第15話
「ですから以前から申し上げている通り、新たな才能を発掘する為、シーカーの裾野を広げる活動にもっと力を入れていただきたいのです。具体的には教育現場での啓蒙活動や、現在のシーカーとしての活動を差別的に取り扱う教育機関や企業への罰則強化など、より多くの人がシーカーという職業に触れられる環境を構築する必要があると考えています」
円卓上の会議室で白髪の若い女性がとうとうと持論を述べる。しかしそれを聞く会議参加者の表情は決して好意的とは言えないものが大半を占めていた。
ここは都内某所にある対竜種統合作戦本部。政府直轄の特殊機関で、官僚や警察庁、自衛隊幹部だけでなく、学者や各分野の専門家、日本で活動するシーカートップクランの幹部、特殊な才能を見出された者まで幅広い人材が一堂に会し、竜とその迷宮の対策について話し合っていた。
先ほど発言したのはその一人で「予知」のギフトを授かった女性。周囲からは「予言者」と呼ばれ、その精度の高い予知により日本に迫る数々の危機を未然に防いできた。若くしてこの場にいる以上、その影響力は決して軽いものではない。だが、それだけで物事が動くほど政治とは簡単なものではなかった。
「シーカーを増やせなどと簡単に言わないでいただきたいものですな。彼らの力は社会にとって諸刃の剣。受け入れる側の体制も十分に整っていないまま性急に規模を拡大すれば社会にいらぬ混乱を招くことになるだけです」
警察庁の幹部が予言者の言葉に不機嫌そうに反論する。それに官僚や学者の一部も同調した。
「全くですな。予言者殿の仰るシーカーの戦力拡充の必要性については勿論理解していますが、拙速に事を運べば迷宮による被害よりシーカーによる被害の方が大きくなったなんてことにもなりかねません。そうなれば余計にシーカーになろうとする人間の足が鈍るやもしれませんぞ」
「そもそも現状、我々は迷宮による周囲への侵食をほぼ完全に食い止めることができています。世界的にも新たな迷宮の誕生は低下傾向にあるのですから、本当に今焦って人を増やす必要があるのですか? むしろ迷宮や魔物の生態の分析を進め、ノウハウや装備を充実させることで質の底上げを図ることこそが肝要ではないでしょうか」
【Tips】世界には大小合わせて100以上の竜の迷宮が存在する。現在日本国内で確認されている迷宮は4か所。その内、奥多摩迷宮は5年前に誕生した日本最新にして最大の迷宮である。
自衛隊やシーカーなど普段迷宮に関与している者たちが発言を控える中、それ以外の者たちは口々に予言者の提案に否定的な意見を口にする。
孤立無援の中、予言者は内心の苛立ちを押し殺して冷静に反論した。
「……私は何も今すぐシーカーを倍にして欲しいと言っているわけではありません。先ほどシーカーは社会にとって諸刃の剣であり受け入れる側の体制も整っていないとおっしゃられましたが、その体制はただ待っていれば整うというものではないでしょう。むしろ今何もしなければシーカーに対する偏見が社会に定着し、優秀な人材ほどシーカーになろうとは考えなくなる。悪循環が広がるだけではありませんか」
予言者は今動かなければシーカーを取り巻く環境は益々酷くなる一方だと訴えるが、周囲の反応は冷ややかだった。
「それは『予知』ですかな?」
「っ!」
あちこちから笑い声が漏れ、予言者の顔が紅潮した。予言者の「予知」は同種のギフト保持者の中でも極めて高い的中率をほこるが、その発動は本人にはコントロールできず、またその視点は非常にマクロで人間社会のあれこれなど小さな物事には及ばない。そのことはこの会議に参加している全員が知っていた。
「具体的にどうすれば迷宮の脅威を排除できるという『予知』でもあるなら我々としても動くのは吝かではありませんが、予言者殿の個人的なご意見ということであれば中々そうもいきますまい」
「うむ。政治家先生や世論を動かすのも簡単ではありませんからな。そうでなくとも昨今はシーカーという存在そのものの有効性に疑義を唱える向きも強い」
官僚たちの発言は些か偏ってはいたが決して間違いではなかった。
迷宮攻略は遅々として進まずシーカーという存在は目立った成果を挙げられていない。そしてそんな中でも社会は一定の小康状態を保っているため、世間では下手に迷宮を刺激せずこのまま現状維持を図るべきではないかという意見が大勢を占めつつあった。ここで下手にシーカーを増やして問題が起きればシーカーに否定的な声は止めようもなく大きくなるかもしれない。
「…………」
予言者も当然そうした情勢は理解している。反論が出てこないのを見て警察庁の幹部が締めくくった。
「まぁ、予言者殿も成果が出ないからと言ってあまり焦らないことです。貴女に期待されているのはあくまで『予知』であるということをお忘れのないように」
「…………」
「あんま気にするなよ」
「……うるさい。余計なお世話よ」
定例の会議を終えた後の会議室に二人の人間が残っていた。
一人は予言者と呼ばれていた白髪に灰色の目を持つ若い女。
もう一人は隻眼でちょんまげ頭の壮年の男、日本トップクラン「レヴナント」のサブリーダー剱持一。
予言者は会議中の慎ましさをかなぐり捨て不貞腐れた顔で椅子から足を投げ出す。剱持はそんな予言者を宥めるが、彼女は目を合わせようともしなかった。
「会議中、助け舟の一つも出さずに黙ってた裏切り者が今更味方面するんじゃないわよ」
予言者の不満に剱持は弱った表情で頭をかいた。
「……そう言うなよ。シーカーの代表って言ったって、あいつらからしたら所詮俺は何の成果も出せてないならず者の頭に過ぎねぇんだ。口を挟んだところで余計に叩くネタを差し出すだけだって分かってるだろう?」
「はっ、物は言いようね」
予言者も剱持の言い分は理解していたが、それでも文句を言わずにはいられなかった。
剱持はその八つ当たりを苦笑して受け入れる。予言者とは長い付き合いだ。彼女が政府に囲い込まれて約20年。彼女が幼い頃から大人たちの間で苦労してきたところを剱持は間近で見てきた。彼にとって予言者は可愛い娘のようなもので、自分に八つ当たりをして気が晴れるなら幾らでも罵声を浴びせてくれればいいと考えていた。
しかし予言者はそれ以上剱持に何も言わず、不機嫌そうに天井を見つめ動こうとしない。その頑なな態度に剱持の口からポロリと本音がこぼれた。
「……実際お前さん、シーカーを増やすことに少し拘り過ぎじゃないか?」
「はぁ?」
予言者が剱持を睨みつけるが、彼は構うことなく続けた。
「言い方はアレだが、連中の言ってることは別に間違っちゃいない。現実に俺らシーカーは何の結果も出せてねぇんだ。成果も無し、これから成果を挙げれるって見通しも立ってない。この状況でただ人を増やしてくれと言ったところで筋が通らねぇだろ。まずは今いる面子で連中を納得させるだけの成果を挙げるにはどうしたらいいかを考えるのが先なんじゃねぇか」
「…………」
剱持の言い分は正しい。少なくとも日本を代表するクランの幹部としてはそう考えるべきだろう。だがそれはあくまで彼の立場における正しさだ。
「じゃあその成果はいつ出るの? 明日? 来週? 来月かしら? 別に来年でも待てば成果が挙がるって言うならいつまででも待ちますけど?」
「…………」
「出るわけないわよね。20年以上かけて未だに迷宮の底も見えない。例え最下層に辿り着いたところで竜を倒す算段もない。何せ相手は核ミサイルを撃ち込んでもピンピンしてる化け物なんだもの。今のままじゃ土台迷宮を踏破することなんてできやしないのよ」
予言者の言葉は剱持のみならず多くの関係者が目を逸らしている現実だった。自分たちの存在意義を否定され、流石の剱持もムッとした表情で言い返す。
「なら言わせてもらうが、それはお前の言うようにシーカーを増やせば何とかなる話なのか? 俺にはお前さんがただ焦って迷走してるようにしか見えないがね」
「別に、あんたと議論するつもりはないからそう思いたきゃ好きに思えばいいわ」
話し合いそのものを拒否するように吐き捨てる。口にして、予言者も言い過ぎだと思ったのか直ぐに謝罪した。
「……ごめんなさい。ちょっと言い過ぎた」
「いや、構わん。ただ俺は──」
「もう止めましょう。あんたたちのやり方を否定するつもりはないの。応援もしてる。でも、私には私のやり方がある。これ以上何も言わないで」
「…………」
予言者の頑なな態度に剱持は嘆息し、会議室を後にした。
誰もいなくなった会議室で予言者は天井を見上げ憂鬱そうに溜め息を吐く。
「……私たちに猶予はない」
予言者は人類にあまり時間が残されていないことを知っていた。迷宮を攻略しない限り遠からず人類は滅びる。そのことを彼女は「予知」によって理解していた。
けれど予言者はその「予知」を誰にも伝えていない。伝えたところでそれを食い止める術がないからだ。彼女は自分の「予知」の重さを理解している。今のままでは伝えたところで余計な混乱を引き起こすだけ。救えない破滅の予言ほど無意味で害悪なものはない。
だから予言者は独りでこの滅びを回避するための鍵を探していた。
手がかりは彼女が「予知」に見たたった一つのイメージ。
「見つけなきゃ……竜を従える、双子……」




