第7話
《Cランク冒険者 ガウリン》
「助けが必要かしら?」
場に不釣り合いなほど涼やかな声が、ガウリンの耳に飛び込んできた。
ガウリンは呆然と、ゴブリン・ジェネラルの頭上を見る。
声が、そこから聴こえたからだ。
果たして『そいつ』は、ゴブリン・ジェネラルの鉄兜の上に悠々と腰掛けていた。
ジェネラルに気づかれないよう気配を消して、暴れまわるジェネラルの頭上でもよろめくこともなく!
(あいつは……!)
幼女だった。
忘れもしない、先日、自分を一撃で倒してしまった幼女。
名前は確か、
(アリス・アリソン!)
アリスは不敵に笑っていた。
Bランク冒険者が死を覚悟して挑むべき脅威を目の当たりにしながら、鼻歌でも歌い出しそうなほど余裕の表情をしている。
ガウリンは、確信した。
今、この場にいる生き物の中で、あの幼女こそが最強の存在である、と。
「頼む!」
だから、ガウリンは幼女にすべてを託した。
「任されたわ」
幼女が鉄兜の上から、さらに空高く飛び上がった。
素晴らしいバランス感覚、身のこなしだ。
恐らく、AGIがとんでもなく高いのだろう。
それから幼女は、ガウリンをノしたときと同じように、虚空から超巨大な剣を取り出した。
まるで背負い投げでもするかのように全身で柄を抱え込み、
「――【回転斬り】!」
言葉のとおり、幼女が回転した。
刀身の重みを利用して、ものすごい速さでグルグルと。
刀身がゴブリン・ジェネラルの鉄兜を真っ二つにし、
ジェネラルの脳天を、
額を、
鼻先を、
喉を、
背骨を一刀両断した。
――ズゥゥゥン!
大剣が地面に突き立てられる。
幼女は器用に着地した。
数秒遅れて、ゴブリン・ジェネラルの体が左右に分かれて倒れた。
さらに数秒遅れて、血や臓物が死体から吹き出しはじめる。
あまりの斬れ味のよさに、死体自身が斬られたことに気づいていなかったのだ。
「うんしょっ、うんしょっ」
当の幼女は、返り血から逃れるために必死に大剣を引きずっている。
あれほど見事な剣スキル【回転斬り】を披露しておきながら、得物を満足に持ち運ぶことすらできないほど非力なのだ。
(ちぐはぐだ)
いったいぜんたいどういうステータスをしていれば、こんなピーキーな剣士が出来上がるのだろう。
ガウリンはおかしいやら呆れるやらで、思わず笑ってしまった。
「幼女じゃなきゃ惚れちまうところだったぜ」
「なぁに? アナタみたいな弱っちい子猫ちゃんには興味ないのだけれど」
「くははっ。ゴブリン・ジェネラルを瞬殺しちまうような強者からすれば、俺は子猫も同然か」
ガウリンはもう、たまらない。
Cランクの自分が死を覚悟して挑んだモンスターを、ものの数秒で倒してしまった強者。
その強者が、自分の3分の1もないような小さな小さな幼女の姿をしているのだから!
「けど、どうして俺を助けてくれたんだ? お前さんには、悪いことをしちまったのに」
「気にしていないわ。むしろ、感謝しているくらいよ」
「感謝?」
「だって、ギルドに私の実力を認めさせるための、引き立て役になってくれたんですもの」
「……ぶはっ、あーっはっはっはっ!」
ガウリンは爆笑し、しばし考えた。
それから居住まいを正し、幼女に頭を下げた。
「ありがとう。お前さんは俺の命の恩人だ。金でも労働力でも、何でも支払おう。そのうえで、頼みがあるんだ」
さらにはそのまま、土下座した。
「俺を弟子にしてくれ!」
果たして幼女アリスは、
「嫌よ」
ガウリンの渾身のお願いを一蹴した。
「このとおりだ、頼む! 使いっ走りだって盾役だってなんだってやる。だから、どうか」
「いーやっ。アナタみたいなむさくるしい子猫ちゃんを連れて歩く趣味なんて、ないもの。連れて歩くなら、幼女一択ね」
「幼女? 幼女っつったらお前さんも幼女じゃねぇか」
「幼女が幼女を連れ歩いちゃいけない法でもあるわけ?」
「ぶはっ、はっはっはっ! 本当、変わった奴だな。ま、今日のところはあきらめるとしよう」
ガウリンは立ち上がり、ゴブリン・ジェネラルの死骸に目を向けた。
「さて、取り分の話だ。ゴブリンは魔石以外は素材になるところがない激マズモンスターだが、ジェネラルは違う。腐っても高ランクモンスターさ。鎧と兜ははがね製だし、目玉や心臓は高級ポーションの材料になるし、皮は強くて丈夫だ。この死骸は一体丸々、高級素材の塊だぜ。本音を言えば喉から手が出るほど欲しいんだが、俺はそこまで恥知らずにはなれねぇ。こいつは10対0で全部お前さんの物だ」
「要らないわ。全部アナタの物にしていいわよ」
「えええええっ!? なんでだよ!?」
「だって、このとおり自分で持ち帰ることもままならないもの」
アリスの腕は恐ろしく細く、自身の得物である大剣すら満足に持ち上げられないような有り様だ。
「あー……確かにな」
「持ち帰れないんじゃ私のものにはできないし、ここに放置してしまったら他のモンスターに奪われちゃうでしょう? だったら、アナタの生活の足しにしてもらったほうがまだマシってものよ」
「こうしよう。この場では、俺がジェネラルの死骸をまるまる頂く。で、ギルドに卸して換金し、それを9対1で分ける」
「あら、独り占めしないのね。殊勝な子猫ちゃんだわ」
「勘違いするな。9割のほうがお前さんの取り分だ」
「ええ? 5対5で十分よ」
「……8対2だ。年下の女に命を助けられたうえ、施しまで受けるなんて、俺に恥の上塗りをさせないでくれ」
「むぅ。分かったわよ」
「それと、討伐成功の名声は当然、お前さんの物だ。今日という日は伝説になるぜ。この辺境伯領に、高ランクモンスターを単身で倒した英雄――Bランク冒険者が誕生したってことなんだからよ!」




