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双子と竜~現代ダンジョンに双子が適応を始めたようです~  作者: 廃くじら


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第24話

 ──ガキィン!!


 水中から飛び出してきた魚人の刺突を予言者はレイピアの柄で受け止める。そして返す刀で突き返し、魚人はそれを大きく後ろに跳んで回避した。


「和ちゃん!!」


 魚人の背後には和がいた。彼女を失うわけにはいかない。予言者は叫んだ。


「…………」


 けれど和は動かない。それどころか魚人に対し全く警戒する素振りも見せず、鋭く予言者を睨んでいた。


「何やってるの、和ちゃん!? 早く──」


 予言者の警告を遮って魚人は言った。


「それで和。この女は誰で、今はどういう状況だ?」

「──は?」


 少年の声だった。予言者は呆気に取られ間の抜けた声を漏らす。和は全く動じることなくその問いに答えた。


「政府お抱えの予言者だってさ。この間私たちにちょっかいかけてきた動画配信者はこの人の変装。タマちゃんのことを知って、何かに利用しようと近づいてきたみたい。手を組もうって誘われて断ったら、お兄ちゃんたちを人質にとって脅そうとしてきた」

「……ふぅん」


 悪意のある説明だったが、予言者は目の前の光景に理解が追いつかず口を挟めなかった。何故和は魚人(まもの)相手に平然と会話をしているのか。どうして魚人が人の言葉を喋っているのか。


 程なくして疑問の答えは示された。


「────!?」


 魚人の姿が泡のように溶け、その下から半裸の少年が現れた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 時は少しだけ遡る。


「…………」

「ひぃ……ひぃ……」


 第六層の瓦礫の陰から円が周囲の様子を伺っている。その後ろでは楓は石の床に膝をつき息も絶え絶えに荒い呼吸をしていた。


 円は観察を終えると極力物音を立てないように楓の元に戻る。


「和、ちゃん……いました?」

「いましたけど、ちょっと問題ありですね」


 難しい表情で円は自分が見た光景を楓に伝えた。


「白髪の女性と、周囲を警戒している手練れのシーカーですか……?」

「ええ。しかも音の反響具合からすると消音の結界が張られてて、その女と和の声が外に漏れないようになってるっぽいです」

「結界? 何でそんなことを……」

「さあ。少なくともあまり友好的な雰囲気には見えませんでした。うっかり近づけば攻撃されてもおかしくなさそうです」

「…………」

「…………」


 円と楓は無言で顔を見合わせた。十数秒程の沈黙の後、円が再び口を開く。


「例の配信者の件も含めて暫くきな臭いことが続いてます。あの連中が敵だと仮定して動きましょう」

「……それはいいですけど具体的にどうするんですか? 和くんはここまでの戦いでボロボロだし、私も呪文は後一回しか使えませんよ」


 楓の言葉は正しかった。地殻変動により本来の実力とかけ離れた階層に放り出された円と楓は、何とか階層を移動して和を発見することに成功したものの、戦闘のためのリソースがほとんどつきかけていた。


 楓の呪文は本人が申告した通り。円も持ってきた治癒薬(ヒーリング・ポーション)を全て飲み干してしまっていた。これでは地上に戻れるかも怪しく、格上のシーカーとやり合うどころではない。


「大丈夫。俺に考えがあります」


 しかし円は力強く言った。


「楓さん、迷宮に入る前に渡した巻物(スクロール)、もう一つの方も無事ですよね?」

「? はい」


 楓は要領を得ない表情で頷いた。


 楓は迷宮に入る前、念の為にと円から二本の巻物を渡されていた。内一つは【生物探知(ロケート・クリーチャー)】の巻物。使用者が知っている生物の居場所を把握するための第四階梯呪文で、これがあったからこそ二人は異なる階層に飛ばされた和を発見することができた。地殻変動を予想していたわけではないが、和が攫われたり逸れる可能性を想定した準備が見事にハマった形である。


 もう一つの巻物も特殊なトラブルを想定して準備されたものではあった。しかしこちらは敵を排除したり和を救出するのに役立つようなものではない。


 怪訝そうな表情の楓に円は薄い笑みを浮かべて口を開いた。


「これから作戦を説明します。まず──」


 円の説明を聞いている内に楓の顔色がどんどん悪くなっていく。


「えと……そんなことして大丈夫なんですか?」

「問題ありません。スタンピードの持続時間は精々一時間かそこら。楓さんはこっちが呼ぶまで引き籠っててくれれば安全ですよ」

「…………」


 心配しているのはそこではなかったが、楓はそれ以上口を挟むことは出来なかった。


「多少大事になったとしても、きっとあそこにいる連中が尻拭いしてくれますから俺たちの知ったこっちゃありませんて」


 そう言い切る円の笑顔を見て楓は理解した。


 ──あ。これ駄目なやつだ。円くん、和ちゃんと引き離されて完璧にキレちゃってる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「クソッ! こんなタイミングでドジこきやがって……!!」


 予言者の護衛の一人は、フロアのあちこちから溢れ出る魔物を斬り払いながら、このスタンピードの原因を排除すべく走っていた。




【Tips】迷宮内で銃などの近代兵器を使用した際、迷宮がそれを排除しようと強力かつ大量の魔物を発生させる現象を「スタンピード」と呼ぶ。なお、使用された兵器の脅威度に応じてスタンピードの規模は変化する。




 ──魔物は数こそ多いが強度はそれほどじゃない。恐らく原因は先ほどの爆発だろう。誰かが事故を起こしてそれがギリギリ兵器判定されたってところか?


 迷宮に近代兵器と判定される基準は意外と曖昧で、過去にはシーカーが持ち込んだものが意図せぬ化学反応を起こしスタンピードを引き起こしたことが幾度もあった。迷宮管理事務所ではそうした事故を起こさないための注意事項をシーカーに案内しているのだが、いい加減なシーカーがそれを理解せずスタンピードを引き起こしてしまうことはままあった。


 今回もその類のミスだろうと判断し、護衛は白煙が立ち上る一角に走った。問題を排除してできるだけ短時間でこのスタンピードを収める必要がある。しかし現場に到着した護衛はこのスタンピードの原因を発見して目を疑った。


「っ! 嘘だろう……まさか迷宮でワザとスタンピードを引き起こしたってのか……?」


 そこにはリストバンド型ライトの回線と煙幕の火薬を利用した即席の爆弾の残骸が散らばっていた。爆弾といっても破壊力はほとんどない。だがその起爆装置と火薬は迷宮に異物と判定されるに十分なものだった。


 普通の人間なら決してしないだろう迷宮内での自爆テロ。しかし護衛が真に目を疑ったのはそれだけではなかった。


「しかもこいつ、スタンピードを引き起こしておきながら自分だけちゃっかり安全圏に退避してやがる……!」


 爆弾の残骸には、半径3メートルほどの半球状の不透明な結界が展開されていた。第三階梯呪文【魔法の小さな小屋(タイニイ・ハット)】。発動から約8時間、外部からの干渉をほぼ完全に排除する結界呪文だ。主に迷宮内で休息を取るために使われる呪文だが、この呪文の使い手はそれを自爆テロで自分が安全圏に退避するために使用していた。


「ふざけんな、クソがっ!!」


 今すぐこの犯人を引きずり出して殺してやりたかったが、この結界は高位の呪文遣いか次元に干渉する能力持ちでもない限り解除できない。護衛は怒りに目を血走らせ、襲い掛かってきた魔物の群れに応戦した。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 魚人の幻影の下から現れた少年──杜崎円の姿に、予言者は何が起きているのか把握しようと思考を巡らせた。


 ──状況を整理しましょう。恐らく、魚人に化けていたのは第一階梯呪文の【変装(セルフ・ディスガイズ)】。これで魔物のフリをしてスタンピードのどさくさで護衛の目を潜り抜けたのね。だけど【変装】の呪文はただの幻術で水中を自由に動き回れるような効果はない。幻術の下に隠れていた魔力……あれは【魔力の鎧(メイジ・アーマー)】を併用して水の抵抗を軽減したってことかしら?


 予言者は円がこの場に現れた仕掛けをほぼ正確に見抜く。第一階梯呪文【魔力の鎧】。本来は対象に不可視の力場を纏わせる防御呪文だが、円はこれを水中での行動を補助するために使用した。


 だがそこまで考えて予言者は自分の推理と少年の正気を疑う。


 ──いや、冗談でしょう? 確かにそうすれば多少水中でスムーズに動けるかもしれないけど、そこは水棲の魔物のテリトリーなのよ。どんな小細工をしようが人間は圧倒的に不利。トップシーカーだって水中に引きずり込まれれば命はないわ。しかも今はスタンピードで魔物が荒れ狂ってる。敵に正体を見抜かれたら水中で袋叩きにされて殺されてたっていうのに、こいつには恐怖心ってものが存在しないの?──ううん、ないのかもしれないわね。恐らくこのスタンピードを引き起こした犯人はこいつ。小規模とはいえ迷宮内でワザとスタンピードを引き起こすなんてまともな神経じゃできやしないか。


 言葉にすれば決して実行不可能ではないが現実に可能とは思えない──円がやったのはそういうことだ。まともな神経では実行できないし、そもそも思いつかない。


 ──しかも口ぶりからすると、こっちの状況を把握する前にこれを実行したってことでしょう? 私が敵対してるって確証もないのに、妹が危ないかもしれないってそれだけで……


 狂ってるという言葉を使っていいかさえ怪しい凶行だ。取るに足らない凡人と認識していた筈の少年が、今予言者の目には理解を超えた理外の怪物に見えていた。


 動揺する予言者に円は告げた。


「取り敢えず、貴女を捕まえて人質にさせてもらいます。先に仕掛けてきたのはそっちなんだから文句はないでしょう? 勿論、抵抗したけりゃお好きにどうぞ」


 この場の生殺与奪を握っているのは自分とでも言いたげな円の宣言に予言者の顔がカッと紅潮した。


「っ! 調子に乗るな、ガキがっ!!」


 予言者は「予知」の片手間とはいえ、20年以上迷宮で適応を進めてきたシーカーだ。シーカーとなって一月やそこらの子供とはレベルが違う。予言者のクラスは四系統全ての複合クラスであるバード──器用貧乏で決して戦いに向いているとは言い難いが、それでも格下のローグに不覚を取るなんてことはあり得なかった。


 ──逆にこっちが人質に取ってやるわ……!


 一方、円は予言者が自分より格上であることを理解した上で何の気負いもなく自分から仕掛けた。


 初手は円の視線のフェイント。和に視線を向けて予言者の注意を分散させる。


「っ!」


 和に秘めた力があることを知る予言者はそれがフェイントだと理解していても反応せざるを得ない。


 和はピクリとも動かなかった。その気配さえない。あまりに無防備な態度に予言者は逆に何かあるのではと警戒を強めてしまう。


 ──ダンッ!!


 予言者の意識の陥穽をついて円が突撃した。


 不意を打てるほどではない。確かに想定より速くはあるが所詮は格下の動き。余裕をもって対処できる程度の速度だ。


 ──殺さないように手足の腱を奪──ってぇ!!?


 しかし予言者は突撃してくる円の姿勢に目を丸くした。普通、突進する時はカウンターを警戒して的を小さくし急所を守りながら攻撃してくるもの。しかし円は的を小さくするというセオリーは守りつつ、剥き出しの頭部を予言者に突き出し倒れ込むような姿勢で走ってきた。これでは頭部を串刺しにして殺してくれと言っているようなものではないか。


 ──殺──いえそれはっ!!?


 殺してしまえば和との関係が決定的に決裂してしまう。予言者の目的はあくまで竜の力を持つ和を手に入れること。円を倒して終わりではない。


 また予言者本人は自覚していなかったことだが、この時の彼女は能力に大幅なデバフがかかっていた。


 実戦では人は十全に実力を発揮することは難しい。特に同じ人間を傷つけ、殺すという行為は大きなストレスが伴う。生れて初めて人と実戦で向き合い、人を殺してしまうかもしれないという可能性を突きつけられた予言者の身体は普段通りの動きができなくなっていた。


 対する円は妹を背にここで驚異的な集中力を発揮する。彼は『人質に取ろうとした』という妹の発言から、予言者が生け捕りを狙ってくるだろうと推測して敢えて急所を晒して相手を牽制。予言者の刺突が鈍ったのに合わせて左手を突き出し、それをレイピアに突き刺して武器を封じた。


 ──ズシャッ!!


 左手に走る激痛を無視して円は身体をさらに押し込む。


「!?」


 そして右手で小剣のフェイントをしかけつつ勢いのままジャンプ。両足で予言者の胴に組み付いた。


「なぁっ!?」


 想定外の動きに予言者はそれを回避することも振り払うことも出来ない。


 ──ズダンッ!!


「げほ……っ!?」


 一瞬の攻防の後、円は馬乗りの格好で彼女を背中から地面に叩きつけていた。

補足)円と楓の行動

①円がライトと煙幕で即席起爆装置を作成(※1)

②楓が円に【魔力の鎧】を使用(※2)

③円が【変装】で魚人に化ける

④楓が巻物で【魔法の小さな小屋】を使用し結界準備

⑤楓が起爆装置を起動しスタンピードを起こす

⑥楓が結界内に避難

⑦円がどさくさに紛れて水中移動し和の元へ

(※1)ローグの訓練で学んだトラップ知識を応用

(※2)多少水中での動きがスムーズに見える程度で、自由に水中戦闘はできないものとして処理

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