第7話 彼の名はグラム
焼けるような喉の渇きと、頭を内側から叩かれるような鈍痛とともに、グラム・レイズルは意識を浮上させた。
視界に映ったのは、見慣れた軍用天幕の煤けた天井だ。
「……ハッ、クソが……」
毒づきながら上体を起こすと、書き物をしていた痩身の軍医が凍り付いたように動きを止めた。
「ッ!? もう起き――」「ガアッ!」「あぐっ……」
一息に軍医へ飛び掛かり、顎への一撃で手早くその意識を刈り取ったグラムは、彼を椅子に座らせるというよりも椅子と机に立て掛けて周りを見回した。
目当てだった愛用の魔杖を天幕の隅に見つけ、立てかけてあったそれと、ついでに小さな瓶を一つ掴んで、のそりと出入口を潜った。
「先生、ありがとうございます。だいぶ楽になりました」
今出てきた天幕に振り向き、別人のように愛想よく声を張ると陣内のひときわ大きな天幕へ足を向けた。
道中、兵たちが白銀の巨人について囁き合っている。
「……くだらねえ」
瓶の中身を煽り、彼本来の険のある表情に戻って歩みを進める。
神の使い。
天上の巨人。
白銀の守護者。
耳に入るたび、胃の奥が焼けるようだった。
あれは獲物だ。それも生涯で二度と出会えぬような大物だ。
グラムは戦場で、唯一あの巨体に挑みかかった。
己の火投の術では、あの鋼の肌は焼けもせず、傷一つ付けられなかった。
しかし、だから何だというのか。
どれほど強大な獣でも、どれほど屈強な勇将でも、殺せぬ生き物など存在しない。
食らい、息を吸い、血を流す。ならば殺せる。
巨獣狩りとは、そういうものだ。
脳裏に、戦場で見上げた白銀の巨影が蘇る。
城門めいた“脚”
大地を砕く“拳”
炎も寄せ付けぬ“肌”
――そして、自分を見下ろした“眼”
グラムの足が一瞬だけ止まった。
(……チッ)
知らず、首筋を汗が伝っていた。
苛立ちを振り払うように舌打ちし、大きく瓶を傾ける。
グラムは空になったそれを脇に投げ転がしながら、大天幕へ向けて再び歩き出した。
やがて、目指す大天幕の入り口が見えてくる。
入り口では槍を杖代わりに体重を預ける眠そうな男と、神経質なほど周囲に目を配る小柄な男が私語を漏らしていた。
「……お偉いさんは話が長いなー」
「お前は話声がでけえよ。緊張感を持て」
グラムはその見張り二人をまるでいないかのように無視し、入り口を目指す。
「何だお前、おい止まれ」
「なんだー?」
誰何の声を上げる相方に反応して、眠そうにしていた見張りも寄りかかっていた槍を上げて侵入者の行く手を塞ぐように石突を交差させる。
グラムは舌打ちでも漏らしたい内心を隠し、額に手を当て姿勢を正す。
「指揮官殿に急ぎ伝令であります!」
「酒臭ぇ伝令だなー」
「……!通すわけねえだろ!誰だお前!」
グラムの額に青筋が浮く。
このまま押し通るか――そう考えた瞬間、天幕の向こうから低いざわめきが漏れ聞こえた。
――白銀の巨人……――
――……追うべき――
――……灯黙りの森……――
会議は自身の想定していた方向に進んでいることを察し、伝令を装った姿から打って変わってドスの効いた声音で告げる。
「一度だけ言う。通しな」
「それで通したらおれたちの首が飛ぶんでな」
「おにいさん、諦めなー」
押し問答の間も幕の入り口からは微かに中の声が漏れ聞こえる。
――……神の使い……――
――あの鋼の肌…………――
――…………まさに無敵――
その言葉がグラムの耳朶を打った瞬間、彼の脳裏に激しい嫌悪と自身の譲れぬ執念の火花が瞬く。
(無敵、だと……?)
この世にそんなものなどあってたまるか。
「……笑わせる」
グラムが見張りの胸倉を掴み、力任せに押し除ける。
「おい、何を――!」
制止の声ごと天幕の厚い布を跳ね上げ、野獣の如き眼光をぎらつかせながら、作戦会議の真っ最中である幕内へと躍り出、吠えた。
「無敵などありはしない!」
押し除けた見張りが後ろからしがみ付いてくるが、構わずに士官たちが囲む机の前まで進み出る。
「とまれ、この!申し訳ありません!お話の邪魔を」
「とまれってー」
近衛に庇われる法衣の男を見据え、物おじもせずにグラムが再び口を開いた。
「追跡隊を出すんだろう?」
今まさにそれを話し合っていた士官たちが、苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「大物喰らいのグラム・レイズルか……」と忌々しげに呟く一人の声を無視し、グラムは上座に立つ法衣の男、征異大司教だけを睨んだ。
「よくもこの場に出てこれたものだな」
「術で昏睡させたはず……」
「通りの悪い体質でしてね」
あの巨人に射掛けたグラムを慌てて眠らせたのはいいものの、翼竜でも一昼夜は目覚めない《奪気の術》を受けたはずの彼が、数刻もせずに元気に動き回っているのは十分に特異体質と言えた。
「そうではない!戦場での独断。無意味な攻撃のことだ!」
大司教はその特異体質ではなく、それが発揮される原因となった凶行を責め立てる。
「傷一つどころか刺激しただけだ。あの怪物がその気なら、あの場の人間は両軍まとめて潰されていたのだぞ」
「閣下、無意味ではありません。効かないことが分かった。それだけでも価値はございます」
傷一つ付けられなかったという言はグラムの神経を逆なでるが、虚勢ではなく本心でそう答え、ため息をつく大司教に対し、形式張って請願した。
「あのデカブツ、必ずやこのグラムが討ち取ってご覧にいれます。何卒、追撃のご裁可を!」
「……偵察隊は編成する。追跡でも追撃でもなく偵察だ。当然、貴様は外す。出ていきなさい」
その冷淡な言葉にグラムは肩をすくめ、いまだにしがみ付く見張りの二人を乱暴に振り払って天幕を出た。
(偵察だと? 腑抜けめ……)
上の許可など最初から期待していない。あんな規格外の大物、遠巻きに眺めているだけなどもったいない。
グラムはその足で陣地を抜け出し、単身、深い緑の深淵――《灯黙りの森》へと潜行した。
――《灯黙りの森》は、確かに人を惑乱させる魔力の泥濘だった。森に入ったころにはくっきりと残されていた巨大な足跡は、目を凝らしてやっと確認できるほど薄く浅くなっていた。
しかし、グラムは並の兵卒ではない。
ここに限らず魔力の濃い森という場所は人の感覚を狂わせ、その足取りを迷わせるものだが、恐れを知らぬ狩人としての長い森暮らしで、魔力に対して強い耐性を示すようになったグラムの足取りを鈍らせることはできなかった。
「草が強すぎる……だが……」
元狩人の男はその嗅覚で着実に巨人の足跡をたどっていく。
そしてついに遠く、青く霞む景色の向こうに白銀の煌めきをとらえた。
「……見つけたぞ、デカブツ」
目標を見定めたグラムは野山で追う獣から学んだ身のこなしで速度を上げた。
そして木々に遮られるその巨大な全身を視界に収めようかという距離まで接近したところで、巨人がおもむろに追跡者の方を振り向いた。
(ッ!? 気づかれた?!)
グラムはこれまでハルドゥマの巨角毛牛と正面切って相対したときでさえ「恐れ」というものを感じたことはなかった。どれほど強大な獲物であろうと、血を流し続ければ必ず倒れる。偉大な英雄だろうと毒を盛られ寝込みを襲われればあっけなく命を落とす。
絶対無敵の存在などありえない。彼の戦歴はそんな半ば信仰めいた信念を育てていた。
その彼が今、恐れを抱き、信念を揺るがされていた。
がっしりとした体格の彼をすっぽり隠すことができるほどの大木の影にいるというのに背を伝う脂汗に、むしろ腹立たしさを覚えるほどだった。
(勘がいいのか、それとも後ろに目でも付いてやがるのか……)
心の乱れを追い出し、努めて冷静に獲物を探った。
観察を続けるグラムの眼前で、前に向き直った巨人が周囲の空気を吸い込み強く吐き出した。嵐のような風圧だが、自分は全神経を巨人に向けていたというのに、そっぽを向いて溜め息を吐かれたようで、グラムは更に苛立ちを募らせた。
(つれねえじゃねえか……。ん、何だ……?)
眼前の空間が猛烈な暴風に煽られ波打っていた。
続いて巨人が腕を掲げ、扉に鍵を指すかのように拳を前方に差し出す。
その巨腕が半ばから切り離され、青白い光の尾を引いて前方へ飛翔する。
――ぱぁんッ!!
空気が爆ぜる、衝撃のような破裂音が森を駆け抜け、グラムは反射的に腕をかざすも、目線だけは巨人から離さなかった。
その目に飛び込んできたのは、巨人によって開け放たれた森の本当の姿だった。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
今週も左門寺三号でございます
また1話に収まりませんでした…第6話の別視点でより早いタイミングからのスタートなので当然と言えば当然なんですが…むしろ何故収まると思ったのか
ところで各話サブタイトルについてのお話です
毎話目次から見てくださってる方はお気づきかと思いますが、当初全話「無敵のスーパーロボット」で始めようと思っておりまして、そうしてたんですが
どうも収まりが悪い気がして思い切って修正していたりします
分かりにくくなってしまったらすみません…
ちなみに全話なにがしかのロボットアニメの各話サブタイトルからもじってつけています!
気づいた方はコメントして頂けたら答え合わせできます!景品はありません!
それでは次回もまたみてくださいね!
異世界人の修羅場が見れるぞ!




