↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/14

11

白煙が去り、白髪の少女の姿がどこにもないことを確認した瞬間、教室は阿鼻叫喚の渦へと呑み込まれた。

その日の残りの授業はすべて取りやめとなり、全生徒に対して各自の寮へ即座に戻り、自室で待機するよう通達が出された。 普段は気品を装っている貴族の生徒たちも、自身に迫る危険を前にパニックを引き起こし、己の身の安全ばかりを優先して我先にと出口へ殺到した。廊下や階段は押し寄せる人の波で埋まり、学院内は目も当てられないほどの混乱を極めていた。


パニックに陥っていたのは生徒だけではない。教員たちもまた、動揺を隠しきれずにいた。 白昼堂々、生徒や教師の目が集まる教室の真ん中で、学年トップの生徒が拐われたのだ。ましてや責任感の強いサーラン先生の衝撃と苦悩は、察するに余剰があった。

そして――僕もまた、同じだった。


周りの生徒たちはパニックになりながらも、逃走という「己を守るための行動」を咄嗟に取れていた。そう思えば、彼らの方がまだ幾分かマシだったのかもしれない。 僕は、ただ立ち尽くすことしかできなかったのだ。 唯一の友達であるセレスが目前で拐われたその瞬間も、白煙が消え去った後の静寂の中でも、指一本

動かすことができなかった。


「スピネル、早く寮へ戻れ」


静まり返った教室の中、サーラン先生に強く声をかけられるまで、僕は金縛りに遭ったようにその場から一歩も動けずにいた。


「あ……っ、はい」


重い足取りで、すでに誰もいなくなった教室を歩く。床を打つ自分の靴音だけが、虚しく室内に響いていた。 情けなさと悔しさが、胸の奥で重く澱んでいる。助けられなかった。声すら掛けられなかった。セレスが恐怖に怯えていたかもしれないその時に、僕はただ呆然と立ち尽くしていただけなのだ。


(僕には……やっぱり何もない。才能も、勇気も……)


自虐的な思いを抱えながら、僕は教室の出口の扉へと手を伸ばした。 その瞬間――勢いよく扉が外側から開かれた。


「わっ!?」


咄嗟に避けきれず、僕の体に強い衝撃がぶつかる。 床に転がった衝撃で視線を下に向けると、そこには尻持

ちをついて倒れ込んでいる小柄な女子生徒の姿があった。クラスのトップの一人であり、先日事件の被害に遭いかけたメラナイトだった。


「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


見事なまでに声が重なり、互いに驚いて口をつぐむ。 室内には、どこか気まずい沈黙が数秒ほど漂った。僕は慌てて立ち上がり、彼女に向かってそっと手を差し出した。

「あ、こっちは大丈夫です」

「あ、こちらは大丈夫ですよ」


ふたたび重なった声に小さく苦笑しながら、メラナイトはその華奢で小さな手で僕の手をギュッと握り返した。引き上げるように力を込めると、彼女はすんなりと立ち上がる。


「あの、全校生徒に寮への避難命令が出ているはずですが……どうして戻ってこられたんですか?」


「それが……席を外してトイレに行っていて、戻ってきたらみんながパニックになってどこかへ走っていってしまっていて。何が起きたのか先生に聞こうと思って教室に戻ってきたの。でも、もう誰もいないみたいだけど……」


困惑したように首を傾げる彼女に、僕は言葉を詰まらせながらも事実を伝えた。


「……実は、セレスタイトさんが何者かに拐われてしまって。それで、生徒は全員寮で待機するようにと指示が出たんです」


「えっ、セレスタイトさんが……!? ええと、他の方々はご無事なんですか? 先生が側にいらっしゃったのに、どうして……っ」


驚愕に目を見開くメラナイトだったが、すぐにハッと息を呑み、己の動揺を抑え込むように胸に手を当てた。


「……聞きたいことは山ほどありますが、今は疑問を深掘りするよりも、まずは寮へ避難することが最優先ですよね」


「はい。一旦は部屋に戻って身の安全を確保した方がいいでしょう」


「では、急いで向かいましょうか――……っ! スピネルさん、危ない!!」


不意に、メラナイトの顔色が激変した。 彼女は叫ぶと同時に、僕の制服の腕を凄まじい力で引っ張った。

――ズドンッ!!


直後、僕が直前まで立っていた空間が猛烈な衝撃波と炎とともに爆ぜた。 ガタガタと爆風が爆音を響かせ、強烈な熱風が肌を焼く。もし、彼女が僕の腕を引っ張って引き寄せてくれていなかったら――僕の体は今頃、吹き飛ばされて原型を留めていなかっただろう。


「あ、ありがとうございます……!」


心臓を直撃するような冷や汗を拭いながら感謝を口にすると、不意に視線が交差した。 爆発の衝撃を殺しきれず、僕はメラナイトを庇うような形で覆いかぶさり、彼女を床に押し倒してしまっていたのだ。近すぎる距離に、彼女の頬が朱に染まっていく。


「い、いえ……後ろ側からかすかな光が見えて、急激に膨れ上がる高密度の魔力を感知できたので、咄嗟に身体が動いてしまって……あの、ちょっと恥ずかしいのですが……っ」


「す、すみませんっ! 平民の僕がこんな……!」


僕は慌てて跳ね起き、恐縮しながら深く頭を下げた。メラナイトも服の汚れを払いながら起き上がり、少し照れくさそうに笑みを浮かべた。


「ふふ、いいんですよ。それより、お互い無事で良かったです」


凄まじい魔法感知の精度と、危険を察知した瞬間の判断力。さすがはクラスのトップを張るだけのことはあると、僕は彼女の才能に深く感心せずにはいられなかった。

ふと、爆破が起きた跡地に目を向ける。焦げ付いた床の中央に、何かがぽつんと転がっていた。


「……ん? あれは……水色の結晶……?」


「これは……すごい魔力密度ですよ。空間の空気が歪んで見えるほどです」


近寄って拾い上げると、掌にずっしりとした重みと、刺さるような冷気が伝わってきた。


「魔法石……でしょうか」


「おそらく、そうですね。ですが不思議です……こういった高純度の魔法石は、本来なら深い洞窟の奥や魔境の地脈にしか存在しないはずなのに。なぜこんな学校の廊下に……」


不気味な違和感が胸を掠める。だが、今ここで思案を巡らせていても答えは出ない。


「一応、回収しておきましょう。後で先生に提出して預けます」


「ええ、そうしましょう。……それでは、今度こそ寮に戻りましょうね。また明日」


「はい。気をつけて。さようなら」


彼女と別れ、僕は握りしめた澄んだ水色の結晶を見つめた。 セレスの消失、学院を包む不気味な事件、そして突如現れた高密度の魔法石。 深まる謎と迫る恐怖の中で、僕の胸には小さく、けれど消えない執念の火が灯り始めていた。

スピネルの心のなかでのサーラン先生の呼び方がまだ決まらなくていろいろな呼び方になってしまっているけれど気にしないでみてくだされば幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。