第25話
「──死にたくなけりゃ動かないで下さいね」
「っ!」
馬乗りになった円が小剣を予言者の頸動脈に添えて告げる。
彼にとっても人間同士の命のやり取りなど初めての経験だろうに憎らしいほど落ち着いている──実際には妹を危険に晒されキレているだけだが予言者の目にはそう見えた。実際に殺すつもりはないと思う。だが逆らえば殺されるかもしれないと思わせるだけの凄みが彼にはあった。
「──一紗様っ!!?」
「来ないで!!」
護衛の一人が予言者の窮地に気づき駆け寄ろうとするが、予言者がそれを大声で制止した。
「っ!?」
「私は問題ありません!! 魔物の対処を続けて!!」
「ですがっ!?」
予言者の発言は自分の身を案じてのものではない。乱戦になれば和が戦いに巻き込まれて万一のことがあるかもしれない。予言者は追い詰められても目的を忘れてはいなかった。
「私が呼ぶまで絶対に近づかないで!! これは命令です!!」
「~~~~っ」
護衛は命令と使命の間で逡巡していたが、今の最優先がスタンピードへの対処であることは間違いない。彼は迷いを振り切って再び消音結界の外に出て魔物の対処に戻った。
和は他の護衛も含め自分たちに近づいてくる者がいないことを確認してから兄に駆け寄ろうとした。
「お兄ちゃん! 左手、怪我!!」
「来るな」
しかし円はレイピアに貫かれ血塗れの左手を突き出して和を制止する。
「固まってると奇襲を受けた時に二人まとめてやられる可能性がある。和は周りの見張っててくれ」
「でも──!?」
「怪我は大したことない。治療は後だ」
「…………っ」
静かだがキッパリとした兄の言葉に和は渋々引き下がる。それを視界の端で確認し円は改めて予言者を詰問した。
「……さて、貴女の護衛がスタンピードを収めるまで暫く時間がかかりそうだし、それまで何で妹を狙ったのか聞かせてもらいましょうか。そもそもどうやってタマのことを知ったんです?」
「…………」
問われて予言者は一瞬逡巡したが、今更誤魔化す意味もないと悟って正直に答えた。
「……私の予知よ。竜を従える双子が現れるっていうね。それが何を指しているのかまでは分からなかったけど、シーカーの中に双子がいないかはずっとチェックしていたの。そして貴方たちを見つけた」
「竜を従える双子、ねぇ……」
円としては全く従えている認識はなかったが、確かに和の中に竜の魂──タマが宿っている現状はそう解釈できなくもない。というか竜と関りを持った双子なんて自分たち以外にいるとは思えないので多分そうなのだろう。
「それで仮にその双子が俺らのことだったとして、見つけてどうするつもりだったんです? 竜について調べるために解剖でもしようとか?」
冗談めかした口調だったが、もし予言者が首肯すれば円はいかなる手段を以ってしても彼女たちを排除するつもりだった。
「まさか。そんな訳ないでしょう」
予言者は自分に迫る生命の危機に気づくことなく、しかしキッパリと否定した。
「私たちにそんな悠長なことをしている時間は残されていないわ。私は彼女を政府や研究機関に売るつもりはない。ただ迷宮を攻略するために手を組もうと提案しただけよ。妹さんに確認してもらえばこれが嘘じゃないってことは分かってもらえるはずよ」
「うん?」
円は予言者の言葉に片眉を上げる。
この時二人の間には認識の齟齬があった。予言者は和が円に世界の終わりが近づいていることも含めて全て事情を説明しているものと思い込んでいた。しかし実際には和はその辺りの事情を一切円には説明していない。そもそも円がシーカーとなり和と一緒に迷宮に潜っているのは適応という現象を利用して和の病気を治すため。迷宮の踏破なんて全く興味が無かったし、和が世界を救うために迷宮を踏破しようとしているなんて知ったら「そんな危ないことするんじゃありません!」と反対するに決まっていた。
円の訝し気な視線を受けて、和は情報を伏せたまま予言者の言葉を肯定する。
「それは本当だよ。その人、私とタマちゃんを支援して迷宮を踏破してもらいたかったみたい」
「はぁ?」
和の言葉に円の表情が歪む。
「何だそりゃ? 竜を従えるって言葉だけで、そいつが迷宮を攻略できるって予知があったわけじゃないんだろ? そんな海のものとも山のものとも分からんネタを根拠に迷宮で仕掛けてきたってのか?」
「っ! 迷宮でワザとスタンピード起こしたあんたに言われたくないわよ!?」
円の言葉に予言者はカッと頬を紅潮させて叫んだ。
「こっちは世界を救うために真剣に迷宮を攻略しようとしてんの! あんたみたいに呑気に浅層で経験値稼ぎしてる連中とは違うのよ! 竜なんて理不尽な化け物を倒せる可能性が少しでもあるなら手段なんて選んでる場合じゃないでしょうが!!」
「……いや、俺は単に、もう少し慎重に動くべきだって言いたいだけで──」
「だからそんな悠長なことをしてる余裕は──」
迷宮を踏破しなければ遠からず人類が滅びると知っている予言者と何も知らない円の会話がすれ違う。
双方の事情を知る和は不毛な言い争いをどう収めたものかと天井を仰ぎ──
「っ! うわわっ!?」
──ドシャァッ!!
崩れた天井から降って来たソレに驚き飛び退いた。
「和っ!?」
「……だいじょう~ぶ!」
和が天井の崩落に巻き込まれたように見えた円が悲鳴を上げるが、すぐに土煙の向こうから和が元気な姿を見せた。
円はホッと胸を撫で下ろし、天井から降ってきたモノを見て改めて顔を顰める。
それはただの石や土の塊ではなく魔力で動く土人形──クレイ・ゴーレムと呼ばれる魔法生物だった。どうやらスタンピードの影響は壁や床だけでなく天井にまで及んでいたらしい。予言者の護衛は他の魔物の相手で手一杯なのと消音結界の影響もあって結界内に現れたゴーレムには気づいていなかった。
ゴーレム自体はそれほどサイズも大きくなく戦って倒せないことはないだろう。だがそうすると折角拘束した予言者を解放することになる。迷う円に和が言った。
「お兄ちゃんはその人を抑えてて。こっちは私がやるから」
「!」
それは取りも直さず予言者の前でタマが戦う姿を見せるということだ。困惑する円に和は微笑を浮かべて言った。
「まぁ見ててよ。多分、その人には実物を見せるのが一番早いから」
その言葉の意味を円──そして予言者が理解するより早く、巨大なメイスを拾い上げた和の雰囲気が一変した。
「rooaar!!」
和──いや、タマの喉から咆哮が迸る。タマはこれまで戦えなかった鬱憤を晴らすように、好戦的な笑みを浮かべてゴーレムに飛び掛かった。
──ドガァァァッ!!!
勢いよく叩きつけられたメイスがゴーレムの左腕を一撃で破壊する。
「…………は?」
痛覚のないゴーレムはそれに構うことなく右腕でタマに殴りかかるが、タマはそれを身を屈めて回避。怒涛のラッシュでゴーレムの胴体を殴りつけた。
「grrrrrrrr!!」
ゴーレムの体積が見る見る間に削られ、分解されていく。
「……嘘。こんな……」
その光景を見つめていた予言者がポツリと言った。
「…………この程度、なの?」
予言者の表情が失望に歪む。
「…………」
予言者はタマ──竜の魂の戦いを見て明らかに落胆していた。断っておくがタマは決して弱くない。シーカーとなって一月足らずの戦士として見れば破格の実力だ。技術面に拙さはあるが、身体能力、センス、いずれも傑出している。才能だけで言えば予言者の知る誰より上かもしれない。
だがそれだけだ。今はまだ未熟な戦士に過ぎず、優秀ではあっても特別な何かが有るようには見えない。いや、仮にそんなものがあったとしても、予言者にはこの先彼女が竜を倒せるほどの力を得る姿が全くイメージできなかった。
「…………」
失望と絶望に染まる予言者の顔を円は訝し気に見つめる。
「あんた一体何を……?」
「──何か、あるんでしょ?」
予言者は円の腕を掴み、縋りつくような表情で言った。
「アレは竜なんでしょう!? まだ何か隠された力があるんじゃないの!?」
「おい、落ち着けって……!」
困惑する円に構わず予言者は声を荒げた。
「落ち着いてられる筈がないでしょ!? ねぇ、あるんでしょ! 何か──」
「ないよ」
いつの間にかゴーレムを粉砕し、タマから肉体の主導権を取り戻した和が言った。
「────」
顔を引き攣らせ大きく目を見開いた予言者に、和は苦笑して続けた。
「まだ【思考感知】の呪文が継続してるなら私が嘘を吐いてないことは分かるでしょう? タマちゃんは確かに竜の魂だけど貴女が期待してるような特別な力は何もないの」
「嘘だ!!」
「嘘じゃないって。大体、普通に考えれば分かるでしょう。魂だけしかないタマちゃんに完全な竜を倒せる力なんてあるわけがないって」
「…………」
予言者には分かった。和は嘘を吐いていない。だが。
「……嘘だ。だって貴女は──」
──自分たちが迷宮を踏破するのだと確信していたじゃないか。
和は言った。
「うん、そうだよ。お兄ちゃんがいるからね」
「────は?」
予言者の口から間の抜けた声が漏れた。
「きっとお兄ちゃんが何とかしてくれる──私はただそう信じてるだけだよ」
「は? え……? そんな……そんなの、貴女の勝手な思い込みじゃない」
「かもね」
和はあっさりと認めた。
「だけど、私がそう信じたからタマちゃんは私たちと一緒に生きることを選んだの。貴女が何と言おうと私たちはもうとっくに──」
──ザザッ
周囲の戦いの音に紛れ和の声は円には聞き取れなかった。和の言葉が届いたのか否か、予言者は呆然自失となって天井を仰ぐ。
「…………」
円は二人のやり取りの意味が分からず、遠慮気味に訊ねた。
「……なぁ? 和、お前ら一体何の話してるんだ?」
「ん~? お兄ちゃんには内緒だよ」
和は完璧な笑顔を浮かべて言った。
「えぇ……?」
円はそれ以上の追及を諦め、困ったように頭をかく。
フロアの一角から騒がしい人の声と魔物を吹き飛ばす轟音が聞こえてきた。
どうやら第一線で活動する腕利きのシーカーがスタンピードに気づき駆け付けてくれたらしい。遠目にも凄まじい勢いで魔物が駆逐されていくのが分かった。この分であれば程なくスタンピードは収束し自分たちも地上へ帰還できるだろう。
円は貫かれた左手の痛みを今頃になって思い出しながら、どうやら今日も自分は妹を守ることができたらしいと安堵した。




