第10話
双子の二回目の迷宮探索は第一層をざっと歩き回った後、転がっていた死体を回収して終わった。
回収した死体は管理事務所に丸投げ。死体回収の礼金に関しては蘇生の成否や当人の支払い能力によって変わってくるため、担当自衛官から後日改めて連絡すると伝えられた。ドロップ品の買取もそうだが、後日改めてばっかりだな、と円は思った。まぁ本業ではない自衛隊が迷宮管理なんてやっているのだから多少のレスポンスの悪さは仕方がないのだろう。
翌5月6日はゴールデンウィーク最終日。双子は迷宮探索に際し必ず一日以上の休養を挟むことを決めており、この日は迷宮には潜らなかった。
和は病院で検査と休養。円は魔物の行動パターンや罠の仕組みなど、実際に迷宮探索を経験して気になったことについての学び直しに一日を費やした。
ゴールデンウィーク明けの5月7日木曜日。円は休みボケした他の生徒とは別の憂鬱さを抱えて中学校に登校した。
『久しぶり~。連休どこ行ってたの?』
『それが聞いてよ。彼氏とTDL行ったんだけど人多すぎてイライラしてケンカになっちゃってさ~』
『やっべ。宿題やってねぇよ』
『最初からやる気なかったクセに焦ったフリしてんじゃねぇよ』
円が通っているのは地元の公立中学校。多少ヤンチャな生徒が多い以外にこれといった特徴もない普通の学校だ。なお、和は院内学級でお世話になっているためこの中学には在籍しておらず、来年からは通信制高校に通うことを検討している。
「…………」
円は教室に入ると誰とも言葉を交わすことなく席につく。そして読みかけの文庫本を開くとHRが始まるまでの時間を潰した。
「おっす、杜崎!」
──バシッ!
強めに肩を叩いて声をかけられ、円は思わず机につんのめりそうになった。
「……痛ぇ」
「おっと、悪い悪い」
全く悪びれることなく言ったのはクラスメイトの藤堂樹。坊主頭の大柄な少年で、見た目の通り野球部に所属している。
「……悪いじゃねぇよ、馬鹿。一々叩くなって前から言ってんだろうが」
「細かいこと言うなよ」
円の抗議に藤堂は気にした様子もなく笑う。そして前の席に座って中身の詰まったスポーツバッグを床に置いた。
「で、連休はどっか遊びに行ってたのか?」
「行くわけねぇだろ。分かり切ったこと聞くな」
「ってことは、また妹ちゃんのところに入り浸りか!」
「うっせ。平日も休日も野球しかやってねぇ馬鹿に休みの過ごし方をどうこう言われる筋合いはねぇよ」
「ワハハハ!」
二人は気の置けない態度で軽口を叩き合う。中性的で細身な円といかにもな野球少年の藤堂は、見た目こそ正反対だが意外に馬が合った。特に円にとって藤堂はこの学校でほとんど唯一の友人だ。
ちなみに円に友達が少ないのは特にイジメられているとかではなく、彼が妹を優先して人付き合いが悪いせいだ。一度そのことでからかわれイジメに発展しかけたことはあったが、妹を侮辱された円が関係者全員を物理的にも社会的にもボコボコにしたため、むしろ学校内では危険人物と認識され恐れられていた。そこらのヤンキーごときが幼い頃からシーカーを目指して鍛えている人間に敵う訳がないのである。
「野球はいいぞ。身体を動かすと気持ちがいいし、努力が実って試合に勝てばもっと気持ちがいい。杜崎も運動神経はいいんだし、野球じゃなくても何か部活に入ってみたらどうなんだ? 兄貴が休みの度に見舞いに来るんじゃ妹ちゃんも逆に心配するだろ──『ウチのお兄ちゃん、もしかしてボッチなんじゃないかしら?』ってな」
「……余計なお世話だ。ウチの妹はとっくにそんな段階は通り過ぎて俺のボッチをネタにしてるよ」
円は藤堂の忠告に面倒くさそうな顔をしつつも、しっかり文庫本から顔を上げて反論する。
「大体、部活なんざ三年のこんな時期に入るもんじゃねぇだろ」
「そりゃそうだ。ワハハハ!」
藤堂は豪快に笑った後、少しだけ真面目な表情で言った。
「まぁ部活じゃなくても構やしない。何でもいいからお前も少しは青春しろよ。俺は強豪校にスカウトされて高校は杜崎とは別々になるだろうし、このままじゃまたお前さんボッチ生活に逆戻りだ。お兄さんは心配だよ」
「誰がお兄さんだ」
円は藤堂の忠告を鼻で笑う。そして藤堂が自分の鞄から勝手に取り出した宿題のプリントを見咎めて言った。
「調子に乗ってっと宿題写させてやんねぇぞ」
「ワハハハ、そんな固いこと言うなよブラザー」
藤堂は全く気にした様子もなく堂々と円の宿題を写し始めた。円は鼻を鳴らしてそれ以上何も言わず読書をして時間を潰しているとチャイムが鳴ってHRが始まった。
「全員席につけ~」
担任教師は注意事項や連休中に他のクラスの生徒が起こしたトラブルなどについて語っていたが、生徒は全員聞き流していた。最後に、
「──それと杜崎。話があるから放課後生徒指導室に来るように」
そう言って具体的な用件は言わず担任は教室を後にした。
前の席の藤堂が振り返り不思議そうな顔で訊ねた。
「何だ杜崎。何やらかしたんだ?」
「……さぁ。心当たりはないな」
嘘だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「何で相談も無くこんなことをしたんだ、杜崎」
「…………」
放課後の生徒指導室で円は担任の佐々木と向かい合っていた。
佐々木の言葉に『何のことですか?』なんて一々聞き返したりはしない。テーブルの上には印刷されたA4の用紙が置かれていた。送り主は陸上自衛隊──奥多摩迷宮管理事務所。
「一度登録したら取り返しがつかないんだぞ? 何でこんなシーカーなんて……」
円が黙っていると佐々木は溜め息と共にもう一度慨嘆した。
佐々木は30代前半の男性教師だ。眼鏡で無精ひげを生やした冴えない見た目をしていて女子からは馬鹿にされているが、男子生徒からの評判は悪くない。昼行灯で滅多なことでは感情を露わにしない彼が、顔に手を当て深々と溜め息を吐いた。
円は佐々木がこんな態度をとっている理由を理解した上で、悪びれることなく言った。
「何か問題がありますか? シーカー登録に先生の許可が必要なんてルールはないでしょ」
「……そういう問題じゃないだろ~」
佐々木は絞り出すような声で呻いた。
自衛隊から送られてきた書面の内容は円がシーカーとなったことを通知するものだ。未成年がシーカーとして登録された場合、こうした通知が必ず所属する学校に行くことになっている。理由は安全管理と一部の授業や部活動などに制限をかけるためだ。
シーカーとなり迷宮に適応した人間は超人的な能力を獲得していく。当然、体育では一般人と同じ基準で評価することはできなくなるし、スポーツ大会への参加なども認められない。またその力が周囲の人間に向けられるようなことがあれば危険極まりなく、教師には特段の注意と配意が要求された。
「心配しなくてもトラブルなんて起こしませんって」
「一年の時に三年のヤンキーどもを〆て全裸で土下座させた問題児がどの口で──じゃなくて。お前頼むから分かってくれよ~。それとも分かってて惚けてるのか~?」
「…………」
勿論分かっている。ただそれ以上にどうでもいいと思っていた。
「一度シーカーに登録したら犯罪歴と一緒で一生記録に残るんだ。進学や就職だって大幅に制限されることになるんだぞ?」
佐々木の言っていることは事実だ。
学校だって企業だって、好き好んで危険な力を持った人間を受け入れたいとは思わない。表立って「シーカー」だからと拒否しているわけではないし、全ての進学や就職の道が閉ざされる訳でもない。ただ高校でも私立の進学校などでは「アルバイト禁止」のルールの中にシーカーを含めて入学を拒否するケースが多く、企業の場合はそっとお断りされてしまう。言ってしまえば前科みたいなものだった。
佐々木が教師の立場で文句の一つも言いたくなる気持ちは理解できたので、円は黙って彼の不満だか愚痴だかを聞いた。
「杜崎の成績ならどこでも進学できたのに勿体ない。今さら言っても仕方がないけど、何か事情があったなら相談してくれよ~。先に言ってくれれば一緒に考えることもできたのに、こんな風に後出しにされたんじゃそれもできやしないだろうが」
佐々木の発言は彼自身の保身が皆無とは言わないが、円の将来を考えてのものであったことは間違いなかった。
そうして心配してくれること自体はありがたい。だが事情を説明したところで理解してもらえるとは思わない。だから円はわざと惚けた笑顔を作って言った。
「大丈夫ですよ、先生。俺、将来は自分で商売起こすつもりだし、学歴も就職もどうでもいいんで」
「そういう問題じゃないだろ~! そんな夢見がちなこと言って、後から悔やんでも遅いんだぞ~!?」
「どうしようもなくなったらそのままシーカー続けるか、固い仕事が良けりゃ自衛隊に志願すればいいだけですから」
「だから軽いんだよお前は~! 大体、自衛隊はそんな理由で志願するような甘い仕事じゃ──!」
佐々木は嘆くようにお説教を続ける。
円はそんな佐々木に本心を隠したまま、右から左にそれを聞き流した。




