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第12話

《冒険者 アリス・アリソン(俺)》



 だから俺は、『奥の手その3』を使った。

 鋭く息を吸い、息を止める。

 次の瞬間、世界がスローモーションになった。

 具体的には、1秒が俺の体感で1.5秒になった。

 俺の知覚だけが引き伸ばされたのだ。

 手を伸ばせば触れられるような距離に敵がいる白兵戦においては、圧倒的なアドバンテージである。


 俺はノロノロと動く眼前のオオカミの顎を蹴って、後方下方向へと飛んだ。

 受け身を取りつつ後転して立ち上がり、倒れつつある斬馬刀の柄をつかんだ。

 愛刀の転倒を阻止する。


「――シィッ」


 鋭く息を吐くと、世界が1倍速に戻った。

 鋭く息を吸い、再び息を止める。

 すると再び、世界がスローモーションになった。

 スローモーションの世界では、俺自身の動きもスローになる。

 だが、それで構わない。

 動きながらもゆっくりと考える余裕が得られるので、かえって好都合だ。


 残り83体のビッグベアウルフたちの動きが、ノロい。

 時速百数十キロで走ると言われるバケモノどもも、この世界ではウスノロに過ぎない。

 ない知恵を振り絞って四方八方から時間差攻撃を仕掛けてくるモンスターどもだが、俺は相手の動きを見てから動くことができる。

 スローモーションの世界では、俺だけが『後の先』を取り続けることができるのだ。

 白兵戦において、これほど強力なアドバンテージもない。

 これが、これこそが俺の『奥の手その3』にして最終奥義だ。


 俺はありとあらゆる攻撃をらくらくと避けて、敵を斬り刻んていく。

 息継ぎのタイミングだけは要注意だ。

 スローモーションが解除されてしまうから、安全距離を保った状態で呼吸をする。


 この技が使えるのは、恐らく俺だけだろう。

 ゲーム時代なら、他にもいたかもしれない。

 だが、1秒を1.5秒に引き延ばせるほどのプレイヤーは俺しかいなかったはずだ。


 この技は、ゲーム『バトル・アーツ・オンライン』のバグっぽい挙動を利用したものだ。

 ご存知のとおり、俺は『死にステ』と言われている『DEX値(器用さ)』に全振りしている。


 この世界における攻撃力は、『STR + DEX / 2 + 装備武器攻撃力』で算出される。

 そういう意味では、戦士系がDEXを上げる意味がまったくないわけではない。

 だが、2分の1にされてしまうDEXよりも、STRを上げたほうがよほどコスパがよい。

 DEXはやはり、鍛冶師などのクラフト系職が伸ばすべきステータスであり、バトル系職向けのステータスではない。


 そもそも『バトル・アーツ・オンライン』では、STR値に見合わない武器(重すぎる武器)は、振ることができない。

 だから、『でか武器はSTR値が高くてガタイのよいキャラにしか振れない』というのがゲーム時代の通説だった。

 それでも『小柄なキャラにでか武器を扱わせたい』という通な先駆者プレイヤー様方がいて、そういった方々の手で『【アイテムボックス】抜刀術』が考案されたのだ。


『【アイテムボックス】抜刀術』を使ったとしても、

『攻撃のたびにわざわざ【アイテムボックス】を使わなければならない』

『その分の収納容量がもったいない』

『MPを上げるためのステータスボーナスがもったいない』

 などの理由により、同抜刀術は『ロマン技』扱いされてきた。


 俺はそこに、『【アイテムボックス】抜刀からの勢いを殺さずに剣を振り回し続ける攻撃方法』を付け加えた。

 アリス・アリソンが得意とする、【アイテムボックス】抜刀からの【回転斬り】だ。

 だがそれも、勢いが弱まって剣先が地面に着いてしまったら終わってしまう。


 そこで俺は、『敵の攻撃を武器で受けて、武器を再び浮き上がらせる技』を考案した。

 他にも、『回転斬りの最中にわざと敵の武器や盾に剣をぶつけて、その衝撃で逆回転の勢いを得る技』も考案した。

 だが、その技を実現させるには、並外れた『器用さ』が必要だった。


 そもそも、『器用さ』とは何か。

『バトル・アーツ・オンライン』において、それは『アイテムクラフトスキルの成功率』として表現されていた。

 DEXの低いキャラがアイテムをクラフトしようとしても、失敗する。

 DEXを伸ばしたキャラがアイテムをクラフトしようとすると、成功する。

 だからクラフト系のキャラはDEX値を伸ばす必要がある。


 DEXには、もう1つの意味があった。

 それは、『攻撃を繰り出す速度』だ。

 DEX値が低いキャラは、攻撃ボタンを押してから実際に攻撃が出るまでに『ラグ』があるのだ。

『器用じゃない奴は武器の扱いが下手。だから、攻撃の出だしが遅い』という運営の解釈なのだろう。


 そのラグ、実に『1秒』。

 STR値がゼロの場合(実際には初期値は5だが)、攻撃ボタン押下から攻撃発生まで1秒ものラグが存在するのだ。

 まぁ確かに、『不器用なキャラが『攻撃しよう』と考えてから武器を構え、武器を振るまでには1秒くらいはかかるよね』と言われれば、『そうだね』と言えなくもない。

 が、ゲームを実際にプレイした場合、この1秒はあまりにも致命的な1秒だ。


 だからプレイヤーたちは、ほどほどにDEXを上げた。

 DEXを1上げると、『攻撃の出だし』が0.01秒速まる。

 つまり、DEXをMAX(999)まで上げると、ボタン押下から0.01秒後に攻撃が出るようになる。

 現実っぽい見方をすれば、居合の達人ってとこか。


 そこでかつての俺は、テスト用のキャラを作ってDEX値を上げに上げてみた。

 攻撃の出だしがもりもり上がり、敵が攻撃を繰り出そうとしたそのタイミングに合わせてこちらから攻撃を出し、『回転斬りを敵の武器にぶつけて逆回転の勢いを得る』という悲願を達成することに成功した。


 DEXを999まで上げたかつての俺は、あることに気がついた。

 ステータスボーナスを、未だにDEXに振ることができるのだ。

 試してみると、DEX値が1,000になった。

 別のテスト用キャラを作って、とにかくDEXを伸ばして伸ばして伸ばしまくってみた。


 1,100になったとき、俺は違和感に気づいた。

 攻撃ボタンを押した瞬間、敵の動きがほんの少しだけゆっくりになるのだ。

 1,200まで上げたとき、その違和感は確信に変わった。





 DEX値1,000で『攻撃の出だし』が0秒になったあと、

 ラグ0秒を突破して、

 ラグがマイナスに突入したのだ。





 結果、得られたのが、このスローモーションの世界である。

 これがバグなのか仕様なのか、俺には分からない。

 運営がこの現象について何も言及していないからだ。

 だが、いつまで経ってもこの現象が修正されることはなかった。


 だから俺は、この現象を戦術に組み込むことにした。

 集大成として作ったでか武器幼女キャラ『アリス・アリソン』のDEX値を1,500にし、残りのステをAGIに振った。

 切りよく1,500にしたのは、1秒が切りよく体感1.5秒になったほうが、タイミングを図りやすかったからだ。


『でか武器』

『【アイテムボックス】抜刀術』

『抜刀からの回転斬りによる遠心力攻撃』

『敵の武器や盾にわざと攻撃を当てることによる逆回転斬りへの移行』

『刃先が地面に着いた武器で敵の攻撃を受けることで、武器を再度浮き上がらせる手法』


 という常人離れした見切りを要する戦術と、


『常にゼロコンマ単位での判断が求められる繊細なバトルを制する、スローモーションの世界』


 を組み合わせた戦闘。

 これが、でか武器幼女冒険者アリス・アリソンの戦い方なのだ。


「……ふぅ」


 斬馬刀の刃先を地面に着け、俺は息をついた。

 世界が1倍速に戻る。

 生きているのは俺だけだった。

 100体分のビッグベアウルフの輪切り死体が、闘技場を埋め尽くしていた。

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