第14話
「時雨さん、横から一匹近づいてきてます!」
「は、はいっ!」
円の警告で楓は一匹のゴブリンが自分を狙っていることに気づき、杖をギュッと握りしめた。
5月10日、日曜日。楓とパーティーを組むことを決めた翌日、円と和は早速彼女を連れて迷宮探索に挑んでいた。
双子にとっては三度目の迷宮探索。これまでの経験と失敗を糧に積み重ねた準備と迷宮への適応が進んだこともあり探索は概ね順調だった。今も大部屋で10体超のゴブリンの群れと会敵したが、初日の苦戦が嘘のように余裕をもって戦えている。
「grrrr!」
目の前ではゴブリンの群れの中に突入した和──いや、タマが大暴れしていた。愛用の武器を手に入れたタマはまさしく鬼に金棒。巨体のホブゴブリンにも全く力負けしていない。また新たに腕、脚、胸に軽量の部分鎧を装備しており、タマはそれを懐に飛び込んできた敵を殴り飛ばすために使っていた。
「らぁっ!」
対照的に円は戦場を縦横無尽に駆け回り、時に敵を斬りつけ、時にその進路を妨害して戦場をコントロールしている。
敵を倒すのではなく、タマが敵に囲まれたり背後を突かれることがないよう、後衛の楓が無防備に敵に襲われることがないよう戦場を整える。タマにメインアタッカーを任せると割り切ったことで円はそのバランサーとしての能力を発揮しつつあった。
とは言えこれが三人パーティーとなって初めての探索。全てが全て順調とはいかなかった。楓が自分に近づいてきたゴブリンを見て呪文を詠唱する。
「ひぅっ! 『し、真なる言の葉よ 必中の矢をここに 放て──【魔法の矢】』」
詠唱の完成と同時に杖の先に必中効果が付与された魔法の矢が三本発生、ゴブリンの身体を正確に撃ち貫いた。
──ヒュドドド!!
「……ホッ」
その場に崩れ落ちるゴブリンを見て楓が胸を撫で下ろす。そこに円の叱責が飛んだ。
「呪文無駄撃ちしない! 周りよく見て、また逆方向から敵が来てる!!」
「ひゃいっ!? え、えと『凍える冷気にょ──っ!??」
楓は慌てて返事をするが、咄嗟に意識の切り替えができず呪文詠唱を噛んでしまう。
「っ!!」
その様子に円は悪態を噛み殺し、相手にしていたゴブリンを蹴り飛ばして楓の援護に回った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………す、すいません」
ゴブリンとの戦闘を終えて楓が申し訳なさそうに双子に頭を下げた。戦闘そのものは円が多少かすり傷を負った程度で損害はほとんどなし。既にタマの意識は引っ込んで和が表に出ていた。
大の大人に恐縮されて円と和は顔を見合わせる。先ほどは戦闘の興奮もあって少し荒い言葉が出そうになったが、こうして委縮させることは円の本意ではなかった。
そもそも楓は迷宮探索はまだ二回目の素人。双子のように何年もかけて入念な準備や下調べをしてきたわけでもない。敵の数が多ければ混乱して冷静に動けないのは当然だし、シーカーのセオリーやどう動くべきだったかを理解していない可能性もあった。
『…………』
和の『任せるね』という視線を受けて円が楓に話しかける。
「まず頭を上げてください。こっちも事前にもっとちゃんとすり合わせをしておけば良かったんですけど、それが出来てなかったことは申し訳ないです。──確認ですけど、今の戦いで時雨さんは自分の動きのどこがマズかったか分かりますか?」
「えっと……」
円の声が思いの外穏やかだったことで安心したのか楓は顔を上げて言った。
「……呪文を噛んだこと?」
「それも良くはないですけど、それは行動をミスしただけで行動そのものが間違ってた訳じゃあないでしょう」
円はかつて訓練所で教官に教わった言葉を思い出しながら指摘した。
「細かいところは置いておくとして、大きなところで言うと二つあります。貴重な呪文を無駄撃ちしたことと、周りを見ていなかったこと」
「?」
楓は無駄撃ちというところが理解できていないようだ。
「時雨さんが一日に使える呪文の回数は何回ですか? リソースを消費しない初級呪文じゃなく第一階梯の呪文の方です」
呪文には集中力が続く限り日に何度でも使える初級呪文と、呪文リソースを消費する正式呪文の二種類が存在する。ちなみに先ほどの戦いで楓がゴブリンに使った【魔法の矢】は第一階梯の正式呪文だ。
「えっと……二回、です」
円の言いたいことを察したのか、楓が小さな声で答えた。
「そうですね。今の戦いで一回。最初の戦いでも一回使ってくれたので、もう今日は打ち止めです」
「…………」
「メイジの呪文はシーカーにとって戦況を変える切り札です。本当に必要な時に備えて使いどころはよく考えて欲しいんですよ」
円の要求はパーティーリーダーとして当然のものだった。しかし楓は反論する。
「で、でもね? 敵が近づいてきてたし、私としては呪文を使う以外に方法がなかったっていうか……」
円は怒らなかった。むしろ自分なりの意見を言ってくれたことに関しては肯定的に頷きを返す。
「勿論、本当にどうしようもない状況であれば躊躇わずに呪文を使って下さい。呪文を使い惜しんで死ぬことほど馬鹿馬鹿しいこともないですからね。でもさっきのケースだと時雨さんには他にいくらでもあの状況を切り抜ける方法があったと思うんですよ」
「他の方法……?」
楓は疑わし気に顔を顰めた。ちなみに円と和は事前に楓から彼女のステータスを開示されていた。
名前:時雨 楓
年齢:23歳 性別:女
身長:172cm 体重:■■kg
<能力資質>
筋力:D 敏捷:C 耐久:B
知性:A+ 知覚:B 魅力:C+
<クラス>
ウィザード LV1
初級呪文(∞):光 凍傷 魔法の手
第一階梯(2):魔法の矢 誘眠 潤滑油 言語理解 盾
<特記事項>
ギフト:ステータス閲覧
楓が習得している呪文の中で攻撃呪文は【魔法の矢】と【凍傷】の二つだけ。ただ【凍傷】は初級呪文かつ冷気で相手の動きを鈍らせるのがメインの呪文の為、威力は低く一撃でゴブリンを倒すことは難しい。【誘眠】でゴブリンを眠らせればあの場は切り抜けられただろうが、それでは止めを刺す一手が余計に必要になるだけで、呪文を温存するという目的も達成できない。
「う~ん……」
腕組みして考えこむ楓に円は苦笑して言った。
「答えを言っちゃうと時雨さん一人でどうにかする必要はなかったんです。例えば【凍傷】の呪文じゃゴブリンを一撃で倒すことは出来ませんけど動きを鈍らせることは出来ます。俺が近くにいたんだから足さえ止めてくれればフォローに入れたんですよ」
「あ」
言われて初めてそのことに気づいたようで、楓が気の抜けた声を出す。円は更に続けた。
「呪文を使わなくても移動してゴブリンを俺の方に誘導したり、シンプルに助けを呼ぶでもいいです。それでも駄目そうなら初めて自分で直接倒すことを考えればいい。低レベルのメイジの仕事はまず生き残ることだって言いますしね」
「で、でもそれってただの足手まといなんじゃ……?」
「そんなことはないですよ。敵の注意を引いてくれてるだけでもこっちは助かりますし、何より切り札があるってだけで安心感が全然違います」
「…………なる、ほど?」
拍子抜けした表情で楓が頷く。蘇生代金を肩代わりしてもらってまでパーティーに入ったのだから相応の働きを求められると思っていたのに、思ったより要求水準が低くて驚いたようだ。
本音では円も言いたいことがもっと沢山あった。だが最初から求め過ぎても付いてこれる筈がない。高い要求をして期待を裏切られる方がよほど怖かった。最低限必要なことだけを伝えて円はこの場を締める。
「それじゃ、ちょうど宝箱も出たし今日はここで切り上げましょう。──和、俺が宝箱開けてる間、時雨さんと周りを警戒しててくれ。時雨さんもいいですね?」
「りょーかい」
「は、はい」
楓はその撤退判断が自分が呪文を使い切ったせいだと理解していたが、空気を悪くしたくなくて何も言わなかった。
『…………』
しばしその場に円がカチャカチャと宝箱を弄る音だけが響く。沈黙に耐えかねたように楓が和に話しかけた。
「あの、相談があるんだけど……」
「うん、なになに? あ、ひょっとして生活費のこととか?」
今日の探索で見つかったドロップ品を買取にかけて現金化するまでには数日のタイムラグがある。お金のない楓はそれでは困るだろうと考えて和は言った。
「お金だったら貸すよ? いくら必要なの?」
「えぇ!? い、いやそんなつもりじゃ──」
「遠慮しなくてもいいって。丁度今日、最初に潜った時のドロップ品の査定が出て、結構いい金額だったからお財布に余裕はあるし。──ね、お兄ちゃん?」
妹に話を振られ、円は宝箱から目を逸らすことなく答えた。
「ああ。今日の成果の前払いってことにしとくんで、そこは遠慮せずに言ってください」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
実際、お金が入るまでモヤシ生活を送るしかないと考えていた楓はその提案をありがたく受け入れた。
「──って、それはありがたいんだけど、相談したかったのはそれじゃないの」
「?」
「ほら、私ってまだ使える呪文が少ないから普段はあんまり役に立てないでしょう? それならいっそ飛び道具とか持った方がいいのかなって……」
「あ~……」
言われて和は呻いた。円は鍵開けに集中していて答えてくれる気配はないし、後衛ということなら和の方が専門だ。和は言葉を選びながら自分の考えを伝えた。
「それは止めた方がいいんじゃないかな?」
「どうして?」
「弓にしろスリングにしろ使いこなすのは結構難しいから。本業の呪文の方が疎かになっちゃうと思うよ」
「う~ん。そっか~」
実のところ飛び道具を併用するメイジは一定数いるが、それはシーカーとなる前からある程度の経験や素地がある者が大半だ。今更楓が訓練をしたところでモノになるとは思えなかった。
そこで楓がふと思いついたように言った。
「──そう言えば今ちょっと思ったんだけど」
「なになに?」
「どうしてシーカーって銃を使ってる人いないのかな? 悪用されるって話ならシーカーの場合今更だし、あれば迷宮の攻略も捗ると思うんだけど?」
確かに銃であれば弓やスリングより短時間の訓練でモノになり易い。元々迷宮は軍や自衛隊が挑んでいたのだし、魔物相手の狩猟と考えれば迷宮限定で認められても良さそうな気はする。だがシーカーが銃を使わないことにはより切実な理由があった。
「それは使うと危ないからだよ」
「危ない?」
「そう。昔、アメリカ軍の精鋭が迷宮に挑んで一晩で全滅したって話聞いたことない?」
「あ、うん。TVでやってたね」
「あれはね、迷宮が怒って襲い掛かってきたからだって言われてるの」
「迷宮が……怒る?」
楓が不思議そうに首を傾げた。これは円や和のように迷宮について調べてきた人間ならともかく、楓のようについ最近まで完全な一般人だった者にはあまり知られていない話だ。
「詳しい理屈は分かってないんだけど、銃とか近代兵器を迷宮で使うと普通じゃ考えられないような強力な魔物が大量に現れてそれを排除しようとするんだってさ。ほら『竜は人類を試している』って有名な言葉があるでしょ?」
「確か外国の政治家の言葉だったよね?」
「そうそう。あの言葉はこの現象に由来してるらしいよ。だからシーカーは銃とかは使わずにこんな原始的な武器で迷宮に挑んでるんだって」
「へぇ……」
楓は感心したように呟き、そしてふと疑問に思った。
竜は人類を試しているという言葉が仮に正しかったとして、だとしたら竜は何のためにそんなことをしているのだろうか?
──ガチャ
「開いたぞ」
「さっすが~。何が入ってたか見せて見せて~」
しかし楓がその疑問を口にするより早く円が宝箱を開け、その疑問が口に出されることはなかった。




