詞城弦
「体が治ったはいいがこんな仕事に回されるとはな」
今回やっている仕事はデパートの落とし物探しだ、身体は本調子に戻っているが今日は特に協力要請や依頼のようなものは受けていない。なのでこのような雑用に等しい仕事をしている。
「はい、これ。もう失くさないでね」
春は子供に本を渡す。子供は礼をして去っていく。
「暇ねぇ~」
「たまにはいいんじゃないか、こういうのも」
「たまにはね」
昨日したのはゴミ拾い、その前にしたのは逃げたペットの捜索。一般的な学生のアルバイトのようなことを行っている。そんな平和なやり取りを行っていると向こう側から一人老人が歩いてくる。
「すいません、人探しを頼みたいのですが...」
老人が申し訳なさそうに頭を下げて部屋に入ってくる。老人は何度か頭を下げながら椅子に座る。春は夏目から渡された書類を老人に手渡す。
「分かりました、ではこちらの書類に署名をお願いします。あとその人の顔が分かるものはありますか?」
「ええ、こちらに。あと、今は何時ですかな?」
「今は...昼の2時です」
「分かりました...ありがとうございます」
「今度はここでパシリか...」
「しょうがないですよ...最近アルゴのせいでかなりピリピリしてるんですから」
今回来ているのは廃墟だ。廃墟好きの金持ちの所有物となっているが、その金持ちの娘が攫われてしまった。なので取り返しに来ている。だが向こうは沈黙しきっている。一応窓から娘は見える。霧島と爛川は警察と共にその応援に来ている。窓には拳銃を構えた男が少女を拘束している、このご時世にレトロ式の拳銃を持っているとは。持ち慣れていないのか手が震えている。
「おーい!要求のものは持ってきた!早く出てこい」
警部が廃墟に向かって叫ぶ。眼下にはパスタとワインが置いてある。扉から一人、ガラの悪い男が出てきてそれを受け取る。
「見た目に反して案外いいもの食べるのね」
爛川が皮肉そうに言う。確かに言われてみるとそうだ、かなり細かい指定をしてきた。正直、この食費だけでかなりの値段だ。しかも量からして一人用だ。男が受け取って戻る。その一瞬何か見えた
「痣...?」
仕事柄分かる、あれは痣だ。何か...何か嫌な予感がする。
「その内見つかると思います。少々お待ちください」
「あと、申し訳ないがテレビをつけてもよろしいですかな」
「ええ、かまいませんよ」
テレビに立てこもり事件の様子が映される。今、爛川さんと霧島くんがあそこに居る。老人はそのテレビの画面を黙って見ている。
「も...持ってきたぞ...」
男が廃墟の奥に鎮座する人間にか細い声で言う。丸一日何も食べていない、目の前にはパスタとワインがある。それを食べれば前の男によって死ぬよりつらい目に遭わされるだろう。
「エエ、ありがとうございます」
詞城弦と男は名乗った。異常なまでのサディストそして異常なまでに膨れ上がった自尊心を持つ。詞城は食事を行う。そして思い出したように上を見る、
「ああ、あの娘さんもう要りませんよ。君たちもね」
男の視界にスプーンが映る。
何か...何か重要なことを見落としているような気がする。嫌な予感が増えていく。その不安を吹き飛ばすように悲鳴が建物から聞こえてくる。どこでも聞いたことのない異様な悲鳴。悔恨、生まれてきたことへの後悔のようなもの。こんな悲鳴を人に上げさせることのできる人間...
「おっ...おいどうなってるんだ...」
刑事が不安そうに話す。建物から悲鳴が聞こえてくる、窓にはまだ女性が拘束されている。なので簡単に踏み込むことが出来ない。だが間違いなく中にあの男が居る。詞城弦、この世の悪を煮詰めたような人間だ。
「たっ助けて...!」
悲鳴が止み、トビラの奥から少女が解放される、両腕があらぬ方向に曲がってしまっている。顔には恐怖が張り付いている。霧島は走って少女を駆け寄る、中にあいつが居るのなら間違いなくヤバい。
「いっ嫌...!助けて!」
腕がゆったりと動く、手にはナイフが握られている。やがてナイフは振動しながら彼女の喉元にゆっくりと近づいて行く。ナイフが首の皮を少しへこませる、少女の目の恐怖がより一層濃くなっていく。
「よせ!!!」
霧島は急いで腕を掴んで止める。だがとてつもない力で彼女はナイフを首にたてようとする。ゆっくりと首にナイフが近づく。霧島は首に衝撃を与え、少女を黙らせる。
「まったく...人の作品を壊さないでください。霧島くん」
詞城が前から出てくる。そして杖を霧島に向ける。
「教育の時間です」




