4,私とお姉様とサイ
今回はサイラス視点が入ってきます!
誘拐事件から1週間がたったころ、サイがお父様を連れて正式にわが家へ訪れてきた。
誘拐事件後のお見舞い、そしてサイが勝手に侯爵邸へ迷い込んでしまったことに対するお詫びに来たそうだ。
お父様とお母様がサイのお父様と話している間、私とお姉様とサイで遊ぶことになった。
正直、私は邪魔者でしかないのでこっそり抜け出そうとしたが、なぜかサイとお姉様に片腕ずつがっしりとつかまれてしまった。
「え、えっと。私は一人で遊びにいこうかな……! お姉様とサイラス様は二人で遊んできなよ」
「セリー、サイラス様なんて他人行儀じゃなくていいんだよ。サイって呼んでよ」
「え? お姉しゃまが年上で身分も上の人を愛称で呼ぶのはよくないって言ってたの」
「僕がいいって言っているんだからいいんだよ。ね? ペネロペ嬢?」
そういって懇願するサイにお姉様は深くため息をついてうなずく。
あれ? 現実世界のサイは尻に敷かれるタイプ?
原作の乙女ゲームでは、腹黒というか……表裏が激しいタイプだったような気がするんだけど……
サイがなぜそこにこだわるのかは全くわからないけど、そこまでして私に愛称で呼ばれたいなんてなんだか嬉しかった。
「じゃあ早速三人で遊ぼうか」
「本当はセレナと二人で遊びたかったけど仕方ないわ」
そして、なぜか私の「一人で遊びたい」という発言は無視されたまま、二人に手をつながれて歩き出したのだった。
◇◇◇
「お姉様! みーつけた!」
「あら、見つかっちゃったわ」
「サイはあっちかなー? いた!」
「セリーは見つけるのが上手だね」
そういって私の頭をなでてくれた。
サイの親友ポジになろうと思っていたけど、妹ポジもいいかもな……
「もうすぐ日が暮れちゃうわ。そろそろ部屋に戻りましょうか」
そういってエミリーを近くに呼ぼうとしたとき、私は一ついいことを思いついた。
「ねえねえお姉様! サイをあの秘密基地の、夕焼けが見える場所に連れて行こうよ!」
「……あなたは本当にサイのことが大好きね」
ペネロペお姉様の言葉に、それはまずいと感じる。
「う、うん。お兄様ができたみたいで素敵なの!」
お姉様の表情をみて、誤解は解け大丈夫そうだと安心する。
サイもこちらを見て微笑んでいた。
「じゃあ最後に夕焼け、見に行きましょうか。サイラス様もそれでいい?」
「あぁ、是非。お願いしたいな」
そのまま三人で庭の隅にある秘密基地まで歩いていく。
相変わらず、私を挟むようにお姉様とサイに手をつながれたのは、二人とも直接手を結ぶのは恥ずかしいからだろう。
庭の隅にあるバラの庭園を抜けた先、人が一人通れるくらいの茂みの隙間を抜けると、そこには私とお姉様がよく遊んでいる夕焼けの綺麗な空き地がある。
最初は本当に空き地だったのだけれど、私たちがここで遊び始めたことを知った庭師の人が、ハンモックやベンチ、遊具の小さなおうちなどを作ってくれて、秘密基地っぽくなったのだ。
私たちが到着したとき、そこにはすでにとてもきれいな夕焼けが広がっていた。
「……やっぱり、いつ見ても綺麗!」
私がそう言ってからはしばらくみんな無言で夕焼けを見つめていた。
やがて、太陽がほぼ地平線に吸い込まれたときに、サイがふとこんなことを口にした。
「こんなに誰かと目いっぱい遊んだのは初めてだ。セリー、それにペネロペ嬢も、今日は一日ありがとう」
「わたちもサイと一緒に遊べて楽しかったよ! お兄様が増えたみたいでうれしい!」
「……お兄様、ね」
なんだかサイは苦笑いしているように見えたのは気のせいだろうか。
そんなサイの様子を見てか、お姉様がサイに話しかける。
「まぁ私も楽しかったけれど……ねぇサイラス様? 少しお話したいことがあるのだけれど、時間はあるかしら?」
「あぁ。大丈夫だよ」
「ごめんなさいセレナ、サイラス様と二人きりで話したいから先に帰っていてくれるかしら?」
おお! これは何かの恋愛イベントが始まるのか?
原作にはこんなシーンはなかったけれど、私が知らなかっただけで公式ファンブックに載っていたりしたのかも。
今までかたくなにサイと積極的に関わろうとしなかったお姉様が、いきなり二人きりで話したいなんて……
「わかったわお姉様。私帰りゅ! サイもまた遊びに来てね、待ってる!」
私がそう言うと、サイは王子様のような笑顔で手を振り、お姉様はおしとやかに微笑んだ。
やっぱりこの二人はお似合いだ。私なんかが付け入る隙はない。うっかりサイを好きにならないように気を付けなくては。
私はそのままエイミーに連れられて、その場を後にしたのだった。
◇◇◇
「それで、僕に何の用かな? ペネロペ嬢」
ニコニコで元気いっぱいの、かわいらしい僕のセリーを見送った後、改めて問いかける。
「もうそんな猫を被った感じの態度、取らなくていいわよ」
「あ、気づいてた?」
「気づいていたも何も、私お茶会で一度あなたに会ったことあるもの。そんな王子様みたいなタイプではないのは知っているわ」
「なーんだ。まぁセリーには言わないでよね」
セリーが僕に駆け寄ってくれた時から、僕はセリーに惚れていた。
僕の周りには物心ついた時からずっと、僕のご機嫌取りをするように顔色を窺ってくるような人しかいなかった。
だから、そんな中で出会ったセリーは僕を夢中にさせるのには十分だった。
しかし、王子様のように接すれば小さなセリーはすぐに僕に夢中になると思っていたが、そううまくはいかないようだ。
「貴方、セレナのことが好きなの?」
「そうだけど、文句でもあるの?」
「あるわよ。私の大事なセレナに、そんな何を考えているかわからない腹黒い奴を近づけられないわ」
この姉はどうも、僕を警戒しているようだ。
「セレナは天使のような子なの。だから、信用できない人に近づける気もないし、嫁がせる気もないわ」
「ペネロペ嬢にそんな権利はあるの?」
「それは……ないかもしれないけれど。そもそもあなたはセレナにお兄様みたいって言われていたじゃない! 恋愛対象として見られていないのよ」
彼女は少し言いよどむも、僕に強烈なカウンターを食らわせる。
そう、セリーは僕に全然靡かない。これはかなり想定外だった。
「じゃあさ、こうしようよ。僕が誠実な姿を見せて、かつセリーを振り向かせることができたら、ペネロペ嬢は僕らに干渉しない。それに、僕ならセリーが大きくなったときにほかの悪い虫から守ることができるよ」
僕がそう提案すると、ペネロペ嬢は悩むように言葉を詰まらせる。
「まあ、それでいいわ。あなたのセリーに対する気持ちは本物みたいだから、私もあなたがセリーのそばにいるのは認めてあげる」
「ははっ、それはどうもありがとうございます」
「気持ち悪いから敬語やめてくれる?」
「えぇ、辛らつだなペネロペは」
「はぁ、なんて奴に目をつけられてしまったの……セレナ」
この日から、僕とペネロペはセリーへの激重感情を通じてなんだかんだ仲良くなった。
ゆっくりの更新となりますが、見守っていてくださるとうれしいです。