第18話
《セス辺境伯の娘 セシル・セス》
(まるで翼が生えたみたい!)
――ザシュッ!
――ザシュッ!
――ザシュッ!
セシルがツヴァイハンダーを振るうたび、セシルが【重量魔法】をオン・オフするたび、複数体のオークの首が吹き飛んでいく。
一振り、数体。
(これなら、あの怪しい男――ベンにだって絶対に勝てる! 私が、私の手で、セス家を取り戻すのよ!)
100秒以内に戦闘が終了した。
計算どおりだ。
「お疲れ様、セシル。ずいぶんと様になってきたじゃない」
「私も負けません!」
そばで見守っていたアリスとマオがねぎらってくれた。
マオのほうは、ねぎらいとは少し違うかもしれないが。
「レベルは上がったかしら?」
「ううん。だいぶ上がりにくくなっちゃったみたいね」
「そりゃ、50にもなればね」
「全部アナタのおかげよ、アリス。本当にありがとう」
「きゅ、急に何よ。照れるでしょ」
「本心よ。アナタのおかげで、私は本当に強くなれた。……あのね」
セシルは居住まいを正す。
「私、ベンに決闘を挑もうと思うの」
「はい? ベンって誰?」
「私の婚約者を名乗る男」
「あぁ、そういえばそんなことも言ってたっけ。望まぬ結婚とかなんとか」
「そうなの。あのゲス野郎、きっと【洗脳魔法】でお父様を操っているに違いないんだわ」
「ちょっと待って。洗脳? 何の話?」
セシルはちらりとマオのほうを見る。
アリス以外に家の恥部について話すのは気が引けたが、『マオだって信頼に足る相手だ』と思い直した。
だから、セシルは話した。
ベンが強力な魔法使いであるらしいこと。
ベンが出入りするようになってからというもの、父や使用人たちの生気が失われ、まるで操り人形のようになってしまったこと。
「アイツを倒せば、洗脳も解けるはず」
「ちょっと待って! 洗脳というのが本当だとしたら、術者を倒しただけじゃ解呪できないかもしれない。もっと慎重に動くべきよ」
「待てないわ! だって、お父様が日に日に衰弱しているの。本当は、もっともっと早くにベンを倒したかった。だけどアリスが、『とりあえずレベル50まで上げちゃいましょう』って言うから……。まだ、日が高いわ。今日もベンは屋敷に来ているはず。今すぐ戻って、叩きのめしてやる!」
慌てた様子のアリスを残して、セシルは単身、さっさと屋敷に向かいはじめた。
森を抜けるまでの道中、何度かモンスターに遭遇したが、すべて蹴散らした。
その経験がまた、セシルの自信を深めた。
◆ ◇ ◆ ◇
《冒険者 アリス・アリソン(俺)》
……まずいことになった。
嫌な予感がするのだ。
セス家を侵略しつつある【洗脳魔法】使い(本当に【洗脳魔法】を使っているのかどうかも未定だが)。
コロシアムにいた、黒尽くめの男の姿がちらつくのだ。
あの魔法使いは、Bランク相当のモンスターであるビッグベアウルフを100体も操っていた。
とんでもない技量だ。
もし、ベンとやらが黒尽くめと同一人物だったら……?
相手が魔法を使わない限り、セシルの圧勝だろう。
だが、相手が【洗脳魔法】や【隷属魔法】を使ったが最後、セシルはひとたまりもないだろう。
実際、俺は黒尽くめの【隷属魔法】になすすべがなかった。
奴隷商が出した条件がたまたま、俺が楽勝でクリアできる条件だったから解呪できたのだ。
どうしよう、強引にでも引き止めるべきか?
だが、俺の杞憂の可能性もあるし……。
「……あれ、セシルは?」
「もう行ってしまいましたよ、アリス様」
「えええっ!? 追いかけるわよ!」
「は、はい!」
慌てて森を抜けるが、セシルの姿は見えない。
俺たちは十数分間全力疾走して、セスブルグの城門に到達した。
「セシルを見なかった!?」
「お嬢様なら、ついさっき通りましたよ」
ここの門番は買収済みなので、俺の質問にも応えてくれるし、セシルが抜け出すのにも目をつぶってくれるのだ。
「急ぐわよ、マオ!」
「はい!」
大急ぎで、セスブルグの中央――セス辺境伯邸へ。
助走をつけて大跳躍し、壁を超えて屋根の上に着地した。
俺は持ち前のAGI値により、マオは尻尾で自身を打ち上げることで、大ジャンプすることができるのだ。
「……いたわね」
セシルと人影が中庭にいた。
人影のほうは、黒尽くめだ。
「この感じ……やばい」
コロシアムで見たあの男と、同じ魔力の波長を感じる……同一人物だ。
「あの男がセシルとの決闘に負けて、潔く引き下がればよし。でも、多分そうはならない。決闘に負けたら、アイツはセシルを洗脳し、力づくでモノにするでしょうね」
「も、モノにするって……?」
「女の敵ってことよ」
まぁ、俺も中身はおっさんなのだが……体は幼女なのでよしとしよう。
「女の敵!」
マオが『フシャーッ』と尻尾を逆立てる。
「しーっ、静かに。万が一に備え、洗脳解呪ポーションが大量購入してくるわよ」
「分かりました」
俺たちは屋根から飛び降り、こっそり屋敷の外へ。
大通りに出て、ポーション屋に入る。
あぁ、忙しい。
「おじさん、洗脳解呪ポーションを頂戴! ありったけ!」
「なんだぁ、嬢ちゃん? 洗脳解呪は1本金貨1枚はするんだよ。冷やかしなら帰ってくれ」
「お金ならあるわ!」
――ズシンッ!
と、金貨がぎっしりつまった革袋をカウンターに置いた。
この世界に来てからというもの、俺はすでに何十体もの上位モンスターを討伐している。
その資産総額は、優に数千万円を越える。
「なっ、なっ、なっ……」
ポーション屋は目をまん丸くしていたが、
「お金を持ってるんなら、お客様です! 何本必要で?」
「だから、ありったけよ! 全部!」
「今の在庫は10本ですが」
「足りないわ! もっとないの!?」
「無茶言わんでください。あれの材料の『惑わし草』は、魔物が出るような深い森にしか自生しないんですよ。といって、栽培に成功した例もありません」
「採ってくるわ! 自生している場所を教えて!」
「教えちまったら、俺が商売上がったりなんですわ。採ってきた惑わし草を全部ウチに卸してくれる保証は? 未来永劫秘密を守ってくれる保証は?」
「情報量はおいくら?」
――ズシンッ!
俺は、金貨がぎっしり詰まった革袋(2つ目)をカウンターに置いた。
ポーション屋が揉み手で自生ポイントを教えはじめる。
セシル、くれぐれも無理するんじゃねぇぞ!?




