五十三挺目 デルカッセ
「で、わざわざ、来てやったのにお前らは何で喧嘩してるんですか」
「俺が不知火の扱いをちょっとミスっただけ」
「ぬい先輩と火の扱いにはくれぐれも注意しろって、昔から言われてるでしょー? どっちも繊細な扱いが大切」
「人のことを熱帯魚か何かみたいに言わないで貰える?」
「喩えが可愛いですね。お前は熱帯魚は熱帯魚でも、ピラニアみたいなイメージなのです」
「でもさ、でもさ、ピラニアって結構、群れてるイメージあるくない?」
「確かに。群れることの対極に位置してそうですもんね、不知火って」
「・・・・」
カラオケにやって来るなり、不知火のことを好き勝手に言うソレンヌと蜂須賀。彼女らの言葉を聞いて、余計に不機嫌になったらしい熱帯魚さんは無言で俺の腕をつねり、足を強く踏みつけてきた。
「いででででででっ! 何で俺なんだよ! 痛い痛い、足の爪割れる! 洒落にならな......いったあっ!」
「この二人を呼んだのはお前でしょう。お前が責任を取りなさい」
「理不尽」
「まあ、あんまり不知火と霊群を虐めてもアレですし歌でも歌いますか。あ、でも、まず先に不知火の歌が聴きたいですね」
カラオケのリモコンをぐいっと、不知火に押し付けるソレンヌ。しかし、不知火は首を振った。
「歌い疲れたから貴方達を呼んだのよ。もう、喉が限界」
「えー、ぬい先輩、そんなに熱唱してたんですか? 梓も聞きたかった」
「残念だったな、アズアズ。俺は不知火の美声を二時間、たっぷりと堪能させて貰った」
「マウントうざー。えー、一曲で良いんで歌って下さいよ、ぬい先輩」
「これ以上は喉が潰れるから嫌」
と、不知火は頑なに彼女の頼みを断り、首を振る。恐らく、不知火が本当に恐れているのは喉を痛めることではなく、彼女の正体がバレてしまうことだろう。ソレンヌは兎も角、フォス姫の大ファンである蜂須賀は彼女の歌声を聞けば、直ぐに彼女の正体に気付くと思われる。
「んじゃま、私が歌いましょうかね......」
気怠げな様子で曲を入れ、マイクを持つソレンヌ。喫茶店たかさごのアイドル的な存在として君臨しているソレンヌ。そんな彼女の歌声が聞けるということで、俺や蜂須賀だけではなく、不知火も彼女に視線を送っていた。
「今、夜の帳へ駆けてくの〜」
それは何度も聴いたことのある歌だった。単に歌詞や、メロディーを聴いたことがあるだけではない。歌声も合わせて、俺は彼女の歌を知っていた。
蜂須賀と不知火に目をやる。蜂須賀は俺と同様に、チラチラと俺へ視線を送ってきている。そして、不知火は呆気にとられた様子でソレンヌのことを見つめていた。
「ちょ、そ、それ、ソレンヌちゃん......!?」
曲が24秒の間奏に入ったとき、蜂須賀はマイクを置き、息を入れるソレンヌに慌てた様子で声をかけた。
「あぁー? どうしました?」
「えっと、いや、その、ソレンヌちゃんの歌声、なんか聞き覚えがあるなーって......えっと、歌い手さんとか意識して謳ってる?」
「おおかた、お前らの予想通りだと思うのです」
ソレンヌはズズっとドリンクバーで入れてきたオレンジジュースを啜り、再び、マイクを持って画面を見た。
そして、ソレンヌは再び、特徴的な高音を響かせる。
「なあ、不知火......やっぱ、そうだよな」
俺はソレンヌや蜂須賀に聞こえないように小さな声で不知火に尋ねた。
「最初、会ったときから声に聞き覚えはあった」
「......てことは、お前も正体バレてるんじゃね」
「......かもしれない」
珍しく、露骨に焦った様子を顔に浮かばせる不知火。その横ではソレンヌが歌を熱唱し終え、かいていない額の汗を手で拭っていた。
「ふう......あ? 何やお前らその顔は、なのです」
「ソレンヌネキさ、『デルカッセ』名義で活動してたりする?」
「してますけど」
「......マジか」
俺は思わず、声を上げる。『デルカッセ』とは不知火望奈こと、『フォスフォレッスセンス』と度々コラボをしている歌い手の名前である。俺もフォス姫繋がりで定期的に彼女の歌を聴いている。
「デルカッセって、昔のフランスの外務大臣の名前ですからね。私にピッタリの名前なのです」
俺が顔を見合わせたのは蜂須賀ではなく、不知火。彼女は顔を強張らせ、非常に焦った様子で身体を震わせていた。
それにしても、まさか、こんなすぐ近くに俺の好きな動画投稿者が二人も居るとは。
「へー、てことは、俺達のフォス姫とも喋ったことあるんだよな?」
「ありますよ。礼儀正しくて喋ってて楽しい系の女の子だったのです」
その言葉を聞いた俺はジトッとした視線を不知火に向けた。『礼儀正しくて喋ってて楽しい系の女の子』......どうやら、普段の不知火とフォスフォレッスセンスの性格が二重人格レベルで違うお陰でソレンヌは不知火の正体に気付いていないようだ。
「えええええ、ソレンヌちゃん、後でサイン頂戴!」
「えぇ、サインとか用意してないんですけど」
「フランス語で! フランス語でソレンヌちゃんの名前書いただけでも良いから!」
「まあ、そんくらいなら書いてあげますけど」
「はあ......私、飲み物取ってくる」
自分の正体がソレンヌにバレていないことに安心した様子の不知火は軽く溜息を吐いて、外に出ていった......っきり、戻って来なかった。
「ぬい先輩遅くない? もう5分も経ってるよ」
「トイレでもしてるんじゃないですか」
「コップ持ちながら?」
「あー」
「俺、ちょっと見てくる」
何と無く胸騒ぎがした俺は彼女ら二人にそう伝えると、部屋の外に出た。
「うぉ、こんな所で突っ立って何して......」
不知火は俺達の部屋である102号室から右に一部屋進んだ、直ぐ隣の部屋の扉の前で空のコップを手にしたまま、俺に背中を向けて固まっていた。何故、そんな所で彼女は立ち止まっているのか、体調でも悪いのか、そんな俺の疑問は直ぐに解決した。
不知火の視線の先にはこれまた空のコップを手にし、不知火の方を向いたまま車椅子の上で固まっている黒髪ツインテールの少女が居たからである。
「ぁ......」
不知火......いや、望奈の方を見ていた彼女は、望奈の背後に現れた俺を見つけて少しだけ強張った表情を緩ませた。




