アルゴ
「おしおきですよ」
詞城は思い切り杖をフルスイングする、霧島は姿勢を低くして回避する。
「補助ユニット 雷電」
「紫電脚」
蹴りを詞城は受け止める。そして足に杖を振り下ろす。
「なにも変わって...ッ!?」
杖が当たる寸前、足の仕込み刃に手を貫かれ、慌てて手を離す。血が手を這い、降りていく。
「変わってないのはお前だけだ。ジョー先生?」
霧島は皮肉っぽく言う。詞城は震える手で帽子を頭に戻す。
「皮肉の授業は...しなかったはずだが。クソガキ」
「本当に何も変わってないですね。ジョー先生」
「調子に乗ってんじゃねぇ!!!ガキ!!!」
霧島に向かって詞城が突進する。霧島は姿勢を低くする。
「紫電突き」
詞城にカウンターを当てる。詞城は吹き飛び、家の外壁に激突する。
「影魔法 影縛り」
吹き飛んだ詞城を爛川が捕まえる。何なのだろうかこのあっけなさは...
「まあ...このくらいでいいでしょう。ギャラリーも集まりましたし...」
座り込んだまま、詞城が呟く。先ほどとは打って変わってとても落ち着いた口調だ、まるで二重人格であるかのよう。ギャラリー...先程から警察の数が増えている。人が増えたところでこの男が不利になるとしか思えないが...爛川は考えを蜘蛛の糸のように巡らせる、なぜこの男が今おとなしくしているのか。この男の性格なら逆上してどんな手を使ってでもこちらを潰しにくると思うが。爛川は少し距離を離す。
「ははは...お嬢さん、あなたひょっとして正巳さんの娘さんです?」
「黙れ、詞城弦」
「てめえが耳塞げカス」
「空気魔法 旧世代未来郷」
詞城が指を鳴らす、すると霧島が喉を抑えて膝をつく。爛川は近寄ろうとする、だがすぐ足を止める。
「気付きましたか...さすがはあの女の娘と言える」
二酸化炭素の量が増やされ、少し雑草が成長している。微微たるものだが、植物の影がほんの少し伸びている。今も、かなりゆっくりと伸び続けている。魔法で作った二酸化炭素は天然の二酸化炭素よりもエネルギーが高いのだろう。
「そういえばあの女も蔦で私の魔法に気づいたんですねぇ~」
「母はあなたのことを男の中でも最低の屑野郎って言ってた」
「ほほほ...糞尻軽売女が何を申しますか」
また語調に怒りが帰ってきた。何なんだろうかこいつは
「詞城、お前はいつも遊び過ぎだ」
その遙遠方で男がライフルのスコープを覗いていた。あまりにも遠すぎてスコープに人は写っていない。この男が居るのは詞城が居る場所から3キロ先のビルの屋上だ。
「睡眠魔法 淫魔の囁き」
男は引き金を引く。男に名はない、ただ鷲と呼ばれている。
「母様をそんな風に呼ぶ...」
言葉が不意に切れる。恐らく鷲の仕業だろう。意識が途切れ、魔法が解除される。ポケットから魔法陣が書かれた紙を出す。帰還するつもりだろう、阻止しようと体を動かすが、思うように動かない。
「我らはアルゴ、我らは奪う者に非ず、ただ与える者なり」
そう言い残し、詞城は消える。
「事は成った。次はこちらの仕事だ」
「さあ、逃げろ儚き幼子たちよ、神はこの鷲から幼子をどう逃がす?」
鷲はライフルをもう一丁後ろの箱から取り出す。そして二丁のライフルを春の居るデパートに向ける、距離にして800mほど離れている。
「炎・氷魔法 自己矛盾の祝詞」
引き金を引く。銃弾が建物に吸い込まれる。
「土・雷魔法 二律背反の勇者」
さらに引き金を引く。銃弾が飛んでいく。
その頃春のデパートはパニックになっていた。人が4人ほど突然死した。一人は燃え、一人は氷漬け、一人は土の塊に頭を吹き飛ばされ、一人は感電死した。休日の平和なデパートから一転、阿鼻叫喚の地獄になった。悲鳴が止まらない。
「皆さん落ち着いてくだ」
客を落ち着かせようとした店員の頭が撃ち抜かれ、客に血がかかる。悲鳴はさらに大きくなる。
「この場において勇者が得ることができるものは富でも美女の祝杯でも姫の求婚でも名声でもなく冷たい鉛玉と冥界への片道切符のみだ」
片道切符がまた切られる。
「これはまずいですな...」
「ここで動かないでください!」
老人を諫めて春は外に出ようとする。
「春!行くな!」
急いで夏目が止める。春は納得がいかないようだ
「そうですぞ、鏡崎春。君は鏡崎夏目の言う通りにすべきだ」
老人が立ちあがる。何故私たちの名を...
「案ずるな盲目の子羊たちよ。我らはアルゴ、与える者なり」
老人はそう言い、出ていく。春は追いかける、だが扉から出ようとしたところで銃弾が目の前を通り驚いて止まってしまう。
「劇を終え退出した役者を追い回すのは褒められる行いではない」
「春!あの野郎結界を貼りやがった!」
夏目が言う。窓の外を見ると目視できるほどの強い結界が貼られていた。客は扉を叩いていたが無駄と分かり散り散りに逃げる。だがそのうちの何人かが頭を撃ち抜かれる。その度に悲鳴が大きくなる。
「一か八か、外に出て敵の位置を探ってみる」
「無茶だ、きっと殺される」
「でもそれしか方法がないの!私には人が死ぬのを指をくわえて見ることはできない」
目の前でまた一人撃ち殺される。それにつまずいて一人の少女が転倒する。慌てて女性が、恐らくは母親だろう。母親が少女を抱きかかえようとする。春は考えるより先に身体が動く、あの親子を撃ってくる保証はないが、あの親子を撃たない保証もない...春は二人を掴んで部屋の中に入れる。
「処刑される死刑囚の列に紛れ込んだ無垢な幼子を処刑する道義はない」
そしてドアを閉める。
「だが、非日常があったからといってその日の分の処刑が行われないかというとそうではない」
先ほどの行為への礼を述べようとした母親の頭の半分が消し飛び、中身が隣の少女にかかる。
「錦田が任を遂げたか...少女よ今日という日をよく覚えておけ。お前が否定される日だ」
地獄への門が開かれる。
「さあ神は少女をどう導く。これまで、そしてこれより血に伏す有象無象にかそれとも既知していながら無力な足掻きを行う幼子かそれとも」
地獄の使者が
「時間切れですぞ。鷲」
先ほどの老人、錦田が鷲の肩を掴む。
「了解、これより帰投する」
「ふ...ふざけるな...」
後ろで四肢を全て失った少年が芋虫のように鷲に迫る。少年は復讐者だ、少年は同じように愛する孤児院の家族を鷲に皆殺しにされた。今でもシスターの自分達の盾となって死んだシスターと苦悶に満ちた顔で死んでいった家族の死に顔は忘れられない。だが少年は生き残った家族と力をつけた、少年たちは鷲の顔を知っていた。そしてここにくるという情報も知っていた。少年たちは今日復讐を誓った、あの時シスターは自分達を安心させるために笑って盾になって死んでいった。シスターの、家族の復讐を誓った...なのに、なのに!
「絶対...お前を...お前を...」
家族は全員、一瞬で殺された。指一本動かす暇はなかった。自分も四肢を全てライフルで吹き飛ばされた。眼球は鷲以外を見ていない、暗くて深い底のない眼だ。
「少年よ、君には期待していた。純粋な復讐鬼が私に、世界に何をもたらすか、憎しみという強いエネルギーが君に何をもたらすか」
「君の動きは逐一調べていたとも、君が苦難の末強大な魔法使いに弟子入りした際は手を叩いて喜んだ、君が想い人に思いを伝え結婚した際は私も祝福した。君が私の情報を探っていると聞いた時は私は興奮のあまり眠れなかった。幼い天才魔導士として新聞に紹介されたときの記事の切り抜きは今でも持ち歩いている」
「だが、君は、君たちは勝てなかった。君たちはこれから誰に知られることもなく死んでいくんだ」
鷲は少年たちをプールに叩き入れる、他の少年少女は気絶していただけのようで鷲が叩くと目を覚ました、だが悲鳴をあげる前にプールに叩き落とされる。鷲は話していた少年の髪を掴んでプールの上に持っていく。
「最後に言い残すことはあるか少年?」
「許さない。絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対」
「待っているぞ。少年」
鷹が手を離す、少年は呪詛を呟きながら暗く冷たい水の底に落ちていった。鷹はそれを眺める。間欠泉のように泡が底から湧き出ている。
「我らアルゴは奪う者にあらず、与える者なり」
「少年よ、君の目的はあの少女に与えた。だから安心して死んでいけ」
泡が止まった。だがそれでも鷲を突き刺すように睨みつけたまま、少年は静止していた。




