第6話『再会(後編)』【2】
「White Noiseさん、本番スタンバイです!」
美夏はメンバーと共に舞台袖に立つ。客席のざわめきが、暗闇の向こうから波のように押し寄せてくる。イントロが鳴る。照明が落ちた。次の瞬間、無数のスポットライトがステージを白く照らし出す。舞白がセンターに躍り出る。歓声が上がる。それはWhite Noiseだけを目当てにした声ではない。番組全体を盛り上げるための拍手と歓声だ。それでも舞白は完璧な笑顔で応えた。
美夏も所定の位置へ滑り込み、音に身を委ねる。回帰前なら、もっと前に出ようとした。少しでもカメラへ映ろうと、少しでも自分を覚えてもらおうと、必死だった。だが今は違う。視線を奪うことよりも、歌を崩さないことを選ぶ。フォーメーションを乱さず、舞白を支え、グループ全体が一つに見えるよう踊る。その一歩引いた立ち位置が、不思議と美夏の存在を際立たせていた。舞白の光が強いからこそ、その周囲で静かに歌う美夏の憂いを帯びた横顔が、カメラに映るたびに独特の余韻を残した。
収録が終わり、出演者たちはそれぞれの楽屋に戻っていく。
廊下の向こうでは、Polarisのメンバーがスタッフに囲まれていた。律も一人ひとりに穏やかな笑顔を向け、誰かに呼び止められるたび足を止めている。その姿は、誰もが知る月城律だった。礼儀正しく、誰にでも優しく、決して嫌な顔をしない人気アイドル。しかしその理想的な『王子様』の仮面の下には、父を奪われた少年がいる──
美夏は静かに律から視線を逸らした。
回帰前は違った。番組で顔を合わせるたび少しずつ話すようになり、仕事帰りに偶然を装って会い、悩みを打ち明け合うようになった。その結果が、あの結末だ。そして今日、回帰前の記憶では、律はこのあと美夏に声をかけてくる。
美夏は荷物を抱え直し、誰にも気づかれないように足早に廊下を歩き出した。
律との関係を、回帰前と同じにするわけにはいかなかった。天導隆一に見せられたあの写真のせいではない。律はUSBメモリを自分に託し、そして回帰後も変わらない姿を見せてくれた。それだけで充分だ。今はただ、彼を守りたいと思っている。そして彼を守るためには、近づきすぎない方がいい。そう考えての判断だ。
とはいえ美夏は闇雲に未来の記憶から逃げているわけではない。
美夏には、策があった。
◇
都内の一室で、一冊の書籍が静かに閉じられた。
ページの余白には、びっしりと付箋が貼られている。
向かい合って座る二人の男は、互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。
「やはりヒロインはこの子しかいない」
「だが、あの老害が認めるだろうか」
「仕事をしない奴に口出しはさせない。配役を自分で決めたいから、わざわざ俺が作者だと会社に明かしたんだ」
「黙ってた方が儲かっただろうに。独立したいんじゃなかったのか?」
問われた男は答えずに、穏やかな笑みを浮かべながら自著をそっと机に置いた。




