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1.衝撃無き障壁

 タクト(拓斗)=松永=フリードマンは、クリーブランドからロサンゼルスに向かって、ビッグ・リグ(big-rig)を走らせていた。

 ビッグ・リグやアメリカントラックというのは、どちらも大型の商用トラックをトラックを指す言葉である。だが、厳密にはビッグ・リグは、アメリカントラックというカテゴリーに含まれる名称であって、両者は同一ではない。

 アメリカントラックとは、アメリカで一般的な大型トラック全般を指す言葉であり、その中でも特に大型でトレーラーを牽引するタイプのトラックをビッグ・リグと呼ぶ。

 タクトが運転しているのは、ケンワース社のW900というタイプのビッグ・リグで、1960年代から製造が続けられているスクエアなラジエターや長大なボンネットが特徴的な、それこそアメリカントラックのアイコン的な車種だった。

 そして、今は亡き父親からタクトが受け継いだ愛車でもあったのだ。

 15年落ちの中古で、フロントウインドウは上下方向の視界が狭く、インパネはクロームリング付きのアナログメーターで、使い込まれたレバーやハンドル、スイッチ類が、父親の魂を受け継いだ気持ちにさせてくれる。

 そして、タクトにとっては、このトランスポートが、この愛車を駆ったトラックドライバーとしての初仕事でもあった。

 顧客から受けたオーダーは、ソルトレイクシティからI-15S、つまり州間高速道路15号線を南下してロサンゼルスへと機械部品を運ぶ、というものだった。

 ソルトレイクシティーを出て約600キロを走り、ネバダ州に入った。ラスベカスまでは、あと僅かである。

 ラスベガスでは市街地を通過するということで計量所が近づく。

 計量所とは、ロードサイドに施設された燃料税違反、重量オーバー、整備点検状況、超過勤務違反等を確認するエリアである。車両の重量を計測し、過積載を防ぐことで、道路や橋の損傷を防ぎ、交通の安全を確保することを主な目的としている。故に大概の都市部など、インフラが密集した地域に入る手前に置かれているのだ。

 ただし無作為抽出の為、様々な条件で検査されたり、されなかったたりする。

 今回は、計量所手前のシグナル板に「TRUCK OK TO BYPASS WEIGH STATION」の文字が灯っていた。

「ラッキー」 と呟くタクト。

 計量に掛かる余計な時間をスキップ出来たのだ。

 計量所が混んでいると、こんな風にバイパスサインが出る。

 先ほど三台ほどタクトを抜いていったトラックがあったのだが、計量所への進入路を見ると、その三台が並んでいた。

 数年前、つまり親父が現役だった時分に何度が同乗した際に、「何台か先に行かせて後をついて行くのがコツなんだ」と聞かされていたのを思い出す。

 実際に計量するとなると、数分で済む事もあれば、順番待ちや場合によっては書類のチェックなんかで一時間前後のタイムロスになる事もあるのだ。

 此処までに、三カ所通過した計量所のうち一カ所は何故か閉鎖していたので、これで二回パス出来た事になる。

 つまり、運がいい。かなりのタイムロスを回避できた。

 ここまで荷受けのトラブルや事故渋滞やタイヤバースト等の車両故障も無く、依頼先から送られてきた配送プランも順調に消化できた。

 初仕事でこれはラッキーかも。ギャンブルに例えるのもどうかと思うが、これもビギナーズラックと呼ぶべきか。

 道中のラスベガスで荷物の三分の一を降ろす予定だが、予定より二時間近くの余裕ができた計算になる。荷下ろしを早々に済ませれば、少し長めの休憩が取れるだろう。

 やはり初仕事は余分な神経を使っているのか、実は結構な披露感を覚えていたので助かった。

 フロントガラスの右端で、ルート604へと続く分岐の測道入り口と『Apex Nellis AFB』の標識が前方から後方へと流れていくのが見えた。ネリス空軍基地へ道標である。

 それは同時に、ネバダ州の中心都市ラスベガスの市街地が近づいたというサインでもある。この辺りから、道路の周辺に建物がポツポツと増えだしてきた。

 此処まで何時間もネバダの無味乾燥な乾いた荒野と果てのない地平線しか存在しない景色を見続けて、遠距離に焦点が合い気味で、やや緩慢だった視覚細胞が、近距離を動く動体の刺激に対して対応するべく活性化し始めたのを感じた。というのは大袈裟な表現だが、正直、少々退屈だったのも確かだ。

 広大な原野の景色も最初はその雄大さに感銘を受け感動もするのだが、何時間も変化がなければ、それにも慣れ、ダレてしまう。人の感性の悲しい性である。

 視界の上端に、上空を旋回している機影が入ってきた。

 恐らくネリス空軍基地に着陸するのだろう。軍用機には詳しくないのでハッキリしないが輸送機の類なのだろうか、青空をバックにしたシルエットは結構な巨体である。

 意識を空からロードサイド移すと、いよいよ人工物が多くなってきた。

 建物と建物の間隔が狭く密集している。

 片側三車線の道路に併走している車も、対向車線に行き交う車も、数を増している。それに伴って、信号や道路標識の数も出現する頻度が高くなってきた。

 ラスベガスで荷下ろしをするヤードへの到着予定時刻を確認する為に、フロントパネルのナビ画面を一瞬見やった。

 その刹那。

 その僅か一秒前後でしかなかったであろう瞬間、何かが光った。

 ナビの画面に向いていた視線の外、視野の上方からの光。

 ビルか何かのガラスに反射した日光が目に入ったのか、と思う間もなく、その光は、そのまま視界の立体感を塗りつぶすかのように一瞬で広がった。

 露出オーバーの映像を見ているように、周囲がホワイトアウトする。

 やがて、始まった素早さとは対照的に、光芒はゆっくりと収まっていく。

 実際に視力が機能を取り戻すのには、更に数秒掛かった。

 まだトラックは走っている。幸運にも、視界が奪われていた間に、何処かにぶつかるような事態にはなっていない。

 まず、それに安堵。次にハッキリと見え始めた辺りの様子に意識の焦点を移す。

 絶句した。

 そこには、ネバダ州シティ・オブ・ラスベガスが存在しなかったのである。 


「なんじゃ、こりゃ・・・」 

 タクトは呆然と呟く。思わず日本語で。

 アメリカに移住して五年経つのだが、未だに利き言語は日本語らしく、咄嗟の叫びや無意識の呟き、主に悪態にはそちらが出てくる。

 タクトの運転するビッグ・リグは滑走路のような直線を走っていた。

 運転とは云っても、ハンドル操作さえ必要としない程に、道幅は広く、ひたすら真っ直ぐで真っ平らな道路だった。

 その道路に右側に並行して真っ黒な壁がそびえ立っている。道路から数百メートル離れた距離に地平線の果てまで、道路に沿って真っ直ぐに切れ目無く続いていた。

 壁は目測で数百メートル単位の高さがあり、タクトの視界に黒壁と道路の直線が流れる景色しか映らなかった。

 ネリス空軍基地に迷い込んだのか? いや、道路のスケール的には滑走路と遜色はないが、空軍基地をあんな高い壁で囲うとは思えない。

 そもそも道に迷った覚えもないし、万一そうだとしても、軍事施設の奥深くに、こんなにあっさりと侵入出来る筈もない。対テロ用のゲートで阻止されているだろう。

 突然、辺りを大音量が包んだ。警報のような音だ。

 同時に、ビッグ・リム前方の空に、無数の黒点が現れた。

 一見、鳥の大群に見える。

 更に近づく。

 各々の点が形を持ってきた。

 鳥のような翼はある。だが、鳥との共通点はそれだけだ。

 全体的なシルエットは、トカゲに近い。

 前足が翼にっなったトカゲ。

 その大トカゲの群に、更に近づく。

 それに伴って、彼我のスケール感がハッキリとしてきた。

 その大トカゲの一匹、一匹は、タクトの乗っているビッグ・リムの車体と同等か、それ以上の大きさがありそうだった。

 そんな物が、大量に天空を飛んでいるのだ。 

 その非現実的な光景を受け入れられず、一度視線を外し、もう一度確かめてみる。

 ほっぺたを抓って夢かどうかを確かめるといった、ベタな事も試してみた。

 痛い。しかし、目前の光景に何ら変化はない。

 現実だった。

 「まじかよ・・・」とタクトは呟く。

 それが合図だったかのようなタイミングで、道路サイドの巨大な黒壁が変形を始めた。壁の頂辺が数十メートルの幅を一つのブロックとして、上下左右にスライドしていく。

 そこから迫り出してきたのは、空に向かって細長い筒が数本突き出たドーム状の物体だった。重厚な金属で造られているようにも見えるそれは、どこか対空砲塔を連想させる。

 と、タクトが思う間もなく、そのドームの長い筒が一斉に発砲し始めた。やはり砲身だったのだ。

 だがそれは、タクトが戦争のニュース映像などで見た事がある対空砲火の弾幕とは違っていた。慣性で弾道が曲がる事はなく、真っ直ぐな光跡が天空へと延びて行くのだ。恐らく質量を持った実体弾では無く、レーザーか、それに類するエネルギー兵器を撃っているのだろう。

 そんなもの実用化されていたっけ? と、考える暇もなく、タクトは咄嗟にハンドルを切った。正面に巨大な固まりが落ちてきたのだ。

 当然、急ハンドルとなる。

 急ブレーキと相まってジャックナイフ現象を起こした車体は、トラクター部とトレーラー部が連結部分で鋭く折れ曲がった。そのまま、落ちてきた固まりに突っ込む。

 それは飛び回っている大トカゲの一匹だった。

 体長は、最初の目測通りビッグ・リグと同等である。二十メートルは下らない。ただ、その長さの大半が尻尾で占められているので全体としては細長い印象だ。体重はそれ程重くはないかも知れない。何しろ翼の揚力だけで、この巨体を飛ばしているのだ。

 しかし、その体表は想像以上に堅く、ぶつかって行った車体の方が紙細工のように拉げてしまった。

 そういえば、先ほどの対空砲火もさほど成果を上げていないようだった。この降りてきた一体も、たまたま急所にでも命中して墜落したのか、それとも意図的にこのビッグ・リグを狙って降りてきたのか。

 が、今はそんな考察をしている余裕は無い。タクトは横倒しになった運転席で呻いた。 体中が痛い。朦朧とした意識を振り払うように首を振って眼の焦点を合わせると、衝突した大トカゲの顔がこっちを向いているのが見えた。フロントガラスを通して真正面で視線が合う。

 爬虫類の目だ。しかも、冗談のようにデカい。

「うおぁ!」恐怖に意味不明の叫び声を上げて、タクトは運転席のシートベルトを外した。空を向いているドアを押し上げるように開けて這い出ると、ビッグ・リムの車体が盾となるように大トカゲの反対側に飛び降りる。

 そのまま、身体をトレーラーの隙間に隠すようにして息を潜めた。

 外に出たのと、耳を澄ましているせいで、辺りの音がクリアーに聞こえてくる。

 空からは、聞いた事もない、それでも大型の生物のものだろうと推測出来る咆吼が幾つも降り注いで来る。それを掻き消すような、金属音と高周波がもっと低い位置から周囲を取り囲むように聞こえる。

 そして、大きな物が歩いているような振動が地面を伝ってきた。

 ゆっくりと顔を上げると、トレーラーの車体から半身を回り込ませて、先ほど眼が合った大トカゲがこちらを見ていた。

 彼我の差は、十メートルも無い。

 反射的に、反対方向へ走り出す。叫び声を上げたかどうかは自覚がない。

 追いかけてきている気配が、迫ってくる。後ろを見る余裕はない。

 走って、奔って、そして、躓いて、転けた。

 もうダメだ! 

 と思ったが、そのまま暫く俯していても何も起きない。

 恐る恐る後ろを振り返ると、大トカゲを人間大の奇妙な形をした物体が攻撃していた。

 その物体は、基本的に直立した二足歩行なので、それだけなら人型に見えなくもない。

 だがそれは、三節に分かれた胴体の一番下のブロックから伸びた人間のそれに似た脚部で移動している場合だけである。

 真ん中と一番上のブロックからは、各々一対の腕が計四本伸びており、無理やりに、その姿を例えるとすれば『頭の代わりに、もう一つ小さめの上半身が乗っかっている人体』である。

 攻撃の為に高機動で動き回る時などは、その腕も脚の役目をして、四つん這い、六つ這いになって跳ね回るので、その様子は頗る気持ち悪い。

 その体躯からは、動くたびにモーターのような唸りを発している。先ほどから聞こえていた高周波の発生元は、こいつらだったのだ。

 その人型擬きは、体格の良い人間程度の大きさにも拘わらず、小山のような大トカゲの顔面を殴ってダメージを与えていた。もちろん致命傷にはならないが、見かけに寄らない馬力である。プラスティック然とした体表といい、この人擬きの物体が機械、少なくとも人工物なのは間違いない。有人かどうか知らないが、機動兵器の一種なのだろう。

 殴ってダメならと、四本有る腕に携帯していた銃火器やナイフでも攻撃するが、そちらはトカゲの全身を覆っている鱗が防いでいた。その鱗には、金属装甲のような硬度とビームコーティングの様なエネルギー兵器に対する耐性を併せ持った性能が有るようだ。

 気が付けば、地表のあちらこちらで、同じような小競り合いが繰り広げられている。

 滞空していたトカゲたちは、その半数以上が撃ち落とされていた。

 よく見ると、地表のトカゲたちは全て、翼の付け根、つまり前足を支える肩の部分が損傷していた。僅かに体表の鱗が途切れている部分である。

 稼働部だから堅いものが邪魔になるのだろう、そこが弱点だというのは理に適ってはいる。だから、対空砲火がその部分をピンポイントで狙っていた。

 この短時間に、この判断。指揮している者の有能さを感じる。

 地上には、いつの間にか人型機動兵器で溢れかえっており、大トカゲ一匹に対して複数での対処が可能になっていた。雲霞のごとき大集団でトカゲの動きを抑制しつつ、その中の数体が目や口、傷ついた翼の付け根を集中的に、ナイフ等の携帯武器や銃火器のゼロ距離射撃で攻撃している。

 戦いが始まって三十分ほど。

 趨勢は決まりつつあった。

 撃ち落とされずにいた十数匹がこの空域から逃れていくのが見えた。

 統制が取れた一時的な退却というのとは程遠く、各個体が這々の体で逃げ去っていく。百個体近くが編隊を組んでいた当初とは比ぶべくも無い有様だった。

 翻って地上に眼を向けると、逃げ遅れた数個体と人型機動兵器の戦いが続いているが、もはや優劣はハッキリとしていて大半の巨大トカゲは瀕死である。ただし、彼等の生命力は存外に強く、全滅させるには今暫くの時間を要するだろう。

 トレーラー大の化け物と戦車並みの戦闘力を誇る人型兵器の集団戦。

 終盤になりつつとはいえ、その真っ直中にいるというのは、どう考えても危険だ。

 流れ弾一つでも取り返しが付かない破壊力である。

 一応車体の影に隠れてはいるが場所が悪すぎる。混乱に乗じて離れた方がいいだろう。

 今、盾にしているこの愛車は、タクトにとって形見であり、かけがえのない相棒である。側を離れるのは嫌だったが、既にその車体はスクラップ同然、辛うじて原型を留めているにすぎない。

 名残惜しいが、判断を誤ってはいけない。今、重要なのは、自分の命である。

 地表を見渡すと道路の側にそびえている壁に、あの人擬き機械を吐き出していた出入り口が無数に開いていた。よく見ると黒い壁自体も複雑な補機や配管類が無数に施設された巨大な機械の固まりだった。

 一番近い壁までの距離は二、三百メートル。

 散らばっているトカゲの死体や人擬き機械の残骸が上手い具合に壁まで連なっていた。それを掩体にしながら走り抜けられる。

 そう思って飛び出した瞬間。

 一番近くに横たわっていた、死体だと思っていた大トカゲが、徐に起きあがった。

 瀕死の状態ながら最期の足掻きをしているのか、それとも外敵に襲われた野生動物のように擬死を装っていたのか。どちらにしても、その視線はタクトを捉えていた。

 そこからは、全ての物事がスローモーションに流れていった。

 トカゲの頭がゆっくりとタクトに伸びてくる。

 開かれた口の大きさは丁度人間を丸飲みに出来る大きさだった。やたらと尖った歯がジグザグのノコギリ刃の様に二列に並んでいる。

 それを避けるように後ろに飛び退さりながら蹴りを上顎に入れる。

 だが、その程度の抵抗は焼け石に水だった。

 タクトの下半身は、トカゲの顎に挟まれていく。

 そのまま、トカゲは頭を振り上げた。

 勢いよく持ち上げられる身体。

 一度、静止して、再び落ちていく感覚。

 だが、落ちていくのは、上半身だけだった。

 トカゲの口から垂れ下がっている一本の紐が見える。腸だ。

 それが、舞い散る血飛沫の中、ゆっくりと遠ざかっていく。

 余りにも非日常な光景。

 タクトの精神は、見えている現実を受け入れる努力を放棄した。

 トカゲが己の下半身だった肉塊を咀嚼している様をボンヤリと見上げながら、タクトは恐ろしく場違いな感想を呟いた。

「そういえば、こんな感じの生き物、昔・・・観たな」

 タクトは、アニメや漫画の類をそれ程観る子供ではなかったが、それでも偶々観た数少ない作品の一つでに出てきた怪物。ファンタジーによく出てくるアレ。

「ドラゴン・・・」

 出てきたのは、あの魔法使いが主人公のヤツ。タイトルは何っていったっけ・・・。

 そんな場違いな思考を最期に、タクトの意識は深い闇の奥へと消え去っていった。

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