第10話
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
「申し遅れてしまったわね。私の名前はセシル。セシル・セスよ」
優雅に礼をしてみせる幼女。
あれだ、カーテシーってやつだ。
すげぇ、初めて生で見た。
と、それにしても――
「セシル・ダ・セス(セス領生まれのセシル)ではなく、セシル・セス(セシル家のセス)。やっぱり領主様の娘さんだったのね」
「アナタ、子供のくせに物事をよく分かっているのねぇ」
「そういうアナタだって子供じゃない」
「私はもう7歳。背だってアナタより5センチは高いわ」
背伸びしつつ背比べをしてくる幼女セシル。
うむ、気の強い幼女というのも、よいものだ。
ちなみに、アリスの身長は120センチにちょっと足りないくらい。
明確に決めてはいないが、5、6歳くらいの設定だ。
「冒険者には、背丈も年齢も関係ないわ」
セシルは一瞬むっとして見せたが、すぐに神妙な面持ちになった。
「まったくそのとおりね。アナタには、そんなに小さくてもゴブリン・ジェネラルを倒せるだけの力があるのだから。そんなアナタの実力を見込んで、頼みたいことがあるの」
「もしかして、私を捜しにこんなところまで来たの? お貴族様のお嬢様が来るには、ずいぶんと危険な場所でしょうに」
「そうよ」
それは、悪いことをした。
そのせいで、この子はあのワータイガーに絡まれてしまったのだから。
さぞ怖い思いをしただろう。
「だから、私の頼みを聞いてちょうだい」
「うーん」
気の強そうなお貴族お嬢様からの、『頼み』。
従者も連れずこんなところをほっつき歩いているお嬢様からの、『頼み』。
しかも、そのお嬢様はこの土地の領主の娘なのだ。
……引き受けたが最後、十中八九、面倒事に巻き込まれてしまうだろう。
だが、怖い思いをさせてしまった手前、門前払いにするのもはばかられる。
「まぁ、聞くだけなら……」
◆ ◇ ◆ ◇
あああああっ、聞くんじゃなかったぁーーーー!
俺は内心、頭を抱える。
お嬢様の話は、思いの外ヘビーだった。
要約すると、こうだ。
・この地は常に、『大山脈』から降りてくるモンスターたちの脅威にさらされている。
その脅威からセス領の民と、ひいては王国を守るのが、セス家の務めである。
領主は代々領軍を鍛え、先陣を切ってモンスター討伐に励んできた。
セシルの父(現領主)も定期的に領軍を率いて森に入っていた。
・1年前、スタンピード(モンスターの大量発生)が起きたときも、セシルの父は先陣を切って戦っていた。
が、運悪く重症を負ってしまった。
・一事は命も危ぶまれたため、父はセシルに一子相伝の血統魔法を継承させた。
セス家に伝わるそれは【重量魔法】というもので、物から重量を奪ったり、逆に与えたりできるもの。
父はその魔法の達人で、重装鎧を着込んだ自軍の重さを敵モンスター集団に転嫁し、圧倒的有利に戦うすべを持っていた。
・セシルは【重量魔法】を受け継いだが、1年経ってもまるで使いこなすことができずにいる。
そのため、父からは失望されてしまっている。
・だが、一度継承してしまった血統魔法を父に戻すことは、仕組み上できない。
そのため、父は戦場に戻ることができずにいる。
血統魔法を無能な娘に受け継いでしまったとバレたら、知能を持ったモンスターや犯罪組織にここぞとばかりに侵略されかねないからだ。
・父は最近、怪しげな中年男を家に呼び入れ、セシルに『この男と結婚しろ』と言うようになった。
なんでも、高名な魔法使いらしい。
さっさと子供を作って、その子供に【重量魔法】を継承しろ、という意味だ。
「私、あんな男と結婚なんてしたくない……。そりゃ貴族の娘だもの、いつかは結婚しなくちゃならないのは分かっているわよ。でも、私はまだ7歳なのよ!?」
「あの……今の話って私が聞いても大丈夫だったやつなの? 私、口封じに処刑されちゃったりしない?」
「何言ってるのよ。この街に、アナタを捕らえて殺せるような人なんているわけないじゃない。最強冒険者だったあのワータイガーより強いのよ」
「それは、そうかもだけど」
この幼女、やはりしょせんは幼女だ。
物事がまるで分かっていない。
いや、もしかすると、ここまでベラベラしゃべったことで、強制的に俺を一蓮托生の身にさせたのか?
だとしたら、なんたる策士!
「で、私にどうしろと? まさかその男の代わりに結婚しろとでも?」
「何言ってるの、女同士じゃ結婚できないでしょ。頼みたいのは、モンスター討伐よ。私専属の用心棒になって、セス領中のモンスターを全部討伐してもらいたいの。それに、セス領を狙う不届き者たちもね。脅威さえなくなれば、お父様も私の結婚を急ごうとは思わないはずよ」
「無茶振りが過ぎる! 一応聞くけど、報酬はどのくらい?」
「金貨1枚。私の全財産よ」
……まぁ、10万円相当なわけだから、貴族令嬢幼女の全財産としては妥当な額だが。
じゃなくて。
「や・す・す・ぎ・る! 金貨1枚で一生アンタの奴隷になりなさいってこと!?」
「そんなこと言ってないわよ」
「セス領中のモンスターを倒しきるまでに、いったい何年かかると思ってるのよ!? いえ、倒すそばから湧いて出てくるでしょうから、一生掛かっても無理よ!」
「そっ、そんなに言うなら、追加報酬を出すわよ」
「いくら?」
「うーんうーん、お洋服を売って、おやつも全部我慢して……金貨もう1枚!」
「話にならないわ」
「じゃ、じゃあ、相談に乗ってあげる! 私はアナタよりお姉さんだから、頼りになるわよ」
「ええ……?」
正直言ってさっさと逃げ出したかったが、セシルが涙目になっているので、なんとも立ち去りがたい。
俺は幼女の涙に弱いのだ。
「あー、えーと。じゃあ、1つ相談に乗ってもらえる?」
「なんでも聞きなさいっ」
◆ ◇ ◆ ◇
俺は、転生(転移? 憑依?)のことをぼかしながら、相談した。
ポーターを探していること。
幼女がいいこと。
過去やステータスのことで腹を探られたくないこと。
もし俺に関する機密情報を得たとしても、他言無用でいられる人材がいいこと。
「なら、奴隷一択ね」
あっけらかんとセシルが言った。
「ど、奴隷!?」
俺はビビる。
奴隷という耳慣れない単語が飛び出してきたことにも、こんな幼女が初手から奴隷発言したことも。
「何を驚いてるのよ。冒険者ギルド所属でアナタ以外に幼女なんていないでしょうし、他言無用を強制するには【隷属魔法】で縛るしかないもの」
「えー……でも奴隷はねぇ」
ムチで叩いたりするやつだろ?
そういう趣味はないんだけど……。
「あ、そっか、アナタって異国から来たんだっけ? この国では、奴隷って言うほど奴隷じゃないのよ」
「どういうこと?」
「この国では、奴隷にも一定の人権が保障されているの。主人は奴隷の衣食住を保障してあげないといけないし、理由もなく叩いたりしてもいけない。まぁ、奴隷が命令違反をしたり契約に背いた場合は叩いてもいいけど」
「ふぅん」
「借金が払えなくなって奴隷落ちした人とか、浮浪児出身の子とか。そういう『死ぬか、犯罪者になるか』という瀬戸際の人を救済するための仕組みでもあるの」
「詳しいのね」
「そりゃ、領主の娘だもの。……まぁ、正規のルートで取引されていない『闇奴隷』は、もっとブラックな扱いをされているらしいんだけどね」
ど、奴隷にもホワイト奴隷と闇奴隷がいる社会なのか。
嫌すぎるな。
「じゃあ、ホワイトな幼女奴隷を扱ってる店を教えてもらえるかしら?」
「いいわよ。■番街の■■通りの――」
「ふんふん。ありがとう。それじゃ」
「ちょっと待ちなさい! 助けてあげたんだから、私の頼みも聞きなさいよ!」
あぁくそっ、流れで立ち去ろうとしたが、無理だったか。
「あのね。助けてあげたいのはやまやまだけど、『金貨2枚でセス領のすべてのモンスターを討伐』ってのは無茶くちゃよ。特定のモンスターの討伐とか、もうちょっと常識の範囲内の頼みを持ってきなさいな。私、朝の時間はギルド会館にいるから」
「……わ、分かったわよ。じゃあ、常識の範囲内? の頼みを考えてくるから、次こそは受けてよね」
「常識の範囲内なら、ね」
◆ ◇ ◆ ◇
というわけで、貴族令嬢幼女セシルの無茶振りから解放された俺は、教えられた店に到着した。
ドアを開き、中に入る。
ホワイト奴隷の店なだけあって、普通に綺麗な内装をしていた。
「いらっしゃいませ、どのようなご要件で?」
出迎えてくれたのは小綺麗な格好をした店員女性――かと思いきや、首輪が付いていた。
この人も奴隷ということか。
俺は適当に会釈して、店内に入る。
店内には様々な奴隷が性別・年齢・ステータスと一緒に『展示』されている。
首輪こそ嵌められているものの、牢屋に入れられているようなこともなく、服装も小綺麗だ。
イメージしていた『奴隷商』のイメージ――ズタボロの布切れを着せられた奴隷たちが、冷たい牢屋の中でひしめき合っているような――とは全然違う。
奴隷たちはあくまで商品なのだが、しかし商品としてちゃんと大事にされているというか。
そう、例えるなら車のディーラーみたいな感じなのだ。
価格帯といい扱いといい、この世界の人々にとって奴隷は自動車みたいなものなんだな。
荷運びをしてくれたり、農地では畑を耕してくれる。
家事手伝いのおまけ付きだ。
車を乱暴に扱って損をするのは所有者だから、所有者は車を大事にする。
この世界の人々も、奴隷を大事にする。
ちょっとドライで現代人からすると異常な感じもするけれど、そういう価値観の世界なのだろう。
店内は広い。
俺は奥へ奥へと進んでいく。
「……ん?」
ずいぶんと進んだそのとき、俺は違和感に気づいた。
こんな小綺麗な店内では臭ってくるはずのない臭い。
この数日で、すっかり嗅ぎ慣れてしまった臭い……濃厚な血の臭いに。
――うわぁあああ……
――ぎゃぁあああ……
それに、薄っすらと聴こえてくる悲鳴にも。
……ものすごく、嫌な予感がした。
俺は、血の臭いがする方向へ走る。
「お客さん、ここは立入禁止だよ」
『ただの店員』というには不自然なほどガタイのよい男が、ドアの前に立ちふさがった。
俺は無視して進もうとする。
大男が豹変した。
「てめぇ、ここから先は入れねぇって言ってんのが聴こえないのか」
大男がつかみかかってきた。
が、俺は大男をその場に転ばせる。
相手の勢いを利用したのだ。
『小手返し』という合気道の技だ。
STR値が最低値の俺が相手に勝つための、『奥の手その1』である。
大男が目をまんまるにして驚いているが、俺は無視してドアを開いた。
――わぁああああああっ!
――そこだっ、やっちまえ!
――殺せーーーーっ!
異常な熱を帯びた歓声と、
――ぎゃぁあああっ!
――嫌だっ、死にたくない!
悲痛な叫び声が聴こえてきた。
地下に続く階段を、俺は全力で駆け下りていく。
そうして現れたのは、
「なんだよ……何なんだよ、これは!?」
地下に広がる、巨大な闘技場――コロシアムだった。
円形の闘技場を取り囲む観客席には、『殺せ殺せ』と口々に叫ぶ醜悪な観客たち。
闘技場の中では、幼い子供たちが逃げ惑っている。
子供たちを追いかけるのは、オオカミ型のモンスター――それも体高2メートルはあろうかという大型モンスターだった。
子供たちはみな、怪我をしている。
そのうちの1人――血まみれの幼女が、ただ1人、モンスターに立ち向かおうとしている。
猫耳と2本の尻尾を持つ獣人で、粗末な剣を持たされている。
モンスターが鋭い爪を振り下ろすと、幼女の尻尾が輝いて、その爪を跳ね返した。
魔力を帯びているのか、あの尻尾はかなり頑丈なようだ。
幼女は何度かモンスターの攻撃を弾いた。
だが、体力と魔力の限界が訪れたのだろう……モンスターに食い殺されそうになった。
観客たちは、誰も助けようとしない。
それどころか、ニヤニヤと笑っている。
楽しんでいるのだ。
「お前ら、何してるんだ!!」
俺は観客席から闘技場内へ飛び降りた。
モンスターと幼女の間に割って入り、
「【回転斬り】!」
スピンジャンプしながら抜刀し、オオカミを輪切りにする。
――ドチャッ
と、5等分されたオオカミの死体が地面に広がった。
「アナタ様は……?」
血まみれの猫耳幼女が、弱々しく顔を上げた。
「喋らなくていい」
俺は虚空からHP回復ポーションの小瓶を取り出す。
『斬馬刀しか入らない』というのは厳密に言うとウソで、実はポーション1本分だけ容量に余裕があるのだ。
そして、その空きスペースに緊急用のポーションを収納している。
「飲んで」
「そ、そんな……支払えません。……がふっ」
「いいからっ」
しゃべるそばから吐血している幼女の口に、ポーションを流し込んだ。
みるみるうちに、幼女の傷が癒えていく。
「……天使様」
最後に何か言ったあと、幼女は気絶した。
寝息を立てはじめる。
もう、大丈夫だ。
◆ ◇ ◆ ◇
これが、のちに幼女冒険者パーティー『ビッグ・ローリー』のナンバー2となる幼女剣士・猫又マオとの出会いだった。




