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双子と竜~現代ダンジョンに双子が適応を始めたようです~  作者: 廃くじら


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第5話

 時はほんの少しだけ遡る。


 和(のどか)は兄が作ってくれたチャンスを逃すことなくローブの襟で口元を押さえて煙幕の中に飛び込んだ。ゴブリンたちの存在に恐怖を感じはしたものの、幸い彼らはくしゃみと涙で和に構うどころではなかった。


 しかし煙幕を抜け小部屋から通路へと移動した瞬間、ソ(・)レ(・)は唐突に和の前に現れた。


「──きゃっ!?」


 通路で待ち構えていたホブゴブリンが和の細い腰を鷲掴みにする。突然の出来事に和は頭が真っ白になり、短く悲鳴を上げてされるがままだった。


 ホブゴブリンは和を宙吊りにし、のしのしと音を立てて小部屋へ移動する。


「和っ!!!」


 円(まどか)の悲鳴が聞こえた。


「おにい……ちゃ……」


 和は兄に、自分に構わないでと伝えようとしたが、それより早く不吉な打撃音がその場に響く。


 ──ドゴォッ!!


 続いて聞こえてくる兄の呻き声。


「ぐ──ぅっ!」


 恐ろしいイメージが和の脳裏に浮かぶ。けれどホブゴブリンに宙吊りにされた非力な和にはこの手を振り払って兄の元に駆け寄ることはおろか、身体を捩って兄の姿を確認することもできなかった。


「!」


 その瞬間。絶望に染まる和の脳裏で、大切な友人が吠えた。


 ──grrrr……!




『──っ! お願い、タマちゃん!! お兄ちゃんを助けて!!』




 ──ガブッ!!


 和を捕まえていたホブゴブリンは完全に油断していた。手の中の少女は非力で何もできない。抵抗していた少年は頭から血を流して倒れている。少年に痛い目に遭わされ顔を真っ赤にしている仲間をニヤニヤ嗤って揶揄おうとした。


 だから、気づくのが一瞬遅れた。


 ──gobb!?


 ホブゴブリンの左手に激痛が走り、掴んでいた少女の身体を離し床に膝をついて悲鳴を上げる。何かあったのかと左手を見ると、親指が根元からズタズタにちぎられ無くなっていた。


 ──ペッ!


 少女が何かを地面に吐き出す──ホブゴブリンの親指だ。少女の口は血で赤く染まっていた。


 ニィ、と少女が口元を吊り上げる。


 ──ゲシィッ!!


 次の瞬間、ホブゴブリンの視界に星が飛んだ。


 ──!?


 それが少女に蹴られたせいだと気づいたのは二発目の蹴りを頭部に喰らった後だった。


 ──gob!!


 腕を振るって少女を目の前から追い払う。少女はそれを後ろに跳んで回避した。先ほどまでとはまるで別人。まるで野生の獣のような身のこなしだ。


 だが体格までは変わっていない。その速度には驚かされたが少女の打撃は軽く、ダメージはほとんどない。ショックから立ち直り、頭を振って立ち上がるホブゴブリンに少女は不機嫌そうに顔を顰めた。


「woof……」


 少女は低く唸るように鳴くと、すぐ近くで立ち尽くしていたゴブリンに飛び掛かりその首をへし折った。そしてゴブリンが手にしていたボロボロの剣を奪い取る。


 ──gobgob!


 もう一匹のゴブリンが我に返って襲い掛かるが、少女はそれをあっさりと回避。すれ違いざまに剣で首を叩き切った。


 ──ドシュッ!


「……bow」


 まるで試し斬りだ。ホブゴブリンの背筋に怖気が走る。気が付いた時には考えるより先に持っていた手斧で少女に襲い掛かっていた。


 ──ベキッ!!


 しかし斧を振り下ろした先に少女の姿はなく、ホブゴブリンの左足に激痛が走った。見ると左足が脛の辺りで肉が抉られ折れている。少女の剣の切れ味が悪かったため切断までは至っていないが、もはや足は使い物になるまい。


 ──gob!!!


 ホブゴブリンは膝をつき、悲鳴と激昂の叫びを同時に上げて少女の姿を探した。視界の左端で影が動く。


 ──バキィン!!


 ホブゴブリンの左手に回った少女が死角からホブゴブリンの頭部に剣を叩きつける。硬い頭蓋骨を殴りつけ、ボロボロだった剣は半ばから折れた。


 ──go!?


 無論、ホブゴブリンも無事ではない。文字通り脳髄まで響く衝撃に目を白黒させる。それでも最後まで闘志を失わず少女の姿を探した、が──


 ──ザクッ!


 背後から折れた剣を延髄に突き立てられてホブゴブリンの生命活動は停止した。




 その一連の攻防を見ていた者がいる。殴られ地面に倒れていた円と、彼に止めを刺そうとしていたもう一体のホブゴブリンだ。


 ──ア(・)レ(・)は……何だ? 何で和があんな……


 円は病弱な妹の突然の変貌に自分の目を疑う。


 アレは本当に自分の妹なのか? 何かに憑りつかれているのではないか? 妹は無事なのか?


 円の頭の中は困惑と不安と恐怖で真っ白になっていた。


 ──gob


 一方、円を追い詰めていたホブゴブリンは新たな敵の出現に気を引き締める。そして混乱したまま倒されたもう一体とは違い、棍棒を構えて油断なく少女を見据えた。


 その様に少女──和(のどか)の姿をしたナニかはニィと笑い、倒したホブゴブリンが持っていた手斧を拾う。そしてゆったりとした足取りで敵に近づいてきた。


「rooaar!!」


 彼女は間合いに入る少し手前で咆哮し、勢いよくホブゴブリンに飛び掛かった。


 ──ガギィン!!


『!』


 手斧と棍棒が真っ向から衝突する。どういう理屈か分からないが少女の膂力は飛躍的に向上していた。けれど少女の身体はホブゴブリンと比べて圧倒的に軽く、また身体が武器の重みに振り回されている。衝突で後ろに弾き飛ばされたのは少女の方だった。


「bow!」


 しかし少女は空中で身体を回転させて難なく着地。好戦的な笑みを浮かべて再びホブゴブリンに飛び掛かった。


 ──ガンッ! ガギィン! ドガッ!


 重量武器同士が幾度もぶつかり合い、火花を散らす。


 戦況はほぼ互角──いや、戦っている内に慣れてきたのか、次第に少女が後方に飛ぶ距離が短くなり、ホブゴブリンを押し始めた。だがホブゴブリンは押されながらも逆転の機を伺っていたし、双方とも武器の耐久性に難がある。まだ勝敗がどちらに転ぶかは分からなかった。


「…………」


 その攻防を円は地面にへたり込んだまま呆然と見つめる。


「grrrr!」


 和の口から迸る獣のような咆哮。元気に動き回る妹の姿を望んでいた筈なのに、目の前で繰り広げられている光景は想像していたものとは程遠い。


「っ!」


 円は思わず彼女から目を逸らした。そして──




 ──gob……!


 丁度その時、ゴブリンシャーマンがショックからようやく立ち直り、活動を再開した。


 最初に円が放った鉄球のスリングショットで肩の骨を砕かれ、痛みで倒れたところに煙幕の催涙成分で目と喉をやられた。弱り目に祟り目。ボロボロの状態で意識を失うこともできず、ずっと死んだふりをしていた。


 だがそれが功を奏した。手下どもがやられはしたが、下手に動いていたらあの少女に首を刈られていたかもしれない。今ならあの少女は自分のことは完全に意識になく、最高のタイミングで横槍を入れることが出来る。


 ゴブリンシャーマンは痛みを堪えてほくそ笑み、小声で呪文を詠唱。無防備な少女の背中目掛けて【火矢(ファイアボルト)】を放った。




 ──ヒュドッ!!


「!?」


 背後から伝わってきた熱波に、和の身体を操る誰かは驚き、咄嗟に振り向こうとした。けれど──


「っ! お前はデカブツに集中しろ!!」

「!」


 自分を庇って火矢を身体で受け止めた円の言葉に、彼女は目の前のホブゴブリンから目を逸らすことなくギュッと斧の柄を握りしめた。


 一方円は妹の身体を狙われた怒りでゴブリンシャーマンを睨みつける。円のジャケットは耐火性があるとはいえ二度の火矢の直撃で完全に使い物にならなくなっていた。これより薄い和のローブでは熱と衝撃を防ぎきることは難しかっただろうし、戦いの最中に気を逸らせばホブゴブリンの攻撃の直撃を受けていたかもしれない。


 円には妹に何が起きているかは分からない。だがそれでも妹を傷つける者を許すべきではないということだけは理解していた。


「クソ野郎が!!」

「rooaar!!」


 二人は罵声を上げてそれぞれの敵に飛び掛かる。


 決着は一瞬だった。


 ──グサッ!


 己を守る肉盾を失ったゴブリンシャーマンは逃げようとしたところを背後から円に刺し殺された。


 ──ドバッ!!


 円の戦場復帰に不利を悟ったホブゴブリンは焦って大振りになった隙を少女に突かれ、首を斧で切り飛ばされた。


 ──ドサリ!!


 ゴブリンたちの身体が同時に地面に崩れ落ちる。今度こそ他に敵の気配はない。


「…………」


 戦いを終えて円がゆっくりと振り返る──


「bow―bow!!」

「──ぐへっ!?」


 振り返った瞬間、円の身体は飛び掛かってきた少女によって地面に押し倒されていた。


「grrrr……」


 一瞬、驚きに身体を強張らせた円だったが、彼女に害意がないことは直ぐに分かった。彼女は犬のように円の胸に頭を擦りつけていた。


「は……」

「bow!」


 何が何だか分からず呆然とする円に、暫くして彼女は不満そうに吠えた。その表情に円は彼女が何を言いたいかを理解する。


「……撫でろってか?」

「bow!」


 そういうことらしい。円は混乱しながらも、いつも和にしているようにそっと彼女の頭を撫でた。


「arf!」


 すると彼女は一層嬉しそうに円の胸に頬を擦りつけた。


「…………」


 生き延びた喜びと混乱と妹の身体の柔らかさとで、円の思考が飽和状態になる。そんなタイミングで物音が響いた。


 ──ガシャ


 音のしたの方を見ると、そこにはいつの間にか宝箱が落ちていた。


 ──宝箱ってこんな感じで出るんだ…………はは、空気読めてねー。


 一度に色んな事があり過ぎた。円は完全に思考を放棄し、腕の中の彼女が満足するまで呆然とその頭を撫で続けた。




【Tips】迷宮には宝箱が存在する。一体誰が、どうやって、何の目的で設置しているかは分かっていない。ある学者はこれを「迷宮が人を誘き寄せる為の餌」と推測していたが、それを裏付ける根拠はない。ただ事実としてそこには本物の宝が収められており、また往々にして危険な罠が仕掛けられている。

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