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五十四挺目 集結


「・・・・」


 一方、望奈は表情こそ見えないが心ここに在らず、という状態なのが背中からも伝わってきた。何故、此処に彼女が、『不知火叶向』が居るのか。俺は動揺しながらも、若干の高揚感を覚えていた。

 今しかない。


「お、奇遇だな。こんなところでぬいかなと会うことになるとは思わ......」


「芝居がかった声掛けやめて貰えます? 気色悪いので」


「ごめんなさい」


 俺が叶向に不知火姉妹特有の強烈な罵倒を叩き込まれたのとほぼ同時くらいに、望奈はサッと俺の手を掴み、握った。少し震えていた。


「・・・・」


 その様子を見逃さなかったらしい叶向が不満そうな、不思議そうな視線を繋がれた俺の右手と望奈の左手に注ぐ。

 その次の瞬間、俺達の部屋から右に二つ進んだ部屋の扉がガチャリと開き、見慣れた顔がまた一人現れた。


「あぁ、叶向、こんな所にいたのか。戻ってくるのが遅いから心配になって......あ」


 今日、叶向とデートをすると言っていた鈴木だった。


「やぁ、奇遇だね親友」


「......何でお前が此処にいるんだよ」


 溜息を吐き、頭を抱えた様子で鈴木がそう言ってくる。


「何でと聞かれてもな。不知火がカラオケに行くことを提案したからだが。それよりどうすんのこの空気」


 俺は無言で睨み合っているぬいもちとぬいかなに目を向ける。それを見て鈴木はゆっくりとかぶりを振った。『知らねえよ......』と、そんな声が聞こえてきた気がする。

 無言で見つめ合っているぬいもちとぬいかな、二人の様子を黙って見ている俺と心配そうにチラチラと二人に目をやっている鈴木。暫しの間、俺達の間に沈黙が流れた。


「・・・・」


「・・・・」


 何か気の利いたことを言わねば、俺が必死でこの状況を打開する策を考えていたときだった。


「叶向」


 不意に望奈が沈黙を破った。


「何?」


「......久しぶり、ね」


「ええ、久しぶり。怪我、驚かないの?」


「聞いていたから。驚きはしたけど」


「そう。じゃあ、全部知ってたの。伝えたのはおばさん? それとも貴方の横に突っ立っている男?」


「後者」


「へー」


 叶向のジト目が俺へと向けられる。心臓がキュッと締まるような感じがした。


「あの、ねぇ、叶向?」


「何」


「その......ぁ、貴方が良ければだけれど、私達の部屋に来ない? 梓も、居るし」


「付け加えるとソレンヌネキもいる」


「何やかんや、友達に恵まれているみたいで良かったわね......。ま、良いよ。折角だし、行ってあげる。良いよね? 貴方も」


 と、鈴木に確認を取る叶向。望奈を前にして性格や口調など、諸々が豹変した叶向に少し困惑しながらも彼は頷いた。


⭐︎


「ということで、お邪魔しまーす」


 鈴木に車椅子からソファへと身体を移動させてもらった叶向は部屋の中の蜂須賀とソレンヌに笑顔でそう言った。


「いや、どういうことなのですか......。てか、六人も入ったら狭いのです」


「まあまあ、良いじゃん。人多い方が楽しいよ」


「お前はマジで根っからのそういう奴ですよね......。てか、不知火姉妹、お前らは現在、どういう関係なのですか」


 蜂須賀が屈託のない笑顔を浮かべ、ソレンヌを宥める。そんな彼女にソレンヌは溜息を吐きつつ、望奈と叶向へとかなり踏み込んだ質問を容赦なくした。


「んぅ......」


 叶向が溜息のような声を漏らし、望奈を見つめた。一方の望奈も叶向を真っ直ぐ見つめている。


「......死に損ないの私がこの女の視界に入っている今の状況、恥ずかしくて堪らないです。こういうのを生き恥って言うんですかね。本当は貴方との関係を、あそこで全て終わらせるつもりだったんですよ。だから、その先のことはもう、何も考えていない」


 叶向は途中からソレンヌにではなく、望奈に直接語りかけていた。騒がしかった部屋が叶向のその言葉によって、一瞬で静まり返る。


「......折角、カラオケに来ているのだから歌いましょう? はい」


 そう言って望奈はマイクを叶向へと渡した。叶向は少し驚いた様子で目をパチパチとさせながら、それを受け取る。


「じゃあ、時計回りの席順で歌っていきましょうか。私の次、秋也さん、秋也さんの次、梓、梓の次、ソレンヌちゃん、ソレンヌちゃんの次......貴方で、貴方の次が霊群センパイです」


 叶向の言葉に皆がコクリと頷くと、彼女は直ぐにリモコンを操作して曲を入れ、歌い始めた。先程、ソレンヌが歌っていたものと同じ曲である。生粋のフォス姫とデルカッセちゃんのファンである彼女らしい選曲だ。

 そして、成る程、彼女は姉と同じく非常に歌が上手かった。透き通るような高音は望奈のものと似ているようでやはり、少し声質が違っていた。

 彼女が歌い終わった後には自然と部屋中に拍手が巻き起こった。勿論、その拍手をしている聴衆の中には望奈も居た。


「じゃあ、次、秋也さんですね!」


「......なんか恥ずかしいんだが、俺上手くないし」


 と言いつつ、あまりテレビを観ない俺でも聴いたことのある流行りのドラマの主題歌を歌い上げる鈴木。謙遜していた割に上手すぎてムカつく。皆が拍手をする中、俺だけが


「何が、俺上手くないし、だよ。馬鹿上手いじゃねえか」


と、悪態をついていた。

 そして、やってくる蜂須賀の番。彼女が選んだ曲はフォスフォレッスセンス、またの名を不知火望奈がカバーをしている曲だった。望奈が若干、しんどそうにする中、蜂須賀はその曲を元気よく歌い切る。

 蜂須賀も普通に『カラオケの上手い女子高生』といった感じで聞き心地の良い歌声だった。そして、この後に控えているのは『デルカッセ』と『フォスフォレッスセンス』。この中で一番、音痴な俺が一番、最後に歌わないといけないの、色々とキツ過ぎる。


「んじゃま、適当に歌いますかね......」


「ねえ、一緒に歌わない?」


 リモコンを弄り、曲選択をしているソレンヌに望奈がそう言って声を掛けた。


「え。まあ、良いですけど......何歌うんですか」


「さっき、叶向が歌っていた曲。貴方も歌っていたわよね。あの曲、ニパートに分かれているでしょう? 一緒に歌って」


 『あの曲』とは、『デルカッセとフォスフォレッスセンス』の二人がコラボ企画として、カバーし、動画としてサイトに投稿している、あの曲のことである。


「え、マジ? ソレンヌちゃんとぬい先輩のデュエット!? あっつーーー!」


 大興奮の蜂須賀に対して、ソレンヌと望奈の二人は冷静にマイクを持って、字幕の表示される画面を見た。俺はゴクリと唾を飲み込み、望奈の横顔を静かに見つめる。

 そして、二人の歌声が部屋の中に響き始めた。その声は紛れもなく、『デルカッセ』と『フォスフォレッスセンス』の声。そして、それに気付かないほど、蜂須賀と叶向......彼女達の愛は浅くなかった。


「......ぇ、な......へ?」


 あのいつも冷静で腹に一物抱えたような態度の叶向が素で驚き、変な声を漏らしていた。蜂須賀と違って、ソレンヌがデルカッセであることも知らなかった叶向にとってその事実は非常に衝撃的なものであっただろう。

 デルカッセとフォスフォレッスセンス、二人の大ファンであり、動揺を隠せない様子の蜂須賀と叶向、そして、何が何だか分からない鈴木と、歌いながらもチラチラと望奈の方に視線を飛ばすソレンヌ、そんなカオスな状況が部屋の中に広がる。

 俺と望奈以外、全員が抱えているであろう疑問、それが解決されることはなく、歌は遂にラスサビ直前にまで差し掛かった。

 俺は盛り上がっている彼女らの顔を見渡すと、静かに皆に気付かれないように荷物を纏めた。


「......帰るのか?」


 俺の行動に一人だけ気付いた鈴木に俺は立てた人差し指を口の前に持っていき、静かにするように頼む。


「俺、音痴だし、流石にこれの後は歌えねえよ」


 俺は静かにそう伝えると、鈴木以外の視線が完全に二人に釘付けになっている間に静かに扉を開け、部屋を出た。


「......頑張れよ、不知火。応援してるから」


 部屋を出る時、最後に彼女と目が合った気がしながらも俺は支払いを済ませて足早に帰宅した。

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