第13話
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
「もう大丈夫よ」
治療院の片隅で、俺は猫耳幼女――猫又マオという名前なのだそうだ――の頭を撫でてやった。
「て、天使様……! ありがとうございます、ありがとうございます!」
マオが泣き崩れる。
治療院のベッドに、マオと他10人の子供たちが横たわっている。
俺があの奴隷商から引き取ってきた闇奴隷たちだ。
あのあと、『オオカミを100体倒す』という隷属契約を達成した俺は、【隷属魔法】から解放された。
泡を食ってぶっ倒れる奴隷商。
蜘蛛の子を散らしたようにコロシアムから逃げ出す観客たち。
俺は衛兵に通報し、奴隷商を逮捕してもらった。
黒尽くめの男は、いつの間にか姿を消していた。
ビッグベアウルフはBランク相当のモンスターだ。
Bランクを【隷属魔法】で縛ることができるあの男は、BかAランクの冒険者相当の強さを持つはずだ。
Bランク冒険者が1人(俺)とCランク冒険者が1人しかいないこの街においては、あまりにも異質な存在だ。
流れの旅人か、あるいは……。
衛兵が対応に困ったのが、マオと子供たちの扱いだ。
違法に奴隷化された子たちだったので、その場で解放してしまってもよい。
が、家なし職なし着の身着のままの未成年が街に放り出されてしまっても、露頭に迷って浮浪児になるだけだ。
だが、いきなり11人もの子供を養えるだけの孤児院も手配できない。
そんな中、手を上げたのがこの俺だった。
俺は、子供たちを引き取ることにした。
衛兵は俺を幼女と見て渋っていたが(幼女が子供を養えるわけがないので、まっとうなリアクションだ)、Bランク冒険者章を見せたら態度を一変させて了承してくれた。
Bランク冒険者章、強すぎだろ。
さすがは『力こそ力』を地で行くファンタジー世界だ。
そうして俺は、ひとまず子供たちを治療院へ連れて行った。
治療費は貧乏人から見たら目玉が飛び出すほどの高額だと聞いたが、金貨を見せたら院の人たちが揉み手で対応してくれた。
「大丈夫、大丈夫」
そうして今、俺は猫耳幼女マオの背中を撫でてやっている。
マオが年相応に泣きじゃくっている。
きっと今まで、年長者として気を張っていたのだろう。
ようやく安心できたというわけだ。
「でも天使様、私たち、どうやって恩返しをすれば……?」
「家を借りるつもりなの。小さい子供たちには、そこで家事をやってもらうわ。あとは、交代で寺子屋に通ってお勉強もね」
日本人感覚で『寺子屋』と言ってしまったが、この世界でも教会が慈善事業として簡単な読み書き計算を教えてくれているのだ。
なお、マオには寺子屋という単語が『教会』に自動翻訳されて聴こえているらしい。
ゲーム時代から引き継いでいる自動翻訳チート機能はとても便利だ。
「それとマオ、アナタにはポーターをやってもらいたいの」
「ポーター?」
「私、冒険者なの。森に入ってモンスターを討伐して、その素材を冒険者ギルドに卸すことで生計を立てているの。でもこのとおりの細腕で、あまり多くの素材を持ち帰ることができなくて。荷物運びをしてくれる仲間が欲しかったのよ」
「で、ですが……私もこのとおり、力が強いほうではありません」
「でも見たところ、相当の魔力を持っているわよね? 【アイテムボックス】は使えないの?」
「魔力……? アイテムボックス……?」
「体が快復したら、教えてあげるわね。それに、魔力のことだけじゃない。その尻尾、すごい力を秘めている」
「あ……この尻尾は、我が家――猫又家に伝わる不思議な尻尾なんです。力を込めたら、すごく固くなったり、重いものでも運べるようになったり。でも、すみません。私、まだこの尻尾を上手く使いこなすことができていなくて」
「でも、ベアウルフとの戦闘中、あんなにも見事に相手の攻撃を捌いていたじゃない」
ほんの数回しか見ていなかったが、あの尻尾捌きは見事だった。
ベアウルフの鋭い爪を弾くというのは、尋常ではない。
「私は、アナタのあの力が欲しくなった。それに、子供たちを逃がすために超大型モンスターに立ち向かえるだけの、アナタの胆力にも惚れ込んだの」
実際、あのときマオが見せた態度は、饒舌に尽くしがたいほど立派だった。
中身がおっさんの俺とは違い、この子は正真正銘の幼女なのだ。
なのにこの子は、逃げることなく戦った。
マオがただ逃げ惑うだけの子供だったら、俺もここまでは便宜を図らなかっただろう。
「魔力のことも【アイテムボックス】のことも尻尾のことも、少し練習すればきっとマスターすることができるはずよ。アナタは筋がいい」
俺は優しく微笑んでみせた。
マオが顔を赤くした。
「分かったかしら? アナタたちを助けたのは、何も100パーセント善意だけでやったわけではないの。私はアナタの能力が欲しかった。だから助けたのよ。だから、そんなに気に病むことはないの」
「天使様が、私の力を必要としてくださっているのですか?」
「ええ。……あと、その『天使様』というのは止めてもらえないかしら?」
「では、何とお呼びすれば?」
「アリスと呼んでちょうだい」
「では、アリス様」
「様は要らないわ」
「ですが、アナタ様は私どものご主人様です」
「姉のようなものと思ってもらいたいのだけれど」
「いいえ、それでは示しがつきません。私たちはアリス様に命を、人生を救っていただきました。このご恩は、一生を懸けてお返しさせていただきます」
ベッドから下りてひざまずこうとするマオを、俺は慌ててベッドに戻した。
もしかして俺、思い込みの激しい子を拾ってしまったのでは……?
◆ ◇ ◆ ◇
数日後、俺はセスブルグの片隅に一軒家を借りた。
十数人が暮らすのに十分な広さの家だ。
井戸まで付いている。
風呂場もあるから、毎日入浴できる。
その分、値は張って月額金貨1枚もしたが、俺の稼ぎなら問題ない。
森の奥に入って、ゴブリン・ジェネラルの1体でも狩ってくれば、すぐに金貨10枚に化けるのだから。
「今日からここが、私たちの家よ」
私がそう言って振り向くと、子供たちが呆然とした様子で家を見上げていた。
無理もない。
数日前まで、家畜以下の生活を強いられていたのだから。
やがて実感が湧いてきたのか、子供たちが明るい顔になっていき、我先にと家の中へと入っていった。
俺も入ろうとしたそのとき、マオが俺より数歩先に家に入った。
それから振り向き、優雅に礼をしてから、はにかみ笑いでこう言った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
こうして、この借家が俺の――俺たちの家になった。




