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太陽と月の砂時計がある街~魔法玩具師ニザの冒険~  作者: ゆめあき千路


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その百九:小さな帆船

 霊廟(れいびょう)を出たおかみさんは、海岸へもどってきた。


 僕らも海岸にもどった。


 おかみさんは海の方を向いて佇んでいる。


「マルセノ夫人はなにをしているのかな?」

「わかりません」


 これからどうしようかと、迷っているように思えるけど……。


「ところで、ニザくん」

「なんでしょうか」

「相談があるんだが……」


 トニオさんは、おかみさんの方を眺めたまま僕に訊ねた。


「さすがにちょっと不安になってきたよ。我々はどうしたら、ヴェネチアーナ共和国の家へ帰れるのかな?」

「僕にもわかりません」


 なんとなく、おかみさんの魔法というか、おかみさんの目的が終わってここを立ち去れば、この状態も終わる気がするけど……。

 はたしてこの直感が正しいのか、その終わりがいつになるのかには確信がもてないから言えない。


「ニザくん、ボートが来るぞ!」

 トニオさんが沖の方を指さした。


 細長いボートは、滑るように海岸へ近づいてくる。数人の漕ぎ手は座っているが、真ん中に立っている男がひとり。恰幅の良いそのおじさんは、まるで自分が船長みたいな堂々たる態度で、浜辺のおかみさんへ大きく両手を振った。



「おーい、ソフィア。迎えに来たぞ~!」


 忘れもしない、聞き慣れた陽気なこの声は!?


「マルセノ親方だ!」

「へえ、あれがきみの師匠か」


 あら、来たのね、とおかみさんがあきれたように呟いたのが聞こえた。

 ボートが砂に乗り上げると、乗員が海に降りて、ボートを砂浜へ押し上げた。


 マルセノ親方はゆうゆうと歩いておかみさんの前に来た。


「ずいぶん時間が掛かってたようだが、海賊は片づいたのかい? ニザのことは何かわかったのか」

「いいえ、なにも……」


 おかみさんは力なく首を横に振った。


「青い小鳥たちは海賊どもの幸運を根こそぎ食べ尽くしたわ。でも、食べるほども残っていなかったって。もうほとんど底を尽いていたそうよ。幸運を食べたとき、海賊の記憶のカケラにも触れたけど、あの子の手掛かりは誰の記憶にも無かったって……」


 あ、やっぱり幸運を喰われたんだ。

 それで海賊どもの運が尽きたんだな。

 気の毒とは思わないけどね。


「おっかないなあ」


 トニオさんは顔をしかめている。

 気持ちはわかる。僕も始めてあの青い小鳥と会ったとき、そう思ったんだ……。


「そうか。――だいじょうぶさ。あの子ならきっと元気でやってる。かならず会えるよ」


 マルセノ親方はうなだれたおかみさんの肩を抱いて、いっしょにボートの方へ歩いていった。


 トニオさんは「そうだ!」と、いきなりボートのほうへ走り出した。


「トニオさん!?」


 僕は追いかけた。

 トニオさんは砂浜に上がっていたボートに近づいた。

 ボートのあちこちを見たり、ボートの回りに立つ漕ぎ手の乗員達の顔をしげしげと覗き込んだりしている。


「だめだ、このボートには何も無い。彼らの顔を見た覚えがある気がするんだが……」

「トニオさん、どうしたんですか?」


 トニオさんはふり向き、「船だよ!」と叫んだ。


「この島へは船で来るしかない。どんな船で来たのか、どこの国の船だかわかれば、捜す場所を絞り込める!」


 マルセノ親方とおかみさんが乗り込むと、乗員達はボートを海へ押しだし、再び乗り込んで、力強くオールをこぎ出した。


 ボートが行ってしまう!

 僕は急いでボートに触ろうとした。


 だが、僕の手は何も掴めず、ボートとその乗員の体を通過して、僕は顔から海水に突っ込んだ。


「わぶッ!?」


 海中へ倒れた僕の上を、マルセノ親方とおかみさんを乗せたボートは、何事も無く通過していった。


「ニザくん、どうしたんだ!?」


 僕はバシャバシャ海中でもがいてからやっと立ち上がった。鼻に海水が入ってゲホゲホ咳き込んだ。

 僕はずぶ濡れになった。僕も海水も実体があるんだ。


「すいません、ボートに乗れないかと思って……」

「存在する時間が違うなら、そりゃ無理だろう」


 あちらは過去。僕らの時間が現在なんだ。

 目の前にいるマルセノ親方とおかみさんは過去の幻なんだ……。


 ボートは向かって左の方へ行く。

 湾内を囲む陸地は、内側へゆるやかな曲線を描いていて、その左の(みさき)の先の方をめざし、ボートは進んでいく。


 僕らは海岸線を走った。


 そこは東の砂浜の終点で、そこからは登れない岩場になっていた。


 僕は沖合を見た。

 煌々(こうこう)たる満月のおかげで、湾内の景色は、遠くまで見渡せた。


 見えた!


 小さな帆船らしきシルエット。湾のちょうど外海に出るか出ないかのあたりだ。


「あそこです! トニオさん、船です!」


 小型の帆船らしき黒い影は、ほとんど揺れもしない。あそこで(いかり)を下ろし、停泊しているのだ。


「大当たりだ。ニザくん、きみは目が良いね。船乗りに向いているぞ」


 船乗りの仕事は『よく見える』ことが不可欠だそうだ。


「でも、すごく小さい帆船ですね」


 僕が乗った〈海の奇跡号〉に比べたら、一〇分の一くらいのサイズだろう。あんなに小さくて大洋を渡れるのかと、心配になるほどかわいい。


「帆船は帆船でも、あれは〈ヨット〉だ。あの距離でここから見えるなら、かなり大型のヨットだぞ」


 ヨットと船の違いは、ヨットは主に風の力で航行する。それには人間の乗員が帆を直接操作しなければならない。それにはよく訓練された乗員とセーリング技術が必要だ。

 そして船は、ヨットよりもっと大きく、人間を快適に運べる設備が充実しており、エンジンで航行する。


 トニオさんは小さなヨットのシルエットへ、熱心に目を凝らした。


「……うん、わかったぞ。やっぱり、舳先(へさき)のシルエットに見覚えがある。この前我が国で行われた、国際ヨットレースで優勝したヨットだ!」


 シルエットだけでなぜわかるのかというと、国際ヨットレースは大陸間の航行スピードを競うレース。

 優勝を狙う船主は、四年ごとに開催されるレースで優勝を狙うため、より速く走る船を設計から開発するのだ。船体の形はもちろん、帆布の材質にいたるまでオリジナルな、世界で唯一無二の速い船を造るために。


「どこの国の船だかわかりますか?」

「わかるとも! 我が国が主催した境海横断レースだよ。うちの海軍が全面協力しているんだ。見覚えがあるはずだ、彼らは優勝チームだよ。すぐあのヨットが所属している国へ連絡しよう」





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