第9話
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
――ざわざわっ
セスブルグの門をくぐったとたん、大通りがざわめいた。
――でっけー!
――おいおいあれってまさか、ジェネラルか!?
――ガウリンの野郎が討伐したってのか。
「違う。こいつは姉御が――」
「ガウリン」
俺はガウリンの言葉をさえぎる。
悪目立ちしたくないからだ。
俺を幼女とあなどって、ジェネラルの素材や金目当ての変な奴が寄ってきても困る。
やがて俺たちは、冒険者ギルド会館に到着した。
――ガヤガヤ……ピタッ
俺たちがドアを開いたとたん、ホールでたむろしたり飲んだくれていた冒険者たちが、いっせいに動きを止めた。
冒険者たちの視線が、ガウリンの背後――ゴブリン・ジェネラルの死体に注がれている。
――マジか。
――あいつがジェネラルを?
――ってことは、ついにこの都にもBランク冒険者が誕生するのか。
「ガ、ガガガウリンさん!?」
受付嬢のアンジェリカが駆け寄ってきた。
「そ、それっ、ゴブリン・ジェネラルですか!? 討伐なさったんですか、ガウリンさんが!? っていうかどこに出現したんですか!? 他にジェネラルはいませんでした!? 集落はありませんでしたか!? 集落が形成されていたとしたら、一刻も早く討伐連合パーティーを結成しないと!」
そうか。
高ランクモンスターであるゴブリン・ジェネラルは、ゴブリンを統率して軍団を形成し、集落を築く可能性があるんだった。
ゴブリンは単体ではザコだが、軍団になると脅威だ。
ギルドとしては、真っ先に潰しておきたいところだろう。
「まぁまぁまぁ、落ち着きな、アンジェリカちゃん。ジェネラルはこいつだけだ。遭遇したのは、森に入って小一時間くらいの浅い地点。軽く索敵したが、集落は見つからなかった。だが、警戒は必要だろうぜ」
「そ、そうですか。集落はない、と……それは本当によかった」
アンジェリカがほっと胸をなでおろしてから、ニッコリと微笑んで、
「それにしても大金星ですね、ガウリンさん! この支部にもついにBランク冒険者が誕生――」
「残念ながら違うんだ、アンジェリカちゃん。だが、Bランク誕生ってのは間違いない」
「それってどういう……ま、まさか!?」
アンジェリカが俺を見た。
「そうさ!」
ガウリンが俺をおんぶした。
「なんと、このお嬢ちゃんがゴブリン・ジェネラルを倒したのさ! ジャイアントキリングだ!」
「ちょっと馬鹿猫、あんまり大事にしないでよ!」
「実際、大事でしょうが」
――うおおおおっ!
――Bランク冒険者の誕生だ!
盛り上がる冒険者たち。
あぁもう、すっかり大事になってしまった。
「何の騒ぎだ――って、こいつぁゴブリン・ジェネラル!?」
ギルドマスターが奥から出てきて、目を丸くした。
アンジェリカから事情を聴かされ、さらに真ん丸にする。
「あの新人幼女が倒しただって!? すげぇな、冒険者アリス! 王都本部に伺いを立てなきゃいけないが、Bランクへの昇格は間違いなしだ!」
「アリスちゃん! もうっ、最高!」
アンジェリカが俺に抱き着いてきた。
「それでこそ、アリスちゃんよ。私の永遠の推し!」
◆ ◇ ◆ ◇
翌朝、俺はピカピカのBランク冒険者章(純銀製のプレート)を首から下げながら、ギルド会館に向かっていた。
ふかふかベッドとお風呂の付いた高級宿に泊まったので、体は絶好調だ。
中身が日本人だから、やっぱり1日の終わりに風呂がないと落ち着かないんだよな。
だが、こんな中世ヨーロッパ風の世界では、風呂は贅沢品。
高級宿にしかないんだよね。
金は大丈夫なのかって?
昨日のゴブリン・ジェネラル、なんと金貨10枚になった。
相場も世界観の違いも全部無視して無理やり日本円に換算した場合、金貨1枚でおおよそ10万円。
つまり、あのジェネラル1体で100万円の稼ぎになったのだ。
うち2枚はガウリンに渡したが、それでも80万円の儲け。
いやぁ、冒険者ってのは、実力さえあればめちゃくちゃ儲かる仕事なんだな。
まぁ、実力がなければあっさり死ぬという、ハイリスクハイリターンな仕事でもあるわけだが。
「ちょっと、離して。離しなさいっ」
「おうおう嬢ちゃん、ここはお前さんみたいなか細い幼女が来るようなところじゃねぇんだぜ。……いや、でも幼女だったら大剣振るえたりするのか?」
騒ぎのほうへ行ってみれば、ギルド会館横の路地で、いたいけな幼女が身の丈3メートルの荒くれ者に絡まれていた。
俺は急いで、荒くれ者と幼女の間に割って入る。
「ちょっと、止めなさい! 嫌がってるじゃないの……って、ガウリン?」
3メートルの荒くれ者はガウリンだった。
この猫、誰にでも絡みやがるんだな。
駆け出し冒険者たちと村人をゴブリン・ジェネラルから守っていたとおり、根やいい奴っぽいんだけど……。
「姉御、おはようございます!」
「おはよう……じゃないわよ。この子、怖がってるじゃないの。何してるの?」
「何って、このちっこい嬢ちゃんがギルド会館の周りをうろついてたんで、注意してやってたんでさ。冒険者には気性が荒い奴が多いし、よからぬことを考える不届き者もいるんでね」
「あー……つまり、善意で注意してたってこと? 恐喝してたんじゃなく?」
「滅相もねぇ。俺ぁ心を入れ替えたんでさ」
「本当かしらねぇ。ここは私がやっておくから、アンタはもうあっち行ってなさい」
「へい、失礼しやす」
ガウリンが去っていった。
とたん、絡まれていた幼女がその場にへなへなと座り込む。
よほど怖かったらしい。
「怖かったわね。怖い猫さんはどっか行っちゃったから、もう大丈夫よ」
俺は、改めて幼女を見てみる。
まず目を引くのは、身なりのよさだ。
フリフリのドレスに、日よけの帽子(貴族令嬢が被るようなヒラヒラしたやつ)。
どう見ても良家のお嬢様だ。
もしかしたら、貴族かもしれない。
でも、この辺境の地にいる貴族と言えば、領主であるセス辺境伯とその家族くらいのはずだが。
次に目を引くのは、幼女の美貌。
長い銀髪に、ぱっちり二重の大きな碧い目。
この俺――アリス・アリソンも異次元めいた美少女だが、この幼女もアリスに負けず劣らず可愛らしい。
「あっ、アナタ、あのワータイガーを従えているの!?」
その美幼女が立ち上がり、俺につかみかかってきた。
すごい剣幕だ。
「ええ? 主従関係があるわけじゃないけど、まぁ使いっぱしりというか子分のようなものね」
「あのワータイガー、確かここで一番強かったはずよね? アナタはさらに強いっていうの? どう見ても、そんなふうには見えないのだけれど……あっ、もしかしてアナタも貴族?」
おおっと、図らずも答え合わせができたな。
『も』ってことは、この幼女『は』貴族。
セス辺境伯家のご令嬢というわけだ。
「私は貴族じゃないわ、冒険者よ。冒険者のアリス・アリソン」
俺が考える最強幼女アリスは、貴族相手にヘコヘコしたりはしない。
なのでここは、ロールプレイングの一環としてあえてタメ口でやらせてもらう。
「アリス・アリソン! ってことは、アナタがあの、セス領初のBランク冒険者!? ゴブリン・ジェネラルキラーの!?」
うおっ、耳が早いな。
いや、セス辺境伯はこの領の管理者なわけだから、当然と言えば当然か。
「ええ、そうよ」
――がしいっ
っと、握手された。
痛い。
こんなか弱そうな幼女のいったいどこに、これほどのパワーが秘められているのか。
「お願いがあるの!」




