その百七:隠された霊廟の影
おかみさんのひとりごとが聞こえた。
「青い小鳥たちでさえ、あの子の記憶がカケラも拾えないなんて……。これだけ探しても、何も見つからないなんて、この世から消えたとでもいうの……? あの子はいったいどこへ行ってしまったのかしら……?」
たまらなくなった僕は叫んだ。
「おかみさん、僕はここにいます。おかみさんのすぐそばに!」
だが、伝わらない。
こんなに近くに居るのに、おかみさんには僕の気配すらわからないんだ。
――ピィッ!
たたずむおかみさんの前に、青い小鳥が一羽、もどってきた。
――ピィールゥー、リーリリ、リ、リ……。
鳴き方が、これまでとはあきらかに違う。
「あら、なにか見つけたのね?」
青い小鳥はおかみさんの頭上を三度旋回してから、離れた。行きかけてはもどり、ときおりおかみさんの方へ、チラッというふうに首を曲げる。
「そう、そっちに何かあるのね。それが、この島にただよう、壊された魔法に関わるものなのね」
おかみさんは、青い小鳥が飛んでいく方へ歩き出した。
「どこへいくんだろう?」
「ついて行きましょう」
トニオさんと僕はおかみさんの後を追った。
青い小鳥は低空で飛んでいく。おかみさんが後からついてくるのを確認しつつ、高く、低く、また高く……。
ほどなく浜辺の西側の終点に来た。
砂地が終わると、岩場だ。切り立った灰色の岩壁が月光に照らされ、青白くほの光る。岩壁の上の方は平らになっているらしく、上の方には岩が見えない。でもそこへ行くには、大人の身長三人分くらいは高い、急な斜面を登らなければいけない。
青い小鳥は岩の上へ飛んでいった。
「そこね」
おかみさんは砂地を蹴った。
薄オレンジの薄手のマントが、翼のようにひるがえる。
軽々と跳躍したおかみさんは、高い岩場の上へ着地した。下にいる僕らからは、おかみさんの頭部の一部しか見えない。
「わ、あんなところに!?」
「よし、登れそうだから、行こう!」
さいわいゴツゴツした岩場なので、手や足をかける出っ張りはあった。
僕らは必死で岩場を這い登った。自然のままの岩肌はデコボコなので掴みやすかったが、手も痛かった。
「なんとか上がれた……」
岩場へ這い上がった僕とトニオさんは、その場に座り込んだ。
おかみさんは、右側にある切り立った岩壁に向かい合い、じっと見ていた。
「ここになにかある……」
歌うような声が聞こえた。
「風の足は蹴り、土の手は掴む。汝、大地に閉ざされしものよ、緑の中に隠されし秘密よ。賢し女の眼の下で、その影を暴け」
おかみさんの立つその周辺から、夜目にもあざやかな新緑の草が芽吹き出した。
草はぐんぐん成長し、おかみさんが相対する切り立った岩壁にすがり、ワサワサと蔓と葉を伸ばしながら、岩壁を這い登りはじめた。
雑草一本生えていなかった暗い灰色の岩壁は、見る見るうちに、あざやかな新緑のツタで覆い尽くされた。
おかみさんがサッと右手を突き出した。
「汝、大地の娘よ。その内側に隠されしものを示せ」
新緑のツタは、その中央からカーテンを引き開けるように、サーッと左右に分かれた。
そこにあるのは岩の壁ではなかった。
あきらかに人間の手で細工された垂直な白い壁には、二匹の海蛇が絡み合う彫刻が施された立派な扉があった。
おかみさんが右手を伸ばして扉に触れると、白い海蛇の扉は音もなく開いた。
奥は暗闇だ。
「変だわ。ここには誰もいない……」
おかみさんはためらうことなく中へ入っていった。
僕らも急いでおかみさんの後を追った。
広い通路を進むと、通路の左右にポポッと明かりが点っていく。ロウソクなどの炎ではない。壁面に等間隔に埋め込まれたこぶし大の丸い石だ。なめらかに磨かれたその白い石ひとつひとつが明るい光を発している。なんらかの魔法にちがいなかった。
通路の壁や天井は海のように青いタイル張りで、色とりどりの花やきれいな貝がらや魚などが描かれていた。その中で光る白い石は海に漂う真珠のようだ。
おかみさんはスタスタと進んでいく。
僕は少し不安にかられた。通路は入ってからまっすぐで、南へ向いているからだ。
「トニオさん、もしかして、これが城塞から北へ抜けられる通路でしょうか。だったら、このまま進むと海賊の居る城塞にいくのではないでしょうか?」
「いや、違うと思う。私は似たものを古い遺跡で見たことがあるよ。これは墓だ。こんな建物は〈霊廟〉というんだよ」
壁に描かれた花や貝や魚は、トニオさんもよく知っている、海辺の人々の葬儀で使われる鎮魂を表す植物や海の生き物だそうだ。
そういえば、イタリー王国でも、古代ローマの墓地の遺跡があった。昔の貴族やお金持ちは、お墓を立派な建物みたいに造ったって。
「霊廟って、どこかで聞いたような……あ、そうか、ロミーナ王女だ!」
〈赤い冠島〉のどこかに、ディアルト卿は自身の霊廟を造ったと。それは、彼が遺したこの島の魔術の要となるものだと――。
僕とトニオさんは顔を見合わせた。
「そうか、あのディアルト卿の墓か!」
ディアルト卿の魂は魔法の場での決闘で、すでに消滅した。僕は成り行きながらそれを見届けた。それはトニオさんにも話済みだ。
「だが、誰もいないと呟きながら、マルセノ夫人はどうして中へ入っていくんだろう?」
「そうですね。青い小鳥は何を見つけたんでしょう……?」
また扉があった。やはり二匹の海蛇の紋章が彫刻されている。
おかみさんが軽く触れると、扉はかんたんに開いた。おかみさんのあとから、僕らも中へ入った。
その室内に踏み込んだ瞬間、僕はゾゾ~ッと全身が泡立つような感覚に包まれた。
「うわッ、まただ!?」
僕は鳥肌が立った両腕をさすった。
「ニザくん、どうした?」
「トニオさん、なんともないんですか? ここ、何だか変な雰囲気ですよ」
「え? たしかに空気は冷たいし、気味が悪いと言えば悪いが、ただの霊廟だろ。ほかになにかあるかい?」
「ええ、それはそうですけど……」
僕は深呼吸した。
そう、ここに亡霊はいないんだ。赤い海賊船長の魂は永遠に消滅した。僕はそれをこの目で見たんだから。
霊廟の天井は高い半球状で、天井と壁一面に、天球図にならった太陽と月と、黄道十二宮のすばらしい壁画があった。
太陽は黄金、月は銀。宇宙は瑠璃宝石のごとく深い青。星々は金と銀と七色の宝石が散りばめられ、柱に巻きついた蔓模様は黄金細工だ。太陽と月と星々は魔法によってまばゆいほどに光り、その輝きは本物とみまごうばかり。
おかみさんは白い石の棺の前に立った。それには霊廟の扉と同じ、海蛇の紋章が彫刻されていた。巨大な棺だ。人間二人が並んで入れそうなくらい。
「……妙だこと。これだけの魔術様式の墓を造りながら、肝心の持ち主の魂が消失しているなんて。……名前は――ああ、これね。『アンドレイアス・ドリード・ディアルト』」
棺に書いてあったのだろう、赤い海賊船長の名をおかみさんが読み上げた。
とたん、僕はゾクゾクした寒気に襲われ、首の後ろがぞわわっと鳥肌立った。




