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図書室の冷たい静寂の中、紙をめくる乾いた音だけが絶え間なく響いていた。
(これも違う……) (これでもない……) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない) (ない)
「……ない……どこにも、ない……!」
本を閉じる音が虚しく響く。
どれほど頁を繰ろうと、求める答えの片鱗すら見当たらなかった。 ヘマタイトたちからの容赦ない蔑視やいじめの痛みに耐えながら、僕は放課後のあらゆる時間を削り、毎日図書室に通い詰めた。魔術理論、古代鉱物学、次元魔法の基礎、あるいは歴史書に至るまで、関係のありそうな書物から一見無関係に見える文献まで、図書室の蔵書のほとんどを読み尽くしたのではないかと思えるほどだった。 焦燥感で視界がかすみ、頭痛が痛む。その時だった。
「大丈夫かのぅ、そなた?」
頭上から響いたのは、鈴を転がすような、けれど不思議と深みのある声だった。
「ひゃい!?」
背筋を正して振り返ると、そこにいたのは一人の幼い少女だった。 小さな体にそぐわない神秘的な佇まい。透き通るような肌と澄んだ瞳を誇りながら、その眼差しにはどこか世界の理をすべて見通しているかのような、圧倒的な達観の雰囲気が漂っていた。
「『ひゃい』とは、なんと情けない返事じゃな」
「あ……あの? どなたでしょうか。何か御用ですか……?」
「妾のことを知らんとはな、面白い。うーむ、なんと名乗ろうか……クリソベル、とでも名乗っておこうかのぅ。そなたが何度も深くため息を吐いておるから、何か困りごとでもあるのかと思って声をかけたまでじゃ」
「……僕のため息、うるさかったですか」
「いや。そのようなことはない。ただ、ちょいと心配になっただけじゃ」
思いがけない温かな言葉に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
「っ……あの、噂の件、知っていますか?」
「噂? どんな噂じゃ?」
「知らないんですか?」
「あぁ、妾はそのような世俗の事律には疎くてな」
「……連続誘拐事件ですよ。生徒たちが次々と襲われて連れ去られ、数日後に傷だらけで縛られて校内に打ち捨てられている……。僕の大切な友達も、さらわれたんです。他の被害者は数日で戻ってきたのに、セレスだけは……何日経っても帰ってこないんです……!」
抑えていた感情が溢れ出し、震える声で訴える僕に、クリソベルは静かに耳を傾けた。
「それは酷いのぉ……さぞ心配じゃろう。して、ここで何をしておったのじゃ?」
「魔法石……魔法石について調べていたんです!」
「魔法石?」
「はい! 魔法石の中に魔術そのものを埋め込むことは可能なのか、それを……!」
「ふむ……不可能に決まっておろう。未だ人の身の魔術の域では、そのような芸芸はできまいよ」
「でも! 実際にあったんです! さらわれた友達がいた場所に、魔術が埋め込まれたとしか思えない魔法石が転がっていたんです!」
「ふぅーむ? じゃが、魔法石の内部に直接魔術を埋め込むことは理論上不可能。ならば、そこには何か思考の死角、あるいはカラクリがあるはずじゃのう」
「そうなんです! だから、そのカラクリを探しているんです!」
「そうか……その友達が、余程大切なんじゃな」
「……はい! 僕の、初めての友達なんです!」
僕のまっすぐな返答に、クリソベルは薄く微笑んだ。
「ならば、もう少し頭を柔らかくして考えてみようではないか。『常識の枠に囚われた眼には、真実は映らぬ』……妾も付き合ってやろう」
「ありがとうございます……!」
一人では限界があった。人手が増えることは、暗闇の中で小さな灯火を得るようなものだった。
* * *
それから、二週間という時間が無情にも過ぎ去った。 依然としてセレスは帰ってこない。事件の真相に繋がる決定的なヒントも見つからないままだ。
クリソベルは本質的な答えそのものに辿り着いてはいないものの、時折、鋭い着眼点で核心に近しい示唆を与えてくれた。けれど、全体像はまだ霧の中だ。もっと調べなければ。泥を啜ってでも、何としてでも手がかりを掴み取らねばならない。
僕は学院内だけでなく、街の噂や外部の情報に至るまで、あらゆる情報をかき集めた。無関係と思える断片的なニュースさえもノートに書き留めていく。
「クリソベル! 今日、町中で強盗事件があったらしいんだ。被害に遭ったのは魔法石を扱う宝石店だとか。最近こういう事件が多いよね……もしかしたら犯人が盗んだものを途中で落としたのかな? だとしても、犯行の目的や石の中の魔法陣の謎は残る。もう少し調べないと……。あと、もう一つ。ここから近い場所で貴族様の魔法が暴走したらしいんだ。でも、当事者の貴族が言うには『魔法を発動させようとしたら発動しなかった。そう思ったら急に爆発が起きたんだ、私の魔法ではない』って。爆発という観点で見ると、少し気になるよね。そっちは何か分かった?」
僕の怒涛の報告を聞き終えると、クリソベルは顎に手を当てて静かに口を開いた。
「あまり良い情報とは言えんが、一つ面白い噂を聞いたぞ。二年風のクラスAに、特殊な魔術を扱う者がおるとの」
「特殊な魔術……?」
「空中から、己が想像した物質を取り出す魔法らしい」
「空中から……!? もしかして、その魔法で魔法石を出現させた……? いや、考えすぎかな。でも、万に一つの可能性があるのなら……! よし、行ってみよう!」
手応えを感じた僕は、弾かれたように椅子から立ち上がり、床に置いていた鞄を勢いよく持ち上げた。
――その瞬間、ガバァッという無残な音とともに、鞄の底が抜け、中身のノートや筆記具が床一面にぶちまけられた。
「な、なに……!?」
「鞄の縫い目の糸が解け、穴が空いておるようじゃな。どれ、貸してみよ」
呆然とする僕から鞄を受け取ると、クリソベルは小さな手をかざした。 すると、鞄の表面に淡い光を放つ繊細な魔法陣が浮かび上がり、破れた布地と糸が引き寄せられるように復元していく。瞬く間に、新品以上の頑丈さを取り戻していった。
「なに……これ……!?」
「解けた糸同士を魔力で再結合させ、硬化させた。壊れにくくもなり、修修もできる。実に利便性の高い良い魔術じゃろ?」
「すごい……ありがとう、クリソベル! じゃあ、一緒にその先輩のところへ行こう!」
嬉しさのあまり手を取ろうとした僕に、クリソベルは申し訳なさそうに首を振った。
「すまぬな。実はこれから少々外せぬ用事があり、今すぐには行けぬのじゃ」
「そっか……ううん、大丈夫! ここまで教えてくれただけで十分だよ。僕だけで行ってくる! 情報、本当にありがとう!」
「うむ。……気をつけるのじゃぞ、スピネル」
彼女の言葉を背に受けながら、僕は崩れそうな体を奮い立たせ、二年風のクラスAへと向かって廊下を全力で駆け出した。
次回はサーラン先生目線で書こうと思います。




