第十一話 日課
シャロンを救いたいルイスが授業を無双します。
入学試験での大騒動から数日後。
王立魔法学園に清々しい朝の光が差し込み、
俺たちの本格的な学園生活が始まった。
全寮制であるこの学園での一日は、
周囲のエリート生徒たちがまだベッドの中で微睡んでいる早朝から始まる。
「ふん……はっ……!」
特級クラス専用の高級宿舎
――その裏庭で、俺は木剣を振り抜いていた。
10歳になった今も、
毎朝1000本の素振りと、身体強化魔術の微調整を兼ねたランニングは欠かさない。
シャロンを救うため、そしてアークライト家の名に恥じぬため、
日々の鍛錬こそがすべての基礎だ。
「ルイス様ぁ……朝から相変わらずお見事な剣筋だにゃん……」
ひと通りのメニューを終えて汗を拭っていると、
宿舎からニアがトコトコと歩いてきた。
薄手のネグリジェ姿で、眠そうに黒い猫耳をパタパタと揺らしている。
そのまま俺の胸元に「すりすり」と抱きついてくるのが、
ここ最近の彼女の朝のルーティンだ。
「おはよう、ニア。風邪を引くから、ちゃんと上着を羽織らないとダメだよ」
「ルイス様の体温が温かいから大丈夫だにゃ……ふにゃぁ……」
【万能鑑定】を発動するまでもなく、
彼女の寝起きの甘えん坊メーターは限界突破している。
朝から至福のモフモフを堪能した俺は、
ニアと一緒に身支度を整え、学園の施設へと向かった。
◇
改めて見渡す『王立魔法学園』は、一つの巨大な都市と言ってもいい規模を誇っている。
まず目を引くのが、中央にそびえ立つ【白亜の魔導大本校舎】。
すべての座学や魔術の実技が行われる場所で、
床や壁には常に魔力を安定させるための古代ルーン文字が刻まれている。
そして、俺たちが朝食のために訪れたのが【天空の魔導食堂】だ。
最上階に位置するこの食堂は、
全面が透過魔法のガラス張りになっており、王都を一望しながら食事ができる。
提供されるのは、
世界各地の高級食材を使った宮廷料理並みのメニューで、
すべて生徒の魔力IDカードで決済される仕組みだ。
さらに、学園の自慢が【星詠みの大図書室】。
高さ30メートル以上の吹き抜けの空間に、数百万冊の魔導書や歴史書が並んでいる。
上層階には一般生徒が立ち入れない「禁書エリア」があり、
そこには失われた古代魔術の記述もあるという。
シャロンの情報を探すにはうってつけの場所だ。
「……あら、アークライト卿。朝からずいぶんと仲がよろしいことですわね」
食堂の特等席に座っていると、
不機嫌そうな、しかしどこか頬を赤らめた声が響いた。
金髪のツインテールを揺らして現れたのは、
このアルカディア王国の第一王女であり、
同じ特級クラスに配属されたエレノア・フォン・アルカディアだ。
昨日の試験で俺が圧倒的なチート能力を見せたのを意識しているらしく、
目が合うとフイッとそっぽを向いた。
【エレノア・フォン・アルカディア(15歳)】
・脳内妄想:『朝からあの二人、見せつけてくれるじゃないの……! べ、別に羨ましくなんてありませんわ! でも、今日もルイス様の顔は格好いいわね……。試験の時のあの圧倒的な魔力、一体どうなっているのかしら……!』
・好感度:25(興味・激しい動揺)
王女様のチョロすぎる脳内を鑑定で楽しんでいるうちに、
一限目の授業の鐘が鳴り響いた。
◇
特級クラスの最初の座学は【古代魔術幾何学】。
複雑な魔術式をいかに効率よく展開し、魔力のロスを減らすかを学ぶ、
この学園で最も難しいと言われる講義の一つだ。
「……以上が、中級火魔術を展開する際の一般的な魔術式だ。だが、これには3割以上の魔力ロスが生じる。これを1割以下にする構成は、現代の魔導学会でも未だ発見されていない」
初老の特級教授が、黒板にびっしりと書かれた複雑な数式を指差して溜息をつく。
他のエリート生徒たちが難解な数式に頭を抱える中、
俺は前世の「現代科学・数理物理学」の知識を当てはめて、その数式を見ていた。
(いや、これ……ただの『熱力学第二法則』と『流体方程式』の最適化問題じゃん。ここをこう因数分解して、エネルギーの伝達経路を並列に処理すれば、ロスなんてゼロにできるのに)
「ルイス・フォン・アークライト卿。先ほどから退屈そうだが、何か意見でもあるのかね?」
教授が意地悪そうに俺を指名した。
10歳のガキには難しすぎたか、という顔だ。
エレノア王女が心配そうにこちらを見る中、
俺は静かに席を立ち、黒板の前へと歩き出た。
「教授、その数式の第3項と第5項の魔力干渉は、エネルギーの『ベクトル流動』を固定すれば完全に相殺できます。つまり、こう書き換えるべきです」
チョークを手に取り、
俺は前世の科学知識を魔術式に翻訳しながら、
サラサラと黒板に新たな数式を書き込んでいく。
無駄な3重の詠唱式を、
たった1行の美しい「簡略方程式」へと圧縮してみせたのだ。
「な、なんだこれは……!? 記述が従来の3分の1なのに、魔力の流動効率が……ほぼ100%!? 馬鹿な、こんな美しい魔術式、見たことがないぞ……!?」
教授の目が皿のようになった。
チョークを落とし、ガタガタと震えながら黒板の数式に狂ったように見入っている。
「……これで、魔力ロスは0.2%以下になります」
俺が何食わぬ顔で席に戻ると、教室内は完全な静寂に包まれた。
エリート貴族たちは、
10歳の子供が魔導学会の歴史を塗り替えるレベルの発見をサラッとしてのけたことに、恐怖すら感じていた。
「ル、ルイス様……やっぱりすごすぎますにゃ……!」
ニアが尊敬の眼差しで俺に抱きつき、エレノア王女は
「な、なんなのあの男の子……底が全く見えないわ……」
と、戦慄しながらも、
その緋色の瞳をいっそう輝かせて俺を凝視していた。
ストイックな朝の日課、
最高の施設、性能の違いを見せつける授業無双。
俺の王立魔法学園での日常は、
周囲の常識を置き去りにしながら、どこまでも完璧に、
シャロンを救い出すための知識を蓄えつつ、最高に充実した形で進んでいくのだった。
あの初老の教授は寿命が5年ほど縮んだそうです。。。




