第3話 無敵のスーパーロボットと灯黙りの森の悲劇
赤土の平原はすぐに緑で覆われ、戦場から鬱蒼と見えた森へ近づくにつれ、人の影響と反比例して草木が主導権を握っていく過程が表れていた。
密度を上げつつまばらに生えている、ジオルフリードの腰ほどの高さの木々を折らないように銀 峩弌は左右に操縦桿を傾けて慎重に進んでいく。
草原、林を越えてたどり着いた、ツンとした樹冠がひとつながりの屋根を形作る森の木々は白銀の巨人の胸ほどの高さとなり、緑の外套と袖がその懐を覆い隠していた。
「座らせれば十分隠れられそうだ」
森は樹海と言ってよいほど茫漠と広がり、距離感は掴みづらいが奥の方は小高くなっているのかこんもりとその屋根を膨らませていた。
ジオルフリードの右手がいつも以上に繊細な力加減で、緑の裾をそっと掻き分け踏み込んでいく。その甲斐あってか、折れる枝葉は少なかった。
ちょうど、人が手入れの行き届いていない藪に分け入っていくような格好で白銀の巨人が森を進んでいく。
「進みにくいな……」
その感覚は木々の密度に起因するものだけではなかった。
銀の慣れ親しんだ操作感覚に反し、巨人からのレスポンスは過敏であった。
それは先ほどの戦場での暴走と言って差し支えない挙動を想起させ、銀の手つきを一層慎重にさせた。
(まるで初めてここに座ったあの日みたいだな……)
無敵の巨体をおっかなびっくり歩かせる自分に妙な懐かしさとおかしみを感じ、銀はこれまで張りつめていた表情を少し緩ませた。
次第に巨人の頭は深さを増す緑の波間に沈みこんでいき、視界が泡に飲まれたように枝葉で覆いつくされる。
視界が開けるまで少し姿勢を下げ、足取りを早めるとすぐに木々が巨人の身長を抜き去っていった。
視界は明るい。
鬱蒼と見えた森にすっぽり潜り込んだとは思えない、明るく開けた視界に銀は一時目を奪われた。
「やっぱり地球じゃあないんだな」
ふたつの太陽から注がれる暖かな光は色濃い青葉を通しても損なわれず森全体に満ちて、露を含んだ下草や苔をキラキラと輝かせている。
見たこともない草木の影はどれも柔らかく、輪郭を持たない。
落ち葉はかわいらしい花をつける下葉の影から控えめに赤い顔を覗かせ、木の幹さえもふわふわと青白い光の粒をこぼして着飾っていた。
高い巨人の目線と、人の背ほどの高さに設けられたカメラの映像、どちらも甲乙つけがたい絶景に手が止まり、巨人の足を止めてしまった銀だったが、すぐに小さく首を振った。
ここは景勝地の展望台ではなく、今は観光旅行中でもない。
強いて計器に目を向ける。
――異常。
「機関停止は見間違いじゃあないんだ」
指で軽くコンソールを叩く。
輝孔炉は確かに止まっている。
だが、関節は動く。
姿勢制御も生きている。
駆動系の警告は出ていない。
今いるところがどんなところか分からず、いつまで動かせるかもわからない。
ここで立ち止まる理由はなかった。
再び森の奥を見据え、歩き始める。
木と木の間はまるで青空が森の中まで降りてきたかのように青く霞み、見通しは利かない。
小高くなっていたところまで登っていけば周囲を見渡せるかと思って進んできたが、それも期待はできそうになかった。
森の大地はいまだ平坦に広がっていた。
「急ごう」
野営することになるだろうが、日がいつまで明るいかも分からない。
今のうちに水場など周囲の地形を把握しておきたかった。
操縦桿をわずかに押し、歩幅を広げる。
ジオルフリードは従順に反応し、大きく足を踏み出す。動きはいつもより素直なほどだった。
思ったよりも流れた機体をペダルの操作で制御する。銀の操作が寸分違わず反映され、勢いを殺さず前に進む。
あまりに遊びの無い操作感に銀は眉をひそめた。
「いつからそんなじゃじゃ馬になったんだ?」
相棒を走らせながら、その肩を叩くように左手を二度、操縦桿に軽く当てたがそれにすら反応が返ってくるのがわかるほどだった。
出足からついてしまった勢いでそれなりの距離を移動してきたが、いまだに高台の気配はない。
代り映えのしない景色に飽き飽きしてくるよりも、美しい足元がどこまでも同じ調子で続いていることに、銀は妙な落ち着かなさを感じていた。
この時、銀は初めてこの森の美しさ以外の異常に気が付いた。
「おかしい……」
ジオルフリードは大きい。送電塔ほどの長躯が枝葉を掻き分け、草花を踏みしめて前進してくれば、いかに銀が繊細な操縦に心砕いたとしてもその痕跡は自然破壊という形をとって残ってしまうことは避けられない。
しかし、違和感から振り向いた銀の目には折れた枝も潰された花もまるで見受けられなかった。
前方に向き直っても変わり映えのしない平坦な森の景色が連続しているように見える。
「試してみるか」
ジオルフリードの各部吸気口が流入量を増大させ、空間に舞う光の粒ごと森の空気をその胸いっぱいに吸い込み始めた。
「ジオル・ブリザード!!」
青白い光を漏らす胸部中央のスリットから猛烈な強風が吹きだす。
本来であれば一部を冷気に変換された輝孔子エネルギーを帯び、縦に細く放出される暴風が曝されたあらゆる物質を硬く脆く変化させ、周囲との温度差と質量を伴う強烈な風力によって破壊をもたらすはずだが、銀はまず強風だけを威力を絞って放出させた。
木枝は嵐のような風に煽られ無残に折り散らされるかに思われたが、そうはならなかった。
強風を意に介さず、それまでと変わらず一定の動きでそよぐ様子は決められた動きを繰り返すだけのゲームの画面のようだった。
銀は風にじわじわと輝孔子を乗せていき様子を観察する。
すると木々の間を青く朧ろに満たす空間が波紋のように揺らいでいく。
「鬼が出るか蛇が出るか……、グラインド・ナックル!!」
送風を続けながら右腕を突き出すと、太く逞しい前腕が半ばから切り離され青白い尾を引いて発射される。
飛び出した拳が波紋に到達すると、それはシャボンの膜に触れたかのように弾け、遮られていた景色が全くの別物に切り替わった。
ジオルフリードが見上げてなお、視界に収まりきらないだろう巨木が立ち並ぶ全く別の森が広がっていた。
放たれた拳はそのうちの一本を目掛け、突き進む。
いつでも止められるよう威力を抑えて発射したそれは、引き戻そうと銀が操作する間もなく、後ろに吐き出す輝きをいや増し、勢いを上げて猛進した。
機械竜の装甲を容易く貫いてきた鉄拳が巨木の芯を捉えて直撃する。
『いったーーーーい!!』
「……は?」
軽く放った拳が膜を突き抜けた途端に勢いを増し、凄絶な威力を孕んだ拳を巨木が小動もせず受け止め、受け止めた巨木から叫ぶ光の塊が弾き出されるという、全てが想定の外にあった現象の連続に銀の思考が一瞬止まった。
『どわぁあぁー!? なんじゃとてー?!』
弾き出された光の塊が、放出され続ける強風にくるくると巻かれて転がり飛んでいく叫びで、銀はようやく我に返り風を止めた。
「だ、大丈夫か……?」
叫ぶ光をカメラで追うと、四肢をだらりと垂らして浮かぶ小さな人影が映る。ただし垂れ下がっているのは四肢に加えて、脚よりも少し長いふさふさとした尻尾を加えた5本のシルエットだ。
カメラ映像の縮尺から換算すると、頭から足の先までが銀の肩から掌ほどの全長になる。
その背には4つの小さな光の輪がチラチラと瞬いていた。
『はらほろひれ……』
「お、おい……?」
ふらふらと漂っている小人の回っていた目の焦点が合ってくると、やにわに顔を上げてジオルフリードのコックピットに座る銀をキッと睨みつけた。
『なにしてくれんとんじゃー!!』
「グッ!?」
放たれた矢のような勢いで飛び出した小人の揃えられた両足が、コックピットに座る銀の顎をかち上げるように射抜いた。
今回もお読みいただきありがとうございます
突然の防御貫通攻撃に襲われた銀ですが、鍛えているので大丈夫です
なろうの作品初期設定をほとんど弄ってなかったので今まではログインユーザーの方しかコメント出来なかったのですが、今回からどなたでもコメントしていただけるようにしました
作者とコメントバトルで殴り合いましょう




