五十六挺目 冬
冬になった。アレ以来、望奈とは会っていない。当然だ。今の俺の通学路は彼女の通学路と全く異なっているのだから。何も言わずにあのアパートを去った俺に失望したのか、彼女からの連絡は一度だけ、電話があったことを除いて一切、無い。そして、それは俺にとっても好都合だった。
この数ヶ月間、あのアパートで出会った不知火望奈という少女に様々な思い出を貰った。それ自体を否定する訳ではない......ないが、俺はいつしか、自分の現状に疑問を持つようになった。
不知火望奈、不知火叶向、蜂須賀梓、幻中玲奈、かつて多くの人々を巻き込んだ不知火姉妹の因縁。俺はその件に関して、全くの無関係、部外者であったのにも関わらず、その問題に深入りした。仮に彼女達の物語に俺が登場する場面があるとしたならば、それは望奈の自殺を止めた一幕だけ。気付けば、俺と望奈の関係はただの隣人、ただの友人などではなく、不知火姉妹の問題を核とした複雑でこんがらがった関係へと成り果てていた。
そんな状況に居心地の悪さを覚えながらも俺は『彼女の自殺を止めた責任を取る』という大義名分を振り翳して、不知火姉妹の橋渡しをする為に彼女と関わり続けてきた。しかし、先日の望奈と叶向の邂逅......アレによってその目的は達せられてしまった。
叶向と相思相愛の関係を築いている鈴木や、不知火姉妹の問題に深入りせず、単なる現在の二人の友人として二人と付き合っているソレンヌとは違い、俺は全てが中途半端だった。望奈に好かれている訳でもなく、望奈に対する自分の気持ちもハッキリしない俺、部外者なのにも関わらず、彼女らの関係に深入りし、出しゃばり続けた俺......そんな自分の立ち位置が気持ち悪かった。
これ以上、ズルズルと望奈との関係を続けるのは自分にとっても、彼女にとっても良くない気がした。だから、俺はあのアパートを去った。俺があのアパートを去ることについては、この前、叶向と鈴木が再会した日に掛かってきた電話で母さんによって提案されたものだったが、最終的に受け入れたのは俺だった。
最早、今後、俺と望奈が会うことはないだろう。何も言わずにあのアパートを去り、彼女から掛かってきた一通の電話を無視した俺には彼女と会う資格なんてもうない。それでも良い。望奈が幸せならば。
俺の本当の願いは彼女に幸せになってもらうことなのだから。
⭐︎
身体が芯まで凍りつきそうなくらいに寒い夕方、俺は部活を休んで喫茶店『たかさご』へと足を運んだ。
「Bonjour! お好きなお席にどうぞ!」
「はい、ボンジュール」
俺は営業スマイルを振り撒くソレンヌに軽く挨拶をし、店内を見渡す。すると、車椅子に座り、カウンター席で紅茶を啜っているツインテールの少女を見つけた。
「ツインテちゃん、久しぶり。また、ツインテールにしたんだな」
「あ、お久しぶりです。いや、秋也さんが好きって言うから」
「お熱いことで」
「......で、霊群センパイ、急に呼び出して何ですか。貴方が急に私達の前から消えたこと、まだちゃんと説明貰ってないんですけど」
「消えた、って、別に俺とぬいかな、今までもそんな頻繁に会うような仲じゃなかっただろ」
「それでも、少し前まで私とあの仏頂面の仲を取り持つためか知りませんけど、定期的に顔見せてたじゃないですか。......それに、私だけじゃなくて、あの人の前からも消えて」
「叶向はもう、蜂須賀や鈴木、それに望奈とも関係を築き直せたんだし、部外者の俺なんてどうでも良いだろ。後、引っ越ししたんだから望奈に会いにくくなるのは仕方がない。俺は部活もやってるし」
「んぅぅぅぅ......」
何か言いたげな、不機嫌そうな表情で、俺のことを睨み付ける叶向。罪悪感を感じない訳ではなかった。
「叶向、望奈とはどうだ?」
「それを聞く為に呼んだんですか」
「それもある」
「......ぼちぼち、ですよ。そんな簡単に仲直りが出来るほど、溝は浅くないし。でも、どっかのお人好しがアレやこれやとお膳立てしてくれたお陰で、お互い、本音で話せる関係くらいにはなったと思います。少なくとも、もう以前みたいに幼稚な罵り合いはしてませんよ」
「そうか」
もう、大丈夫だろう。時間はかかるかもしれないが、強い彼女達はきっと、過去を乗り越えるはずだ。何年にも渡る誤解と決別し、お互いに歩み寄る、そんな段階に彼女達は既に移行した。最早、そんな彼女達に部外者である俺は必要無い。
「そんなに幸せそうな表情を浮かべるなら、お姉ちゃんもこの場に呼べば良かったのに」
「アイツは受験勉強で忙しいだろ」
「私には貴方がお姉ちゃんを避けているようにしか見えませんが。まあ、あの人、頑張ってるみたいですよ、勉強。......忙しいのか、カップラーメンばっかり食べてて心配ですけど」
「あ、それ、デフォというか、初期設定というか、元から。今までは俺が料理、望奈に作ってたの。マジかあ、食生活、戻っちゃってるかあ......」
「そんなに心配なら家まで行ってご飯作ってあげたら良いのに」
「お願いがあるんだけどさ......」
「私はやりませんよ」
「お願い」
「やりませんってば」
「頼むよ。食費なら俺が払うから」
「いやだから、そんなにお姉ちゃんのことが気になるなら貴方が......」
「部外者の俺じゃなく、妹のお前に作ってもらう方がアイツも嬉しいだろ。なあ、頼むよ」
「何ですかそれ。......はぁ、もう、良いです。分かりましたよ。毎日はしんどいですけど、二日三日に一回くらいなら頼まれてあげますよ」
「助かる......! ありがとう叶向......!」
「んー」
パン、と叶向に向かって手を合わせ、頭を下げる俺に対して彼女は何処か不満そうな声色で相槌を打った。
「で、今日の二つ目の相談なんだけど」
「まだあるんですか......どうせ、それもお姉ちゃん絡みでしょう?」
「ああ。望奈の誕生日は知ってるよな」
「ええ、12月5日ですよね」
「誕生日プレゼントとか、何か考えてたりする?」
「あー、私もあの人に誕生日プレゼント、貰いましたからね。お返しくらいはするつもりですよ。リボンとかどうかな、って。あの人、あんまりお洒落しないですけど、リボンとか付けたら絶対似合うと思うんですよね」
「リボンを付けた望奈......良いな。因みにどれくらいの値段のやつを買うつもり?」
「まだ、ちゃんと決めてないですけど数千円くらいの奴にするつもりです。高級素材で作られてるヤツ」
「それ、半額俺にも出させて貰えないか」
「は?」
「いや、何というか......ちゃんと不知火に会ってプレゼントを渡すのは、その、アレだからさ。でも、俺としてはアイツの誕生日を祝ってやりたくて」
「何ですかアレって。......どうして、そんなにお姉ちゃんのことを避けるんですか」
「・・・・」
「ホント、お姉ちゃんの言ってた通りですね。人の心には遠慮なく土足で上がり込んでくる癖に、いざ自分のこととなれば本心をひた隠す。......ズルいですよ、そういうの」
そう言って俺を責める叶向の言葉が胸にグサリと刺さった。今まで不知火姉妹から受けてきたどんな罵倒よりも心に効いた。
「悪い。でも、俺はもう、アイツと会うつもりはないんだ。......合わせる顔がない、と言っても良いかもしれない。それにもう、望奈の周りには色んな奴が居るだろ」
蜂須賀やソレンヌは勿論のこと、叶向とも少しずつ良い関係を築けているようだし、叶向の実質的な恋人であり、俺の友人である鈴木も最近は叶向と一緒に望奈と会うことが多いと言っていた。
それだけの人に囲まれているのなら、彼女にはもう、俺など必要ない筈だ。
「はぁぁぁぁ......本当によく分かんないし、聞いててムカつく話ですね。でも、分かりました。貴方には散々、お世話になったので少しくらいお願い聞いてあげます。買うリボン、決まったらまた連絡しますね」
「助かる......あ、望奈に渡す時は俺の名前、出さなくて良いからな」
「......はいはい」




