運転主の若い女。普通にブラウスとスカートよりジャンパースカートのほうがランクが上と言っていた。更に上位の人はセーラー服を着ていると。するとあのセーラー服の美少女があちらの世界とも折衝できる技能を持った売春斡旋責任者ということになるだろう。

リーダーのいうとおり、銀行すなわちお金も、仕事先の斡旋も、自然に見つかった。何も苦労もせずにだ。合同庁舎を出て外を歩くと、そろそろ夕暮れが近づいてきた街並みは大半がさほど目立ったところもない当たり前の平板な風景だが、合同庁舎や銀行は生き生きと見えた。建物自体もとても立派なものに見えた。平板な風景の中にも、いくつか特徴だった建物があった。それは、いつも食材や弁当を買う食料品店だし、このスーツを買ったブティックだった。私が私の生活のために係りあいを持った建物は平板な風景からなんとなく浮き上がって見えるような気がした。その他の建物の商店や飲食店は、中にいる店員も生気のない表情をしていた。


ようやく、生活基盤というものに何にも心配がいらないということがわかり、そしてなんとなくこの世界の仕組みというものがおぼろげながらわかってきた。日中は町の様子を隅々まで確認するため、毎日歩き回った。

最初にトイレ掃除をした学校も見つかった。長身の娘と毎日情報交換をしていたころは、どこにあったのか全く分からなくなってしまったあの学校だ。町はずれで鉄筋コンクリート造りの無骨な建物の向こうから突然女生徒たちの若々しい声が聞こえたのだ。その建物を回りこむと見覚えのある校舎が見えた。

ブレザーにチェックのプリーツスカートの生徒たちも大勢いた。彼女たちは校門から覗く私を見ていぶかしげな表情をしていたが、この私が掃除のオバチャンだとはだれも気付かないようだった。そこにバケツを持ち、モップを担いだ中年の女性が通りかかった。白いブラウスに濃紺のサージのプリーツスカートを履いている。あの用務員だ。入口に佇む私に気付き笑顔で声をかけてきた。

「久しぶりだね。すっかりきれいになって、どこのお嬢様かと思った。」

「ご無沙汰してます。」

「ちょっと今日は作業中なんだけど、いつでも遊びにおいでよ。」

ちょっとした挨拶で別れた。

あの、仏頂面の用務員がなんという変わりようだろうか。地下街の管理人もそうだった。この一月ほど、何となく町の様子と対人関係が変ってきた。普通の人はみんな生気がなくおざなりのやり取りしかできない。それ以上突っ込むと消えてしまいそうだ。しかし、今まで私が徹底的にやられてきたうるさ型のおばさんたちは異様に優しくなった。なぜなのだろうか。


徐々に毎日が退屈になってきた。変化がないのだ。ただ街を歩き、何人かのかつてうるさかったおばさんと雑談をし、人気のない商業施設でウィンドウショッピングをし、それだけだった。結局あの長身の娘とは全く会っていない。リーダーのいうとおり会えなくなったということなのか。そのリーダーすらこの1ヶ月間全く会っていない。

さびしかった。誰かととことん話がしたかった。誰でもいい。もっと親密な付き合いがしたい。

そう思ったとき、何か下腹部がうずくような、何やらくすぐったいような、そしてあの部分がジュっとするような気分になってきた。

誰でもいい? それが男でも?

体が異性といっていいのかどうかを求めているのだろうか。


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