第6話
《ベント村の青年》
その若き村人は、死の危機に瀕していた。
森で最終をしていたときに、運悪くゴブリンに遭遇してしまったのだ。
「くそっ、なんでこんな人里の近くにまで……!」
子鬼。
冒険者いわく『最弱モンスター』である。
背丈は子供ほどしかなく、足の速さも人並みで、非力だ。
だが、それは鍛錬を積んでレベルを上げた冒険者目線での話。
実際のところ、戦闘の心得を持たない村人にとって、ゴブリンは非常に大きな脅威だ。
子供がさらわれて食われてしまったり、家に押し入られて一家丸ごと虐殺されたり、ゴブリンの軍団が押し寄せてきて村一つが滅ぼされたり……。
考えてもみてほしい。
子供程度の非力な存在とはいえ、子供が武装して、殺す気で襲いかかってくるのである。
足が遅いとはいっても、それはAGIを上げている冒険者目線での話であって、野山を駆け回るゴブリンの足腰は強靭である。
「はぁっはぁっ……」
青年を襲ったゴブリンもまた、憎らしいことに健脚だった。
結果として、青年は森の中をさんざんに追い回された挙げ句、こうして追いつかれようとしていた。
「うわっ」
体力の限界を迎えた青年は、木の根に足を取られて転んでしまった。
――ゲゲゲッ
残虐性だけは高ランクモンスターにも劣らないゴブリンが、嗜虐の笑みを浮かべながら石斧を振り上げた。
青年の頭目掛けて振り下ろしてくる!
(神様……!)
青年は目をつぶり、痛みに備えた。
(……。…………。……………………?)
が、待てど暮らせど痛みは来ない。
恐る恐る目を開いてみると、なんと、ゴブリンの首が落ちていた。
首を失ったゴブリンの体が、ゆっくりと倒れていく。
「おっさん、怪我はないか?」
ゴブリンの背後に、剣と革鎧で武装したファイター風の少年が立っていた。
少年の後ろには、盾で武装したディフェンダーっぽい少年と、ヒーラーっぽい格好の少女がいる。
「ゴブリンは俺がぶっ殺してやったぜ。感謝しな」
ファイター風の少年が偉そうにふんぞり返ってみせる。
青年は安堵した。
(冒険者パーティーだ! 助かった!)
◆ ◇ ◆ ◇
《Eランク冒険者》
「ふははははっ、俺たちは無敵だぜ」
その駆け出し冒険者は調子に乗っていた。
無理もない。
今朝方ようやくFランクからEランクに昇格し、ゴブリンなどの低ランクモンスターと戦う許可を得られたことで、舞い上がっているのだ。
しかも、初陣で人助けができた。
人をモンスターから助けた場合、功績ポイントが付く。
ポイントに応じて報奨金が出るし、ランク昇格も早くなる。
いいこと尽くしだ。
「はぐれるんじゃねぇぜ、おっさん」
少年たちは村人を保護しつつ、森の奥へ奥へと進んでいく。
先頭はディフェンダー役……ではなく、調子に乗っている少年ファイターだ。
「おいリーダー、もっと慎重に進めよ。ってか盾役より先に行くなって」
「大丈夫だって。ゴブリンなんて雑魚なんだからよ」
仲間のアドバイスにも耳を貸さず、少年ファイター――パーティーのリーダーはずんずん進んでいく。
やがて、
「いたぞ、ゴブリンだ!」
標的を見つけたリーダーは、剣を抜いてゴブリンを追いかけ回しはじめた。
ゴブリンが大慌てで森の奥へ奥へと逃げていく。
仲間と村人を置き去りにして、リーダーがゴブリンを追いかけていく。
「おい、リーダー、突出するなってば!」
ゴブリンに誘われるようにして、全員が森の奥へと入っていく。
やがて……
「しまった、囲まれた!」
気がつくと、彼らは十数匹ものゴブリン軍に取り囲まれていた。
ゴブリンたちは、木の陰などに隠れて待ち構えていた。
罠だったのだ。
――ゲッゲッゲッ!
――ギギギギッ!
ゴブリンたちが、四方八方からいっせいに襲いかかってきた!
しかも、村人とヒーラー少女という弱点を真っ先に狙ってくる。
「ふ、二人を守るんだ!」
「おう!」
リーダーとディフェンダーは村人とヒーラーをかばいながら戦うが、多勢に無勢。
みるみるうちに傷が増えていく。
ヒーラー少女が必死に治癒魔法をかけてくれるが、焼け石に水だ。
(まずいっ、このままじゃ、死――)
最悪の想像が頭をよぎった、そのとき。
「助けが必要か?」
泣きたくなるほど心強い声が、リーダーの耳に飛び込んできた。
ゴブリン軍の向こうに、セスブルグ最強の冒険者・ガウリンが立っているのが見えた。
モンスター討伐への横入りは、トラブルの種だ。
同士討ちのリスクもあるし、倒したあとの取り分で揉める原因にもなる。
リーダーとしても、ここでガウリンの助力を受け入れてしまったら、『罠にまんまと引っかかった』というマイナスで『村人を助けた』という功績ポイントを打ち消されてしまうかもしれない。
だが、そんなことを言っている場合ではなかった。
「お願いします!」
リーダーは即座に叫んだ。
目先のちっぽけな功績などより、仲間と自分の命のほうがよほど大事だったからだ。
「任せろ。全員、耳をふさいで伏せろ!」
若き冒険者たちと村人は、言われたとおりにした。
その直後、
――ウガァァアァアァアアアアアアアアアアアアアアッ!
ガウリンが誇る必殺スキル、【ワータイガー・シャウト】が炸裂した。
魔力と大音声と突風が、ゴブリンたちを打つ。
平衡感覚を乱され混乱したゴブリンたちが、ひっくり返ったり、同士討ちをしはじめる。
恐慌状態に陥ったゴブリンたち目掛けて、ガウリンが巨大なバトルアックスを振るった。
強力無比な攻撃によって、ゴブリンたちが次々と真っ二つになっていく。
リーダーは呆然としている。
ほんの1分前まで死に瀕していたはずなのに、今や状況は圧勝だ。
(すっげぇ! これがCランク冒険者の実力か!)
残りのゴブリンたちが森の奥へと逃げはじめる。
命の危機を脱した、とリーダーが安心しかけた、その直前。
――ギャォォオオオオオオオオオオオオオオッ!
心臓が凍りつきそうになるほど恐ろしいシャウトが、リーダーたちを打ち付けた。
「あ……あぁぁ……」
少年は金縛りに遭ったまま、呆然と『それ』を見上げる。
それは、身の丈5メートルの巨人だった。
鉄鎧と鉄兜に身を包んだ、超巨大なゴブリン――上位種ゴブリン・ジェネラルだ。
村や集落はおろか、城壁で守られた城塞都市すら陥落させられかねない、超特大の脅威。
ガウリンのさらに上――Bランク冒険者たちが束になってやっと倒せるかどうかという、災厄だ。
ゴブリン・ジェネラルが、巨木のような棍棒を振り上げた。
圧倒的質量の移動により、風が巻き起こる。
リーダーもディフェンダーもヒーラーも村人も、シャウトの効果で金縛りに遭ってしまい、ピクリとも動けない。
呼吸すらままならない。
ゴブリン・ジェネラルが、リーダー目掛けて棍棒を振り下ろしはじめた。
あまりにも巨大な質量が、近づいてくる。
リーダーの視界いっぱいに、『死』が広がりつつある。
誰も彼も、金縛りに遭ってしまって動けない。
ただ一人を除いて。
◆ ◇ ◆ ◇
《Cランク冒険者 ガウリン》
ガウリンだ。
ガウリンだけは、辛うじて動けた。
(あぁくそっ、なんで動いちまったんだ)
駆け出し冒険者たちと村人を守るために、彼らとゴブリン・ジェネラルの間に体を滑り込ませようとする。
(見捨てて逃げてりゃ、死なずに済んだかもしれないのに)
言動は粗暴だわ偉そうぶるわでいまいち評価が分かれることの多かったガウリンだが、本物の危機を前にしてとっさに動ける勇気と、無力な者を守ろうとする正義の心は本物だった。
その証拠に、ガウリンはゴブリン・ジェネラルの超巨大棍棒の一撃をバトルアックスで受け止めた。
無力な後輩冒険者たちや、村人を守るために、だ。
その直後、自慢のバトルアックスがバラバラに砕け散り、彼の両腕の感覚が失われた。
「……逃げろッ!」
彼は死を覚悟した。
覚悟しながら、背後の駆け出し冒険者たちに向かって叫んだ。
「で、でもっ」
少年少女パーティーのリーダーっぽい少年が、躊躇した様子を見せる。
「足手まといだ!」
ガウリンは一喝する。
「それより、一刻も早くギルドに通報して、応援を呼んでこい! ここは俺が食い止める!」
躊躇しながらも、少年少女と村人たちが逃げていく。
(さて、どのくらい時間を稼げるかな。腕の感覚がねぇ……あぁくそっ、昨日、もっといい酒飲んでおくべきだったぜ。あと、一夜でいいからアンジェリカちゃんをモノにしたかったな)
武器を失ったガウリンが、それでもなお時間稼ぎのために命を燃やそうとした、まさにそのとき。
「助けが必要かしら?」
場に不釣り合いなほど涼やかな声が、ガウリンの耳に飛び込んできた。




