19.The Sun(太陽)
提出書類の最後は、自己PRだった。
「A4一枚を使い、自由に自己PRを作成せよ」とのこと。
この手の資料作りはお手のモノだ。
しかし、普通に作っては、つまらない。
これまでに仕事などで培ってきた私の資料作成能力のすべてをここにぶち込む!
作成の軸を「仕事」、「能力」、「家族」、「趣味」にわけ、写真入りで詳細に作り込んでいく。
各項目に冗談をちりばめ、そしてイメージカラーの碧で装飾していく。
数年前に虎と一緒に夏休みの課題と称し、筑波にあるJAXAへ見学に行った際の写真も添付する。
最後にすべてを英訳し、題名を入れる。
「This is Me !」
モミアゲが印象的な某有名俳優が主演した、映画で用いられる曲の題名を冠した。
この映画は、主人公が挫折と再起の中で戦い、そして「これが私!」と強く歌い上げるシーンが強い印象を与えた一作。
四十一歳のおっさんの挑戦としてもってこいじゃぁないか。
英語のネガティブチェックを妻と、詩にお願いする。
渋々であったが、ざっと見てもらった。
修正作業を終え、火照ったアタマを冷やすため、発泡酒を一気に飲み干す。
明日は提出予定日。
はやる気持ちを抑え、床についた。
***
翌朝、プリントしてあった自己PRに赤字で修正が入っていた。
修正箇所は、なるほど。確かに的を射た指摘だ。
昨日は、妻も詩も早く寝たため、赤字を入れる時間などないはず。
いったい誰が…?
釈然としないまま、修正をしていく。
修正が一段落したところに、虎が起きてくる。
中学生になったとはいえ、まだ幼さが残り、そして若干だらしない。
もう少し「しゃんと」してもらわなければ、じいちゃんに私が怒られてしまう。
「おはよ~、パパ。あ、なんか昨日そこにあった英語の資料、文脈的に間違っていたから修正しておいたよ。多分、あの文脈だとExperiment(実験、試み)よりも、Experience(経験、体験)の方が、しっくりくるよ。それとねぇ……」
この子は、一体なにを言っているのだろうか?
混乱するアタマを整理する。
「と、いう感じだね。パパ、頑張ってね」
この瞬間、我が家で最も英語ができるのが虎と判明した。
***
一式の書類提出後、毎日を英語、そして、一般教養問題練習漬けの日々を過ごした。
毎朝の喫茶店での勉強は当然のこと、筋トレ中にも英語のヒアリングを行う。
昔から苦手な日本史、世界史そして、文学史。
ありとあらゆる隙間時間をつかって、勉強をした。
本業の就業時間ととみに退社し、帰りの電車の中で英語のヒアリングをしながら、参考書を開く。
大学受験当時さながらの詰め込み勉強。
そして、最寄り駅に着くとトレーニングウェアに着替え、一時間ほど筋トレ。
もちろんその最中も英語のヒアリングは欠かさない。
この時期が最も濃密、且つ、精神が研ぎ澄まされていた。
某サイトで宇宙飛行士健康診断での結果を入力してみたら、肉体・血液年齢が二十歳前半と表示された。
その頃には、私は、四十一歳になっていたのに。
肉体・血液よ。
年齢サバ読みすぎ。
***
「書類選考結果をお知らせします」
会社の後輩達と出先で昼食をしているときにそのメールは舞い込んだ。
「わりい、ちょっと出てくるわ。もう、俺の食事下げちゃっていいからさ。ここ、これで払っといてくれる?」
五千円札をテーブルに置き、後輩達を置いて、足早に店を出る。
スマホを持つ手が震える。
これは、入口だ。
そう。
入口。
こんなところでは、終われない。
自分を落ち着けるため、コンビニに入り、煙草とライターを購入する。
震える手で煙草に火をつける。
落ち着け。落ち着け。
まだ、最初だ。大丈夫。大丈夫。
煙草の煙を肺の奥まで深く吸う。
数カ月ぶりの煙草にアタマがクラクラする。
一本吸い終わり、気持ちが落ち着くと、再度スマホを見る。
「よし」
専用ページから合否を確認する。
次回の英語受験のご案内。
「よっしっしっしししい!!」
書類審査は通過した。
もう、すでに言葉になっていない。
脳天から突き抜けるほどの達成感。
私は、やってやった。
第一段階を突破した。
溢れる感情に浸っていたかった。
だがまだ就業時間内。
できうる限り平静を装い、後輩達とともに午後の仕事にあたる。
言うまでもないが、仕事が手につかない。
まあ、そういうものだろう。
今日は、久しぶりに酒が飲みたい。
***
妻と子ども達に書類審査の話をする。
「そっかぁ。次も頑張ってね~。パパだったら、やれるし~」
「あと何回試験あるの? 虎が勉強教えてあげようか~」
「よかったね~。取り敢えず、今日は飲もう~」
本当にうちの家族は、みんな能天気というかなんというか……。
お祝いをしているのだか、からかっているのだか、わからんが。
楽しい。
こんなにも他愛無く、そしてバカ話を家族で話せるようになったのは、習慣を変えてからだ。
習慣を変えた、あの早起きから、一年が経とうとしていた。
***
飲み過ぎてフラフラになった妻を寝室に運び、ベッドに横たえる。
いくら何でも調子にのり過ぎだ。
妻のお腹にタオルケットをかけ、私は、歯磨きに向かう。
次の英語試験までには時間が無い。
追い込みをかけるように勉強の濃度を上げていかなければ。
そんなことを思いながら鏡に映る自分の顔を見る。
「俺、こんなに顔、細かったっけ?」
アホみたいな自分の声に、問いかけに、笑いそうになる。
寝室に戻ると、妻はイビキをかいて寝ていた。
「相当嬉しかったんだな。っていうか、飲み過ぎだよ」
妻を起こさないようにベッドに滑り込む。
興奮はしている。でも脳味噌は疲れている。
明日からギアをもう一段階上げていかなければ。
突然、妻の腕が私の身体に巻き付く。
しまった。起こしてしまったか。
焦る私を尻目に、妻は、小さな声でつぶやく。
「置いて行かないで……。遠くに行かないで……」
(つづく)
――――――――――――――――――――――――――
お読みいただき、ありがとうございます。
よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。
また、あなたと会えることを楽しみにしています。
白明
――――――――――――――――――――――――――




