第12話
竜とその迷宮がこの世界に現れてから30余年。シーカーという存在が社会に認知されるようになってから20年以上が経過したが、シーカーの社会的評価については未だ定まっていない。
好意的に評価すれば、自衛隊や警察組織が迷宮の侵食を食い止めることにかかりきりでその調査・攻略にまで手が及んでいない中、危険を承知でその探索を行う英雄候補生。ひねた見方をすれば、欲望やスリルにとりつかれ厄介な武力を兼ね備えた社会不適合者だ。
彼らの評価を難しくしている要因の一つに、シーカーという存在が社会にとって有益か否かが誰にも判断できないことが挙げられた。
竜は明確な人類の敵であり、その迷宮の攻略は人類の未来のために避けて通れない課題だ。その意味で挑むシーカーたちが評価されるべき存在であることは間違いない。
だが一方で彼らシーカーは今のところ何の成果も出せていない。迷宮を攻略して竜を打ち倒すことはおろか、その秘密に迫ることさえできていなかった。そして成果が出せていないだけならまだしも、迷宮に適応し特殊な力を手にしたシーカーたちは大小さまざまなトラブルを引き起こし、犯罪に手を染める者も少なくない。また迷宮で発見される財宝の価値は高く、一財産を築いたシーカーへの妬みも根強くあった。
迷宮の調査は必要だ。だがそれをシーカーという民間人に委ねることが果たして望ましいのか否か。市民の声や政府の判断は常に揺れ続けていた。
そうしたシーカーの不安定な立場は政策にも大きく影響する。
シーカーに対し批判的な声が高まれば当然成り手は少なくなる。だがその流れはシーカーを減らし、社会復帰を促そうという方向には働かない。皆、誰かが迷宮に挑まなければならないということは理解していた。代替案が見つからない以上、シーカーにいなくなってもらっては困るのだ。だから市民も政府もシーカーの社会復帰は望んでいない。一度堕ちた者が二度と這い上がれない仕組みを作り上げ、彼らを下に見ることでそのプライドと秩序を維持していた。
つまり何が言いたいかというと、一度シーカーとなった者が一般社会に復帰することは非常に難しい。そして構造が複雑なため、その事実を理解しないままシーカーになってしまう者は案外多かった。
「…………え?」
榊が、自分たちに、この時雨楓という女性とパーティーを組むよう勧めている──そう和は言った。円はそうなのかと確認するように榊たちに視線を向ける。
『…………』
二人は円の視線に無言で頷きを返した。
「…………え? 何で?」
思わず円は目上に対する言葉遣いも忘れて言った。
時雨という女性の事情は概ね理解したつもりだ。新人シーカーで一度死亡し、仲間を失い、本人は蘇生費用で借金塗れ。働いていた会社もクビになり、シーカーを辞めて社会復帰することも難しい。身体を売る以外の方法で生きていこうと思えば覚悟を決めシーカーとして身を立てる以外になかった。
だがそのことと彼女が円たちとパーティーを組むことは全く話が繋がらない。
円と和は子供二人で決して戦力的に充実しているとは言い難い。また和の病気の治療を目的に迷宮に潜っているため金を稼ぐことは今のところ二の次だ。学生で迷宮に潜る頻度も少ないし、時雨がパーティーを組む相手として適しているとは到底思えない。なのに何故、時雨は期待を込めた目でこちらを見ているのか。
時雨本人が一向に口を開く気配がないので円は榊に助けを求めるよう視線を向ける。榊は仕方なく時雨に代わって事情を説明した。
「……実は時雨さんは蘇生された後、どこかのパーティーに入れてもらおうと掲示板などをあたったそうなんです。ですがどこも門前払いされてしまい……」
「それはまたどうして? 条件を高くし過ぎたとか?」
シーカーは死亡や再起不能でメンバーの入れ替わりが激しいため、条件や組む相手を選ばなければ既存のパーティーに加えてもらうことはそれほど難しくない。円や和のような子どもは別として、成人した大人の時雨がどこも門前払いというのは妙な話だった。
「それがですね……」
榊が言葉を濁し、いい加減自分で説明しろというように時雨を睨む。その視線に時雨はウッと怯み、諦めたように口を開いた。
「……じ、実は私のクラス、ウィザードでして。そのことと仲間を探してる事情を説明したら、皆さん無理って……」
『ああ~』
その説明で円と和は彼女がパーティーを組めなかった理由を理解した。
ウィザードとは攻撃や補助の呪文を得意とするメイジ系統に分類されるクラスの一つ。呪文遣いとして尖った能力こそ持たないが学習により最も多彩な呪文を習得することができる優秀なクラスだ。ただこのウィザードが十全にスペックを発揮するためには一つ条件がある。
和が苦笑とも同情ともとれる表情を浮かべて時雨に確認した。
「借金持ちだって言っちゃったんだ?」
「……はい~。そうしたら皆掌を返したみたいに冷たくなって~」
だろうな、と双子は内心頷いた。金のないウィザードはシーカーにとって地雷職の一つだ。
「ウィザードが呪文を覚えるのにお金がかかるなんて知らなかったんですよぉ~!」
時雨は半泣きで叫んだ。
シーカーの呪文遣いは、基本的に適応を進めることで自然と呪文を習得していく。特に学習の必要はなく、呪文の使い方や効果などは自然と頭の中にインストールされる。
その数少ない例外がウィザードだ。ウィザードは適応開始と同時にインストールされる基本呪文を除き、新たに呪文を習得するには他の呪文遣いや迷宮から稀に発見される呪文書などから個別に呪文を学習する必要があった。当然、貴重な知識を授かるのだからタダではなく、かなりの費用が掛かってくる。
つまりウィザードは金食い虫。金のないウィザードが足手でしかないというのはシーカーにとっては有名な話だ。けれどそのことは一般にはほとんど認知されていない。時雨がポロッと漏らしてしまったのもやむを得ないことではあった。
涙目でグシュグシュと鼻を鳴らす時雨を見て、円はフォローめいたことを口にする。
「まぁ、借金を隠してパーティーを組んでもどうせすぐにバレてたでしょうし、悔やんでも仕方ないんじゃないですか?」
「うぐぅ~……」
これで時雨がもう少し弁と頭が立つタイプなら誤魔化しながら借金を返すこともできただろうが、この様ではとてもそんな立ち回りができたとは思えない。どのみち彼女は借金を抱えていた時点で詰んでいたのだ。
ちなみに本人に金が無いならとパーティーメンバーが金を貸してくれるケースは稀。貧弱なウィザードは不意打ちで死ぬ可能性が高いので投資としてはリスクが高すぎる。もしそんな提案をしてくる者がいれば何か裏を疑った方がいい。
円はこの話を斡旋する榊に視線を向けて訊ねた。
「それで、榊さんは僕らにこの時雨さんとパーティーを組んでみたらどうかと?」
「ええ」
榊は泣きだした時雨を見て、これ以上本人に話をさせるのは無理だろうと判断し、代わりに説明した。
「杜崎さんたちはゆっくりと適応を進めていくとは仰っていましたが、やはりたった二人で迷宮を探索するのは危険です。お二人のペースなら時雨さんが新たな呪文を習得できなくてもそう大きな問題にはならないでしょうし、悪い話ではないかと思いまして」
「ふむ……」
確かに危なっかしい子供二人に多少問題はあっても大人の時雨をあてがおうという榊の発想は理解できた。
「ついでに時雨さんから直接礼金を取り立てれるので、その意味でも都合がいいかな、と──まぁ、礼金はもういいと言われるとは思っていなかったので、こちらはあてが外れてしまいましたがね」
「……なるほど」
先ほどの不自然な沈黙はそのせいか。50万円と言えば中学生にとっては大金だ。その取り立ての為なら円たちも話に応じやすいと思ったのだろう。
──さて、どうしたものかな。
円は一通りの事情を聞いた上で、既にこの申し出をどう断るべきかを考えていた。
元々円たちが二人だけで迷宮に潜っているのは、子供で事情を抱えた二人とパーティーを組んでくれるシーカーなどいる筈がないと考えたからだ。ちゃんとしたパーティーが組めるものなら和の安全の為にも組んでいた。だから今回の時雨の申し出は円にとっても願ったりかなったりの内容ではあったのだ──二人が実際に迷宮に潜る前であれば。
──今の俺たちにはタマがいる。タマのことが誰かにバレたらどうなるか分からんし、今更パーティーを組むなんて論外なんだよな。時雨さんには気の毒だけど他を当たってもらおう。
円が内心でそう結論付け、それをどう怪しまれないよう相手に伝えたものか考えていると、横から和が言った。
「──分かりました。パーティーを組みましょう」
「は!?」
「ほ、本当ですか……!?」
突然の和の宣言に円は目を白黒させ、時雨は希望に目を輝かせる。
「ちょ、和!? お前一体何を──」
「分かってる。お兄ちゃんの言いたいことは分かってるから安心して」
何が分かっているのか知らないが和は自信満々に薄い胸を叩いた。そして榊に視線を向けて言った。
「すいません。ちょっとパーティーを組む前に女同士で話をしておきたいことがあるので、榊さんとお兄ちゃん、少し外に出てもらってて良いですか?」
「は? それは構いませんが……」
和の奇妙な申し出に榊は円の顔を窺いながら言った。円は妹が何を考えているのか問いただそうとする。
「和、お前何考えて──」
「いいから。ここは私の言う通りにして。お兄ちゃん、お願い」
「…………」
真っ直ぐ目を見てお願いされ、妹の頼みを断れたためしのない円は、しぶしぶ榊と共に応接を出た。
「…………」
「…………」
廊下に男二人で立ち尽くし、しばし気まずい沈黙が流れる。
「……何か、妹がすいません」
「いえ。元々こちらがお願いしたことですから」
応接から「も~い~よ~」と和の声が聞こえてきたのはそれから10分ほど経過した後だった。
一体何なんだと文句を言うつもりで応接に戻った円の目に飛び込んできたのは、自信満々に腕組みする和と、
「てぇてぇ……てぇてぇよぉ……」
そんな和を見て頬を赤らめ、陶酔した表情で何事か呟く時雨の姿だった。
『…………』
その変貌に一体何があったと呆気に取られる男二人。そんな彼らに和は改めて宣言した。
「ということで、楓さんは正式に私たちのパーティーメンバーになりました──あ、あと蘇生代金も私たちの方で立て替えることになったから、お兄ちゃんよろしくね」
「はぁ!? おま、何を勝手なことを──」
流石に聞き逃せない言葉が続き、円は和に詰め寄る。和はそんな兄の動きに合わせてそっと耳元に口を寄せ、小声で囁いた。
「……この人は絶対に仲間にしなきゃだめ。ギフト持ちだよ。放っておいたらタマちゃんのことがバレちゃう」
「!?」




