第8話
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
なんか、でっかい猫に懐かれちまった。
「えっさ、ほいさ」
その『猫』ことワータイガーのガウリンが、彼の身体の2倍ほどもあるゴブリン・ジェネラルの巨体を引きずりながら歩いている。
どんな鍛え方をすれば、あんなデカブツを引きずりながら悠々と歩けるんだか。
あの丸太のように太いガウリンの腕には、とんでもないSTR値(腕力・膂力)が秘められているのだろう。
「Eランク昇進初日にゴブリン討伐クエスト達成なんて、ラッキーだぜ」
「馬鹿お前、死にかけたんだぞ? 帰ったら反省会だかんな」
「えぇ……」
その後ろには、ゴブリンの耳(討伐証明)と、魔石(モンスターの臍の下辺りに存在する器官で、換金できたり、ポーションや魔道具の素材になる)を詰め込んだ袋を担いだ少年少女冒険者たちが続く。
その後ろに若い村人が続き、俺が殿で後方を警戒している。
斬馬刀はすでに【アイテムボックス】の中にあり、MPも全回復しているため、すぐにも抜刀可能な状態だ。
村人は、身の丈5メートルのゴブリン・ジェネラルを引きずり歩くガウリンを見ながら、目をまんまるにしている。
俺も同じ気持ちだ。
「冒険者って、やっぱり力持ちなのね」
強者幼女アリスを演じる俺の女言葉に、
「何言ってんすか、姉御」
弟子入りを断り続けた結果、『師匠』呼びをあきらめて『姉御』呼びに落ち着いたガウリンが、応えた。
なぜか敬語で。
もしかして、師弟関係を既成事実化させようとしているのか?
まぁ、純粋に敬われているだけなのかもしれないけど。
「姉御こそ、あんなにでっかい剣を振り回してたじゃないっすか。ジェネラルを一刀両断できる【回転斬り】なんて、俺ぁ生まれて初めて見やしたぜ」
少年少女冒険者たちが、キラキラした目で俺を見つめている。
「振り下ろすことはできるわよ。でも、一度地面についちゃったら、もう駄目」
俺の剣術は、【アイテムボックス】からの抜刀を前提にしているからな。
まぁもちろん、200秒に1回しか抜刀できないのでは連戦時に死んでしまうので、2の手、3の手、奥の手などさまざま用意してはいるのだが。
ちなみに『200秒に1回』というのは、【アイテムボックス】からの抜刀時にMPを100ポイント消費し、そのMPが全回復するまでに100秒必要で、100秒後にMPを100消費しつつ斬馬刀を【アイテムボックス】内に納刀し、次に抜刀するためにさらに100秒待って抜刀時のMP100ポイント分を全回復させなければならない、という意味だ。
抜刀・納刀に200秒が必要……これが俺の、最大の弱点である。
最初の100MPがチャージ済な状態から2回攻撃するだけなら200秒で済むが、3回攻撃するためには400秒、4回攻撃するためには600秒と、一振りごとに200秒を要する。
「そんな細腕で――詮索する意図はないっすけど、STR値は絶対に低いっすよね? そんな腕でゴブリン・ジェネラルを真っ二つにしちまうってんですから、本っ当にピーキーな剣士っすよね、姉御は。『超一流の剣士はSTR値を必要としない』と聞いたことがありやすが、姉御はその域に達してるってことですかい」
「まぁね」
などと話しているうちに、森を抜けた。
村人を村まで送ってから、私たちの街――セスブルグへ向かう。
転生? 転移? からすでに3日が経っており、俺もここでの生活に馴染みつつある。
昼は森でモンスター討伐に勤しみ、ギルドでクエスト報奨金や素材の代金を受け取り、夜は宿を取る毎日だ。
「それにしても、ゴブリン・ジェネラルって大物よね? 確か高ランクモンスターに位置づけられていたはずだけれど。この辺りの森じゃ、あんなのがしょっちゅう出てくるのかしら?」
「大物を瞬殺したって自覚はあったんすね。安心しやしたぜ」
ジェネラルを引きずり歩きながら、ガウリンが笑う。
「失礼な子猫ちゃんね。私だって、いっぱしの冒険者なのよ。ただ、この辺りには来たばかりで、ちょっと戸惑ってるのよ」
まぁゲーム時代にはたいそうやり込んだ口なので、嘘ではない。
「子猫ちゃんは勘弁してくだせぇ。んじゃ、命の恩を少しばかり返すために、ここらについて説明しやしょうか。ええと、まず――」
俺はガウリンから、ここら一帯の地理や歴史、政治体系についての説明を受ける。
この猫、脳筋かと見せかけて、そこそこインテリだった。
インテリ脳筋だ。
まず、ここは冒険者が多く暮らす国『神聖アーツ帝国』。
ゲーム『バトル・アーツ・オンライン』の主舞台でもあった国で、いわゆる『中世ヨーロッパ風』の国だ。
中世~近世の神聖ローマ帝国をモデルにしているような国で、多種多様な貴族領が乱立し、各々が勢力争いをしつつも神聖アーツ帝国の名のもとに緩やかに団結しているというブドウのような国だ。
「んで、ここら一帯は帝国最東端の辺境の地『セス辺境伯領』っす。東隣には『スラヴ帝国』ってぇ国があるんですが、両国の間にはモンスターがわんさかひそんでいる『大山脈』が横たわってるから、交流はほとんどありやせん。俺たちがさっきまでいた森は、『大山脈』の麓の麓のそのまた麓の、一番浅い森ってところですね」
「なるほど。さっきのジェネラルは、『大山脈』から降りてきたってわけね?」
「だと思いやすぜ」
「でも、だとすると、この辺りってとっても危険なんじゃないの? さっきの村人さんも村の人たちも、どうしてこんなところに住んでいるのかしら」
先ほど村人を送り届けた先――セス領最東端の村は、数百人規模の大きめの村だった。
だが、壁に囲まれているというわけでもなく、モンスターの襲撃にはとても耐えられそうにないように見受けられた。
「1年くらい前までは、そんなことはなかったんすよ。この辺りを治めておられる領主様はAランク冒険者にすら匹敵するほどの強者で、領主様が直接率いられる領軍もクソつえぇ。そんな領主様の軍が定期的に森狩りをしてくださっていたから、高ランクモンスターが育ったり降りてくるようなことはなかったんです」
「なら、そのお貴族様に森狩りをしてもらえばいいじゃない」
「それが、1年前に発生したスタンピード(モンスターの大発生)の討伐時に領主様が大怪我を負ったらしくて、以来、討伐軍が出なくなっちまったんです」
「なるほど。だから冒険者が、お貴族様の尻拭いをさせられている、と」
「しーーーーっ! をいをいをい、間違ってもそんなことは言うもんじゃないですぜ。俺にゃ領主様を批判するつもりはねぇっすからね!?」
「でかい図体してるくせに、小心者ねぇ」
などと言いつつ、いろいろと納得する俺であった。
駆け出し冒険者はおろか村人すらもが入るような浅い森にすら高ランクモンスターが出現する理由も、領都セスブルグが妙に荒れていた理由も。
領主の怪我が原因で、統治が行き届いていないのだ。
んーでも、そんなイベント、原作にあったっけか?
あーそういえば、数年前に『セス領スタンピード』ってイベントがあったわ。
俺もフレンドたちとレイド組んで何百体というモンスターを狩ったな。
ゲームでは『冒険者たちの活躍によってセス領の平和は保たれた。めでたしめでたし』だったが、この世界ではそうはならなかったのだ。
……なぜだ?
いや、考えてもみれば当然か。
あの美人受付嬢アンジェリカさんが驚いていたとおり、この世界の住民はレベルアップ時のステ振りを自由にできない。
『力持ちになりてぇーーーー!』って人にSTR値が多めに振られる、くらいの融通は効くみたいだが、ゲーム画面で自らレベルアップ時のステ振りをするほどの厳格性はない。
だから自然と、この世界の住民――特に冒険者――は器用貧乏な性能に陥りやすい。
さらに致命的なのは、この世界の住民は、『死ねば死んでしまう』ということだ。
ゲーム時代では、死ねば一定のクールタイム後に教会で復活できた。
ゲームだからな。
だから、クソむずクエストとか超難易度イベとかでは『死に覚え』で突破する手が使えた。
俺――アリス・アリソンの『幼女なのにでか武器を扱える』というステも、そうした死に覚えの果てに行き着いた究極ステータスと言える。
だが、この世界の住民は、『死ねば死んでしまう』。
だから、死に前提の特攻――いわゆる『ゾンビ突撃』戦法が使えない。
『セス領スタンピード』イベではゾンビ突撃戦法でモンスターの軍勢をすり潰しきった。
だが、死ねば死んでしまう一度きりの人生の冒険者たちは、当然ながら絶対に死んでしまうような特攻などしない。
結果として、ゲームではないこっちの世界のセス領は滅びかけた。
だから、最高責任者であるセス辺境伯領が出てきた。
貴族家には代々、『血統魔法』なる超強力な魔法が受け継がれているらしい。
辺境伯がその血統魔法を使ったのかどうかは不明だが、とにもかくにも辺境伯は戦場で大怪我を負い、指揮を取れなくなってしまった。
そうして、領軍が出てこなくなり、モンスターの増加や領都の荒廃につながってしまった、と。
「ったく、浮世離れしてるっつーか世間ズレしてるっつーか。姉御を見てると危なっかしくてかなわねぇや」
ガウリンの溜息。
俺の領主批判について言っているようだ。
「弟子は駄目でも、俺をポーターとして雇わねぇすか?」
ポーターとは吉田カバンのことではなく、『荷運び屋』のことだ。
大抵はFランク冒険者が冒険者ギルドでクエストとして請け負うことになっている。
上位ランク冒険者がモンスターを討伐する様子を間近で見学できるので、ゲーム時代は新人に人気のクエストだった。
「Cランク冒険者様をポーター扱いするわけにはいかないでしょ。アナタはアナタで、低・中ランクモンスターの討伐をがんばってもらわないと」
「うーん、それはそうなんですがね。だが、ポーターは必要ですぜ」
「それはそうなのよねぇ」
俺――アリス・アリソンは『幼女の体ででか武器を振るう』ことに特化しすぎているため、それ以外の性能が全般的に壊滅しているのだ。
だから、斬馬刀以外の物を収納できるだけの【アイテムボックス】の空き容量などないし、腕力がないから採取した素材を持ち運ぶことすらできない。
ましてやあんな巨大なゴブリン・ジェネラルの死体を引きずり歩くなどは……。
「探せばいるかしらね、幼女ポーター?」
「幼女じゃなくてもいいじゃないすか」
「幼女じゃなきゃ嫌よ」
そう、俺には野望があるのだ。
でか武器を扱える将来有望な幼女たちをたくさんスカウトし、幼女の幼女による幼女のための冒険者パーティー『ビッグ・ローリー』を結成するという野望が!
だから、こんなおっさん猫をパーティーに入れるための席などないのである。




