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愚者:40歳からでも人生は変えられる  作者: 白明


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18.The Moon(月)

募集要項を読み込んでいく。

履歴書、職務経歴書や精密健康診断、そして、自己PR書類。

一つ一つ余すところ無く読んでいく。例え、注釈だとしても。


履歴書や職務経歴書の作成は、私を興奮させた。

ここまでの自分の人生を振り返るようで、私が私たるを確認しているような作業だった。

思い返してみれば、私は、いろいろな仕事をしてきた。

その一つ一つに大きな思い出が詰まっている。


図書館司書、バーテンダー、塾講師、製品管理・分析者、国際会議コンサル、教育系コンサル、研究員、環境系コンサル。

改めて自分の経歴が、かなり散らかっていることに気付く。

色々な仕事をやってきたんだなぁ。と想い出に耽るが、すぐに現実に戻り、これらの経歴を書いていく。


職務経歴書の記入欄には、研究履歴、論文や講演、出版物などの記載ができる。

なんということか。


地獄のような日々を過ごした研究員時代の論文や講演、出版物をすべてリストアップする。

その数は、六十を超えていた。

辛い時期に積み上げたものが、まさかこんなところで使えるとは。

人生どうなるかわからない。

履歴書、職務経歴書の作成には、時間はかからなかった。


一方、精密健康診断は、少し手間取った。

通常行われる健康診断の項目に加え、特殊な聴覚や眼球運動、その他骨格、さらには血液の詳細検査がある。

これをすべて検査できる病院が見当たらないのだ。


募集要項では、複数検査機関での検査も認めているが、それでも血液の詳細検査を実施している機関は少ない。

さらに流行病ため、検査機関自体が忙しく、予約を取ることも難しい。

間に合うのだろうか…?

そんな自分の手が及ばない範囲で足止めされる毎日がもどかしかった。


***


そんな中、ようやくインターネットで全ての検査を一日で行ってくれる病院を発見。

すぐさま、予約をする。

「宇宙飛行士候補者用健康診断」と銘打たれた健康診断は、結構なお値段がする。

流行病の中とはいえ、医療機関というものは、どん欲に新しい客層を求めるらしい。


健康診断に向けて後一週間。徹底した食事・体調管理を行っていく。

筋トレの強度は少し抑え、できうる限り疲労や筋肉痛を残さないよう気を付けた。

当然、断酒もした。こんなにも飲まない日が続いたのは、何年ぶりだろうか?


健康診断当日は、有給休暇を取得し、朝食を抜いて病院へ向かった。

病院は、会社から数駅先のなじみの街。

電車で約一時間の場所にあるその病院は、病院というよりオフィスのようであった。

待合室には、大学生から五十代程度の幅広い年齢層の男女がひしめき合っていた。

流行病のため、距離を取ること。などとアナウンスがあったが、それ以上に人が多い。

医療機関というものは……。と、苦笑いをする。


待合室には、同じく宇宙飛行士の試験を受けるのであろう人が多く見られた。

各々が何かの参考書を読んでいる。英検一級の単語帳を持つもの、一般教養問題集を読むもの。

どんな短い時間であろうとも学ぼうとする姿勢は、軽い同胞意識さえ感じる。

ここには、新しい挑戦をしようと思っている人がいる。

一方で、現在の自分の置かれている状況に失望し、新しい挑戦をしないと自分がダメになってしまうと考えている人もいるのだろう。

そんなことを思い、自嘲する。

私は、一体どちらに近いんだろうかと。


***


健康診断を終えた私は、数カ月ぶりにハンバーガーショップへ向かう。

NYで流行のハンバーガーショップだ。

ここまで徹底した食事管理をしてきたのだ。

今日ぐらいは、大目に見て欲しい。

いわゆるチートデイというやつだ。

(若干、意味は違うが…)


カウンターで、ハンバーガー四種類とレモネードを注文する。

「えっと、お持ち帰りでよろしいんですよね?」

女性店員が笑顔で聞いてくる。

「すみません。食べていきます」

女性店員は、一瞬、ぎょっと目を広げるも、またすぐに笑顔で、

「かしこまりました~。少々お待ちくださ~い」

と、愛想よく切り返す。

そりゃそうだ。一人でこの量を食べるのは、異常だ。


久しぶりの脂質と炭水化物のかたまり!

それを貪れる!


今朝からの絶食が相まってその興奮は測りようのないものとなる。

この店のハンバーガーは、基本的には百%ビーフ!

なんともそそられるではないか。


包み紙を丁寧に開け、思いっきりかぶりつく。

瞬間、流れ込んでくる暴力的な量の肉汁。

そして、後を追いかけてくる濃いバーベキューソース。

バンズのほのかに甘い香りと野性的な肉が絡み合う。そして、それらを丁寧に嚥下する。


食することで身体が痺れる。

昔読んだ、某グルメアニメのワンシーンが脳裏に流れる。


うま~い!


世の中の大多数の人は、こんな麻薬性の高いものを結構な頻度で食べているのか!

ってか、節制をする前の私もよく食べていたさ。

しかし、これは、やばいよ。

改めて食の持つ魔力に引き込まれていく。


続けざまに二個目、三個目のバーガーを頬張る。

斜め前に座っているゴスロリ系の洋服を着た少女が、凄い目をしてこちらを見ている。


知らんがな。


最後のバーガーに腕を伸ばす。

これは、パティが揚げられている。

いわゆるメンチカツに近い状態になっていることが、外見からもよくわかる。

数カ月ぶりの揚げ物。


意を決して、かぶりつく。

揚げ物、特有の脂が染み出し、舌の上を転がっていく。

久しぶりの高濃度の脂に意識が飛びそうになる。


ん?

意識が強制的に現実に引き戻される。

なんだ?

この味は?

なんとメンチの中にパティと抱き合うようにして、シイタケがまるまる一個入っている。


気持ちが一気に落ち込んでいく。

おじさん、シイタケ、苦手なんだよね…。


(つづく)

――――――――――――――――――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。

よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。


また、あなたと会えることを楽しみにしています。


白明

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