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教室へと戻る道すがら、僕は知る由もなかった。 中庭で僕たちが模擬戦に興じ、そして僕が裏庭で己の無力さに打ちひしがれていたその時間、学院の裏側では恐ろしい魔手がすぐそこまで迫っていたということを。
幸いにも僕とセレスタイトは、騒動の渦中から遠く離れた裏庭に身を置いていたため、直接の被害に巻き込まれることはなかった。 だが、僕たちが離れていたあの空間――教室では、恐ろしい事件が起きていたのだ。正体不明の侵入者が押し入り、クラスのトップの一人であるメラナイトを惨憺たる状況下で人質に取り、狂気じみた形相で「ある人物」を捜し回っていたという。
「神の! 神の申し子はどこにいる! あの方々が必要なのだ! どこだ、おい、どこにいる!」
血走った目で叫び散らす侵入者に対し、教壇に立つサーラン先生は冷厳な眼差しを向け、低く落ち着いた声で対話を試みた。
「落ち着いてくれ。その『神の申し子』とは誰のことだ」
「しらばっくれても無駄だ! 全部知っている、我々は叡智ある者! バレてないとでも思ったか! ここにいることは分かっているんだ!」
刃物を突きつけられ、顔を蒼白にさせたメラナイトが悲鳴を上げる。
「先生! 助けて……!」
「なっ――」
緊迫した空気が破られようとしたその時、静かに現れたのは学院長だった。
「話し合いは無駄だ、サーラン殿」
「……それもそうですね、学院長。叡智ある者よ、人質を解放するというのならば、痛い思いをせずに居
られるぞ」
「おい! 神の申し子はどこだ、どこにいるんだ!」
「チッ……話しても無駄か」
サーラン先生は小さく舌を鳴らすと、瞬時に魔法の脈動を練り上げた。 生み出されたのは、一見すると素朴な水球。しかし、生徒たちが扱うものとは密度も魔力の質もまるで次元が違っていた。掌の上で高速回転するその水玉は、殺傷力をギリギリまで削ぎ落としつつも、相手の体勢を確実に削ぎ取る圧巻の制御が施されている。
相手がその超高密度の水球を避けようとわずかに身を引いたその刹那――学院長の手から放たれた目にも留まらぬ風の圧が、メラナイトの身体をさらりとなぎ払い、侵入者の拘束から一瞬で引き剥がした。
直後、サーラン先生の放った水球が侵入者の肩口へと必滅の軌道で直撃する。 ゴッ、と肉を抉る不快な打撃音が教室に重く響き渡った。
侵入者は激痛に身をよじり、倒れ込みながらも、なおもうわ言のように「神の申し子」の名を呟き探していたという。
何も知らずに昼食を終え、僕が教室へと戻ってきた時には、すでに事態は収束していた。だが、床に生々しく残る血の滴りと重苦しい空気だけが、そこであった惨劇を物語っていた。 一連の事件を受け、学院側は直ちに警備体制を強化した。それも、呼吸することすら息苦しくなるほど、異常なまでに高く。
* * *
事件の余波を残しながらも、表面上は日常を取り戻したかのように授業は淡々と進められていった。 そして、恐れていたことがついに始まる。 平民であり、模擬戦で惨敗した「手頃な弱者」である僕に対するいじめが本格化したのだ。
教科書や教材を隠されるのは日常茶飯事。廊下を歩けば意図的に足を引っ掛けられて無様に転ばされ、時には頭から冷たい水を浴びせられた。嫌がらせの刃は日に日に鋭く、エスカレートしていく。
(やっぱ、天才はいいよな……)
濡れた制服を拭いながら、僕は黒く濁った感情を抱え込む。 もし僕が平民であっても圧倒的な才能を持っていれば、こんな惨めないじめに遭わずに済んだのだろうか。セレスタイトのように孤高の天才としていられるのなら、こんな底辺の苦しみなど知らずに済んだはずだ。そんな苦悩の「く」の字も知らないくせに、よくもあんな風に僕を見下すような口を聞けたものだ。
嫉妬と被害妄想に歪んでいく自分が、酷く醜く思えて嫌気が差す。 胃の奥からこみ上げてくる吐き気に胸を押さえ、惨めさで視界が滲む。今すぐにでも温かい我が家へ逃げ帰り、父さんと母さんに会いたかった。 だが、絶対に帰るわけにはいかない。帰れば二人は事情も聞かずに優しく迎え入れてくれるに決まっている。無理をして高価な制服や教材を揃えてくれた二人の無償の愛を思うと、己の甲斐性の無さが情けなくて、申し訳なくて、自分がどんどん嫌いになっていくのだ。
「……しんどいなぁ」
放課後、吸い寄せられるように向かったあの裏庭で、僕はぽつりと一人呟いた。
どうせ返してくれる者など誰もいない。己の馬鹿さ加減に呆れ、自嘲気味に息を吐き出した、その時だった。
「……大丈夫」
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