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「……大丈夫」
頭上から降ってきた透き通るような声に、僕はハッと息をのんだ。 言葉をかけてくれた存在を見上げると、そこに立っていたのは――白髪を夕日に光らせた、セレスタイトだった。
「まさか誰かに聞かれているとは思わなかった、という顔だな」
「どうして……ここに」
「……申し訳なかった」
思いも寄らない言葉に、僕はすっかり拍子抜けしてしまった。あの孤高で冷徹な彼女から、まさか面と向かって頭を下げられるなど、夢にも思っていなかったからだ。
伏せられた美しい白髪の間から覗く彼女の表情は、瞳を強く閉じ、胸を痛めていることが一目で分かるほど切ないものだった。
「……どういうつもりだ?」
「この前の話だ。お前はしんどいことなんて何も知らない……ずっとそう思っていた。だが、私の考えは少し違っていたのかもしれない」
「?」
「……あんな酷いいじめがあるのだな。辛いのだろう。あのような仕打ちを受けているお前を見ていて……あの時言った自分の言葉を、深く後悔している。本当に申し訳なかった」
胸の奥を突かれたような衝撃が走り、僕は慌てて手を振った。
「っ! いや……その、まあ顔を上げてくれよ。分かってくれたなら良いんだ。その……こっちだって取り乱して怒ったりして悪かった」
「いや。お前の置かれた状況も知らず、勝手なことばかり言った私が全面的に悪い」
「ああっもう、良いから顔を上げろって――……って、えぇ!? 泣いてる!?」
顔を上げた彼女の目からは、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「だって……だって……っ」
あまりの落差に、僕は言葉を失う。 いつも凛として隙のない姿を見せていた彼女だが、本当は傷つきやすく、脆い存在なのかもしれない。
「……辛い思いをしてるんだろ、お前も」
「……まぁね。君ほどの苦しみではないかもしれないけれど。――ほら、耳をすましてみてごらん。この前、君が『友達』だと言っていた者たちの会話だよ」
セレスタイトが指さす校舎の物陰から、くすんだ笑い声と心無い囁きが漏れ聞こえてきた。
『才氷様! 才氷様! って持ち上げられて、いい気になって調子乗ってるわよねー』
『ほんとそれ。私たちのことなんて見下して、何とも思ってないんでしょうね』
『本当は友達の一人もいないくせにさ』
『ねぇ。見ていてバカバカしいわよね』
取り巻くように彼女の周りにいた生徒たちの、裏での容赦ない罵倒。 セレスタイトは自虐的な薄い笑みを浮かべ、涙を拭った。
「ね。ほら……友達なんかじゃないのよ」
「……笑えるような内容なのかよ、それ」
「もう、慣れたから。……私は一人ぼっちで、一生孤独なのよ」
悲しみを諦めで覆い隠そうとする彼女の横顔を見て、僕の胸の底から不思議な暖かさが湧き上がってきた。
自分と同じように、傷つき、居場所のない天才。
「――じゃあ、僕と友達になるか? 『嫌われ組同盟』……なんてね」
軽い冗談めかして差し出した言葉に、彼女は信じられないものを見るように目を見開いた。
「っ! 良いの……? 怖くないの……? 私が……」
「だって、僕たち一緒だろ」
弱者として弾き出された僕と、強者として孤立した彼女。抱える理由は違えど、背負っている孤独の深さは同じだ。
「……! 友達ね! 今日から私と貴方は、友達!」
パーッと視界が開けたような笑顔を見せる彼女に、僕は思わず毒気を抜かれた。
「お前って、そんなキャラだったのかよ……」
「キャラ?」
可愛く首を傾げた彼女は前のような美しいようなイメージではなく本当に同い年の可愛い少女のようだった。
「だって、いつも冷血で、絶対に笑わないようなイメージだったからさ」
「あんな陰口を叩かれていて、笑えるわけないじゃない! ……ていうか、『お前』って呼ばないで」
「なんでさ。お前だって僕のことを『貴方』って呼んでるだろ」
「だってぇ……と、もだち、だから……っ」
「なんて?」
「友達って……名前で呼び合ったり、一緒にご飯を食べたりして、遊ぶものなんでしょ……?」
真っ赤になって伏し目がちに呟く姿に、僕は思わず吹き出しそうになった。
「なんだその浅はかな友達イメージ。……まあ、良いか」
「本当!? じゃあ、私のことは『セレス』って呼んで!」 「んじゃ、僕のことは『スピネル』って呼んでね」
「こっちも愛称なんだから、『スピ』って呼ぶね!」
「はいはい、それでいいよ」
「私に……友達ができちゃった! じゃあこれから、一緒にご飯を食べたり、遊んだりしようね!」
「ああ」
「……私、何でもするから。お願いだから、一人にしないでね」
「ああ」
夕闇が迫る裏庭で、僕たちは小さく微笑み合った。久しぶりにちゃんと笑った気がする。
――僕にも友達ができたよ、父さん、母さん。 擦り切れかけたこの世界で、僕は初めて、確かな温もりを手に入れた気がした。




