第13話
「私きのこと豚のポルチーニクリームソースのパスタとサラダセット。楓さんは何にする?」
「えと、私はお金ないのでドリンクバーだけで……」
チェーン店のファミレスで和がタブレットを操作しながら同席している楓に注文を聞く。いい年した大人の悲しい発言に円は溜め息を押し殺して言った。
「……奢りますから好きなの頼んで下さい」
「い、いえいえ! 流石にそういう訳には──」
「蘇生代金と比べたらこれぐらい誤差ですよ」
「うぐ……っ!」
円のツッコミに楓が胸を押さえて呻く。円はそれに構うことなく続けた。
「立て替えた金を回収する為にも時雨さんにはこれからしっかり働いてもらわないといけないんです。シーカーは身体が資本ですから食事はしてください。もし迷宮内で飢え死にでもしたら今度は回収せずに見捨てて帰りますよ」
円の目は笑っていなかった。
「じゃ、じゃあ、このシーフードミックスフライ御膳を……」
「はいは~い。お兄ちゃんは?」
「和風ハンバーグセット」
「了解。話が長くなりそうだからドリンクバーは全員つけとくね~」
和がタブレットで全員分の注文を送信する。そして飲み物を取ってきて一息ついたタイミングで円が切り出した。
「それで、何であんな話になったのか、事情は説明してくれるんだよな?」
「!」
「分かってるって~」
円の言葉に楓はビクリと身体を強張らせ、逆に和はまるで気にした様子もなく笑った。
5月9日土曜日の正午。本当なら今頃三回目の迷宮探索に挑んでいる筈だった双子は、予定を変更して迷宮の管理区域から少し離れた場所にあるファミレスにいた。店内は休日の昼間だというのに人がまばらで空席が目立つ。こんなことで営業が成り立つのかと疑問に思ったが、迷宮関係者をターゲットにしているならむしろ朝や夕方以降がメインなのかもしれない。
テーブルでは四人掛けで双子が横並び、その向かいに楓が座っている。楓は借りてきた猫のようにオドオド視線を彷徨わせていた。
──もう少し堂々とすればいいのに。
円から見て時雨楓という女性は何とも頼りない大人だった。
身長170cm以上はあるだろうか。胸を張れば見栄えがするだろうに猫背がスタイルの良さを台無しにしている。黒髪ポニーテールに眼鏡、白のブラウスに暖色のフレアスカートの落ち着いた装い。自己紹介によると年齢は23歳の新卒二年目ということだが、全身から放たれる陰のオーラは会社でも彼女が上手く行っていなかっただろうことを容易に想像させた。
よくこんな有り様でシーカーになろうなんて考えたものだ──あるいは、だからこそなのかもしれないが。
何にせよ、つい先ほど蘇生代金200万円を立て替えた身としては彼女にもう少ししゃんとしてもらわないと困る。
「聞きたいのは楓さんとパーティーを組む理由、だよね?」
「ああ。ついでにこっちで蘇生代金を立て替えた理由もな」
「!」
楓が双子のやり取りにビクビク身体を反応させるが、一々フォローするのも面倒なので双子は無視して話を続けた。
「別におかしなことはないんじゃない? 榊さんも言ってたけど、やっぱり二人で迷宮に潜るのは危険だし仲間が多いにこしたことはないでしょ」
「……その仲間に時雨さんを選ぶ理由は?」
「別に楓さんじゃなきゃ駄目ってことはないけど、普通の人は私たちなんて相手にしてくれないし、雇おうとしたら幾らお金があっても足りない。こっちの事情を理解した上で組んでくれる人なんて滅多にいないと思うよ」
円は和の言い分を頭の中で咀嚼し、確認した。
「……蘇生代金を立て替えたのは時雨さんにこっちのやり方に付き合ってもらう対価か?」
蘇生代金を双子が立て替えた以上、楓は双子の意向を優先して行動せざるを得ない。またこのやり取りは自衛官の榊立ち合いのもとで行われており、楓がこの借金を踏み倒そうとする可能性は低かった。両親の遺産があるとはいえ200万円の出費は中々痛い。だが人一人をコントロール下に置けると考えれば必ずしも高い出費ではなかった。
「それもあるけど、折角仲間になるのに借金返済で呪文を覚える余裕がないんじゃ片手落ちでしょ。借金のことは一旦置いといて、どんどん呪文を覚えてもらった方が私たちにとってもメリットが大きいんじゃない?」
「…………」
楓が死なない、逃げないという前提にはなるが、和の言っていることは筋が通っていた。信頼できて有益な仲間を得るために投資するという発想そのものは決して間違いではない。
ただしそれはタマの存在が無ければ、だ。
「大丈夫。楓さんにはもうタマちゃんのことは伝えてあるよ」
「!?」
円の懸念を見透かしたように和は言った。不用意ともとれる発言に円は慌てて楓に視線を向けた。楓はその視線の圧に戸惑いながらおずおずと頷く。
「は、はい。説明を聞いた時は驚きましたけど……」
「和! お前、俺に相談もなく──」
「落ち着いて、お兄ちゃん。私も考えなしに事情を説明したわけじゃないから。考えてみてよ。どうして楓さんが見たこともないタマちゃんのことを説明されて信じてると思う?」
「────」
言われて初めて円はその不自然さに思い至った。円がタマの存在を信じているのは実際にタマが和の身体を操って暴れ回っている姿を見たからだ。そうでなければ和の妄想だと考えて相手にしなかっただろう。
では楓は? 楓はそのタマの存在を証明するものを何も見ていない筈だ。迷宮の外ではタマが表に出てくることは出来ないし、その怪力を和が借り受けることも出来ない。そんな状態でどうしてアッサリとタマの存在を信じているのか? 考えられることがあるとすれば和が管理事務所で言ったあの言葉。
「──ギフトか?」
円の言葉を、和は頷いて肯定した。
「うん。タマちゃんが、楓さんが何かの力で自分のことを視てるって教えてくれて、それで気づいたの」
【Tips】一部の人間は迷宮への適応により「ギフト」と呼ばれる特殊能力を発現することがある。このギフトは人間の能力の延長線上にあるもので、念動や発火のような能力は今のところ確認されていない。最も有名な例が「予知」で、高位の予知能力者は各国政府によって囲い込まれている。
円が本当なのかと楓に視線を向けると彼女は首肯した。
「は、はい。その、ギフトって言っても私のはそんな大したものじゃななくて、生きてる人の魂みたいなものがぼんやりと見えて──あ、後はその人に触ったら能力というかステータスみたいなものがざっくり分かるだけなんです」
「!」
楓はそう言ったが、それは場合によってはとんでもなく有益な能力かもしれない。円は楓に手を差し出して言った。
「……その能力を視るっていうの、俺にやってみてもらって良いですか?」
「あ、はい。勿論」
そう言って楓は円の手を握り、十秒ほど目を瞑って集中していた。そして目を開けて手を離すと、自分のトートバッグからスケッチブックを取り出し、白いページにペンでそれを書き出した。
「こ、こんな感じなんですけど……」
少し恥ずかしそうに見せてきたスケッチブックには次のように書かれていた。
名前:杜崎 円
年齢:15歳 性別:男
身長:165cm 体重:52kg
<能力資質>
筋力:D 敏捷:A+ 耐久:C
知性:B- 知覚:A 魅力:B
<クラス>
ローグ LV2
<特記事項>
無し
「…………何か、やけにゲームっぽいですね」
「うぐっ!」
円のツッコミに楓は胸を押さえてテーブルに突っ伏した。円は慌ててフォローを入れる。
「い、いや別に疑ってるとか変だって言ってるわけじゃないですよ? その、こういうギフトの出力って本人の知識とか性格とか嗜好に影響を受けるってどこかで聞いたことありますし」
「げふっ!?」
悪意なくオタク趣味であることを指摘され楓の傷は更に抉られた。和が呆れてツッコむ。
「お兄ちゃん、それ追い打ちだから」
「?」
「……うん。まあ分からないならそれでいいや」
和が苦笑してポーチから折りたたんだ紙を取り出す。そこには先ほど二人きりになった時に書いてもらったのだろう、和とタマ、二人分のデータが書かれていた。
「ちなみに私とタマちゃんはこんな感じ」
名前:杜崎 和
年齢:15歳 性別:女
身長:146cm 体重:36kg
<能力資質>
筋力:E- 敏捷:D 耐久:E
知性:C 知覚:B 魅力:A++
<クラス>
クレリック LV2
初級呪文(∞):光 導き 抵抗
第一階梯(3):傷治癒 祝福 魔力感知 聖域 命令
<特記事項>
竜の祝福:侵食率57%
名前:杜崎 タマ
年齢:??? 性別:???
身長:146cm 体重:36kg
<能力資質>
筋力:A+ 敏捷:A 耐久:B
知性:E 知覚:B+ 魅力:B+
<クラス>
ファイター LV2
<特記事項>
竜の魂
守護者
「…………」
色々と情報量が多すぎて処理が追いつかない。タマのクラスとか能力は予想通りだけど杜崎タマって何だ? 杜崎家判定はどこでした? 竜の魂は本人申告が確定しただけだからいいとしても、守護者っていったい何のことだ?
──いや落ち着け俺。問題はタマじゃなくて和の方だろ。
その魅力特化のステータスも魅力が何を指しているのか分からなくて意味不明だが、一番の問題は特記事項『竜の祝福:侵食率57%』。これは果たして、和の病気とタマの存在、一体どちらのことを指しているのか……?
「ね? 仲間になってもらって良かったでしょう?」
マジマジとデータに見入る円に和が自慢げに言った。
「……確かにな」
ただ、と続く言葉を呑み込んで円はダメージから回復して身体を起こす楓を見た。
楓がもたらす情報は自分たちにとってとてつもなく重い意味を持つ。それは非常に有益ではあるが重すぎた。もし彼女が自分たちを裏切ってどこかに情報を売るようなことがあれば──
「…………」
「え? あ、その、大丈夫です!!」
そんな疑念が表情に出ていたのだろう。円の視線に気づいて慌てて楓が弁解した。
「お二人の事情は和さんから聞きました! 私、お二人のこと応援してますから!!」
楓は胸の前で握り拳を作り、鼻息荒く力説した。その頬は何故か興奮に赤らんでいる。
「おう、えん……?」
何か自分が想像しているのとは違ったニュアンスをその言葉から感じとり、円はオウム返しに言った。
「はい! 世間の目は厳しいかもしれませんが、私は凄くアリだと思います! お二人を全力で応援しますので、お任せください!!」
「…………」
何かよく分からんが凄い気合いだ。裏切りの懸念がなさそうなのはいいことだが、
「……和。お前、時雨さんに何て説明したんだ?」
「お兄ちゃんは知らなくていいことだよ」
妹は完璧な微笑みを浮かべて言い切った。




