↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/5

2.孤独の要塞

『皇紀二千六百八十五年四月七日

 今日は私の誕生日だ。

 独逸(ドイツ)第三帝国から皇国日本を守る極東の最前線であると同時に北亜墨利加(きたアメリカ)大陸攻略の要で ある加利福尼亜(カリフォルニア)基地に配属されてから、ちょうど一年。

 配属が決まった時には、少なからず死を覚悟したものだが、有り難い事にこうして生きながらえ、また誕生日を祝う事が出来た。

 これもひとえに天皇陛下の御心と皇国軍元帥閣下の崇高な戦略の賜である。

 誕生日と云えば、四月七日は、手塚何某(半世紀以上も前で、出展がデジタル媒体でも無い為、公式な記録でもなく、手塚すらも正しい名前かどうか分からない)という衛生兵が趣味で軍官報の娯楽欄に連載していた『鉄腕兵士』と言う紙媒体の劇絵画に出てくる主人公ロボットが作品中で誕生日に設定されていた日だったと記憶している。

 当時はロボット、人工知能等という概念自体が荒唐無稽とされたものだが、(その為に、鉄腕兵士の劇漫画は皇国臣民の知的活動に悪影響を及ぼすとかで、一年もたたずに焚書となるも、その後アングラ図書として海賊版が出回ったはずだ)今では、作品内で設定されていた、そのロボットの性能を大きく凌駕するマン・モーフが大量に生産され、その労働力が皇国の礎となっている事は、一己の技術士官としても感慨深いものだ。なにしろ、この私自身が ――』

 中島零二大佐は万年筆を持つ手を止めた。

 趣味にしている個人日誌の記述を一時停止し、辺りを見回す。今時、筆記なのは個人的な趣味である。

 殺風景の一言で説明出来る自室には、特に変化はない。

 しかし、何か違和感を感じたのだ。

 静電気で髪や産毛など体中体毛が逆立つような感覚に似ているような・・・と、思案する間もなく警報が鳴り響いた。

 続いて、基地の防衛業務に割り振っている脳の補助思考野から視神経内部に接続された情報表示デバイスに警報の内容が図示される。

 同時に基地中央人工脳から思考通信で報告が入った。

『エリア51-37、距離13.5キロの地点に未確認飛行物体を確認、数151、接近中。既に最終防衛ラインを突破しています』

 中島は、その報告内容に興味を覚えた。

「何故、そんな至近距離まで侵入を許した」と問い返す。

 これも思考通信なので言葉には出していない。だから、やり取りに掛かった時間も音声通信の一万分の一以下である。

『不明。当該エリアに突然現れました』

 返答が送られてくる。と、同時に再度の警報が鳴った。

『基地敷地内メイン滑走路に未確認車両を探知』

 間髪入れず補足の思考通信。なんと今度は基地のど真ん中に侵入された。これには流石に、興味が湧いた、などと悠長に構えている訳にはいかなかった。

「侵入車両の詳細を報告、同時に脅威度の推定も」

 しかし中央人工脳からの回答は、そのどちらの質問に対するものでもなかった。同時に、それまでとは違うタイプの警告音が鳴り響く。

『基地表面積の32.325パーセント、容積の56.337パーセントが消失』

 中島には、その意味する処が理解できなかった。

「消失とは、どういう意味か」

 質問と同時に、基地施設の消失についてだけでなく、二件の侵入者事案に関するより詳細な報告も上がってくる。

 その情報量の多さに、現状の処理能力では対処しきれないと判断した中島は、待機状態にしていた予備の思考野を12域とも全て解放した。その主思考野である第一域に、質問の回答、基地施設の消失についての処理を割り振った。

 この大日本皇国軍第三加利福尼亜基地は、独逸第三帝国勢力圏西端の拡張阻止、即ち米利堅大陸西海岸の死守と同時に、皇国軍が東進する為の橋頭堡となる軍事拠点の要として要塞化している。その敷地は南北に36.4キロ、東西に60.3キロの大まかな楕円形である。

 その北端約20パーセント、南端12パーセントの地表と、付随するその地下施設が突然失われたという。

 しかもそれは物理的な攻撃や何らかの天災で破壊されたのではなく、スパッと切り取られたように、文字通り消失してしまったのだ。まるで、基地施設が最初からそこに存在しなかったかのように。

 その状況を中島が認識したタイミングで、『基地機能78パーセント±3.4パーセントを維持』との状況報告が別途に入ってきた。

 全く意味が解らない。

 基地施設の消失は、立て続けに起こった非常事態の中でも特に意味不明だった。

 だが中島は、それについて無駄に思い悩む事はしなかった。一方で、二件の侵入者に関する事案については対応を思案していた。

 とりあえず応急対応出来ている基地施設の消失と違って、侵入者の事案は状況が変化しているのだ。早急に具体的な対応を迫られていた。

 まず、複数の、恐らくは意図的に編隊を組んで接近してくる思われる飛行物体の方は、どう見ても『竜』だ。

 羽の付いた大型の蜥蜴。いわゆる日本神話的な大蛇擬きの姿ではなく、西洋の英雄譚等に登場するような蜥蜴型の『ドラゴン』だ。

 その時点で尋常ではない状況だが、少なくとも生命体である事は各種遠距離センサーの値からほぼ間違いない。

 少なくとも体内に何らかの人工的な装置が内蔵されている可能性は極めて低い。即ち、ロボットの類でないのは確かだった。

 何故、こんなお伽噺の創作物が現実に飛んでいるのか・・・。

 だが、もう一方の侵入者は、中島にとって、別の意味で一層不可解だった。

 侵入した物体は、明らかに『貨物トラック』である。

 驚いた事に動力は内燃機関だ。今時、何たる骨董品か。

 この種の動力機関が姿を消してから既に半世紀近くが経っている。しかも、車輪に動力を伝達して移動する形式だ。見たところオフロード仕様という訳でもなさそうである。

 この基地は未開の荒野の真っ直中にあるのだ。周囲に舗装された道路はおろか、まともなインフラなぞ存在しないのである。いったいどうやって此処まで辿り着いたのか。

 しかも、センサーで確認しうる限り『人間』が運転しているのは間違いない。

 つまり、何処からか遠隔操作された機械だけが送り込まれた訳でもなく、生命維持のために何ら対策もしていない時代遅れのトラックに乗って、人間のような脆弱な生命体が、数百キロ単位四方に広がっている荒れ果てた荒野や険しい山脈を越えて、生きたままこの場所に到達したということになる。

 それは物理的に不可能なのだ。

 要するに、この貨物トラックは此処に存在してはいけないのである。

 それに比べれば、考えようによっては、あのドラゴンの群れの方が現実味があった。

 例えば、敵国の生物兵器とか、ドラゴンの如き生物が存在している理屈さえ捻り出せれば、少なくとも彼らは空を飛んでいるのである。

 論理的なポテンシャルとして、この場に飛来してきた可能性に納得がいく。

 ともあれ、好奇心による思索はこれ位にして、そろそろ本気で迎撃準備をしなくてはならない。彼らは無断で侵入してきたのである。

 中島は、トラックについては無傷で捕獲したいという思惑もあったので当面放置、より脅威度が高そうなドラゴンの排除を優先という判断を下した。

 勿論、こんな不可解な状況でも手続きは準拠しなくてはならない。有事下こそ無法であってはならないのだ。

 従って、センサーでその姿を確認した時から接近禁止を警告する為の閃光弾や忌避音波による威嚇と、どう考えても無駄とは思えたが、念のために国際法に準じた警告を通常周波数帯で無線通告もしている。

 それに対して何の応答も躊躇もなく接近してくるのであれば、自衛やむ無しである。

『第一次防衛施設は消失に伴い使用不可。近接対空砲火による迎撃を開始します』

 戦術レベルの戦闘行為に対する命令は、基地に施設されている専用の戦術電子頭脳より発せられる。戦闘に特化した思考形式で、より効率的な戦闘指揮を行なうためである。

 基地中央人工脳も、それに接続された中島の補助思考野も、あくまでも基地司令として大局的な判断をするのだ。

 迎撃は即座に開始された。が、第一次防衛兵器群が使えないのは痛手だった。

 それらは基地の外苑部、先ほど原因不明で消失した基地の敷地内に施設された遠距離攻撃且つ火力の高い武装だったからだ。お陰で、不必要な近距離にまで相手を引き付けなくてはならなくなったのである。

 だが、その射程圏内に入る迄の数分間で、ドラゴンの群に関する戦力分析が終わった。

 長距離センサーで得られた数値でも、このドラゴンに似た生き物たちは、生物種として常識外れの身体能力を持っている事が見て取れた。が、全く未知の相手なので、その結論には少なからず推測が介在しているのはやむを得ないところだ。

 つまり結局のところ、細かい事は殴って確かめる、しかないのである。

 ドラゴンの進行経路で、最も早く接敵する主滑走路防護壁上部に設置された対空荷電粒子砲群が攻撃を開始した。

 天空に向かって幾重もの熱線光が伸びていく。

 有効射程内であれば、10ミリ程度のチタン合金を軽く貫通する陽電子線の弾幕である。例えどんな由来の化物であれ、生物に耐えられるとは思えない。

 だが、予想に反してドラゴンたちは無傷であった。

 結果に動揺するのは無意味である。戦術電子頭脳の思考野は直ぐさま戦況分析してを敵戦力の更新と新たな戦術の構築を開始した。

 こちらの攻撃が無効化されるのは、ドラゴンの体躯を覆った『鱗』の耐久性によるものだった。材質の詳細は不明だが、大気圏突入用の宇宙船に使われるセラミックのような耐熱性を備えていた。

 物理的な硬度も鋼鉄等の比ではないようで、荷電粒子砲に代えて200ミリの実体弾による対空砲火も試してみたが、やはり無傷だった。貫通力に特化したタングステン弾頭弾にも拘わらずである。

 予想外に厄介な敵である。

 第一次防衛施設が健在ならば、相手の硬度やら耐熱性やらを細かく考慮する必要もない程の大火力で、存在そのものを消し去るだけの飽和攻撃が出来たのにと、無い物ねだりをしても詮無き事。早急に現実的な対処を模索しなくてはならない。

 既に一部のドラゴンは地上施設に取り付いているのである。

 そこに、偵察用の小型探査機を飛ばして、近距離から詳細にドラゴンの身体を隈なく調べていた結果が届く。

 弱点を発見した。

 翼の付け根だ。羽ばたきに合わせてごく短時間、鱗の生えていない部位が露出するのだ。

 鱗の正体不明な材質と違って、その部位はセンサーによる物性分析で一般的な蛋白質との結果を得ている。つまり、肉である。

 多少固めかも知れないが、訳の分からない材質の鱗に比べれば、所詮、肉である。煮たり焼いたり突いたりは可能だろう。

 という事で、新たな迎撃指針が決定した。

 肉が露出した部分へ、収束した荷電粒子による精密狙撃である。

 翼が羽ばたく瞬間のほんのコンマ数秒、数センチ幅の隙間に最大収束させた指向性荷電粒子を命中させるのだ。

 地上に降りている目標に対しては拠点制圧用の機動歩兵を当てる。まさか、自軍基地の敷地内で防衛目的に使うとは思ってもみなかったが、背に腹は替えられない。

 こちらのドラゴンは飛行中ではないので羽ばたかない。

 従って、機動歩兵複数体の連携作戦で対処する。

 囮役が挑発行動で何とか翼を広げさせ、露出した付け根に攻撃役が零距離射撃。又はプラズマトーチなどの携帯兵器で近接攻撃を加えるのだ。

 攻撃方針の転換からおよそ30分、形勢は瞬く間に逆転した。

 最初期に地上に取り付いていた個体、及び撃墜されて地上に落下した個体、合わせて敵総数の85パーセントが駆除され、残りのドラゴンは飛び去っていった。

 思わぬ苦戦を強いられたが、何とか撃退したのである。

 だが誤算もあった。

 ドラゴンの生命力が想定外に高かっのだ。

 急所への一撃でも死なず、止めを刺すまでに時間が掛かってしまった。

 御陰で鹵獲する予定だった貨物トラックが、手負いの個体に大破させられてしまったのである。

 更には、乗務員と思しき人間が捕食されるという失態まで犯してしまった。

 敵ドラゴン撤退後、中島は戦闘跡の視察に出た。

 ドラゴンと貨物トラックの残骸を実際に自らの視覚器官で確認してみたかったのだ。

 勿論それが、直筆で日記をつけるのと同様、補助脳に思考様式を供給した人間の嗜好から受け継がれた非効率な悪癖であると自覚はしていた。 

 だが、その蛇足行為は偶然にも一つの発見を中島にもたらした。

 広範囲の走査探知では拾いきれなかったのか、もしくは今この瞬間に、ほんの束の間蘇生したのか、戦場の瓦礫とドラゴンの死骸が折り重なった隙間に放置されていたトラック搭乗員の上半身に、極々微弱な生命反応を視認したのである。

 それは恰も灰まで燃え尽きた薪に燻る今にも消えかけている埋火うずみびのようであった。


 目覚め。

 そのことは理解できていた。

 だが、それ以外のこと、眼前にあるものが何一つ理解出来ない。

 目を閉じる。自発的に。

 そして、まず出来うる限り、思い出しうる全ての記憶について整理してみる。

 自分は何者か。

 『タクト=松永=フリードマン』

 おお、一瞬の淀みもなく名前が思い出せる。

 タクトは軽い感動を覚えた。

 意識の混濁は無いようだ。

 自分についての記憶も子供の頃からの整合性がある。ちゃんと思い出せる。

 うん、そして、その最期の記憶は・・・。

 おぞましい巨大な爬虫類の口角とそこからはみ出ている不揃いな牙。

 そして、一筋の紐。大腸だ。

 誰の?

 俺の?

 同時に悪寒と下腹から何かが逆流してくる感覚がタクトを襲う。

「うわっ」と叫んで、反射的に眼を開ける。

 いや、叫んだつもりだったが、声にはなっていない。

 音声はゴボゴボと沸き立つ泡に置き換わって視界を遮る。

 タクトは、何か透明な液体の中にいた。

 やがて泡が霧散し、視界がクリアになる。

 だが、透明な液体と容器の壁を通して見えるのは、やはり理解出来ない光景だった。

 体育館ほどの大きな空間。

 その床から壁、天井に至るまでメカニカルな機器類から、デジタルな表示装置まで、大小様々な人工物が所狭しと設えられていた。

 タクトの眼には雑多に見えても、何かしらの用途と法則に沿って配置されているのだろう。勿論、その一つ一つの用途など皆目検討もつかなかった。

 初見では手術室に似た印象だったが、それにしては幾つかの機械が大きすぎる。

 確かにタクトの手術室に対する知見はテレビドラマの映像から得た程度のものでしかなかったが、少なくとも人間を治療する手術室に車を持ち上げられそうな巨大な金属アームが何本も要らないてあろう事は判る。

 しかも、目前に広がっている景色には、タクトが理解している知識以上の高度な科学技術が介在しているのは理解できた。

「なんだ・・・ドラゴンが闊歩する異世界ファンタジーの次はSFか? いや、レーザー砲やロボットっぽいのも登場済みだったな。じゃ、あの続きか・・・っていうか、この夢だか幻想だかは、いつまで続くんだ?」

 タクトは、ぼやけた思考の中で声なき悪態を吐いた。

 眼だけを動かして、自分が何かの液体に満たされた透明なカプセルの中に閉じこめられているのだと、改めて認識する。

 と、その視野の端で何かが動いているのに気付いた。

 カプセルに満たされている液体の比重にばらつきがあるのだろう、酷く揺らいで見えるので実体がよく解らない。暫く目を凝らして見つめていると、その物体は近づいて来て、透明なカプセルの壁面越しにタクトの顔を覗き込んだ。

 その物体は、取り敢えず、人間に見えた。

 それどころか、かなりの美形である。

 手足が長く長身で全体的に細身な印象を受ける体型と、面長な顔に配置された目鼻立ちの柔らかな造詣と長いまつげが中性的な印象を際立たせる眉目秀麗な人物であった。

 中性的ではあったが男性なのは間違いないだろう。喉仏がある。

 歳は自分と同じくらいか? 

 タクトが虚ろに考えていると、その美貌の口元が動いた。

 何か言っている。

「たくと・まつなが・ふりぃまん」

 名前を呼ばれた。何故知っている? 

 何かをこちらに見せている。

 カード状のもの。見覚えのある。運転免許証だ。そこに、タクト=松永=フリードマンとアルファベットで書かれている。

 それを見て、タクトは反射的に頷いた。 

「記憶の断絶は無いようだね」

 という、くぐもった音声が聞こえてきた。

 同時に、透明だったカプセル内に黄色い液体が混入してくる。

 その液体に由来しているのか、甘酸っぱい感覚が鼻腔と口腔に充満していくのを感じる。ビタミンC入りの飲料を飲んだときの、あの感じだ。

 味覚に意識を取られている内に、段々と瞼が重くなっていった。

 タクトは、再び意識を喪失した。

 

 夜のハイウェイを運転している。

 両端の規則正しく並んだ道路灯の光が、車内を流れていく。

「ああそうか、俺はトラックドライバーになったんだった」

 タクトは車の前方から視線を落とした。

 親父の愛車だったケンワースW900。その少し古びたデザインの見慣れたインパネ周りが目に入る。

 ふと、助手席に人の気配を感じた。

 そこには、見知った男の横顔があった。

 デビッド・フリードマン。

 タクトの父親が座っていた。

「親父・・・」

 タクトは何の躊躇もなく、父親に伝えたくても伝えられなかった事を一気に捲し立てた。間を空ければ、また伝え損ねるかも知れないという強迫観念がそうさせた。

「親父、やっとCLASSAの免許が取れたよ。俺も今じゃオーナー・オペレーター(自分でトラックを所有・運営している運転手)だ。ちゃんとこうして親父の相棒を受け継いでるよ」と、W900のハンドルをポンと叩いた。 

 何故、伝えられなかったんだっけ・・・と思いつつタクトは父親に伝えた。

 だが、デビッドは何も言わない。何も反応しない。

 そこで、タクトは、気付いた。

 なぜ、その言葉を伝えられなかったのか。

 その理由を。

 父は死んだ筈ではなかったのか。

「タクト。何故、お前だけが生きている」

 微動だにせず、父親が言った。

 絶句するタクト。

「お前と関わった人間、近しい人間は全て死んだ」

 なんで、今更そんな事を言う。いや、そうじゃない。親父がそんな事を言う筈がない。

 親父がそこから立ち直らせてくれたんじゃないか。

 そう、訴えようとして助手席に振り返るタクト。

 だが、そこに座っていたのは、自分だった。

 下半身がちぎれ、シートにもたれ掛かっている血まみれの上半身。それは、紛れもなく自分自身だ。

「やっと、死ねたのに、何故、おめおめと、又、生き延びている」

 その口から浴びせられる言葉にたじろぐタクト。

 自らの血液で、ドロドロと溶け始めた己が分身が隣席から手を伸ばしてくる。その指には既に肉はなく骨が露出している。 

 本能的に退くタクト。反対側に仰け反る。

 だが、本来ならそこに有るべき運転席側のドアはなく、身体が車外へと擦り抜けてしまった。

「うおぁ」と情けない悲鳴を上げるタクト。

 バランスを崩して、天地が逆さまになる感覚、と同時に四方八方から声が聞こえた。

「そっちに行ってはダメだ」

 親父の声? 

「ダメだ」「ダメよ」「ダメ!」

 続いて何かを否定する幾重もの、幾人もの声が木霊する。

 全て何処かで聞いた事のあるような声音だった。

 だが、すべてが幻聴のような響きでもある。

「えっ?」

 問い返すが返事はない。

 そのまま、タクトの意識は、ひたすらと暗闇の中を落ちてゆくのだった——。


「はっ」 

 二度目の目覚め、であった。

 意識を失ったときの口腔内広がった酸っぱい味覚を微かに感じる。それが何か覚えている。だから、記憶は継続している。

 それで二度目の覚醒だと自覚できた・・・のだが、今度は何も見えない。目の前は漆黒の暗闇だった。

 目前に持ってきた自分の掌さえ見えない程の闇。

 ただし、自分の身体が液体に沈んでいる感覚はない。

 辺りに空気を感じる。呼吸している感覚がある。

 さらに、己の脚で踏ん張って立っているのが分かった。脚に掛かる重力を感じるのだ。

 つまり、あのカプセルの中に浮かんではいない、ということだ。

 自分の置かれている状況が前回目覚めたときと明らかに変わっている。

 それは認識した。

 やがて、地鳴りのように何かの機械音が聞こえてきた。

 視力が意味をなさないのが幸いし、そのぶん研ぎ澄まされた聴覚で音の出所が判る。

 足下だ。地面の下。地面が見えるわけではないので、自分が立っている場所の『下方』からというのが正しい。

 幾つもの歯車が噛み合うようなその音が最高潮に達して、反射的に両耳を押さえたとき、足下が無くなった。

 下方に光が見える。

 点だった光が、だんだんと大きくなっていく。

 理由は容易に理解出来た。タクト自身が落下しているのである。

 眼下の小さな光点は、一瞬で視界内の極限まで広がり、あっという間にタクトの全周囲を眩く包んだ。

 視界がホワイトアウトする。

 身体は、まだ落下している。加速度を感じている。

 僅かに回復した視力で直ぐさま辺りを一瞥。

 そこはドーム状の空間だった。

 広大だ。一番印象の近い喩えなら、密閉型ドーム球場の内部だ。勿論、観客席なんかはない。ただのがらんどうだが。

 ドーム状の天井の頂点部を見ると穴が穿たれている。自分はそこから落ちてきたらしい。と、思う間もなく地面が迫った。

 巨大なドームといっても高さはせいぜい数十メートル。

 自由落下しているのだ。猶予はもう一秒も無——。

 激突。

 衝撃が全身に奔る。

「痛ってー」と、脊髄反射で叫んだタクトだが、「あれ?」

 全く痛みを感じない。

 床面に打ちつけられた衝撃は感じたのだが、それだけだった。

 全身の骨が砕け散り、内蔵が破裂しても可笑しくない高度から落下したのだ。無傷で済むは筈がない。

 しかし、タクトの身体には掠り傷一つ付いておらず、激痛を感じるどころか、逆に肢体には一切の感覚が無かった。まるで麻酔が効いているかのように。 

 身体状態を確かめるように触りながら、ゆっくりと立ち上がる。

 衣服は着けていた。但し、下半身だけ。黒いボクサータイプの短パンである。奇妙な着心地で素材が判らない。ナイロンや木綿なんかの繊維とは違う肌触りで、薄い金属を履いている感じだった。

 パンツに気を取られている間に、周囲で何かが光り始めた。

 グラウンドの様に広いドームの地面に、赤色の光が回転するパトカーの警告灯に似たライトが明滅している。

 それは、タクトを中心に半径50メートルほどの円周上を等間隔に12個並んでいた。

 更には、その警告灯を中心に直径5メートルほどの円形に細い線が引かれていた。よく見るとその線は細い隙間だった。

 まるで、地面に穿たれた円形の穴に蓋をしているようである。

 何かがそこから出てくるような・・・。

 という、タクトの予感めいた考えが合図だったかのように、ビービーと耳障りな警告音がドーム内に響き渡、ゆっくりと円形部分がせり上がり始めた。

 他の11か所も同様である。

「やっぱり蓋だったんだ」と、タクトが妙な納得をしている間にも、その蓋は上昇していく。

 そして、その蓋を押し上げているのは、金属製の柵だった。

 柵は籠状に組まれており、内部には巨大な人型の影が認められる。

 その籠が全て地上に露出すると、前面にあたる柵が左右に割れ、その内部に照明が灯った。

 そこに鎮座していたのは、人型の機械、あのドラゴンと戦った機動兵器だった。

 微妙に細部が違っているが、装備オプションの相違程度である。同型の物に間違いない。

 なるほど、やはりこれはドラゴンに喰われた記憶の続きなんだな。と、タクトは改めて納得した。 

 納得はしたのだが、さて、この現状をどう解釈すべきなのか。

 相手は戦闘能力を持っている。それは充分に目撃した。

 更に、開けた場所で周囲を囲まれている。

 そして、ここまで誰からも何の説明もないが・・・。

「まあ、攻撃して来るんだよな」

 タクトは結論した。

 この機動兵器の性能は了解している。間違いなく、鎧袖一触で、こちらがあの世逝きだ。

 選択肢は逃げの一手なのだが、こんな見通しの良い場所で、こうも囲まれていては、それも儘ならない。まさに絶体絶命。

 なのだが、タクトは、やたらと落ち着いていた。

 何らかの心理的な強制力が感情を抑制しているのが分かる。

 抗うつ薬で精神を安定させるとこんな感じなのだろうか、だから、絶望で自暴自棄になったり、激情に任せて闇雲な自壊行動に奔ったりすることはなかった。

 小便ちびって脚をガクガクさせるくらいした方が可愛げのある状況なんだろうな、と、まるで他人事のようにタクトが独り言ちていると、機動兵器の眼と思しき部位に灯が灯った。

 微かに起動音のようなものも聞こえる。

「いよいよ、か」というタクトの呟きに、呼応するかのように声が聞こえた。イヤフォンで聞いているような内耳に直接響く音声である。

『当該状況が自己保存判定の閾値を越えました。戦闘機動に移行しますか?』

 タクトは、その声が先ほど自分の感情を抑制した何かと同源の存在から発せられたものだと直感した。

『移行しますか?』

 返答に逡巡していると再び促す声がする。

 さらに続けて『移行しない場合、予測されうる被害範囲に身体機能の喪失が含まれます』という不穏な言葉。

 それ死ぬって事か?

 抑揚のない警告が、逆に切迫したタイムリミットを実感させる。  

 目前の『敵』が微かに震えるのが見て取れた。

 本格的な機動に備えて各関節のアクチュエーターに動力が入ったのだろう。アクチュエーター等という、こちらが見知ったテクノロジーに依存しているのなら、だが。

 戦闘機動とやらが何かは判らないが、それが自衛手段というなら、この状況で「否」の選択はない。

「イエス」と声に出したかどうかは定かではなかったが、タクトは声の主に向けて承諾の意志を送った。

『戦闘機動移行への認証を確認——アクティブ・デカールを起動制御用レイヤーでディスプレーします』

 一連の言葉の意味を尋ねる間もなく、裸だったタクトの上半身に回路図のようなラインや記号、それに何かのネームタグが所狭しと現れた。ボディペインティングや入れ墨で彫ったように体表に浮き出てきたのである。

 ただ、そこに描かれているのは、ファッションで入れるタトゥーような装飾的なものではなく、喩えるなら電子回路図や機械の設計図をそのまま転写したような図柄だった。それが全身を覆っている。タクト自身には見えていないが顔面も例外では無い。

『起動スイッチを押してください』

 声が指示する。

 体表に描かれた回路のラインが一本、光り始める。そのラインは左手の甲に延びて、その終点は円形のマークに繋がっていた。

 より強く光っている左手甲の丸印。どう考えても、それが『起動スイッチ』なのだろう。

 そこに触れようとして右手の人差し指を近づける。

 が、タクトは躊躇した。当然だ。その後に何が起こるのか情報が皆無なのだ。

 少しは説明しろよ、という悪態が頭を過ぎった一瞬、それは相対していた敵への隙となっていた。

 タクトの正面にいた機動兵器があっという間に距離を詰め、四本有る腕の一本をタクト目掛けて真っ直ぐに打ち込んできていた。

「うっ」反射的に目を瞑る、と同時に押す寸前で止めていた機動スイッチを押してしまう。

 何かの起動音が頭の中で遠くに響いた、ような気がした。

 だが、気にしている暇はない。殴られる衝撃に身構えた。

 が、何も起きない。

 一拍置いて薄目を開けると、眼前に、ほんの目と鼻の先に、金属質の拳が迫っていた。

 だが、当たらない。

 止まっている?

 いや、物凄くゆっくりと動いているのだ。

 身体を半身になるよう移動して、相手の拳を横から見る。

 やはり、ゆっくりと進んではいる。

 拳から続いている腕、機動兵器本体へと視線を移す。その全体がスローモーションで動いていた。

 辺りを見回す。

 他の機動兵器十一体も、こちらに向かって来ているようだが、その動きは同様にノロい。

『機動係数10.25メガNdyn(エヌダイン)を維持』

 例の声が、またしても全く説明不足のアナウンスをしてくる。

 それでもタクトは、自分が、いわゆる『加速』状態にあることを直感した。

 子供のころ観ていたテレビ番組のヒーロー物で高速移動が得意なキャラクターが加速している時の演出描写が、こんな感じだったのを思い出したからだ。

「あれって正しかったんだな」と意識の端で呟きながら、視線を更に遠くにしてドームの外縁を探る。

 自分の右斜め後方に比較的大きめな、長方形の穴が開いていた。サッカーゴールくらいだろうか。

 どう考えても出入口だよな、でないと困る。

「頼むぜ」

 タクトは日頃は信じていない神様に懇願した。

 加速して状況が幾分好転しているかにみえるが行動方針に変更はない。

 逃げの一手である。

 希望的観測の出口に向かって踵を返し、脱兎のごとく駆け出す。

 一歩踏み出す毎に物凄い空気の抵抗を感じる。見えない壁を突き抜けているようだ。自分が超高速で動いているのだと実感できる現象である。

 体感的には普通の人間の全速力くらい速さで進んでいるのだが、廻りの景色は止まっているように見えるのだ。実際には、残像で分身の術が出来るような速度で動いているに違いない。

 ゴールまであと一歩。と、いうところで、前方に何かが立ちふさがった。

 見紛う事なき、件の機動兵器だ。

「なんでだよ!」

 奴らは遙か後方にいるはずでは? タクトは後方を一瞥した。

 機動兵器たちが普通の速度で動いている。

 その大半がタクトのすぐ側まで迫っていた。

 タクトは自分の動きが遅くなったのかと思ったが、違う。動作に伴う空気の抵抗はまだ感じる。

 ならば結論は一つ、相手も加速しているのだ。

 こちらのアドバンテージは早くも失われたという事である。

 兎に角、前方の一体を躱さなくては。右か、左か、もしくは——。

 ジャンプした。

 人型をしている以上、構造的な特徴は人間と一緒の筈。

 頭上方向のへの対処は、前後左右の動きに比べて反応が劣るのでは。と判断したのだが、それは安直な考えだと思い知らされる。

 垂直方向に10メートルほどジャンプして、そのまま飛び越えようとしたタクトに対して機動兵器は機敏に対応した。

 軽くジャンプして、苦もなく上下二対で四本付いている腕の内、上段一対の右側の一本でタクトの左足を掴むと、そのまま振り回してタクトを前方に放り投げる。

 機動兵器のパワーは凄まじく、背中から地面にぶつかった反動でバウンドしたタクトは、それを利用してバク転し、立ち上がる。

 が、それは投げられた相手と正対する事になり、退路を断たれた形で相手と睨み合う。

『反撃を推奨』と、再び例の声が聞こえる。

 同時に「戦術図」と表示されたイメージが脳裏に浮かんだ。

 正面の個体を1番として、時計回りに12番まで割り振った各々の機動兵器に対して攻撃方法が提示されている。「図」というよりも受け取る印象は動画に近かった。

「まず1番に跳び蹴りの後、その反動を利用して後方に跳び、6番に体当たりって、おい!」

 お気楽な指示に躊躇するタクトの意識とは裏腹に、身体の方は「了承した」という感覚を伴い、ノーウェイトで前方へと跳躍した。

 1番の胸板を蹴ってはじき飛ばした勢いを利用して真後ろに跳び6番にボディアタック。大破させる。

 飛ばされた1番も壁に激突し痙攣していた。急所だったのか胸部が大きく陥没している。

 自分の身体が勝手に動いているような、それでいて自分の意のままに動いているような、奇妙な感覚。

 タクトは機動兵器への攻撃を継続する。

 戦術図の指示そのままに、殴る、蹴る、合間にぶん投げる。

 戦術というには余りに単純な作業の繰り返しで、タクトは敵を全滅させた。体感時間で4、5分。加速中である事を考慮すれば、実時間は秒単位であっただろう。

 ドーム内に散らばる十二個の残骸。

 その真ん中で独り佇むタクト。息が切れてさえいなかった。

『稼働限界のため戦闘機動を解除します。なお、既知の脅威は排除されました』とご丁寧な説明が脳内に響く。

 それは既存以外の敵がいても戦闘機動は使えないって事なのでは?

 周囲を警戒しつつ、思索に耽けながら、シュウシュウと冷却音らしきものを起てている自分の身体を見下ろすタクト。

 そういえば、タトゥーみたいな模様は、いつの間にか消えている。と気付いたところで再び声が。

『戦闘機動移行への物理スイッチをニューロ・リレーの空きスロットへ関連づけますか? 残りスロット数は23です』

 何を言っているのか全く解らない。

 だが視覚内には『是/否』の選択肢が視界の3分の1を占領して表示されたまま固定されていて邪魔な事この上ない。どうやら、どちらかを選ぶまで消えないらしい。

 この期に及んで何て面倒くさい。が、どうせ、どちらを選んでも後悔するに決まっているのだ。

 タクトは是(イエス)を選択した。

『戦闘移動への起動スイッチを物理からニューロ・リレー・スロット1に割り当てられました。これ以降、戦闘機動への移行は意志伝達のニューロ信号のみにて可能となります。尚、リレーの空きスロットは22です』

 はい、そうですね。23-1=22ですね。分かり切った事は馬鹿丁寧に報告するくせに、肝心な事は専門用語の羅列で詳しい説明は無し。親切の方向を履き違えている謎の声に悪態を吐きつつ、タクトはドームの出口に向かった。

 期待通り、その開口部はドーム外につながる出口であった。

 10メートルほどの通路を通り抜けると外に出た。

 目の前には滑走路らしき舗装路が広がっている。

 タクトには何となく見覚えがある光景だった。恐らく愛車で迷い込んだ、あの滑走路だろう。

 ドラゴンとの戦闘はかなりの惨状だったはずだが、その痕は跡形もなく消されていた。何事もなかったように綺麗に修復されている。

 見上げれば、空には雲一つ無い。一面に広がった青空が輝いて眩しい。

 両手の平で庇をつくる為に腕を額まで上げようとしたら、急に視界全体が適正な明るさまで暗くなった。「おぉぅ」と思わず声が出る。

 カメラの絞りのように眼の角膜を物理的に調節したのか、または電気的に視神経の感度を調節したのだろう。視野内のギラつきが治まった。

「至れり尽くせりなことで・・・」

 明らかな身体の異変だが、為す術がない。

 もう、どうとでもなれと思いつつ、周囲を見渡す。

 背後には、タクトがたった今出てきた建造物がそびえ立っていた。内部の様子から、なんとなくドーム球場のようなものを想像していたのだが違っていた。

 それは『壁』だった。高さは軽く百メートルを越えているだろう。

 間近からだとダムを見上げている感じである。

 ビルのような単独の建造物だったとしても威圧的なスケールだろう。それが視野の両端に納まりきれない長さで連なっているのだ。その威容は筆舌に尽くしがたい。

 その高さを支える基部もかなりの厚みになるであろうし、壁全体の容積は膨大なはずだ。あの巨大ドームを内包し、それだけでなくドラゴンの群れを迎撃した際に使用されたあの様々な兵器がその内部に格納されていのも納得であった。

 のっぺりとした外観とは裏腹に、内部にはそのほかにも様々な設備が内包されているのに違いない。

 そして、この壁は滑走路を含む広大な土地を取り囲んでいた。

 恐らく、壁より内側が何らかの軍事施設、基地や要塞のようなもので、この壁はその境界であると同時に外部に対する盾を兼ねているのだろう。要するに城壁というわけだ。

 タクトは、いま一度周囲を見回した。今度は少し視点を遠くに置いてみる。

 すると滑走路の途切れたその先に何か動く物が見えた。基本的には平坦な空き地であるこの基地だか要塞だかの、ちょうど真ん中あたりだと思われる場所だった。

 詳細を知るには少し遠いな、と思った途端、その物体に望遠レンズで撮っている画像のようにズーム・アップした。

「うわっ」と、またしても奇声を上げてしまう。

 いい加減、勝手に人の視界を弄くるのは止めてくれ。と、声に出して悪態を吐きながら、拡大された被写体を確認する。

 それは人間だった。傍らに置かれた何かの装置を弄っている。一戸建ての家くらいある装置である。

 見られているのに気付いたのか、その人物はタクトに向かって手を挙げた。

 この距離で? と若干驚いたが、それよりも相手の素性の方に気を取られた。見覚えがあるのだ。

 透明カプセルで目覚めた時に中を覗き込んで来た、あの美麗男である。改めて見ても、その美貌は異彩を放っていた。

 男前と云うより美麗という形容詞が似合う中性的な顔立ち。華奢な風貌で決して筋骨隆々というわけではない。が、細身ながら背筋の通った立ち姿が体幹の強靱さを物語っていた。敢えて喩えるならフィギュア・スケーターやバレエ・ダンサーが持つ雰囲気に近い。

 それだけに詰め襟の形式張った服装が不釣り合いである。軍服の類なのだろうか、左胸に何かの記章が付いていた。

 ここが軍事施設なら当然か、などと考えながら、タクトはその人物に向かってゆっくりと歩きだした。

 もう少し急ごうとはしたのだが、異様に身体が怠かった。

 先ほどまでの異常な身体能力が嘘のようである。

 タクトが、たっぷりと時間を掛けて近づく間も、その美麗男は側にある機械を弄くっていた。

 それは多連装式ロケットランチャーを真上に向けた様な機械だった。そのランチャー部分から何かを飛ばしている。

「やあ」

 会話が出来る距離まで接近したところで、その男はタクトに不意に顔を上げタクトに声を掛けてきた。

「あ・・・う」

 タクトは訊きたい事が多すぎて言語化が追いつかず、口ごもってしまった。まず挨拶を返すという基本的な事にすら考えが及ばなかった。

 だが、そんなタクトの様子は気にも掛けず、何か関心事があるのか、美麗男はタクトの全身を睨め回し見ていた。

 そして、徐にツカツカと歩み寄るとタクトの両肘をガッチリ掴み、その内側の窪み、いわゆる肘窩ちゅうかの部分を左右同時に押した。

「えっ? えっ?」とタクトが頭の中をクェスチョンマークで一杯にしていると、例の声が、それを打ち消すかのように頭の中で響く。

『アクティブ・デカールを起動。メンテナンス・マークキングでディスプレイ』

 一瞬で、タクトの全身に再びタトゥーの様な模様が浮き上がった。ただ、今度は先ほどと模様が異なっている。全身に回路図のような細いラインが走っているのは同じだが、そのパターンとラインが指し示す様々な場所に何らかの数値が表示されていた。

 その数値は、デジタルメーターのように光るアラビア数字で、リアルタイムで何かの測定値を顕しているのか細かく変動していた。 

「おぉぅ」ビクッと身体を小さく震わすタクト。何度経験しても、自分の身体が勝手に変化するのには驚いてしまう。

 美麗男は、タクトの体表の数値表示を順繰りに見ていく。

 両手の甲、肩口、胸に三箇所、太股。それからタクトの背面に回り、背中の五箇所と右臀部。そして、最期に再びタクトの正面に回り、額に表示されている数値を確認した。

 額の数値を見るとき、不用意に顔と顔を至近距離まで近づけられて、少しドキッとする。それを悟られまいと、不自然に表情を引き締めるタクト。

「それで、そんなに低速歩行だったんだね」美麗男は言った。

 タクトは相手が何を言っているのか判らなかったが、それが、此処までゆっくりと歩いてきたタクトの様子を言っているのだと気付き、人を乗り物のように言うな、という表情を返す。

 が、それに対する美麗男の返答は、より不可解だった。

「可動各部の動力配分がいい加減で動作効率が滅茶苦茶だ。それじゃガス欠するのも当然。ちゃんと取説を読んでから試さないと」

「取説?」脊髄反射でオウム返しする。

「取扱説明書。君のね」即答の美麗男。 

「?・・・って、俺の取説って何だよ!」

 一拍置いてタクトが叫ぶ。相手の言葉の意味が理解できないことを理解したのだった。 すると、視界の端に常に表示されていたいくつかの極小の窓枠の一つが点滅した。その中に更に極小のフォントで文字が書いてある。

『取扱説明書』

「こんなの気付くか! サブスクの解約方法かよ!」

 更に声のトーンを上げで悪態を吐くタクト。

 実際の処、自分の置かれたこの忌まわしい現状が解約できるような類のものなのかも疑わしいのだ。それまで溜まっていた疑念と不安が爆発するのも致し方なかった。

 片や、恐らく『サブスクの解約方法』というフレーズの意味が解らないのであろう美麗男の方は、キョトンとしてタクトを見ている。

 その様子を見て、何だか気の抜けたタクトは落ち着きを取り戻した。

 今回は、あの強制的に精神を安定させる干渉力が働く前に冷静にになれた。そう、無節操にがなり立てても物事は解決しないのだ。

「わかった。取説は後でゆっくりと読ませて貰う。只その前に、俺が自分の取説なんぞを読まなきゃならなくなった、っていう、この今現在の現状について説明してく——」

 言い終わる前に、冷静さを失いかけていた気持ちに、近頃お馴染みの強制的な抑制が掛った。 

 タクトは、右手の掌を前に出すと静かに言い直す。

「いや、すまない。まずは、そちらの名前を教えてくれないか?」

 その言葉を聞くと、美麗男は心持ち姿勢を正し、右手で敬礼をしつつ言った。が、声音は柔和である。

「大日本皇国統合軍大佐・中島零二。君にその概念が理解出来るかどうか判らないが、軍人だ」 

 もちろん軍人の何たるかは理解できる・・・つもりだ。だが、困惑したのはそこではない。

 最終的な国籍こそアメリカ合衆国を選んだが、タクトは日本生まれである。そこで十八年余り暮らした。そう、決して大日本皇国という名前の国ではないのだ。

 そして、自分の生まれた国以外に、この地球上のどこにも、日本という名を冠した国家が存在しない事を知っている。

 タクトの疑念を余所に中島が言葉を続けた。

「君に関しては、自力での生命維持が不可能な状況だったので、蘇生と共に肉体の再生処理を施しておいた。身体機能は以前より格段に向上しているはずだ」

「あ・・・」タクトの脳裏にドラゴンに喰われた時の記憶がフラッシュバックする。

 巨大な顎、不揃いに並んだ鋭い歯列、自らの血飛沫に染まる視界。

 軽いショック症状を起こして肢体が硬直し掛けた瞬間、再び、あの正体不明の何者かが自我に干渉してくるのを感じた。その御陰で精神的、肉体的に弛緩していく。だが、精神が安定するのはありがたいが、相変わらず違和感がすごい。

 そんなタクトの内なる葛藤に気付いているのかいないのか、中島は淡々と言葉を続けた。

「それと、現在の我々が置かれている状況については、端的に言って『不明』だ」

 中島が言い終わるのを待っていたかのように、何かが空から振ってきた。いや、舞い降りてきた。

 それは細長い棒状で長さは二メートルほど、小さな安定翼が胴体の中程と最後部に付いた、ミサイルのような形状をした物体だった。

 ちょうどロケットが逆噴射で着陸するように、中島の傍らに置かれている多連装ロケットランチャーもどきの幾つかある発射筒の一つへ吸い込まれていった。

「これで七つ。これ以上は待っても無駄かな」と言うと、ランチャー側面のコントロールパネルに並ぶスイッチの一つを押した。

 ランチャーの発射筒は計18基。もしその全てを打ち出していたのなら半分以上が戻って来なかったという意味なのだろう。その目的は不明だが。

 ランチャーは装置ごと地面の下へと下降していった。大型バス数台分の結構な大きさにも拘わらず、機械音など騒音を起てることなく一連の動きはスムーズで基本的な機械工学技術の高さが感じられた。

 それを漠然と眺めていたタクトに中島が声を掛ける。

「ついてきたまえ。見せたい物がある。それに訊きたい事も——」言い終えない内にタクトに背を向け、壁に向かって歩き出す。

 訊きたい事が山盛りなのはこっちの方である。

 だが、今の段階で無闇に質問をぶつけても、返ってきた答えで更に混乱するもこっちなのだろう。と、束の間その背中を見送った後、タクトはハッとある事に気付いて中島を呼び止めた。

「なあ」

 中島が足を止めて振り向くと、自分の姿を指し示すように軽く両腕を広げたポーズをしたタクトがいた。

 殆ど全裸、短パン一丁の姿で。

「とりあえず、着る物をくれないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。