第8話
奥多摩迷宮管理事務所にはシーカー向けの装備を取り扱っているショップが併設されている。
これは迷宮突入前に装備や物資をその場で調達できるようにするためであり、極力武器を街中で携帯させないためでもある。シーカーは武器の所持や携帯が法令により認められているが、そうは言っても武装したシーカーが街中をうろつけば市民にいらぬ不安を与えてしまう。その為シーカーは普段その装備を管理事務所に預け、迷宮探索前に都度受け取って迷宮に潜ることが一般的だった。
【Tips】多くの国においてシーカーは法令により武器の所持が認められている。これはシーカーが適応により生身でも武装した兵士以上の力を有しているため、武装を禁止しても危険性にあまり差がないことに起因する。なお日本ではシーカー及びシーカーを騙った者が問題を起こした場合、警察や自衛官には現場判断での射殺が認められているため、この制度を悪用するものはあまりいない。
5月4日。この日、円は和を連れてシーカー向けのショップを訪れていた。その主な目的は一昨日の戦いで駄目になった防刃ジャケットの新調。
今日は迷宮に潜る予定はなく、和には病院で大人しくしていてもらうつもりだった。しかし適応により体調が良くなった和は自分も付いて行くと猛アピール。主治医の藤沢も許可を出したため円は和を連れて行くことにした。外出が迷宮に潜ってばかりというのも味気ないし偶にはこういうのもいいだろう。
買い物を済ませたらどこかでランチをして和の服を見に行こうと考えていたのだが──普段物分かりの良い和が何故今日に限り我が儘を言ったのか、円は自分の甘い判断を後悔していた。
「ねぇ~、買って買って~!!」
「…………」
和がシーカー向けのショップで目当ての商品を胸に抱き、円に駄々をこねていた。
円の買い物は既に終わっている。防刃ジャケットをグレードアップすることも考えたが、防具なんてどうせすぐに駄目になるのだし性能は上を見ればきりがない。前と同じジャケット、それから消耗した投石機用の鉄球と煙幕を補充して10分とかからず買い物は終了。ついでにとピッキング用ツールの棚をチェックしている内に、いつの間にか和の姿が見えなくなっていた。
ショップ内は小さめのホームセンターのような雰囲気で今はそれほど客も多くない。まさかこんな自衛官が目を光らせている場所でトラブルもないと思うが──円が和を探すと彼女は意外な場所で見つかった。
『…………』
『和?』
和がいたのは前衛用の近接武器が陳列されているエリアだ。和が見ていたのは柄も含めれば小柄な彼女の身の丈ほどもある長物。一見すると無骨な槍にも大剣にも見えるが分類はメイスと表示されていた。先端の打撃部には四方向に刃がついていて、えも言われぬ暴力的な雰囲気を漂わせている。
和は円に気づくとメイスを指さして言った。
『お兄ちゃん、これ欲しい』
『…………は?』
唐突な妹の言葉に円は耳を疑った。
「ねぇ、買ってよ~! これ欲しい~!」
「…………」
大重量のメイスの柄を胸に抱えて和は駄々をこねる。円はその意味不明な要望に呆気に取られた。こんなデカブツを買っても和は勿論、円だって使えない。和に至ってはメイスを持ち上げることさえできるかどうか。
自分のこめかみを指でなぞりながら円は言葉を絞り出した。
「えっと……何で?」
「欲しいから」
「…………」
会話にならなかった。円が弱り切った表情で頭をかくと和はチラと周りを見て近くに人がいないことを確認してから円の耳元で囁いた。
「……タマちゃんが欲しがってる」
「!」
タマ──和曰く、彼女の中に宿った竜の魂。その真偽は不明だが一昨日和の身体を操って二人のピンチを救ってくれたこともあり、悪い存在ではなさそうだと円も認識している。
円は確認するように小声で訊ねた。
「……それは、あいつがこれで戦うってことか?」
「うん。私たちを守ってやるって言ってるみたい」
「…………」
一昨日タマは敵の武器を奪って大立ち回りをしてみせた。その身体能力や筋力は和の身体を使っているとは思えないほど高く、確かに彼女であればこの巨大なメイスも振るえるのだろう。
「守ってやる、つってもなぁ……」
円は困惑した。確かに迷宮を探索する上であのタマの力があれば心強い。円が直接戦闘に不向きな以上、タマが戦力として数えられるなら探索効率や安全性は飛躍的に向上する。
だが一方で、和の身体をタマに使わせていいのかという不安もあった。昨日の検査では異常は見つからなかったが継続的に使わせてどんな影響が出るかは未だ分からない。実はタマが悪意を持っていて和の肉体の主導権を奪われる可能性もゼロではないし、目に見えないダメージが蓄積していくことだってあり得た。
タマに悪意があろうとなかろうと和の身体を使わせることにはリスクが付きまとう。
「お兄ちゃん、お願い」
「う~ん……」
だが迷宮に挑む以上、完全なリスクの排除は不可能だ。実際、円一人で和を絶対に守り切れるかと言えばそんなこと出来やしないわけで、一昨日の結果もそれを示していた。
──あの様子だと武器を持たせようと持たせまいと危なくなったらタマが出てくるんだろうし、それなら最初から武器を持たせておいた方が和にとっては安全なのか? タマが表に出てこなけりゃ和の身体に悪影響がないって保証もないわけだし、保険っていうか和の護衛だと考えれば悪い話じゃあない。問題はタマがこっちの指示を無視して敵に突っ込まないかってところと──
円は嘆息し、和に確認した。
「……買ってやるのは良いけど、これどうやって運ぶつもりなんだ? 和じゃ持てないだろ」
「お兄ちゃんお願い」
「…………」
和は即答した。一昨日の探索で多少適応が進んだとはいえ和の身体能力は同年代の女子と比べても平均を大きく下回る。とてもこんなデカブツを持ち運ぶことなどできない。円にとってもこのメイスが身に余る重量であることは違いないが、
──ズッ……!
「わ、凄い凄い!」
円がメイスの柄を握り片手で床から数センチほど持ち上げる。重いし自分がこれを振るって戦うことは難しそうだが、運ぶだけならできなくはないだろう。適応の成果だ。ただ迷宮の中でこれを持って行動するというのは正直遠慮したい。集中力が削がれて確実に警戒が疎かになる。
「……俺が迷宮の中でこれを持ち歩くのは無理だ。疲れるし、確実に周りから変な目で見られる。もうちょい軽いのじゃ駄目なのか? サーベルとか短槍とかなら和でも持ち運べるだろ」
「タマちゃんが絶対これが良いって」
「これが良いって言われてもなぁ……」
円は弱り果てた。妹の頼みなら大抵のことは叶えてやるつもりだが、流石にこれは命に関わることだし簡単には頷けない。しぶる円に和は言い募った。
「ねぇ、お願い! 迷宮の中まで運んでくれれば後は私が何とかするから!」
「何とかって……タマに持たせるってことか? 流石に常時あいつに身体を使わせるのは和の身体にどんな影響があるか分からんから止めて欲しいんだがなぁ」
「う~ん……大丈夫。イケると思う。タマちゃんに力だけ貸してもらって私が身体を動かすっていうのもできるみたい」
和が考えるような素振りをして答える。どうやら自分の中のタマとやり取りをしているらしい。
どうしたものか。本人が出来るというならメリットもあるし試してみてもいいが──円はチラとメイスに付けられた値札を見た。大型武器ではあるが、構造が単純なため同サイズの剣と比べれば格段に安い。買って試してみて、やっぱり駄目でしたとなってもそれほど大きな痛手ではなかった。
──迷宮内ならタマと自由に入れ替われるっていうのも和が言ってるだけで確認が取れた話じゃない。どうせなら本格的な探索の前に一度どんな感じか試しときたいかな。タマともあれっきりだし、和や俺の言うことをどこまで聞いてくれるのか把握しとかないと方針や作戦の立てようがない。
円はウルウルとした瞳をこちらに向ける妹を見た。そしてそのワザとらしい態度に嘆息する。
「……ま、いいだろ」
「! わ~い、お兄ちゃん大好き!」
抱き着いてくる妹を程々にあしらいながら円は言った。
「だけど実際に使わせるかどうかは和とタマ次第だ。和の言う通りちゃんと迷宮の中では自分で持ち運べて、タマがちゃんとこっちの言うことを聞けるっていうのが条件だからな」
「もう~、お兄ちゃんたら心配性だな~。大丈夫だって」
「……どうだか。ならこの後、迷宮でどんな具合か確認しようと思うけど大丈夫か? 探索はしない。入口付近で今言ったことを確認するだけだ」
「うん!」
軽い調子の妹に円は嘆息を一つ。メイスを持ってレジへと向かった。
その途中、シーカーらしからぬ軽装の一団とすれ違う。
「わ。あんな小さい子がいるよ?」
「ホントだ。やっぱ、ちゃんと適応さえできれば格闘技とかやってなくてもイケるんだって」
彼らは双子──特に小柄な和を見てそんなことを囁く。
彼らは見たところ20代半ばのまだ若い男女五人組だった。普通シーカーと言えば見た目にもアウトローめいた雰囲気を漂わせているものだが、彼らはまったくそんな匂いを感じさせないごく普通の青年たちだ。双子が言えたことではないが全体的に線が細くて肌も青白い。まるで一般人が物見遊山で迷い込んだかのようだった。
「ちょっと話を聞いてみようか?」
「止めときなよ~。子供でもパーティーに怖い人がいるかもしれないよ~?」
『…………』
双子はその一団の視線を無視してスッと通り過ぎる。
そして角を曲がって彼らの姿が見えなくなったところで、和がボソリと呟いた。
「……あの人たち、シーカー志望なのかな?」
「さあな。本気でなるつもりなのか、ただ見に来ただけなのか……どっちにしろ俺らには関係ねぇよ」
円は短く切り捨てる。
シーカーは危険な仕事で、余程の事情がある者か、社会にあぶれたロクデナシぐらいしか成り手がいないとは言ったが、当然そこにも例外はあった。若い夢見がちな者たちの中には命懸けという言葉を甘く見て軽い気持ちでシーカーになる人間も一定数いる。
ただしそうした人間は大抵一月と持たず命を落とし、運良く生き残っても二度と迷宮に潜ろうなどとは思わない。
そんな人間は自分たちには関係ないし安全の為にも関わるべきではない。それを理解している和は兄の言葉にそれ以上何も言わなかった。




