第2話 無敵のスーパーロボットと戦士たち
「なあ、何か聞こえないかー?」
弓を持たされた雑兵の一人が隣に並ぶ彼の相棒に聞く。
間延びした声は、先ほどまで敵将の名乗りが聞こえていたほどの距離に敵が布陣しているとは思えない、緊張感の無さだった。
「何かってなんだ?ちゃんと前見てろ」
話しかけられた方は神経質そうな顔つきをさらに顰めて、敵軍を睨んだまま答える。
「風の音みてえなさー、ひゅーんってよー」
呑気な男は辺りをきょろつきながら音の出所を探している。
左右を見回し、自分の靴の裏まで覗き込んでいる。
「もうハルドゥマどもの矢が刺さってオツムの風通しが良くなった音か?ほんとにそうなりたくなかったらちゃんと――」
「あ、見てみろよー」
「あ?」
下を見たから次は上。相棒のとげのある物言いも気に留めず、両手を眉にあててのんびり空を見上げていた男がそれを指さした。
言われたほうも仕方なしに視線を上げる。
空は明るい。
雲一つない天穹からは二条の光が、大気中の輝く魔力に散らされ、明るく、しかし淡く降り注いでいる。輝く魔力に満たされたこの世界では、それが当たり前の空色だった。
「人だぜー」
「人ぉ?」
そこに、人の形をした影があった。
「……いや」
口許がひくりと引き攣る。
「……デカくねえか?」
遠近感のつかみにくい空中の人影が時間とともに膨らみ、それが手足を振って大の字になった時には豆粒から海の巨人ほどの大きさに見える距離まで迫っていた。
「でけー人かー?」
「おいおいおいおい、こっち来るぞ!!」
口を開けて上を見ている男をもう一人が掴んで引っ張ろうとするも、丸く輪が書き足された人型のシルエットは大きく、足元に映るその影からは到底抜け出せそうにない。
直撃しないことだけを祈り、頭を抱えてうずくまった。
――バアンッ
巨人の背負う円環が輝き、爆発にも等しい炸裂音を響かせた。
白銀の巨体が敵軍の方向へ流れ去り、その先で再び轟音を上げてさらに方向を変えた。
地面すれすれを通過し、風圧で最前線の兵たちが落ち葉のように吹き飛ばされる。
亀のようにうずくまった男が顔を上げると、巨人は地面を殴りつけ凄まじい土柱を上げたため、やはり亀のように首をすくめてしまった。
地鳴りのような音が二呼吸ほどのあいだ響いて止んだ。
光輪が土煙を貫いて瞬いていた。
外套を翻すように土埃が巨人の背後へ払われ、その巨躯が立ち上がる。
「すんげー」
「何で突っ立ってんだお前は」
眉に手を当てて見続けていた男が大道芸でも見たかのような感想を漏らし、もう一人の男は膝についた土を払って立ち上がると相方の後頭部を叩いた。
「なんだってー?声が小せーよー」
「音で耳がバカになっちまってんだよ!!」
あまりに普段通りの相方の調子に混乱を頭から追い出した男は、彼に倣って片手を眉にあてて様子をうかがった。
「しっかしなんだァ、ありゃあ?」
「でっけー人だー」
「あんなでっけえ人間がいてたまるか!!」
相方の胸を肘で小突いた瞬間、巨人の胸の全く同じ位置で炎が弾けた。
二人は一瞬顔を見合わせ、慌てて巨人の出方を注視した。
「どこのバカだ!!あんなもんが暴れだしたら毛の先まで呪ってやるぜ!!」
巨人は光輪を激しく光らせ射撃者を覗き込んだが、不届き者の沈黙に満足したのか冷厳と姿勢を戻した。
光輪の瞬きが消えるとその周りは影が一段濃くなっているのか、白銀の巨体が際立って見える。
周囲を睥睨すると、睨まれた隊列が「おぉ……」と慄き揺れる。
二、三回繰り返すとざわつきも収まり、皆の視線が定まったところで鷹揚に巨腕が広げられた。
都の神殿にも勝る巨体が腕を広げると、その圧迫感を伴った偉容は神々しくも見る者の不安を掻き立てた。
左腕の濃い影に入った巨角毛牛が突然訪れた夜に怯え、乗り手を振り落として猛然と走り出した。
巨人と比べるとその掌に乗ってしまいそうな体格差だが、相対する人間たちにとっては容易に自分たちを踏みつぶしてしまえる怪物であることに違いはない。
「毛牛が来やがるぞ!!」
「かわいそうになー」
状況を眺める男たちの友軍、左翼の部隊が大慌てで矢を構え、長杖を握りなおす。
特大の想定外が投げ込まれた戦場だが、事前の想定通り巨角毛牛の出足を抑えるべく敷設しておいた“地杭の術”の術式へ魔力が供給され始める。
『――――!!』
巨人が短い言葉のような声を発し、その右腕を振りかざす。
「おいなにする気だなにする気――」
「しゃべったー」
距離があるため何が来るわけでもないとは思いつつも、先ほどの衝撃の経験からつい相方の後ろから様子をうかがってしまう男と、相変わらず物見調子の男の語尾を巨人の踏み込みが上書きする。
『――――――!!』
巨人から再び発せられた声も、自身が巻き起こす轟音に上書きされてしまう。
――ドゴンッ。
巨人の腕先が霞んだかと思えば、次の瞬間には巨大な掌の壁が巨角毛牛の進路上に振り下ろされていた。
その姿がすっぽりと隠されてしまったと思う間もなく、壁の質量と速度に見合う凄まじい衝撃が再び土砂を巻き上げ、大地を揺らした。
壁と盛り上がった地面の向こうから巨獣の情けない悲鳴が聞こえてくる。
「ぎゃあ!!」
「まーた、かわいそうだー」
いくらか離れた男たちでさえたたらを踏むほどの衝撃を、間近で体験した左翼の部隊も当然まともに立っていることはできず、発動寸前だった《地杭の術》は敷設された地面ごとズタズタに乱されて不発となった。
パラパラと、ささくれ立った土くれの崩れ落ちる音だけが時が止まったような静寂の中で控えめにその流れを主張をしていた。
――戦っちゃいけねえんだ……――
誰かのつぶやきが静寂を破ると、平らな水面に小石を落としたようにざわめきが広がっていった。
――……化け物――
――……裁定者だ―― ――終わりだぁ……――
――神の使い……―― ――おっかぁ……――
兵たちが持たされている重たい武具を一人また一人と取り落とす。
巨人が立ち上がると、離れていく巨獣の足を引き摺り揺れる臀部の端が盛り上がった土山の上にかろうじて見えた。
手前には人が跳んで渡れないほどの広く深い地割れが残り、その暗い影に吸い込まれてしまいそうで兵たちは恐怖した。
――逃げよう―― ――撤退だ……――
――撤退……?―― ――おっかぁー!!……――
――撤退か?―― ――退け退けぇー!!――
両軍とも恐慌状態になり、押し合い、圧し合い、散り散りに逃げ始めた。
中にはその場で跪き、神が天より遣わせ戦いを諌めた調停者の威光に祈りを捧げ始めるものまでいた。
「なーんて言ってたとおもう?」
「知るかよ、『争いをやめなさい、愚かな人間ども!!』ってとこだろ」
周囲では悲鳴と怒号が入り混じり、兵卒が逃げ惑っているが二人は落ち着いていた。
「案外、焦ってたりしてなー『やめてくれー』とかー」
大げさに身振りを真似しつつセリフを当てる相方に男が肩をすくめる。
「なんにせよ、ヤッコさんいつでも皆殺しにできたんだ、今更慌てたってしょうがねえ」
「あー、今もなんだか悲しそうだー」
巨人はしばらく無表情に佇んでいた。
やがて巨人は身を翻し、人が踏み入れば決して生きては出られぬと恐れられる《灯黙りの森》へ悠然と去っていった。
「しかしでっけー人だったなー」
「まだ言うかそれ」
お読み下さりありがとうございます
左門寺三号でございます
今回は第1話でご覧頂いたエピソードの現地人視点をお送りいたしました
今回の二人はボ○、ム○ャ、ヌ○みたいな愛される名前を付けてあげてレギュラー化してあげたいですね
次回、第3話からまた銀たちの視点に戻ります、お楽しみに!




