第2話 日差しと影の間で
高校2年生の夏、教室の一角に差し込んだ影。
花守心優からの「好きです!!付き合ってください!!」という楠一葉への告白。
それも教室の中で他の人にも聞こえるような堂々とした告白。
騒がしかった教室が途端に静かになり、クラスメイトから興味の視線が集まる。
クラスの人気者から人気者への堂々とした告白ともなればクラスメイトからの興味の視線がすごい。さらに、女子から女子という状況に興味が湧かないわけがない。
クラスメイトが2人の様子を見ながらヒソヒソと何か呟いている。
「あの2人のカップリングかー」
「百合な関係はとても推せますぞ」
「あれは修羅場だな」
そんな現場を間近で見ることになっている僕は、思考を巡らせていた。
楠一葉と花守さんに告白イベントを起こすような関わりは、何かあっただろうか。
『うん、ないな』
楠一葉といることが多い僕にとって、彼女と花守さんが関わっている場面を見ることはほとんどなく、強いて言えば日常の中で挨拶を交わしている場面くらいである。
じゃあ、彼女と関わりのない花守さんがなぜ告白したのか。
『なにもわからないな』
僕では『なにもわからない』ということがわかったところで思考を中断し、現実へと引き戻す。
現実はというと、花守さんが真剣な眼差しで楠一葉を見つめて、楠一葉がわたわたと花守さんと僕を交互に見ながら混乱していた。
そんな様子を特等席から見ている僕は『なんなんだこの状況は‼︎』と叫びたくなり、またしても思考を巡らそうとしたところで
キーンコーンカーンコーン
学校のチャイムが鳴り、「お前ら席に着けよー」と今日もボサボサの髪と白衣が特徴的な担任教師の笠井澪先生が教室に入ってきた。
澪先生は、ボサボサな長い髪と白衣が特徴的な、ズボラで大雑把な性格をした理科の先生である。僕たち2年3組の担任教師であり、理科の授業はわかりやすいと評判が高く、生徒人気も高い先生だ。ちなみに、白衣を着てるが得意分野は生物である。
澪先生がチャイムが鳴っても動かない2人を見て「なんだお前ら、色恋沙汰なら後にしろよー」と心底めんどくさそうに伝えてきた。
そんな先生の言葉を聞いて花守さんは、「お返事は、また放課後に聞かせてください!!」と勢いよく伝えたら、足早に自分の席に戻っていってしまった。
楠一葉はそんな彼女の姿を見てから僕の方に視線を向けて、「またね」と言い自分の席に戻っていく。
僕には、花守さんのことはよくわからないが、彼女になら何かわかるのだろうか。そして、彼女は花守さんの告白からなにを感じたのだろうか。
そんなことを考えながら、僕は、澪先生が朝のHRを始めようとする姿をぼんやりと眺めていた。
※※※
花守心優から楠一葉への告白劇があった放課後、僕はいつもなら楠一葉と一緒に帰っているはずなのだが、今日は1人で帰路についていた。それは、彼女から「返事をしてくる!」と花守さんとどこかにいってしまったからだ。
待っていようとも考えたが、あの2人が付き合うことになった場合に居た堪れなくなるため1人で帰ることにした。
今頃は告白劇も終わっているくらいだろうか。
自転車を走らせながら遠くの山を見つめてまたしても思考を巡らせた。
楠一葉がなんと返事をするのかとても気になる。
彼女の回答によってはこれまで通りに楽しく会話することができなくなってしまうかもしれない。
それは、とても嫌だ。
なぜなら、僕は楠一葉が大好きだからだ。
可愛くて、優しくて、ギャルで、幼馴染で幼少期から関わってきて彼女のことを大好きにならないほうがおかしい。
そんな大好きな彼女との楽しい時間を奪われるのはとても嫌なのだ。
ただ、僕は彼女の邪魔をしたいわけではない。彼女の幸せを1番に願っているし、彼女の気持ちを尊重したいとも考えているわけで、現状にとてもモヤモヤする。
僕が『好きだ』と伝えて、付き合うか振られるかすればいいのではと考えることもあるが、中学生の頃に決めた決意ようなものの影響で今すぐに彼女にこの気持ちを打ち明けることはできない。
これは、僕の誰にも明かせない2つの秘密のうちの1つなのだが---
考え事をしていたらいつのまにか自宅についていた。
玄関の鍵を開けて「ただいまー」と声を掛けるも返事はない。
どうやら誰もいないらしい。
僕は手洗いを済ませて2階にある自分の部屋へと向かい自室の扉を開く。
するとそこには、僕のベットに寝転んで笑いながら漫画を読んでいる姉の姿があった。
「おお、おかえりー」
姉は漫画に目を落としたまま声だけかけてくる。
服がはだけており、どうにも目のやり場に困るし、どうして我が姉は自分の部屋であるかのようにくつろいでいるのだろうか。
「しず姉、ここ僕の部屋なんですけど」
「ああ、知ってるー」
「じゃあなんで、僕の部屋にいるのかな?」
しず姉はようやく顔を上げてグットポーズを向けてきた。
「そりゃ、漫画が面白いからに決まってるだろ‼︎」
僕がグットポーズに苦笑いして、どう対処しようか考えている中、しず姉がなんでもないことかのように聞いてくる。
「あんた、いつになったら一葉ちゃんに告白するんだ?」
「へ」
しず姉からの急な問いかけに体のどこから出たかもわからない間抜けな声を出してしまう。
どうやら、誰にも明かせない秘密はしず姉にはバレてしまっているらしい。
姉からの言葉を聞いて、僕は動揺して言葉を失った。
しず姉こと半和雫は、目鼻立ちがくっきりしており、赤髪ロングでナイスバディな立派かどうかわからないが僕の姉である。現在は大学2年生なので僕とは3歳差になるのだが、家族の僕から見ても普段何をしているのかよくわからないような生活をしている姉である。
しず姉が高校生の頃までは、ほとんど話すことがなかったのだが、大学生になってから妙に僕に話しかけてくるようになり、しまいには、僕の部屋に居座り漫画やラノベを読み漁る始末。ちなに、高校までは黒髪だったが、大学に入ってからすぐ赤に染めてしまった。僕としては、黒の方が好きだったのだが。
なぜ、しず姉が僕の恋愛事情を聞いてくるかもわからないし、僕の秘密を知っているのかもわからない。いや、しず姉には秘密がバレてしまっているような気がする。
しず姉は、堂々と「いつになったら告白するんだ?」と聞いてきたが、家族との恋愛話とか気まずくなか‼︎
ここまで考えたところで、言葉を失っていた僕を眺めながら、しず姉はやれやれといった様子で言葉を続ける。
「かーー。まだ告ってなかったのかー」
そんな姉の言葉を聞き僕はやっと声を出す。
「しず姉には関係ないことだろ」
「そんなことないだろ‼︎私達は、ファミリーなんだから‼︎」
「そんなファミリーなんて言葉に騙されないぞ‼︎なんで、僕と楠一葉さんとの関係について聞いてくるんだよ」
姉がギョッとした顔で言葉をかける
「お前まだ、一葉ちゃんのことフルネーム呼びなのか?」
「ち、違うよ‼︎」
「小学生の頃からずっとフルネーム呼びだったもんな」
シズ姉は、昔を思い出すようにしみじみと言葉を続けた。
「最近少しは成長したと感じていたんだが、残念だよ弟よ」
しず姉はとても残念そうに哀れむような視線を向けてくる。
僕は、そんな姉の姿を見て言い返してやろうと考えたが押し黙ってしまう。そう僕は、中学生の頃、とある出来事が起きるまでは、楠一葉を呼ぶ際にフルネームで呼んでいたのだ。
なぜ、フルネームで呼んでいたのかというと「幼少期の頃からフルネームで読んでたから」としか答えることができない。
しず姉はまたしてもしみじみと言葉を伝える。
「弟よ。おまえには漫画やラノベの主人公のような思い切りが足りないよなー」
しず姉がしみじみしている中、僕は暗い表情になる。
「僕は、主人公にもヒーローにもなれないよ」
僕の暗い返しにしず姉は「そっか」とだけ言葉を返す。
自分は主人公にもヒーローにもなれない。そんなことを考えてしまうのは、僕の2つ目の大きな秘密に関係する。
部屋に並んだ漫画やラノベ、キャラグッズの数々。
僕は、学校では明るく振る舞っているが、実際は生粋のオタクであり、陰キャだったのだ。 あまり、人とは話さずに生活していきたいし、家に引きこもって生活していたい。楠一葉以外の女子はみんな怖いし、あまり関わりたくない。
そんなことを考えてしまう僕には、主人公は似合わないし、ヒーローにもなれやしないと思う。
ただ、中学生の頃に経験した出来事から学校では明るい男でいようと努力を始めてしまっているものだから、教室で自分のことを「俺は〜」なんて言った日には、もうとても恥ずかしいし、「一葉」と名前呼びする際には、今でもとてもドキドキする。
僕は、中学生の頃に経験した出来事を機に楠一葉が大好きであるということと実は陰キャであるということの2つの秘密がバレないように生活することを決意したのだ。
しず姉には、僕が陰キャだということはバレてしまっているので、せめて楠一葉が大好きであることはバレたくないのだが、そんな僕の秘密を知ってか、知らずか姉は意味がわからない言葉を投げかけていた。
「オタイン卒業の道はまだ遠いかー」
「オタインってなんだよ‼︎」
「え、オタク、陰キャ、童貞のこと」
「オタインに関係ないの増えてないか‼︎」
「じゃあ、陰キャ、童貞」
「それだと、インドウだろ‼︎」
「そうか」と笑うしず姉に僕は、毅然とした態度で伝える。
「僕は陰キャを卒業しようと決意したけど、オタクは卒業する気ないから」
「そんなこと言ってたら、一葉ちゃんに嫌われるよ」
「ぐ」
やはりこの姉、僕が楠一葉が大好きだということも知ってるっぽいな。
しず姉は、ここで一区切りとでもいった様子で手を叩き、ベットに置いてあった本を手に取る。
「それにしても、この"危ない関係性"ってラノベ面白いな」
「ああ、それは、勘違いラブコメとして実によく出来た本で〜」
「ああ、まだ全部読んでないからネタバレやめい」
「いた」
しず姉が僕の額目掛けてチョップしてきた。
頭を抑えながらしず姉の方を向くとそれまでのおちゃらけていた姿から一転して、とても真剣な表情で僕の目を見ていた。
「ただ弟よ。」
しず姉の真剣な表情を見て、僕は息を飲む。
「本人に気持ちを伝えなきゃ、勘違いしたまま他のやつに取られちゃうぜ」
しず姉はいつものおちゃらけた表情に戻り、ライトノベルを片手に僕の部屋を出て行こうとする。
「まあ、頑張りたまえ」
自分の部屋に残された僕は、思い人である楠一葉のことを考えるのであった。
***
場面は少し遡り告白劇があった日の放課後。
学校の屋上にて、2人の美少女が対峙していた。
一方がショートボブなカッコかわいいギャル、もう一方が銀がかったロングな髪の立ち姿からも育ちの良さが見える委員長。
ギャルが開口一番に少し怒った表情で声を出す。
「話がまったく違うじゃん!」
「あら、そうでしたか?」
花守心優は、楠一葉の言葉などどこ吹く風といった様子で遠くの空を眺めていた。




