第2話
《受付嬢 アンジェリカ・ダ・ベント》
受付嬢アンジェリカは辟易していた。
何に辟易していたのかというと、己の人生――ぱっとしない毎日に対してだ。
「なぁアンジェリカちゃん、今日の上がりは何時だ? 飲みに行こうぜ、奢るからよぉ」
ねっとりとした吐息が、アンジェリカの頬に絡みつく。
吐息の主――身の丈3メートルのワータイガー・ガウリンに対して、アンジェリカは愛想笑いをしてみせた。
「今日も残業なんです。お気持ちだけお受け取りいたしますわ、ガウリンさん」
「遅くなったって構わねぇぜ。なんなら仕事、手伝ってやろうか?」
(部外者に仕事を任せられるわけがないでしょ)
愛想笑いに反して、アンジェリカは内心で悪態をつく。
この男、どこからどう見ても体が目当てだ。
さっきからこちらの胸をガン見しているのが、バレバレである。
(ったく。中途半端にモテるのも考えものよね)
アンジェリカ・ダ・ベント――『ベント村出身のアンジェリカ』は、ベント村から領都に出てきた田舎娘である。
運よく貴族令嬢顔負けの美貌とスタイルのよさを持って生まれた彼女は、村では昔からモテてモテて仕方がなかった。
アンジェリカは生まれてこの方ずーっとチヤホヤされて生きてきた。
だが、しょせんは片田舎でのことである。
モテるとはいっても言い寄ってくるのは農家の長男や水車小屋の次男や羊飼いの三男などばかりで、アンジェリカが夢見るキラキラとした世界の住人とはほど遠かった。
夢をあきらめきれないアンジェリカは、成人(15歳)と同時に村を飛び出し、ここセス辺境伯領領都・セスブルグへとやって来たのだ。
抜群に顔がよく、読み書きと算術もできるアンジェリカは、ここの受付嬢としてすぐに採用された。
だが、
(言い寄ってくる相手が、コレじゃね。相手が大商人の息子とか貴族子息とかならまだしも、金なし冒険者じゃねぇ。まぁ、ここで働く以上は当たり前なのかもしれないけど)
そう、当たり前の話である。
なぜなら、ここは冒険者ギルド。
アンジェリカは冒険者ギルドの受付嬢なのだ。
ここに採用されるまで、アンジェリカは『冒険者』というものをもっとキラキラした職業だと思っていた。
希少なモンスターを討伐し、その売却益のおかげでお金が余って余って仕方がない冒険者。
貴族子息がお忍びでやっている冒険者。
貴族や大商人とのつながりが深い、裕福な冒険者。
そういう金持ち冒険者がゴロゴロと転がっていて、美人な自分をサクッと見初めてくれるものと、アンジェリカは思い込んでいたのだ。
(とんだ世間知らずの田舎者だったわけよね)
現実は非情だ。
言い寄ってくるのは、ガウリンのような金回りの悪い荒くれ冒険者ばかり。
本心では、今すぐこのトラ野郎の頬をひっぱたいてやりたい。
だが、
(こんなんでも、我がギルド支部では貴重な貴重なCランク冒険者様なのよねぇ~……)
F・E・D・C・B・A・Sランクの中の、Cランク。
大ベテラン、主力、エースを意味するCランク。
Sランクはほぼ伝説上の存在なので、今現在は存在しない。
Aランクは王国でも一握り。
Bランクは数十パーティーほどが存在するが、こんな田舎領の支部ギルドには居着いてくれない。
そういう中での、Cランク。
ガウリンは、冒険者ギルド・セスブルグ支部ではトップにして唯一のCランク冒険者なのだ。
実力があるのだ。
下手に怒らせて、月のない晩に歩けなくなるような事態には陥りたくない。
「あのー、ガウリンさん。ご要件は何でしょうか?」
「だから、夜のお誘いさ」
(はーっ、ぶん殴ってやりたい!)
アンジェリカはため息ひとつ。
「ご要件がないのであれば、お引き取りいただけませんか。他の冒険者様の邪魔になってしまいますので」
「んなこと言って、俺以外に受付に並んでる奴なんていねぇじゃねーか」
「うぐっ……」
酒場を兼ねているギルドホールには、冒険者たちがチラホラとたむろしている。
が、ガウリンの言うとおり、受付に並んでいるのはガウリンだけだ。
「ですが、わたくしどもにも仕事がございましてですね」
「俺たち冒険者の相手をするのも、受付嬢の大事な仕事だろ? アンジェリカちゃぁん」
「うぐぐ……」
「なぁ頼むぜ。一晩だけだからよぉ」
アンジェリカが立ち上がり、平手を振り上げようとした、まさにそのとき。
「並んでるのだけれど」
可憐な声が、ギルドホールを貫いた。
ギルドホール中の視線が、声の主に集まった。
もちろんアンジェリカも、声の主――ガウリンの背後に立つ小さな小さな人影を見た。
身の丈120センチばかりの少女――いや、幼女だった。
(めちゃくちゃ可愛いんですけど!)
アンジェリカはびっくり仰天した。
(真っ白な肌、手入れの行き届いた長い金髪、燃えるような赤い瞳。まるでお人形さんのよう。どこかの貴族令嬢のお忍び? いえ、でも着ている革鎧はずいぶんと使い込まれている。それに、立ち居振る舞いがまるでベテラン戦士のような)
「あぁん? 嬢ちゃん、何しに来やがった? ここは冒険者ギルドだぜ」
ガウリンが幼女を威圧する。
3メートル VS 120センチ、筋骨隆々のワータイガー VS 折れそうなほど華奢な幼女。
アンジェリカは、幼女が恐怖で失神してしまうのではないかと思った。
「てめぇみたいなガキはお呼びじゃねぇんだよ」
「それを決めるのはアナタじゃなくて、ギルドだと思うのだけれど」
だが、アンジェリカの予想に反し、幼女は堂々とした態度で言い返した。
さらには、挑発するようにニッコリ微笑んで、
「試験にさえ合格すれば、誰でもギルド認定冒険者になれるはずよね?」
幼女の立ち居振る舞いには年齢不相応な『老練さ』のようなものが感じられる。
その落ち着きが、ガウリンをいらだたせたのだろう。
「てめぇ、先輩に対して生意気な口を!」
ガウリンが幼女を蹴り上げた。
「ちょっと!」
アンジェリカは悲鳴に近い声を上げた。
「子供相手になんてことを!」
アンジェリカは幼女を介抱するために、受付から飛び出そうとした。
が、その体が固まった。
「いきなり蹴るなんて、教育のなっていない先輩子猫さんね」
その幼女が、ガウリンのつま先の上に立っていたからだ。
さらに、ガウリンの足の勢いを利用して、クルリと宙返りをしてみせる。
「てめぇ、ぶっ殺す!」
ガウリンが、大きく息を吸った。
アンジェリカは慌てて耳をふさぐ。
――ウガァァアァアァアアアアアアアアアアアアアアッ!
威圧スキル【ワータイガー・シャウト】。
ガウリンの口から放たれた声と魔力が突風となって、幼女とギルドホールを打つ。
耳をふさいでいるにもかかわらず、アンジェリカは死にたくなるほどの恐怖を覚えた。
ギルドホールは散々な有り様だ。
ギルドトップのCランク冒険者が放ったシャウトをもろに浴びた冒険者たちが、泡を吹いて気絶したり、恐慌状態に陥って逃げ出そうとしている。
無理もない。
小動物相手なら、これだけで殺せるほどの精神攻撃スキルなのだ。
「弱い犬ほどよく吠えるものよね」
だが、幼女にはまるで効いていなかった。
いや、もろに浴びたら、きっと深刻なダメージを受けていたのだろう。
だが、幼女はガウリンの頭の上に避難し、しっかりと両耳をふさいでいた。
「てめぇえええっ!」
ガウリンが幼女をつかもうとする。
が、幼女はガウリンの頭上からひょいっと飛び降りる。
「ケンカするつもりはないのよ。私は受付に用があるだけなんだから」
幼女が諭すように言う。
だが、ガウリンは聞いていないようだった。
【筋力増強】スキルで丸太のように腕の筋肉を膨らませ、巨大な拳で幼女を粉砕しようとする!
(だめっ、死んじゃう!)
アンジェリカは見ていられなかった。
視線をそらそうとした。
だが、できなかった。
幼女が不敵に微笑んでいたからだ。
「正当防衛成立ね」
次の瞬間、虚空から超巨大な剣が現れた。
幼女の身長よりもなお長大な、東洋風の剣だ。
幼女が剣の柄を抱え込むように――東洋拳法の『背負い投げ』のような格好で振るう。
「【峰打ち】!」
そう、幼女が大剣を振るったのだ。
全身を使うことで、自分よりも巨大な剣を振るった。
ガウリンの体が真っ二つに――……されることはなかった。
幼女がスキル名を叫んだとおり、刃のない峰部分で打ちつけられたからだ。
――ズゥゥウン……
ガウリンの巨体が床に沈んだ。
気を失ったようだ。
(なっ、なっ、なっ……)
アンジェリカは、開いた口がふさがらない。
身長120センチにも満たない幼女が、
身長3メートル超えのワータイガーを、
一撃でノしてしまったのだ!




