↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が売れたのは、殺されたからでした──回帰したアイドルは二度と愛を求めない  作者: 白波 灯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/43

第7話『小さな蝶の羽ばたき』【2】

 美夏は涙を拭い、洗面台で顔を洗う。

 鏡に映る自分を見て、なんてひどい顔なんだろう、また泣きたくなる。


「……明日には戻さないと」


 アイドルが腫れた目で仕事に行くわけにはいかない。美夏は冷たいタオルを目元に当てた。そのとき、スマートフォンが再び震えた。……またか。ため息をつきながらタオルをずらし、画面を見る。次の瞬間、美夏の全身が凍りついた。画面に表示された名前は『天導隆一』──一瞬で記憶が蘇る。廃遊園地、夕焼け、笑顔、そしてあの声。


 ──『君にはスターになってもらう。後世に語り継がれる伝説のアイドルにね』


 心臓が早鐘を打つ。天導からの着信は、記憶にはない展開だ。いったい何が起きたのだろう。歴史はどこに向かっているのだろう。震える指を押さえ込みながら、美夏は通話ボタンを押した。


「……はい」

『お疲れ様、美夏さん』


 耳に届いた天導の声は、驚くほど穏やかだった。低く落ち着いた声音に、部下を気遣う理想的な上司の口調。廃遊園地での出来事はただの悪い夢だったのだと錯覚しそうになる。そんな気の迷いに根拠を与えようとするかのように、スマートフォンから天導の優しげな声が聞こえてくる。


『生放送、見ていたよ』

「ありがとうございます……」

『緊張しただろう? 初めての全国生放送だったからね。本当によく頑張ったね』


 言葉も口調も、あまりにも優しかった。裏の顔を知らなければ、誰もが「面倒見の良い社長」だと思うだろう。実際、美夏もかつてはそう思っていた。父親のように自分を支えてくれる人だと信じていた。だからこそ、あの笑顔の裏に潜む本性を知ったとき、絶望した。

 電話の向こうで天導の声が少し弾む。


『実はね、いい知らせがあるんだ。美夏さんに映画の出演オファーが来た』

「……映画、ですか?」

『知ってるかな。寿志清純(ずしきよすみ)監督の『君が消えた世界はまだ続いている』という作品だ。原作のWeb小説も、ものすごく売れているらしい』


 美夏の胸が大きく脈打つ。

 もちろん知っている。先日読んだばかりの、No.404の小説。駅前の街頭ビジョンで映画化が発表された、あの作品。回帰前の世界では、作者は寿志に訴訟されて命を落とした。しかしその未来は、おそらく訪れないだろう──

 天導は嬉しげに話を続ける。


『美夏さんには、ヒロイン役として出演してほしいそうだ』

「……私がヒロイン役、ですか?」

『そうだ。しかも驚いたことに、原作者のNo.404先生が直々に君を指名されたらしい』


 美夏は息を呑む。運命が大きく動いているのを感じる。


『もちろん正式な契約はこれからだけれど、かなり前向きな話だよ。詳しい話は事務所でしよう。明日の午後、時間を空けておいてくれるかな』

「……分かりました」

『今日はゆっくり休むといい。また明日』


 通話はそこで切れた。部屋が静まり返る。

 美夏はスマートフォンを握ったまま立ち尽くしていた。

 映画の主演。しかも、原作者No.404本人の指名。それは新しい未来の到来を意味している。自分の内面の変化と、それに伴うほんの僅かな行動の変化が、どこかの誰かの選択を変え、歴史の流れを変えたのだ。そして何より──


 ──社長が……あの男が、こんな話を断るはずがない。


 美夏はゆっくりとスマートフォンを置く。

 胸の鼓動だけが、誰もいない静かな部屋にいつまでも響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。