理解
愛し合っているのではありまs
「試合開始。」
優しくも、力の込もったその一声で決戦の火蓋は切れられた。各試合場からは強者の咆哮が上がり、その覇気は瞬く間に静寂を破壊した。このような様は何にも形容し難い趣がある。
2日目の1回戦目はベスト32を決める戦いであり、ただでさえ少ない残り選手が更に半分の数になる。
ベスト32戦の試合自体は大方予想通りに勝敗が決まった。優勝候補である4シード、その次を追うように8シード組は着々と駒を進めた。ただ、16シード組に関してはそうはならない部分があった。全員がコマをスムーズに進められた訳ではなかったのだ。
「ここまで来ると本物の化け物に感じてきたなぁ。」
「ほんとよねぇ。すごいわ麻倉さん。」
「すっげーつえぇ。笑けてくる。」
麻倉御鈴の剣道は、たとえ16シードの人間であっても止めることはできなかった。この大会のために、1年間ずっと頑張ってやっとの事で手に入れた「シード権」というチャンスですらも、そよ風に煽られ宙に浮かされた挙句、ポッと出の小鳥に啄み食われたのだった。
「(それなりに対策を練ったつもりだったけど、本当につもりでしかなかった。いざ目の前に立たれると景色が全く違う。すっごいモヤモヤするけれど、不思議と悔しくないのは何故だろう。それほど強い人間だったから?勝ち目の無い戦いだったから?)」
千載一遇のチャンスを持ってしてもベスト64に沈んだ清水稀子は真っ白な頭の中のキャンパスに文字を並べ、復唱する。
「(ああ。わかった。私は力をつけられるだけつけて臨んで、持てる力を全て出し切った上に頭もめちゃくちゃに使い倒してまで臨んだからだ。だから、悔いが無いんだ。私は稽古中に手を抜いたことも無いし、強くなろうとする意識を持って臨んでいた。だから、もうこれ以上は強くはなれないって自分が一番わかっているからだ。)」
清水は理解したが理解できないでいた。
「(これが、天賦の才ってやつかー。天才ってやつかー。なんで私は天才に生まれてこなかったのかな?天才じゃなかったなら…)」
「ばーーーーーか。そんな事思う人じゃないんだよ!稀子は!!」
「え?何、いや、こわいこわい。え?ほんとなんで、え?」
「稀子が負けた理由は「運」!」
「(いやいやいや、明らかに実力が相手の方があっただけでしょ。何その不純すぎる理由は。)」
「だってさ、もしアイツがもう一世代前か後だったら?」
「 」
「前だったら1年間かけて対策練れた筈だし、後だったらそもそも戦わずに済んだんだよ?稀子は最終的には絶対勝つ人。私はずっとそう思ってるもの。」
「…」
清水は付き添いの小室に背中を叩かれながら、静かに涙を流した。その涙は悔やむ心からきたものか、或いは…
「…ありがとう。団体で私の全てを行使してでも勝利に導くから、一緒に戦お?」
「はっはー!それでこそうちらの主将だ!上!あがるよ!竹刀とか持つから早よ立って!」
「うんわかってるわーよ!」
仲間への感謝は人をもう1段階成長させる魔法の力がある。そう教えてくれた白亜高校3年コンビであった。
一方その頃。麻倉、坂本コンビはというと…
「完璧だったよ御鈴!!ただね…」
あかりは御鈴の耳元でヒソヒソ話を始めた
「なるほど。私の剣道の対策…と。」
「…?え、私ってもしかして色んな人に写真撮られちゃってるって事ですか!?」
「え、あ、そこ?まあそういう事になるな。でも仕方ないだろ?それほどにポッとでのダークホースな訳だからな。」
「で、実際どうだったんだ?違和感とか感じなかったのか?」
「違和感…違和感はー…さっきあかりさんと抱きしめ合った時の温かさがずっとこの辺りに残ってて…」
「そういう事じゃなくてだな、てかそれ本音か?ネタとかじゃないのか?」
キョトンとした顔で頷く御鈴に対し、溜息をもらしつつ、何処か安心してしまっている自分がいた。
「と、とりあえず、これからの相手は全員なんらかの対策はしてきてるって事!さっきの相手は面を打っている時に可能な限り腕を伸ばしてリーチを長くしてるように見えた。まぁ、それも全部スカだったわけだが…。」
「へええ!そうだったんですね!?すみません全く見えてなくって…。」
「見えてない?「面打ち」がって事か?」
「面打ちがというか…ほとんど全部見えてないんですよね…」
「は?ちょっと何言ってる?意味がわからないぞ御鈴。なんかそういう類のカラクリがあるって事なのか?」
このままだと、もしかしたら御鈴の弱点が周りの人間達に知られてしまうかもしれないと思い、できる限り聞こえない声で御鈴に聞き返した。そして、御鈴の返答を聞いた私は、またしてもゾッとした。
「お、おう。なるほど?とりあえず、御鈴が「天才」だって事はわかった。まあそれなら、相手が何を対策してきて、どんな手を打ってきたのか、全部見てまとめて、教えてやるから、御鈴は御鈴のやりたいように自分の剣道を突き進んでくれ。」
そして私は、小さい声で話すのをやめて、逆に聞こえるような声で話し始めた。
「っしゃぁ!この調子で次も勝って、その次はあの桃色パーマ野郎をぶった斬ってやろうぜ!」
「え…そんな事言ってるの、もし妃帝さんに聞かれたら…」
「何をそんなに怯える必要がある!御鈴なら絶対勝てる!だから、安心しとけって!」
ゆっくりだが頭を縦に振った御鈴を横目に、自分のかけた言葉を反省する。
「(どう考えてもあの怯え方は普通じゃなかった。きっと、いや絶対にあの人に過去を狂わされたんだ。)」
と、考えていたら急に変なことを思い出す。
「妃姫学園!?あの!?もしかして全国大会とかにも!?」
「い、いや、剣道部には入っていませんでした。」
「(あぁなんとなくだが理解できた気がする。御鈴はあの人が原因で部活に入れなかったって事か…いや、でもそうなると御鈴の強さは何処から…まさか別の部活に?)」
「御鈴!」
「はい!?」
急に聞きたいことが積もりすぎてつい声をかけてしまった。絶賛面付け中だったのにも関わらず、だ。
「絶対勝てよ。」
「絶対勝ちます。」
こんなにも臭いセリフが御鈴に向けて言うと肯定的に感じる。ことが全て終わって、聞く必要があることならば聞こう。過去を無理矢理聞き出す方が間違っているに決まっているのだから。
目の前の戦いに、まっすぐな眼差しを向ける麻倉御鈴の横顔を、坂本あかりはぼんやりと見つめる。あくまでぼんやりと。私には麻倉御鈴という女を真っ直ぐに見つめるにはまだまだ早いと、その思いが自然と溢れ出てくる程に坂本あかりが麻倉御鈴を理解した瞬間だった。
蟷螂、動く。




