第11話
《闇奴隷 猫又マオ》
覚えているのは、桜が咲き誇る祖国の光景だ。
刀鍛冶の父と、優しい母。
幸せな日々は、異国からの侵略戦争で引き裂かれた。
父の工房は略奪され尽くしたうえに破壊され、マオの一家は『戦利品』として奴隷船に乗せられた。
他にも多くの同胞たちが連れて行かれた。
マオたちは腐臭のする船底に家畜のように放り込まれ、すし詰め状態で長い海を輸送された。
父と母は少ない食料をマオに分けてくれ、それが原因で餓死した。
家族の中で唯一生き残ったマオは、同じく生き残った同胞たちと一緒に奴隷商に買われた。
それも、非合法の闇奴隷を扱っている悪徳業者に、だ。
マオと同胞たちは、最低限の人権すら保証されない闇奴隷となり、遊び半分で猛獣と戦わされる剣奴となった。
あの地獄の船底が天国に思えるほど、それはつらい日々だった。
1人、また1人と年長者から順に死んでいった。
そうしていよいよ、マオが年長者になってしまった。
そんなある朝、マオ以下5人とCランクモンスター『ベアウルフ』による試合(という名の殺戮ショー)が組まれた。
試合が始まるまで、マオは生きた心地がしなかった。
もちろん、試合が始まってからも、だ。
マオはまだ、7歳。
身長130センチしかない。
なのに、相手は体高2メートルのバケモノモンスター。
試合開始早々、マオはベアウルフの鼻先でかち上げられ、胸と背中に呼吸もままならないほどの打撲傷を負った。
それでも、マオはがんばった。
猫又家に代々伝わる二又の尻尾を駆使して、モンスターの攻撃を必死に受け流し続けた。
年下の子供たちをモンスターの攻撃からできるだけ遠ざけ、モンスターの攻撃を一手に引き受け続けた。
だが、やがて体力の限界が訪れた。
いよいよ、殺されるしかないのか……とあきらめかけていた、そのとき。
マオの目の前に、天使が舞い降りたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
俺は闘技場を見回す。
オオカミ型Cランクモンスター『ベアウルフ』にやられたのだろう……他の子供たちも怪我をしているが、幸い、みな自力で歩けるようだった。
俺は血まみれの幼女をおんぶする。
俺は怒っていた。
過去一怒っていた。
こんな狂ったイベントを主催している奴隷商に対しても、それを楽しんでいるゲスな観客どもに対しても。
「困るなぁ、お嬢ちゃん」
その主催者――成金趣味な指輪や装飾品でギラギラと着飾った中年男が、観客席から俺を見下ろしてきた。
奴隷商はニヤニヤと笑いながら、
「これは、正々堂々の勝負。剣闘試合なのだよ。崇高な勝負を邪魔するなんて、悪い子供だ。どう落とし前をつけるつもりかな?」
「ふざけるなっ!」
俺は怒りのあまり、『強者冒険者アリス・アリソン』としての口調を取り繕うだけの余裕もない。
「こんな一方的な殺戮ゲームの、何が『崇高な勝負』だ! 貴様をとっ捕まえて、領主様に突き出してやるからな」
言いながらも、俺は時間を数えていた。
抜刀してから、数十秒が経過したはずだ。
次の攻撃に備え、MPが回復し次第、斬馬刀を収納しなければならない。
「自分の立場が分かっておらんようだな」
奴隷商が言うと、もう1人の男が現れた。
全身黒尽くめの男だ。
真っ黒なローブに身を包み、顔もマスクで隠している。
……強い。
遠目にも、ただならぬ量の魔力が感じられた。
「【隷属魔法】」
黒尽くめが魔法を使った。
そのとたん、半透明の鎖が現れ、俺の首に絡みつく。
俺は魔法抵抗力であるMEN値が最低値なので、敵の魔法に抗うことができない。
鎖の先端は、奴隷商がつかんでいる。
「これで、お前は俺の奴隷だ」
「解放の条件は?」
「くくくっ。ガキどもの代わりに、オオカミと戦うことだ。100体倒すことができれば、解放してやろう。ま、無理だと思うがな」
鎖がぱっと輝いた。
◆ ◇ ◆ ◇
十数分後、俺は闘技場のど真ん中で仁王立ちしていた。
「お姉ちゃん、がんばって!」
「天使様、死なないでください!」
檻の向こう側に退避した子供たちが、俺にエールを送ってくれる。
特に、ポーションを与えた幼女が『天使様、天使様』と連呼している。
っていうか天使って何だよ天使って。
――ギギギギギ……
対戦者側の門がゆっくりと開いた。
中から出てきたのは、先ほど切り刻んだモンスターよりもなおでかい、体高3メートルの怪物だ。
「話が違うんじゃないかしら、奴隷商さん?」
俺は強者冒険者アリス・アリソンっぽい口調でそう言う。
ロールプレイングできるだけの冷静さを取り戻したからだ。
「違わないさ」
観客席の奴隷商が、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「オオカミさ。もっとも先ほどのベアウルフではなく、上位種のビッグベアウルフだがな」
――うおおおおおおおっ!
――殺せ殺せーーーー!
――噛みちぎれ!
観客席が沸く。
俺は余裕の笑みを浮かべてみせた。
「ま、いいわ。かかってらっしゃい」
オオカミが飛びかかってきた!
「【回転斬り】!」
俺はフィギュアスケート選手のようにスピンジャンプしながら、虚空から抜刀した。
刀身が【アイテムボックス】内にいる間は、重量がほぼゼロとなる。
だから俺は、刃先が外に出切ってしまう前に、十分な遠心力でもって斬馬刀を振るった。
刃先が虚空から出切ってすぐに強烈な重さが襲いかかってくることになるが、そのときにはもう、斬馬刀は十分な運動エネルギーを得ている。
そのエネルギーでもって、俺はビッグベアウルフに斬りかかった。
――ザシュザシュザシュザシュ!
オオカミが5等分になった。
2メートルのオオカミだろうが3メートルの上位種だろうが、斬馬刀を振るう俺の前では等しくザコだ。
「なっ、ななな……っ!?」
奴隷商が口をあんぐりと開けている。
俺は奴隷商を挑発した。
「こんな調子で1体ずつ来られたんじゃ、日が暮れちゃう。私、見てのとおり育ち盛りで、夜にはちゃんとベッドに入らないといけないの。残り99匹、まとめてかかってきてもらえないかしら?」
「こっ、このぉおおおっ! お前ら、全部出せ!」
奴隷商の指示に、部下たちが右往左往する。
待つことしばし。
やがて、
――グルルル……
――グガァアアアアッ!
対戦者側の門から、99体のビッグベアウルフが飛び出してきた!
そのころにはもう、俺は納刀を済ませ、抜刀のためのMPを満タンにさせている。
――グルルァ!
4体のオオカミたちが、四方から飛びかかってきた。
「【回転斬り】!」
俺はそれらを撫で斬りにする。
一瞬で4体分のスライス肉の完成だ。
俺の回転は止まらない。
勢いそのまま、こちらに飛びかかりつつあった複数体をそぎ切りにしていく。
5……6……7体……
俺は砲丸投げの選手のように、腕を伸ばして斬馬刀を振り回す。
腕力は要らない。
俺は遠心力と斬馬刀自体の重みで刀を振るい、オオカミたちを斬り飛ばしていく。
8……9……
しかし、勢いにも限界が訪れる。
いかに斬馬刀の斬れ味が優れているとはいえ、こんなにも巨大な怪物たちを斬りつけ、断ち切る都合上、どうしても勢いは殺されていく。
10……11……
ついに、勢いが完全に死んでしまった。
――ズゥウン……
刃先が地面にめり込んでしまった。
こうなるともう、俺の貧弱なSTR値では、この刀を持ち上げるのは不可能だ。
それでも俺は踏ん張って、なんとか柄を持ち上げる。
構えることは無理でも、刃先を地面に着けた状態で刀を起き上がらせることはできる。
抜刀から、体感で未だ20秒も経過していない。
納刀まで、あと80秒。
さらなる抜刀までは、さらに100秒だ。
――グガァアアオオオオオッ!
さらなる1体が、俺に向かって突進してきた。
恐らくあの黒尽くめの【洗脳魔法】で興奮状態にあるのだろう、仲間の死を目の当たりにしても怯む様子がない。
このままでは、俺はビッグベアウルフの体当たりによって跳ね飛ばされ、内臓破裂で死に至るだろう。
だから俺は、起き上がらせた斬馬刀の影に隠れた。
斬馬刀は普通の日本刀に比べて異常に太く、その身幅(刀の太さ、棟から刃先までの長さ)は実に30センチにもなる。
普通の刀は3センチ程度だ――と聞くと、いかに太いか分かるだろう。
細身の俺が半身になれば、すっぽり全身を隠すことができる。
幅30センチの鋼の壁ともなれば、立派な盾だ。
――ガキィィイイインッ!
ビッグベアウルフの突進が、斬馬刀に直撃した。
体高3メートルの大質量に衝突され、斬馬刀が宙に浮いた。
斬馬刀の柄をぐっと握っていた俺も、宙に浮いた。
持ち前のAGIとDEXによって空中で姿勢を整えた俺は、斬馬刀の刀身に両足を乗せ、あたかも斬馬刀でサーフィンをしているような体勢になる。
そのまま大きく宙返りし、体が下、刀身が上になった絶妙のタイミングを見計らって、
「【回転斬り】!」
柄を全身で抱え込み、背負い投げするような体勢で斬撃を繰り出した。
そう、これこそが、200秒に1回しか抜刀できない俺がバトルで勝利するための『奥の手その2』。
刀身が地面に着いてしまっても、STR値のでかい敵にわざと斬馬刀を殴らせて、再度宙に浮かせるのだ。
俺は眼下のオオカミ1体を仕留めつつ、体をひねる。
縦回転を、横回転に変え、着地。
再び砲丸投げスタイルで斬撃を繰り出しはじめる。
13……14……15……16……
やがて、敵が動きを変えた。
――ワオォオオオーーーーン!
ボスっぽい、ひときわ体の大きな個体が遠吠えをしたとたん、オオカミたちが一斉に退却した。
俺は斬るべきターゲットを失い、刃先を地面に着ける。
――ワオォオオーーン!
ボスの遠吠えと当時に、モンスターたちが生意気にも陣形を組み、俺に時間差攻撃を仕掛けてきた!
四方八方からの体当たりや噛みつき攻撃だ。
そのどれか1つでも食らってしまえば、HPとVIT(物理防御力)が最低値の俺は即死だろう。
絶体絶命というわけだ。
最も速く到達した1体が、大きな顎で俺の頭を食いちぎろうとしてきた。
俺はとっさにしゃがみ込み、その攻撃を間一髪避けた。
が、その寸前で、同じ個体が鋭い爪を振り下ろそうとしているのが見えていた。
俺はしゃがみ込みからの前転で、その攻撃を避ける。
結果、俺はオオカミの腹の下をくぐり抜ける形となった。
その直後、別の個体が頭を下げながら突進してきた。
俺を天高くかち上げようとしているのだろう。
立ち上がった俺の、背骨を狙ってくる。
だから俺は、飛び上がった。
高いAGI値を活かした脚力で、背面高跳びの要領でオオカミの背中に飛び乗る。
そのまま後転することでダメージを相殺したが、オオカミが通り過ぎてしまったため、俺の体が宙に投げ出される形となってしまった。
俺に狙いを定めた何体ものオオカミたちと、目が合った。
背後からも、強烈な殺気が感じられる。
四面楚歌。
対応を1つでも間違えれば、俺は1秒後に死ぬ。
体は依然として宙に浮いたままであり、地面まで2メートルはある。
悠長に落下していては、着地狩りされるか、空中で丸呑みにされるか、だ。
しかも、俺が手を離したことで、斬馬刀が倒れつつある。
あれが完全に倒れてしまったら、起き上がらせるのに最低でも10秒はかかる。
この超高速戦闘の中で、10秒は致死量の隙になる。
圧倒的不利な状況。
正真正銘、絶体絶命の大ピンチ。
だから俺は、『奥の手その3』を使った。




