第6話 魔の森での偵察!!
赤土の戦場から数里離れた平原の端。慌ただしく設営された野営地の一角。
二つ日が地平線に迫る中、ひときわ大きな天幕からは重苦しい空気が漏れ出していた。
「――あの白銀の巨人は森へ入ったのだな」
豪奢な法衣を身にまとった男が卓上に広げられた地図に目を落とし聞いた。
卓の周りでは数人の士官が顔を突き合わせている。
地図には、先の戦場から《灯黙りの森》へ向かって一本の棒が置かれている。
問う声に傍らの眼鏡の男が頷く。
「はっ。以後、姿は確認されておりません」
問うた男の深い溜め息を皮切りに天幕はざわつきに満たされる。
――……追うべきか―― ――灯黙りの森……無謀では……――
――兵の中にはあれを神の使いと畏れる者も―― ――不信心者どもめ……――
――下手に刺激してあの力がこちらに向けられてはかなわんぞ――
――しかしハルドゥマの節操無しがまたぞろ手懐けでもしたら――
――あの鋼の肌だ、連中の巨獣に類するものではなかろう――
――空を駆け、火も効かず、大地を砕く、手中にできればまさに無敵……――
とめどなく続くとりとめのない喧騒に、天幕の端で後ろ手を組む若い部隊長の眉間には深いしわが刻まれている。
対応など最初から決まっている。
(結局、偵察を出すしかない……)
接触して敵対されても困る、放置して敵国に渡っても困る、討伐など論外、となれば遠巻きに見る程度しかできることが無い。
渋面の部隊長が口を開こうとしたところで、天幕の外からも言い争う声が聞こえてきたかと思えば――
「無敵などありはしない!」
怒声とともにすぐ脇にある天幕の入り口が跳ね上がり、野獣のような眼をした男が躍り込んできた。法衣の男の近衛が柄に手をかけ身構える。
侵入者には見張りが二人しがみ付いていたが、それを意に介さず獣じみた勢いで前進した。そのギラギラとした眼光に天幕の中の幾人かが息を呑んだ。
「とまれ、この!申し訳ありません!お話の邪魔を」
「とまれってー」
制止する大の男二人を引き摺りながら不遜な態度で男が言った。
「追跡隊を出すんだろう?」
「大物喰らいのグラム・レイズルか……」
卓を囲んでいた士官の一人が、忌々しげにその名を口にした。
ハルドゥマの巨獣を幾度も仕留め、敵将すら討ち取ってきた男。
狩人上がりの粗暴な狂犬ではあるが、その戦果ゆえに完全には切り捨てられない厄介者であった。
「よくもこの場に出てこれたものだな」
天幕の一番上座に立つ法衣の男の苛立たし気なつぶやきに、再び傍らの眼鏡の男が頷く。
「術で昏睡させたはず……」
「通りの悪い体質でしてね」
「そうではない!戦場での独断。無意味な攻撃のことだ!」
この場の主の弾劾に侵入者、グラム・レイズルは鼻を鳴らしただけで堪える様子はない。
「傷一つどころか刺激しただけだ。あの怪物がその気なら、あの場の人間は両軍まとめて潰されていたのだぞ」
「閣下、無意味ではありません。効かないことが分かった。それだけでも価値はございます」
わざとらしい慇懃な物言いも詭弁にしか聞こえず、法衣の男は額に指をついて再び大きく溜め息をついた。
「あのデカブツ、必ずやこのグラムが討ち取ってご覧にいれます。何卒、追撃のご裁可を!」
「……偵察隊は編成する。追跡でも追撃でもなく偵察だ。当然、貴様は外す。出ていきなさい」
その返答にグラムは肩をすくめ、踵を返すついでとばかりに見張りの二人を振り払った。
入り口から否に素直に出ていく背中を見送り、それまでずっと渋面で成り行きを見守っていた男は、振り払われた二人に見張りへ戻るよう声をかけ、小声で続ける。
「このあと、すぐに出るぞ。心構えをしておけ」
二人組は部隊長の言葉を受けて姿勢を正して幕外の見張りに戻っていった。
幕内では改めて偵察隊編成の命が下され、任じられた部隊長に続き会議に参加していた面々がぞろぞろと天幕から吐き出される。最後に出てきた近衛に見張りを引き継ぎ、見張りの二人組は先を歩く部隊長の背中を追った。
「あの狂犬がすんなり従うはずがない。巨人との戦闘は厳禁だが装備は怠るな」
「はっ」「りょーかいです」
半刻ほどのち、部隊長率いる数名の偵察隊は、《灯黙りの森》の外縁に足を踏み入れていた。
入れば生きては出られぬと噂される人跡未踏の森だが、隊列を組んで歩く彼らの目には、白銀の巨人が残したと思われる巨大な踏み跡が道標のように残されていた。
「……気味の悪い森だ」
偵察隊の一人が神経質そうに腕を摩る。
「綺麗だなー」
呑気に森の景色を見上げる部下同様に木々を見上げて観察する部隊長のまなざしは、部下とは正反対に引き締められている。
「隊長、これを……」
部下が指さす方へ視線を向けると巨大な足跡の中にもう一段、小さな足跡が踏みにじるように刻まれている。
「狂犬め……すでに……」
巨人との不測の戦闘を避けるための偵察任務だが、グラムに巨人との接触を許せば事態は最悪の方向へ転がる。
「急ぐぞ。あの男が取り返しのつかない真似をする前にな」
当人たちの意気込みとは裏腹に《灯黙りの森》を進む偵察隊の足取りは、次第に重く、そしてあやふやになっていた。
先を歩いていた部隊長が足を止め、見覚えのある木の瘤を撫でて忌々しげに舌打ちをする。
「……またここか」
「隊長、この綺麗な花ぁ、さっきも見ましたよー」
間延びした部下の言葉に、いつも彼とつるんでいる小柄な男は青ざめた顔で周囲を見回す。
「足跡が消えてから、もう半刻は同じ場所を歩いているぞ……。先の方向どころか、どっちから来たかも判らねえ……」
踏み荒らされた形跡はとうに途絶えていた。人の侵入を拒む森の防衛本能か、視界を横切る青白い魔力の塊が蜃気楼のように揺らめき、彼らの歩みを幻惑の迷い路へと陥れていた。
このままでは巨人の追跡どころか、生きて森を出ることすら危うい。
(《灯黙りの森》……これほどのものか……)
部隊長の脳裏に撤退の二文字が過った、その時だった。
――パァンッ!!
突如、森の奥深くから、空気が弾けるような破裂音と強烈な風が吹き抜けた。
木々を揺らす嵐のような風ではない。強大な生物の口から溜めに溜めて吐き出された息のような、生ぬるく感じるほどの魔力を帯びた爆発的な突風だった。直後、彼らを迷わせていた青白い魔力の淀みが一気に吹き飛び、森の奥へと続く真っ直ぐな風穴が開いたように視界が澄み渡った。
「幻が晴れたのか……? 行くぞ!奴に追いつかねば……!」
停滞から解放された偵察隊は、開けた視界の先、衝撃の中心地へと駆け出した。
やがて彼らの目に飛び込んできたのは、下手な邸宅の敷地よりも太い巨木が立ち並ぶ、さらに異質な森の領域だった。
そしてその中央に、周囲の魔力を恐ろしい勢いで胸部へと吸い込んでいる白銀の巨人が直立していた。
「巨人……!何をしている……?」
部隊長が息を呑んだ次の瞬間、巨人の死角となる木々の陰から、見覚えのある男の姿が躍り出た。
「グラム!! 貴様ッ!!」
制止する間もなく、グラムが向ける無骨な魔杖から火球が連続で放たれる。
轟音と共に、明らかな殺意を持った炎が一直線に巨人の頭部へ炸裂した。
「クソがぁッ!!」
部隊長は絶叫した。戦場で見たあの絶望的な暴威。あの威力がこの場にいる自分たち、そればかりか守るべき剣を取らぬ民にまで降りかかる様を幻視し、声を張り上げた。
「グラムを抑えろ! 腕を切り落としても構わん!!」
部隊長は剣を抜き放ち、部下たちと共にグラムへ向かって殺到した。グラムも舌打ちを溢し、巨人を横目に捉えつつも凶刃を見据える。同士討ちの血が流れるのは避けられない、そう思われた刹那。
グラムの姿が消えた。
振り下ろした剣が空を切り、二の太刀を振るうべく敵の姿を追う部隊長の目に、人間の跳躍力ではありえない高さに浮かぶグラムのつま先が映る。
「なっ!?」
驚愕の声を漏らすのは剣戟を躱された部隊長ではなく、避けた側であるはずのグラムであった。彼の肩幅よりも太い白銀の巨指が、後ろから脇下を掬い上げるように摘み上げていたのだ。
直後、偵察隊の足元から上空に向けて猛烈な気流が巻き起こる。矢を番えていた二人の隊員も堪らず眼前に腕を翳す。
吹き上がる風は摘み上げられたグラムの外套を激しく霹かせ、その先にある白銀の巨顔に向かっていった。
遠く、グラムの口元が獰猛に歪んだように見えた。
(まさか……奴の狙いは――!)
その握り締めた魔杖の先端から、濛々と濁った霧が噴き出す。
それは炎のような苛烈さも、雷のような鮮烈さなく、ただ静かに生命を脅かす、猛毒の霧だった。
「危ねぇ!!」「避けろー! でっけー人ー!!」
偵察隊の叫びも間に合わない。
上昇気流に乗った毒霧は渦を巻きながら一直線に立ち昇り――
巨人の頭部を、完全に呑み込んだ。
ここまでお読みくださりありがとうございます!
もう少し早くお出しできるかと思ってたんですが、途中でガッツリ方針転換したくなりまして…、書き直し含めたら結局2話分ぐらいの文字数打ち込んでました
第7話もサブキャラ視点が続くんですが、今度はひとクセありそうな"彼"の目線になります!お楽しみに!
最近ブックマークが増えて思いの外ニンマリしたので、ブックマーク・感想・評価など、励みになるのでぜひよろしくお願いします!
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