仲間
水月あげは。清光学園3年生。
遂にここまで来た。この試合に勝てば2日目に残ることができる。
水月あげは、清光学園に通う3年生。長身ですらっとした体型。肩にかからない程度の青みがかった黒い髪がトレンドマーク。間合いの取り合いに長けており、冷静沈着なプレイスタイルから「委員長」とも呼ばれている。
私達の学校、清光学園は川崎市内では一強と言われているほど強いのだが、神奈川県内で見ればベスト8にも入れない程度の立ち位置である。勿論、今までの長い歴史を見ても個人戦で2日目まで残れた先輩は未だに存在していなかったようにも思う。
「あげは先輩の相手は桜さんか…。」
「うちらがこんなんでどうするんよ!応援しっかりするよ!」
私の3回戦目の相手は名の知れた優勝候補の1人である桜向日葵さんだ。トーナメント表を初めて見た時は正直泣きそうになった。でも、桜さんとは結局戦わないと全国にはいけない。その戦いが早く来ようが遅く来ようが避けられない戦いな訳だし、関係なんて無いだろうと自分に言い聞かせ、ここまで諦めずに練習を続けて来た。
「向日葵、油断しないでよ?」
「もっちろん!誰が相手だろうと全力でぶつかって勝つのが私だよ!」
私は清光学園の主将を任されている。無論相手も然り、桜さんも桃園学園の主将である。つまり、ある意味学校対学校の戦いとも見て取れるのだ。それ故に、この戦いでのプレッシャーというのは1,2回戦目の時と比べると計り知れないほど大きいのだ。
「(ここで桜さんを倒して、私が全国に行く。こんなところで負けるわけには……行かない!)」
両者共々、強大なプレッシャーに押し潰されそうな状況の中、個人戦でありながらも学校同士がぶつかり合うような、そんな主将同士の戦いの火蓋が切って落とされた。
試合が開始された。しかし、試合が始まっているのにも関わらず、試合をしていないと錯覚してしまう程に静かな時間が流れていた。尚、全くもって試合は動いていないように見えるが、2人だけが見えている戦いの中には壮絶な「間合い」の争奪戦が繰り広げられていた。なんとも言えない緊張感の中、水月あげはは考えていた。
「(これ、仕掛けた方が負ける!)」
この感情が一気に流れを動かすのだ。このたった一度の「思い」によって体は勝手に萎縮を始め、自由が利かなくなり、体が重くなる。勿論、体は思った通りの行動は取っている。が、そのために体を動かしている筋力は、目の前の戦いにおいてはただの足枷にしかならず、不必要なものなのだ。
「(あ、あ…あれは…!!)」
水月は見てしまった。見えてはいけないものを。見えてはいけないと心得ていたというのに。桜さんの剣術は獣気を放てるほどにまで練り上げられていた。いや、そうであることは知っていた。それでも尚、ただならぬ恐怖心とプレッシャーからか、獅子の形をした何かが桜さんの周りを歩いているのを視認できるようになってしまった。その刹那、彼は私に向かって急襲した。
「小手あり!!」
恐怖から身を守るように反射的に上げてしまった腕に、桜さんの打った豪速な小手打ちが綺麗に決まった。あまりに急な展開に私は驚き、守ることしか出来なかった。
「急に距離詰めて来ましたね。」
「うん。やっぱ上手だわ。…でも、あげははただじゃやられないはずだよ。」
「(これが獣気…。ここにきて初めて体験した。次も同じ事やられたらそれこそもう終わり…。だから…絶望するのはその時までお預け!)」
獣気は自分から自由気ままに放てる代物ではない。あくまで、相手が戦いの中で感じる恐怖心や、ギャラリーなどの周りからのプレッシャーが起因して起こる幻覚現象なのだ。それ故に、対処方法は簡単だ。それらの感情を抱かなければ良いのだ。
「2本目!」
「(委員長さん流石に間合い取るの上手だねー!全然自分の間合いに入れん!さっきみたいな博打はもうやりたくないけど…くぅう!どうするか!)」
桜は楽しんでいた。恐怖心と隣り合わせで戦っている水月あげはの事など知りもせずに。ただこの時を、目の前の相手の剣道を称賛するとともに、その剣道を打ち砕き、打ちのめすための施策を施すこの時間を、この戦いを、ただ純粋に楽しんでいたのだった。
「(駄目だ、うっすら見えてきちゃってる…!もう、ここで行くしかない!やるしかない!!私の3年間を…私の高校剣道の全てをこの時、このたった一太刀の面打ちに賭ける!!)」
目の前にいる全てを気迫で消し去るが如く、凄まじい覇気のこもった、刺すような面打ちが、水月の手元から堂々たる姿で放たれた。
「(きたきたきたああ!!!)」
しかし、それを更に強大な気迫で飲み込んだかと思えば水月の面打ちは空を切り、適正距離に入った彼女の頭上を桜の強烈な面打ちが襲い掛かった。
「面あり!勝負あり!」
「うっそぉお抜き面!?どんだけリスキーな技使うのよ桜さんちくしょお!!」
「でも、あの技が最適解ですよね?」
「まぁそう言われたらそうだけど…無理でしょ普通ってハーナーシ!あああぁ絶対決まってたのになああ!ってうちが悔しがってどうすんだいっ!」
桜さんの面打ちは恐ろしいほど綺麗に決まった。まるで私の3年間を無に帰すような、そんな痛みだった。絶対に残りたかった試合会場に深く別れを告げ、ひっそりと、体育館の影でミーティングを始めた。
「水月、顔上げろ。悔しいのはわかる。ただな、一つだけ言えるのは、最後、お前があの桜相手に、最っ高の勝負を仕掛ける事が出来た事実は一生誇って良い。だからな、前を向いて団体戦も頑張ること。いいな?」
「はい!!!ありがとうございました!!」
「あげはお疲れ様!!ほんっっとカッコよかったよ!!勝負には負けたけどさ、私らは満足だよ!!きっと他のみんなもそう思ってるはずだよ!!」
「ごめん…ありがとう。ありがとう…。でもやっぱ…やっぱさ…」
「ええーい!!絶対勝つよ!団体は!!だからさ!誇れ!!自分を!!な!」
「ああ…ああ…うぅ…!!」
3年間苦しくも楽しく一緒に稽古してきた仲間達に囲まれながら、私は一生分泣いた。これで1人の戦いは終わり。でも、次は1人じゃない。この頼りあえる仲間達と、一緒に絶対勝ってやるんだ。だから…
「なんか寒気がしたんですけど。アンタのせいじゃないんですかー?あんな博打ばっかの剣道、こっちの身にもなってみなさいよ。」
「あはははは!心配してくれてるんだー!ありがとう、ろみあ!」
「はぁ。んじゃまた。」
「見に行く!見に行くから待ってって!!」
無事に2日目に残った向日葵を追うように私はこの戦場で悠々と舞う。そして、目の前の敵を一気に地獄まで叩き落とす。それでこそ悪者、それでこそ私だと心から言えるだろう。明日に控える最終決戦のために、私は必ず残るだろうから、せいぜい頑張ってね、正義の味方さん。
御鈴の戦いの行方は…?




