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広大な演習場に、サーラン先生の厳格で透き通った声が朗々と響き渡っていた。今日の授業で扱うのは、水属性魔法の基本であり命綱でもある防御術――防護壁(バリア)の生成だ。


「いいか、諸君。この魔法は己の身を護るためのすべての基礎となるものだ。どれほど強力な攻撃魔法を修得しようと、身を護る術を持たぬ者は戦場において無力に等しい。何事も基礎を疎かにしていては、決していかなる高みにも届かぬのだ。見ていろ」


教壇の前に立つサーラン先生は静かに足を踏み出し、右手を勢いよく前方へ突き出した。その研ぎ澄まされた集中力に呼応するように、周囲の空気が重く静まり返る。


「清らかなる水よ、我を守る壁となれ!――『水鏡の盾(ウォーター・シールド)』!」


紡がれた朗々たる詠唱と共に、空間に鮮やかな水色の魔法陣が浮かんできた。幾何学模様が複雑に交差するその陣は美しく輝き、次の瞬間、まるで生き物のように形を変えていく。展開されたのは、陽光を弾いてきらめくしなやかな水のカーテン――圧倒的な密度と透明感を誇る、完璧な『水鏡の盾』であった。

あまりの美しさと洗練された魔力制御に、僕は息をのむ。


「さぁ、手本は見せた。各自、練習を開始せよ!」


先生の合図とともに、演習場のあちこちで生徒たちが一斉に詠唱を始めた。 しかし、現実は厳しい。魔法陣すら満足に描けず不発に終わる者や、どうにか水の盾を形作っても、強度が足りずパンッと音を立てて儚く弾け飛んでしまう者が続出した。無論、魔力保有量が少なく不器用な僕もその例外ではない。額に汗を浮かべ、必死に手をかざしても、頼りない水たまりが足元に散るばかりだった。

だが、この混沌とした演習場の中で、圧倒的な輝きを放つ存在がいた。


「水よ、我に付き従え――『水鏡の盾』」


鈴の鳴るような涼やかな声。セレス――セレスタイトが軽く手を差し伸べると、一切の無駄を削ぎ落とした短縮詠唱とともに、強固で澄み渡る水の障壁が一瞬で現れた。 水魔法の全般に応用できる、極めて難易度の高い簡易詠唱。流れるような優雅さと、隙のない魔力展開。その姿はまさに「天才」そのものだった。

(すごいな……僕にも、あんな才能があれば……)

そう思しかけて、僕は胸の奥で小さく自嘲の笑みを漏らした。 (でも……もう、そんなことを望んでも無駄なんだよね)

僕の命の刻限は、あとわずか。どんなに血を吐くような努力を重ねたところで、届かない高みがあることを痛感していた。刻一刻と迫る死の足音に、僕はいつしか「諦め」という名の運命を受け入れ始めていたのかもしれない。

サーランの宣告によれば、この授業の課題は三週間後に実技テストとして評価されるという。合格基準は「水鏡の盾を三秒間維持すること」。達成できなければ補習と再テストが待っている。厳しい条件に周囲が焦りの表情を浮かべる中、あっという間に時間は過ぎ、昼の鐘が鳴り響いた。

「スピ! ねぇ、聞いたか?」

練習を終え、汗を拭っていた僕のもとへ、セレスが弾んだ足取りで駆け寄ってきた。先ほどまでの冷徹な気品はどこへやら、僕の前で見せる彼女の表情は実に豊かだ。

「何がだよ、セレス」 「最近、この学院内で行方不明者が出ているらしいぞ」

「……そんな物騒な噂があるのか?」

僕が眉をひそめると、セレスはどこか誇らしげに胸を張ってみせた。

「どうやら、成績優秀な生徒ばかりが姿を消しているらしいんだ。だからスピも気をつけろよ」

「……それ、嫌味か? 狙われるとしたら、学年トップクラスの君の方だろう」

「嫌味じゃない! 嫌味じゃないんだ、信じてくれ!」

慌てて手をブンブンと振るセレスの様子がおかしく、僕は思わず口元を緩めた。彼女は一つ咳払いをすると、ふふん、と不敵に笑ってみせた。

「それに、もし私が狙われたとしても大丈夫だ。そこら辺の悪党なら、小指一本でひねり潰してみせるからな!」

「はいはい、頼もしいね。でも、本当に気をつけてくれよ」

「……私を心配してくれているのか? ふふ、それってなんだか、すごく『友達』みたいだな!」

素直に喜びを全身で表現するセレスの姿に、僕は少し呆れながら背を向けた。

「……そうかよ」

死ぬことが、ずっと恐ろしかった。残された時間の短さに絶望し、何もかもを投げ出したくなる夜が何度もあった。 けれど、こうして不器用に笑い合い、僕を等身大の人間として必要としてくれるセレスと過ごしていると、不思議と胸の奥が温かくなる。

かつて諦めかけたこの命だけど――セレスといるこの瞬間だけは、最後まで懸命に、楽しく生きてみたい。


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