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麻倉御鈴の剣道日記(あさくらみすずのけんどうにっき)  作者: フェリオ
IH剣道神奈川県予選大会
19/23

無情

(さくら)向日葵(ひまわり)(たい)(かま)霧子(きりこ)

 「ついにベスト16戦か…やばいな。すげえ緊張してる。」


 「わかるわ。ただ後輩が戦ってるだけなのにな。」


 前田(まえだ)率いる神奈川県立平田高等学校剣道部の面々は小さくも熱に満ちた試合会場とは遠く離れた、観覧席という大きくも何処か冷たい緊張感が漂う空間で、期待の一年生の少女に熱い視線と声援を送ると共に、自分達が踏み入れることのできなかった世界への希望を、麻倉御鈴という女から受け取っていた。


 「貴女、こんなところで負けるんじゃ無いわよ?一緒に「龍王(りゅうおう)」に挑戦するんだから。」


 「はっは!「龍王」かぁ。これに関しては大声で無理って言える自信があるわぁ。」


 「…何よ貴女らしく無い。」


 「いーや?あの子には、勝―つ!」


 「…」


 向日葵(ひまわり)の視線の先には本大会のダークホース、「(かま)霧子(きりこ)」の姿があった。小さな人だが、普通じゃない暗いオーラを身に纏っている。


 「鋭き蟷螂(かまきり)…。本当ならあの子は4シードだったのよねー。ほーんと運悪いわ私!」


 「…」


 「鎌さん、シード権かかった大会、病気で来れなかったって他校の人から聞いたの。それで、4シードから転落したんじゃないかって噂になっててさー。案の定だったよね!」


 「黙りなさいよ。」


 「え。」


 「知らないわよそんな事。負けるはずないのよ。貴女が正義(アナタ)でいる限り。」


 「私が私???露美亜何言ってるの?」


 「…じゃあせいぜい頑張って」


 「え?うん!露美亜もね!」


 「(露美亜なりに応援してくれているのかな。ここで負けたら終わり…私の3年間が終わる。終わるのか…。)」


 ベスト16戦。本大会も残り32名の戦いとなり、終盤である。選手に休む暇も与えぬままベスト16戦は瞬く間に始まった。ここは第3試合会場。桜向日葵と鎌霧子というビックカード同士の戦い。


 「(うっわ本当に隙だらけじゃん…。)」


 鎌の剣道は完全なる邪剣(じゃけん)。彼女の試合の殆どは受身だけで成り立っている。それ故の「ノーガード」。何処をみても隙だらけ。その構えにより、どんな相手であろうと技が誘発され、そして…


 「(あ……)」


 挙がりかけた審判の腕は桜の咄嗟の転倒により掻き消された。


 「(この人ワザと転んだ…。どんだけ貪欲なのよこの人。)」


 「始め!!」


 両者とも定位置へと戻され、試合はフリダシに戻った。と思われたが…


 「(あ…あ…)」


 桜の視線の先には巨大なカマキリがくっきりと見え始めたのだ。


 「(仕掛けてこない…。それはそれで面倒だな。)」


 桜は今まで感じたことのない重圧に襲われ、その脚は凍りついたかのように止まってしまった。頭は真っ白となり、ただ純粋に試合に集中できなくなっていた。


 「(…)」


 目の前の相手がフリーズしてしまい、全く仕掛けてこなくなってしまったため慣れない技ではあるが洗練された、鋭い面打ちが桜の面を捉えようとしたその時…


 「(!?)」


 その鋭さは全国レベルだった。そんな技を、全く動けなくなっていたはずの桜の体は拒絶反応を起こしたかのように動き始め、鎌の鋭き剣先を数センチ程度ずらした。


 「(何この人怖すぎ。動くんじゃん。)」


 そう思った矢先、鎌は背後からとてつもない圧を感じた。


 「(あぁこの感じ。いるわ。後ろに。獅子(ヤツ)が。)」


 巨大なカマキリに馬乗りになるように獅子が現れ、獣気(オーラ)のぶつかり合いと共鳴するように両者の激しいぶつかり合いが始まった。


 「(うわ。本当に怖いわってかイカれてる。さっきの静止はなんだったのよ。)」


 桜は極限状態に陥った瞬間、純粋に戦いを楽しむだけの獣へと退化した。今の彼女を動かしているのは気持ちでも頭でもない。肉体だ。


 「(この脳筋が。力が強すぎて受けた側から崩される。その後の技の出も単純だけど、早い。)」


 「(反撃できない…。)」


 この状況は邪剣を貫く鎌にとって、史上最悪な状況だった。正々堂々殴り合う人間であれば、今の桜を叩き切る事など簡単だ。隙だらけで力が強いだけの技の打ち合いを制する事など容易い。しかし、打ち合いに慣れていない鎌にとってはその行動自体がリスキーである。その上、この戦いはベスト16戦。この舞台ではっちゃけられるほど鎌の精神は育っていない。


 「(くっ…。重い。体が重い。馬鹿力すぎるこの人。)」


 「( )」


 「(あーーー!もう!これで止まれええ!)」


 途切れそうな集中力をこの瞬間に集結させ、それはそれは鋭利な(やいば)となり桜の胴を切り裂いた。


 ズシン!!


 鎌は気が飛びそうになる程重い衝撃が頭に走ったことに気づいた。一瞬視界が揺らいだがすぐ気を取り直し審判の方を見る。


 「(嘘……。)」


 鎌は桜の面打ちに対して、面ありとする旗が3人の審判満了一致で挙がっているのを目の当たりにした。それもそうだ。ここ2,3分の間、鎌は防戦一方であった。そんな鎌がどれだけ執念じみた鋭い技を打ったとしても、桜の一撃に比べた時に勝てるはずがないのだ。それ程、「流れ」というものは正直であり、残酷なのである。


 「2本目!」


 審判の合図があって間も無く、鎌は再度鋭い刃で小手を狙った。


 「やめ!」


 鎌が動き出そうとした直後、試合終了の笛が鳴り響いた。ギャラリーから盛大な拍手が溢れる。


 「勝負あり!」


 桜の1本勝ちだ。歴代で見てもベスト16戦でここまでのビックカードのぶつかり合いは稀だ。その戦いを制したのは4シードである桜向日葵。ダークホースの鎌霧子はベスト32で沈んだ。


 「勝った。鎌さんに!!やった……。」


 「ここで泣く意味がわからない。じゃあまたね。」


 「え!?露美亜!?見てたの!?」


 正義の味方に背中を見せ手を振った。次は私が悪を執行する番。というわけでお疲れさん。


次回、御鈴と露美亜のベスト16戦

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