第5話
《受付嬢 アンジェリカ・ダ・ベント》
※※※※※※※※
アリス・アリソン
Lv:99
HP:100
MP:100
STR:5
VIT:5
INT:5
MEN:5
AGI:461
DEX:1,500
※※※※※※※※
「何……この……何……?」
アンジェリカは混乱している。
何重の意味でも混乱している。
不可解な点がいくつもある。
まず1つ目が、何と言っても腕力(STR)が初期値のままであること。
「STR値が5しかないのに、どうしてあんな大剣を振るうことができるの!?」
アリスは答えてくれない。
ただ、意味深に微笑んでいるだけである。
不可解な点の2つ目は、『死にステ』であるはずのDEX(器用さ)にほぼ全振りしていること。
「大剣を使っていたってことは、アリスちゃんはファイターなのよね。鍛冶師みたいな職人ならともかく、どうしてDEX値に全振りしているの!?」
アリスは微笑むばかり。
不可解な点の3つ目は、
「DEXの最大値って、999のはずよね!? どうして最大値を突破しているの!?」
「あー……」
と、ここでようやく、アリスが口を開いた。
「それ、運営……じゃなかった、神様の嘘なのよ」
「神様の、嘘……???」
「そ。このとおり、999を超えてもステを振ることはできるの。DEX以外のステも同様よ。まぁ、特定のステを1,000まで伸ばそうと思ったら最低でもレベル50になる必要があるわけで、全振りでレベ50まで上げられるほどこのゲーム……じゃなかった、この世界は甘くはないわけで、さりとてこの世界ではレベル90代に到達している人はほとんどいないっぽいから、この嘘が暴かれてなくても不思議はないけれど」
アンジェリカにとって、アリスの物言いは謎ばかりだ。
なんというか、この世界の仕組みというか、深淵を知っているかのような口ぶり。
アンジェリカはだんだん怖くなってきた。
怖いと言えば、不可解な点の4つ目についてだ。
「ねぇアリスちゃん、聞いていい……? アリスちゃんのステータス、すごく『恣意的』な感じがするの。
MPは、大剣を【アイテムボックス】に収納するためにピッタリ100ポイント必要だったから、100にしている。
DEXも理由は分からないけど多分、1,500ピッタリが都合がよいから、そうしている。
そうして余ったボーナスは、全部AGIに注ぎ込んでいる……そういうふうに、見えるの。
でも、ステ振りの神様は普通、そこまで正確に人々の願いを聞いてくださったりはしないわ。少なくとも、アリスちゃんが『要らない』と判断したのであろうステータス――STR、VIT、INT、MENが軒並み1すら上がっていないというのは、いくらなんでもありえないと思うのよ。偶然とか奇跡とか、そんな言葉で済ませることができないほどの……異常事態よ」
「あー……それはまぁ、プレイヤー特権というか」
「ぷれいやー? とは何の話?」
「ふふっ、企業秘密よ」
アンジェリカには、アリスの言う『キギョウ』というのが何のことなのかは分からなかった。
が、『秘密』の意味は当然分かった。
冒険者とは、『食いっぱぐれや荒くれ者でもなれる』という、弱者救済の側面もある職業である。
自然、脛に傷を持つ者が冒険者ギルド会館の門戸を叩くことも多い。
試験に合格するだけの能力を持っており、かつ殺人や強盗、強姦などの凶悪犯罪に手を染めていない人であれば全員受け入れる、というのが冒険者ギルドの基本方針なのだ。
そういう組織なので、相手の秘密を探ろうとするのは基本タブーとなっている。
「ふぅ……今日は、一生分驚かされたくらいの気持ちだわ。ギルドマスター、本当にCランク冒険者証でいいですか? むしろSランクとか発行したほうがいいのでは?」
「俺だってそうしたいのはやまやまだがよ」
ギルドマスターがガシガシと頭を掻く。
部下の前では滅多と見せない、『本当に困った時』にしか出さない彼の癖だ。
「あいにく、Cランク以上の付与権限は俺にはねぇんだよ。嬢ちゃんにはたくさんクエストを受けてもらって、高ランクのモンスターをバンバン討伐してもらって、その功績を王都ギルド本部に伝えて昇級を打診する必要がある」
「ふふっ、楽しみね」
アリスが不敵に微笑んだ。
アンジェリカは、でか武器幼女の力強い笑顔に夢中だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「でも、あんなステータスで、どうして大剣を振ることができるんでしょう?」
アリスがギルド会館から出ていったあと、アンジェリカはギルドマスターに尋ねた。
「そりゃ、器用だからだろうさ」
「器用だから?」
「あの幼女、【アイテムボックス】から抜刀して、剣の重みを利用して振り下ろしたんじゃねぇのか? 上段の構えを取り、頭上に【アイテムボックス】を展開させ、柄をつかみ、全身を使って剣を振るったんだろう。柄を全身で抱きしめ、背負い投げをするような勢いで、だ。膂力ではなく、重力と遠心力で剣を振るったわけだな」
そのとおりだった。
ギルドマスターの分析は、まるで実際に見てきたみたいに正確だった。
「そのとおりです。さすがはギルドマスター。天才剣術家の名は伊達じゃないですね」
「世辞はいいよ、世辞は。あいつのMP、大剣1本がギリギリ収納できるくらいの値だったからな。あいつの戦闘スタイルは、【アイテムボックス】からの抜刀術が前提に成り立っているはずだ。だが、あいつの戦法は、一歩間違えれば自分が大剣の下敷きになりかねないという危ういものだ。それをカバーするためには、自分の体を思いどおりに動かす絶妙な体捌き――つまり『器用さ』が必要になる」
「なるほど、そのためのDEX値ですか!」
言われてみれば、アリスの体捌きはかなりのものだった。
蹴り上げてきたガウリンのつま先の上に立ってみせたり、ガウリンの頭上に乗ってみせたり。
極めつけはあの、大剣の重量を攻撃に変えてしまう技量。
一瞬でもタイミングがズレていたら、ああはいかなかったはずだ。
「だが……」
ギルドマスターが思案顔になる。
「カンスト超えのDEX値には、まだほかに秘密が隠されているように思うんだよな。それも、超特大の秘密が」
◆ ◇ ◆ ◇
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
「はーっ、緊張した」
領都セスブルグの大通りを歩きながら、俺は大きく息をついた。
何が緊張したって、『ミステリアスな強キャラ』を演じるのに、だ。
冒険者というのは、舐められたらおしまいの仕事である。
舐められたが最後、徹底的に利用され、搾取され、使い捨てられてしまう。
海千山千のつわものもいれば、チンピラと変わりないような連中もいるのが冒険者というやつだ。
冒険者ギルドというのはそんなつわものとチンピラをいっぺんに相手しなければならない仕事なわけで、当然ながら綺麗事だけではやっていけない。
『利用しやすそうな冒険者志願者』は、冒険者とギルドの双方からあっという間に利用され、ケツの毛までむしり取られて捨てられることだろう。
この俺――アリス・アリソンの見た目は、幼女。
『どうぞ舐めてください利用してください』と言わんばかりの外見と年齢なわけだから、せめて言動から強キャラ感を出しておかなければ、と気張っていたわけだ。
幸い、あの受付嬢は俺(というか幼女アリス)に好意的なようだ。
ギルドマスターは俺をあのチンピラ虎野郎の『抑え』として利用するつもりのようだが、裏を返せば俺の実力を認めてくれた証とも言える。
『いきなりのCランク冒険者就任』という報酬を前払いでもらえたわけだから、それに見合った働きはすることにしよう。
今度あの虎に出会ったら、せいぜい可愛がってやる。
「……それにしても、気恥ずかしかったなぁ」
女口調でしゃべることに対してである。
ロールプレイングの一環とはいえ、『だわ』口調でしゃべるのはなんだかモニョモニョした。
だが、これから冒険者アリス・アリソンとしてやっていく以上、慣れなければならない。
「ま、なんとかなるだろ」
ペルソナ(仮面)を被ること――役割を演じることには、慣れている。
何しろ俺はアラサーで、エリート社畜だったからな。
二十代半ばから最年少課長としてやってきて、年上の部下に頼られ、『頼れる課長』の体裁を必死に整えつつ、表向きは涼しい顔で対応してきてはや数年。
MMORPGででか武器幼女冒険者アリス・アリソンとしてロープレするのも、■■■■株式会社開発2課課長としてロープレするのも、本質は同じだ。
「んじゃさっそく、モンスター狩りに行きますか!」




