-15-
**********導入部略**************
意を決して、あの「本部」に行った。
セーラー服の美少女は前と同じように奥まった管理職のデスクでうつむいて書類を見ていた。
「あの・・・」
入口のカウンターで声を掛けると、そばの中年の事務員が気付いた。
「いらっしゃいませ、ご用件は。」
その声にセーラー服の美少女が気付き、私のところにスカートをなびかせながら早足でやってきた。
「お待ちしていました。お仕事にいかれるんですね。」
「はい。」
「どうぞこちらに。」
パーテーションに仕切られた応接セットの置かれたスペースに案内された。いくつか書類の束をもって私の前に美少女が座った。
妙な気持だった。向かいに絶世の美少女がいる。それもセーラー服で。私は思わず欲情しかけた。目の前、手を伸ばせばその美しい黒髪に触れられるような場所に清純そのものの美少女がいて、少女らしいほのかな甘い香りが鼻をくすぐる。このようなロケーションで欲情しない男がいるだろうか。私もリーダーに欲情する以上にこの美少女に欲情し始めた。存在しないモノが硬直する感覚だ。
しかし、私は女になっている。モノは自分に存在せず、モノを受入れる股間になっている。それに、彼女がしていることは、私の売春相手の男を斡旋しているのだ。私が男に抱かれるように手配しているのだ。その倒錯的な状況に頭がクラクラし、卒倒寸前の状況になってきた。
「こちらが候補の方なんですが。」
3枚の写真が私の前に置かれた。3人とも中年の苦みばしった一般的にはいい男だ。
「お三方とも、ニューハーフがお望みで、それもナシナシを希望されています。お写真も見られて気に入っていただいているので、条件はぴったりだと思います。」
彼女の言葉は、頭の上の遥か彼方で響いているように聞こえた。
「皆さんお値段が違うんですけど、高いかたは長いお時間を望んでおられて。こちらのかたが、一番長く4時間を希望されています。」
もう誰でもどうでもよくなってきた。
「じゃあ、それでお願いします。」
「わかりました。それでは今回はこちらの方で。明日7時にお迎えに行くということでよろしいですか。」
「はい、お願いします。」
ついに自らの意思で男に抱かれに行くことにしてしまった。
こんなことでいいのだろうか。自分は今、女の恰好をしているけど、女じゃないという意識は思考の中心にある。女は嗜好の対象なのだ。でも女になりたいという意識はあった。これは、「女が好きだ、でも女になりたい」では絶対にない。「女が好きだ、だから女になりたい。」のはずだ。
自分の嗜好、元の世界にいたときから頭の中をもやもやしていた自分の性癖は、整理するとそういうことじゃないだろうか。現実は先に進んでしまっていて、女だけの世界で、見かけはまるで女になっている。これは自分の求める姿なのか。そういうような、そうでないような、あやふやな状況だ。
もやもやしながら、寝床に入り、明日のことを考えながら眠りについた。不可解な夢にうなされた。
******************略***********
6時に目を覚ますと、洗面、化粧、着替えをあわただしくすませ、昨晩買っておいたサンドイッチを口に放り込み、階下へ駆け下りていった。
7時にはまだ少し間があったが、あの古ぼけたワンボックスカーが停まっていた。
「おはようございます。」
あの若いジャンパースカートの運転手だった。
「今日はお仕事で向こうへ行かれるのですね。」
「ええ・・・」
この娘は私が向こうで何をしようとしてくるのか知っているのだろうか。でも、前に会ったときは「男の運転手」ということばに、「オトコ?」という返事が返ってきた。セーラー服とジャンパースカートの間に男というものを認識しているかどうかの境界があるのだろう。
「これから道が悪くなりますけど、どうしますか?」
「どうするって?」
「その前に寝てしまうと、気持ち悪くはならないかと・・・」
「寝ないといけないんですか?」
「決まりですから。」
「どうして?」
「境界から向こうに行こうとするときは意識を抹消しないとだめなんです。」
彼女はしつこく質問しても無表情にはならなかった。きちんと答えてくれた。
「境界っていうのは、あの城壁というか、城門というか・・・」
「そうです。その門を超えるときは必ず。」
「あなたはいいの?」
「私は、門まで行ったらすぐ引き返してきますから。門までならいいんです。」
「私はそこで意識を失っていろということなのね。」
「そうです。」
「向こうの人は連れにきてくれるんでしょ。」
「来てくれます。」
「どんな人?」
「会ったことはありません。私たちがいる間は来ることができませんから。」
そういうことか、それで前の中年運転手や向こうの男の運転手は私を力づくで気を失わせたってわけか。まあ、この若い運転手はやさしいってことだ。
「じゃあ、お願いします。」
彼女は助手席のバッグからスプレータイプの香水のような容器を取り出した。
「これを鼻に向かってスプレーし、吸い込んでください。2~3回やればいいかと。私にかからないようにしてくださいね。居眠り運転になってしまいますから。」
容器を受け取ると鼻に向けてスプレーを数回押した。押したことは覚えているが、そのあとその容器をどうしたのかすら記憶がなかった。
「おい、姉ちゃん起きろ。」
「・・・」
「まあ、よく寝てるもんだ。」
寝ぼけ眼で体を起こすと、あの古びたワンボックスカーの運転席にはこの前の男の運転手がいた。
「あんた、この前のオカマだろ。ずいぶん見違えたな。ずいぶん女らしくなったじゃないか。」
「そうですか。」
「整形でもしたかい。」
「いえ、そんなことは・・・」
「じゃあ、ホルモン漬けになったか。副作用がたいへんだぞ。」
「それほどは・・・」
「じゃあ、男に抱かれ続けて、徹底的に女にされて、自分の体内で女性ホルモンが大量生産されたってことか。」
「・・・」
男の好き勝手な言葉は無視して。元の世界の風景を眺めていた。
「ほらここだよ。」
ホテルではなく、ちょっと昔懐かしい喫茶店だ。
「中で座って待ってれば、男がやってくるってことだ。じゃあな、あんまりはりきりすぎんなよ。」
道端で下されると行ってしまった。
中に入るしかない。ここで逃げ出せばまたあの騒動が起きるにきまっている。この世界のことで自分に関することはすべて記憶から失われているから、この世界にとどまることはできないのだろう。そして女だけの世界に戻るにはあの車に乗らなくてはならないのだ。
観念して喫茶店のドアを開け、店内に入った。すぐそばの空いている席に座ったとたん、男性が向かいに腰かけた。
*************************ホテルの情景削除***********************************
ホテルをでたところで、あの男がイライラして待っていた。足元に吸い殻が多量に落ちている。路上で吸っておこられないのだろうか。
「早く乗れ」
後部座席に乗り込んだとたんに、急発進した。
「オカマのくせに、よくやるよ。買う男もどうかと思うけどね。」
「あんたも女っぽくなったって思ったけど、ホテルから出てくるところを見ればやつれたオカマだね。ケツだって締まっていて筋肉質で、どう見ても男のケツだ。」
「この前より髪が伸びた分だけちょっとマシってとこかもしれんが、こんなのを抱きたいなんてよっぽど変態だね。」
男は言いたい放題だった。私は無視してそっぽを向いていた。
信号待ちで男は助手席にある紙袋をゴソゴソあさっている。何を探しているのかわからないが、見つからないうちに信号は青になり、また急発進した。
「めんどくせえ。」
男は言うと路側帯に急停車し後部座席に乗り移ってきた。いきなり私は男の膝に倒され右腕を私の首に回した。
「一応、柔道の有段者なんでね。」
男が腕に力を入れると、私は頭がカッとなりそのまま意識がなくなった。
「大丈夫ですか。」
女性の声に目が覚めた。あの若い運転手だった。後部座席の私の倒れている隣に座り私を抱きかかえ心配そうに覗きこんでいた。
「なんとか。」
「また殴られたんですか。」
「今日は、絞め技をかけられたみたい。」
「柔道の? ほっとくと命にかかわるんじゃないの?」
「大丈夫だと思うけど。」
「お仕事から帰ってきて疲れているところに、そんなことするなんて。」
お仕事、と言われてどう答えようか困った。仕事には違いない。今日の報酬は前回よりずっと多かった。疲れているのもそのとおりだ。
「次からは、あのスプレーを持って行ってください。」
次に行くことがあるのだろうか。
「でも、お疲れのようだけど、朝にくらべて何か少しきれいになったようなきがするんですけど。」
「そうかしら。」
「それに、すごく肌も、髪もつやつやしてきたようですよ。」
みなれた街並みになってきた。彼女におだてられたのか、あの男の運転手に好き放題言われていたときは二度とあんな仕事に行くかとおもっていたが、なんとなくそうでもなくなってきた。
「誰かいますよ。」
彼女が声をかける。マンションの前におどおどした態度の人が立っている。
「見かけない人なので気を付けてくださいね。お疲れ様。」
「どうもありがとう。」
車から降りると、そのおどおどした人は私に声をかけようとしているように見えたが、さっとエレベーターに乗り込むと諦めたようだった。私の部屋があるフロアから外を見るとこちらを見上げていた。私と目があうと、慌てて目をそらし足早に立ち去っていった。
顔はよく見なかったが、後姿はショートカットで背が高め、ピンクハウス風のヒラヒラレースいっぱいのブラウスとスカートを着ていた。この世界に来て、そんな服を着ている人は見たことがなかった。
宿舎を探してみようと思った。
学校はどこにあるのかわかった。あの地下街も仕事をしていたときと全く同じような構造で、地上の繁華街の場所もわかった。いつでも行けるようになった。
あの陰険なOLがいたオフィスは存在しない。私が消してしまったあと、同じ場所と思われるところには、全く別のビルが建っていた。かといって、ビルが建て替えられて新築ビルが建っているわけではない。単に違うビルになっているのだ。
書類運びをさせられた事務所も存在しない。でも、事務所の入っていたビルはちゃんと存在している。しかしビルの中は、全然別のオフィスが十年前から存在しているような様子で事務所を構えていた。
概ねこの世界は、長身の娘と話し合ったように大半が私の「背景」であり、その中に私と直接関与する「実在」があってそれが混在しているのだ。
オフィスでの仕事は背景だった。そこでの仕事は、単なる事務処理というか、書類整理や清書、書類運びなどで実作業を伴っていない。実際の書類もほとんど意味のない文書だった。だから、仕事も、その事務所も、そこにいたOLや受付の女性もすべて一連の背景だったのだろう。
しかし、学校や地下街は違った。私は実際にトイレの床に這いつくばり、水を流し、汚物をかたづけ、実際に働いていた。だから学校や地下街は実在しているし、行くこともできた。そしてそこにいた管理人や用務員は実際に存在し、私のことを記憶していた。
唯一確認できていないのがあの宿舎だ。
繁華街を通り抜ける、アパートや古い木造家屋、その中に赤ちょうちんに八百屋、魚屋、乾物屋、荒物屋が混在する下町風の地区、そこをすぎてドヤ街風の簡易宿泊施設のはずれだということはわかっている。しかし、それらしき道を選んで進んでも、どこまで行っても下町風であることは下町風だが、同じような下町風の町がずっと続いていた。宿舎の裏に森があるはずだった。川も流れているはずだった。それらしき場所はどこにもなかった。
その日も結局見つからず、自宅のマンションの近くまで戻ったとき、またいた。あのピンクハウスの娘だ。今日は私のほうから近づいてみた。ピンクハウスは観念したように私の正面に立ち私のほうを向いた。
びっくりした。男だった。服装は完全に女だが、顔つき、髪形、肩幅、すべて男だった。スカートから出ている足も、骨ばっているうえに脛毛も若干生えているようだ。喉仏もある。手も足も大きい。ベルトのついた大きなサイズのピンクのパンプスを履いている。
「あの・・・」
声も全く男声だった。
「何の御用ですか、この前も家の前をウロウロしていたようですが。」
「初めて話しかけてもよさそうな方を見かけたので。」
「私と話をしたかったというのですか。」
「突然この世界に飛び込んで、リーダーから色々怒られ、相談できる友達になれそうな人がいないかと探していたらあなたを見掛けたんです。」
「あなたのリーダーって?」
「ロングヘアが美しくて、いつも花柄の素敵なドレスを着ていて、でも厳しいんです。」
「ちょっと違うのね。」
「何が違うんですか?」
「いや、何でもないの。話がしたいのなら、私の部屋へ来る?」
「勝手にうろつくとリーダーに殴られるんです。だから、ちょっと立ち話ぐらいで。」
「わかった。何を聞きたいの?」
「あ、ごめんなさい、リーダーが私のことに気付いたみたい。じゃあ、また。」
あわてて、スカートの裾をひるがえし表通りに向かって駆け出していった。
彼女なのか彼なのか不明だが、あのピンクハウスは私にとって、リーダーや運転手などと同じように、背景ではない実在のありありとした姿で私には見えていた。絶対に背景ではない。背景は自ら私に話しかけるようなことはしないから。
長身の娘と会うことは諦めなくてはならないのだろう。それもなぜなのか、もう少し考えなくてはならない。たぶん、宿舎の在処や、城郭が実際にあるかどうか、運転手のいう城門がどこなのか、それとも城門と城郭は同じなのか。もう少し懐と時間の余裕ができたので調べようと思った。
それには協力者だ。一人では無理がある。長身の娘の代わりはだれか。背景ではないと確信ができる人だ。まず、本部の美少女、運転手、そして地下街管理所の管理人、学校の用務員、よくわからないがピンクハウスの女。あと肝心なところがリーダーだ。
美少女には他の要件で会いに行くのは憚られた。運転手もあの要件以外に会いようもなかった。ピンクハウスは仮に会えたとしても協力者のレベルにはないだろう。本来ならリーダーが一番だが、こちらから会いに行く方法がないうえに最近会う頻度が極端に減っている。
そうすると、いる場所がわかっている管理人と用務員しかいなかった。愛想がよくなったとはいえ、あまり得意な人ではなかったが、やむを得ない。




